最強魔王の息子は囚われの眠り姫を想う ~姫を救うため、悪徳と陰謀に満ちた都市へと赴く~

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1章 忍び寄る糸が意図するものは……

間章3 追われる立場となった狩人

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 5台の車列が門をくぐり抜け、屋敷へと入っていく。そして、砂利が敷き詰められた庭で一斉に停車した。

 すると、車両からは続々と男どもが出てくる。およそ、10人くらいの男共。その中には、エレク=ラジエルの姿もあった。彼は真ん中の車両の助手席から外に出ると、涼し気な表情を浮かべ、後部座席へと向かって行く。

 手には2本の糸を握りながら。

 そして、男の一人がドアを開けると同時に、ラジエルは糸を手前へと手繰り寄せた。

 すると、二人の少女が勢いよく外に引きずり降ろされてくる。

 ミーシャとミレイ。

 彼女達は全身を糸で縛り上げられ、完全に身動きが取れない状態にさせられていた。そのため、引きずり下ろされた拍子に、二人は地面へと横並びに突っ伏してしまう。

 そんな彼女達を見下ろしながら、エレクは告げる。

「手荒な真似をしてすまなかったね。だけど、それは君たちが逃げるから悪いのさ」

 それに対し、ミーシャは彼から顔を逸らし、
「私を捕えられたのだから、満足でしょう? これ以上、お姉ちゃんやジークさんに関わらないで下さい! それに、ミレイさんも関係ない。今すぐにでも彼女を解放して下さい!」と要求してきた。

 しかし、エレクがその要求を呑むつもりなどない。

「それは、無理な相談だよ。そこの彼女も、まだ利用価値はある。それに、ジーク君やアイシャ君に手を出すかどうかは、当人次第かなぁ?」

 エレクは、彼女達を脅す様にそう告げていた。

 だがそこで、なぜかミレイが笑みを浮かべてくる。まるで、エレクを小ばかにした様に。彼女は無防備な状態を晒しているにも関わらず、随分と舐めた態度を取ってきていたのだ。

 それに対し、エレクは怪訝な表情を浮かべ
「何がおかしいんだい?」と問いかけた。

 すると彼女は、笑みを浮かべたまま
「ふふっ、とんだ卑怯者だと思っただけですよ。いえ、臆病者というべきかしら? そんなにジーク様と正面から戦うのが怖いのですか?」と挑発混じりに問い返してきたのだ。

 それには、エレクの眉間が僅かに動く。

 しかし、彼はすぐさま平静を装い
「ふっ……僕が彼を恐れるとでも? 今頃、牢で屈辱を味合わっている筈の彼をかい? ありえないね」と答えた。

 ただ、それにも彼女は含みを込めた笑みと言葉を投げ返してくる。

「あら、牢に閉じ込めたくらいで、ジーク様が大人しくしているとお思いで?」と。

 そこで、エレクは――この女、何か企んでいるのか?――と考えさせられた。

 だが即座に、はったりであろうと結論付ける。
 
 そして、エレクは彼女を鼻で笑う。

「ああ、思うね。いくら彼でも治安局に歯向かおうとはしない筈さ」

 だがそれでも、彼女の態度は変わらない。いや、むしろエレクをさらに小ばかにした様な態度を取ってくる。

「そんな甘いお考えなら、今すぐ改めた方がよろしくてよ。相手が何であれ、ジーク様が恐れる事は決してありません。もしかすると、今頃こちらに向かっているかもしれませんね? あなたを始末するために」

 忠告してやっているとでも言いたげな様子で。 

 それには、ここまで温厚な態度で会話に付き合っていたエレクも、流石に我慢の限界であった。

「この女ァッ……! 主に似て生意気だな……。しかし、発言には気を付けた方がいいよ。でないと、その舌を切り落とす事になるからね」
 
 彼は苛立ちを露わにし、ミレイへと脅しかける様に告げた。

 ただそれを聞いても尚、彼女はあっけらかんとしてくる。

 そして、彼女はさらに煽りを重ねてきたのだ。

「あら、立派な脅しですこと。口先だけでない事を是非とも証明して下さいな」と。

 そこで遂に、エレクの堪忍袋の緒が切れてしまう。

「そうかい。そんなに黙らされたいのか!」

 彼は怒号を放つと同時に、手の平から3本目の糸を伸ばし、彼女のお喋りな口へとねじ込もうとした。

 しかしそこで、彼は思いとどまる。

――こいつの言っていた事。ジークの奴が、万が一にでも脱獄したとなれば、こいつの存在は切り札となる。

 そう思い。

 次いで、彼は咳払いをした後に周囲の者へと命じた。

「ッチ……。今はこんな女に構っている暇などない。後でじっくりいたぶってやる。さっさと、連れて行け!」

 それに、周囲の者達が頷くと、彼女達は屋敷の方へと運ばれていく。

 ただ、その最中にもミレイは相変わらず
「わたくしを殺そうとしない事で、はっきりとしました。やはり、あなたはジーク様に恐怖しているのですね」と舐めた態度をとってきた。

 しかし、それには取り合わず、エレクはポケットの中の携帯へと手を伸ばす。

『あの方』へと連絡を入れる為に。

2,3回コール音が鳴り響くと、すぐに彼へと繋がった。

 そして、すぐさま彼から言葉が掛けられる。

「やっと、確保できた様だな」

 たった今、その報告を入れようとした所であったが、彼には全て筒抜けであった様子。

 ただ、そんな事よりもエレクは自身の処遇が気になっていた。

「はい、遅くなり申し訳ありません。それで、その……私の犯した失態の件ですが……」

 エレクは口をどもらせながら尋ねるも、皆まで言う前に彼は答えてくる。

「ああ、安心しろ。少しは大目に見てやる」

 それに、エレクは安堵の表情を漏らす。

「ッ! そうですか……! 寛容なご処置に感謝致します!」

 だがそこで、彼はエレクの気を引き締めさせてきた。

「ただ、それは無事に引き渡しが完了してから判断する。私の部下が、そちらへと向かう予定だが……。到着は、明日の早朝になる様だ。くれぐれも、逃がす様なへまをするんじゃないぞ」と。

 しかし、それにはエレクも自信を持って応えられた。

「ええ、ご安心ください。脅威はすでに排除しております。それに、ここの警備も守りも万全です。何も心配する様な事は御座いません!」

 けれども、彼の反応は芳しくない。

 それどころか、彼はエレクの言葉に難色を示している様にも取れた。

「そうだと、良かったのだがな……」と。

 それに対し、エレクは妙な胸騒ぎを感じると共に、疑問を漏らす。

「……と言いますと?」

 すると彼は、エレクの耳を疑うような事を告げてきた。

「どうやら、ジーク・サタンが牢から抜け出したらしい。現在、治安局が総力を挙げて捜査に当たっているが、未だに確保できていないそうだ」

 それには、エレクが上ずった声で驚きを漏らす。

「まさか!? それは、本当ですか!?」

「ああ。用心しておけよ。お前も知っての通り、奴は相当に厄介だ」

 それを聞くと同時に、エレクはミレイが先程言っていた言葉を思い起こす。

――まさか!? 本当に脱獄したというのか……!? なぜ、そこまでの執念を見せるんだ……!?

 エレクはそんな事を考えながらも、
「……しかし、私の居場所が割れている筈がありません。彼がここまで来ることは、ありえません」と答えていた。

 エレクはそう確信している。いや、ただそう信じたかったのだ。

 しかし、電話口から返ってくる言葉は現実を突きつけてきた。

「何の策もなしに脱獄を図る様な馬鹿ではない。特に、脱獄にはミハイル家の長女、アリシアが手を貸しているそうだ。奴は必ずそちらへと向かってくるだろう。よいな? 万全を期せ」

 それにエレクは
「…………あ、アリシアもですか!? わ、わかりました」と答える事しかできなかった。

 そして、通話は一方的に切られる。

 ブツッという物音が鳴り響くと共に、辺りは静寂に包まれていた。

 それでも、エレクは携帯を耳から離せずにいる。

 そこで、エレクは気が付く。自身の体が強張り、震えている事に。

――僕は彼を恐れているのか……!? 彼には勝てないと……

 それに気が付くと、次第に震えは増していき、良からぬ考えばかりが頭を支配していく。

 だがそこで、エレクは自身の顔を思いっきり叩き、良からぬものを拭い去ろうとする。

――違う。これは、武者震いだ。僕が彼に負ける事などありえない。特に、この場所。この場所には、無数の罠が仕掛けられている。この場所では、僕の方が圧倒的な優位! 恐れる必要などないのだ!

 そう自身を鼓舞し、体を奮い立たせる。

 ミーシャが連れ戻されれば、エレクに待つのは死のみ。彼には、すでに退路がない。ここで、敵を迎え討つ。それしか、彼が生き残る道はなかったのだ。
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