最強魔王の息子は囚われの眠り姫を想う ~姫を救うため、悪徳と陰謀に満ちた都市へと赴く~

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1章 忍び寄る糸が意図するものは……

21話 反撃の狼煙

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 不意に、カツンッ……。カツンッ……。と何かがぶつかる鈍い音が頭の中に響き渡った。また、その音と共に頭には鈍い痛みが走る。

 どうやら、ジークの頭は何度も何かに叩きつけられている様子。それにより、ジークの意識は徐々に戻ってきていた。

 そこで、ジークは状況を確認する為に瞼を開けると、目の前には車内の光景が飛び込んできた。

 しかし、その光景は先程までとは打って変わっている。車内に置かれていた物の全てが、散乱し宙に漂っていた。それと、アリシアはハンドルにもたれ掛かる様にして蹲っており、アイシャもシートベルトにひっ掛かる様にして後部座席で蹲っていた。

 二人共、意識がない。

 そしてジークは座席には座っておらず、天井に張り付くような形で周囲を見回していたのだ。 

 ただ、それを確認できたのも一瞬。次の瞬間には、ジークの目は染みるように痛み出し、思わず目を閉じてしまった。

 そこで、ジークは全てを思い出す。

――確か、トラックにぶつけられて俺達は海中に車ごと落っこちた……

 また、その気づきにより急に息苦しさも覚える。

 そして、ジークは思わず海水を呑み込んでしまった。

「グホッ……ガァハァッ……!!!!」と激しくむせ返し、危うく溺れかけた。

 同時に、ジークは再び意識を持っていかれそうになっていた。

 しかし、ジークはすぐに冷静さを取り戻し、何とか堪える。

――ッこのままでは、全員海の藻屑だ! 俺が何とかしなくては……!

 そう思い、染みる目にも落ちていく意識にも抗いながら、体を動かしていく。

 まずは、後部座席のシートベルトを爪で引き裂き、アイシャの体を解放した。すると、彼女の体は水中に漂って行く。ただ、依然として意識はない。

 それをジークは気にしつつも、今はもう一人。アリシアの解放を急いだ。ジークは再びシートベルトを引き裂き、アリシアの体をハンドルから引き抜こうと試みる。しかし、何度試みても、彼女の足がハンドルとの隙間に挟まり上手く引き抜けない。

――クソッ! 

 そこで、ジークは邪魔なハンドルを引き千切ろうとする。

 しかし、その力すらすでに入らなくなっていた。全身が一気に脱力していき、ハンドルを掴む手の平はすり抜けていく。そして、ジークは力なく水中に浮かび上がってしまう。

 その最中、慙愧の念に駆られ、自身の無力さを恨んだ。

――ッまたか……! また、何も守れないのか……。しかし、俺が諦めるわけには……

 そう思う心も空しく、伸ばした手はアリシアから徐々に遠ざかっていた。

 あの時、息巻いたはいいが、未だシャーリーを助けられず仕舞い。そして今も、目の前のアリシアすら助けられない。その事実と共に、失意の底へと沈んでいく。

 だがそこで、ジークの手は何かに引かれる。

 繊細かつ、か細いながらも力強い掌。

 その腕をジークは目で追う。するとその先には、アイシャの姿があった。いつの間にか意識を取り戻した彼女が、笑みを見せながらジークを引き留めている姿が。

 それにより、ジークは何とか意識を保てた。それに、道も見失わずに済んだ。

――アイシャ……。恩に着る!

 ジークはアイシャの助けを得て、再びアリシアの下へと近づいていく。

 そして次の瞬間、彼の両腕がハンドルを引きちぎって見せた。直後、アリシアの体は解放され、水中へと浮かび上がっていく。

 それを、すぐさまジークが掴み止めた。

――絶対に離しはしない。絶対に救って見せる

 そう思い、力強く。

 するとその時、傍らのアイシャが目の前に黒い鎧を作り出した。

 それと同時に、鎧が車の屋根を突き破る。それに驚きを示したジークであったが、疑問を抱く暇もなく、ジーク達は黒い鎧に体を掴まれた。

 そして、一気に海面へと押し上げられていく。

 微かに見える月明りの下へと。

 すぐさま、ジークは海面へと出られた。

 突き抜ける開放感。それと共に、一気に空気を吸い込む。

「はぁはぁはぁ……」

 新鮮な夜の空気と磯の香りが、全身に染み渡っていく。それが妙に心地よかった。

 そこで、ほぼ同時に海中より現れたアイシャが、息も絶え絶えに
「はぁはぁ、ふぅ……。何とかなったんかな……?」と漏らす。

 それにジークは、笑みを見せ「ああ、お陰様でな」と答えた。

 しかし、傍らで横たわるアリシアは、未だに意識が戻らない。

 ジークはそれを危惧し、彼女の脈と呼吸を確かめる。

「脈はある。だが、呼吸をしていない」

 アイシャにそう告げると、彼女は取り乱した様子で問いかけてきた。

「どうすれば……?」

 それに対し、ジークは周囲を見渡しながら
「一先ず、岸にまで辿り着かねば……」と告げる。

 夜の海は穏やかであるが、真っ暗で一寸先は闇に閉ざされていた。地上がどの方角にあるのか見当もつかない。どうやら、ジーク達は岸より大分流されてしまった様子。

 だが、よく目を凝らせば、少し先でいくつもの小さな明かりが揺れ動くのが見えた。

 それは、岸から海中に向けてジーク達を探し出そうとするライトの動きだと、すぐに察する。

 それに気が付いたジークは、苦し気な表情を漏らしながらも、アイシャへと指示を出す。

「ダメだ。岸には奴らがいる。ここで、処置するしかない。アイシャ、背中と腰を支えるようにして彼女を寝かせろ」

 すると、彼女はすぐさま頷き、指示通りに鎧を動かした。

 そして、目の前に横たえられたアリシアへと、ジークは心肺蘇生を行おうとした。

 だがそこで、
「あんたが、それをやるん……?」と問いかけられる。

 それに対し、ジークは彼女へと振り返り、問い返す。

「勿論だ。何か問題でも?」

 そう問い返されたアイシャは、少し大げさに首を横に振り答えてくる。

「ううん。べ、別に何の問題もないよ。うちじゃ、多分上手く出来ないだろうし……」

 その態度にジークは小首を傾げるが、すぐさまアリシアへと向き直り
「そうか。まぁ、安心しろ。天使とは言え、同じ人型だ。何度か経験がある」と告げた。

 そしてジークは、彼女の衣服をはだけさせ、胸骨を圧迫していく。

 そのまま、ジークは何百回と連続して胸骨を強く圧迫し、彼女の様子を確認する。

 しかし、彼女が息を吹き返した様子はない。

 それにジークは、苦し気な表情を漏らすも、彼女の鼻を摘まむと同時に顎を持ち上げて、気道を確保する。

 次いで、ジークは彼女へと何の躊躇いもなく唇を重ね、息を吹き込んでいく。そして、2回息を吹き込むとすぐさま、胸骨圧迫へと移行する。

 それを何十回と繰り返した。

 次第に、ジークの額には汗が吹き出し、疲れから何度も海中へと引き込まれそうになる。

 ただ、その度にアイシャが支えてくれた。

「ジーク……。何とか頑張って」

 彼女は心配そうに語り掛けてくる。

 それによって、ジークは何とか踏ん張れた。

「ああ」と一言だけ答え、アリシアに心肺蘇生を続けていった。

 すると、ジークが何度目かの人工呼吸をしようとしたその時、彼女の眉間が僅かに動く。

 それと同じくして、彼女の瞼が開いた。

 ただ次の瞬間、アリシアは
「ゲホッガホッ……」と激しくむせ返す。

 それにより、ジークは唾を顔面へともろに受ける。

 だがそれには、不思議と不快感は一切なかった。ジークは安堵した表情を彼女へと振りかざしていた。

「気分はどうだ?」

 彼女にそう語り掛けるも、アリシアはまだ状況を理解していないのか、間近にあったジークの顔に当惑した様子である。

「えっと……これは……? どういう状況……?」

 そう問いかけられたのに対し、アイシャが
「危うく、うちら全員は溺れ死ぬところやったんよ。特に、あんたは一向に目を覚ます気配がなかったから、もう助からないと思った」と言い聞かせた。

 すると、それを聞いたアリシアは寝ころんだまま辺りを見渡し、自身の体にも目を向けだした。そこで彼女は、ようやく状況を理解した様子。そして、みるみるうちに顔が赤くなっていく。

「まさか……!? 私はあなたに胸骨圧迫や、その……じ、人工呼吸もされたの……?」

 それに対し、ジークは毅然とした態度で
「ああ、そうだ」と答える。

 すると、彼女は取り乱した様子で勢いよく体を起こす。ただ、それにより彼女は鎧の腕から滑り落ちてしまう。

 そして、彼女は再び溺れかける。

「冷たっ!! それに、しょっぱい!!」

 彼女はそう叫びながら、もがいていた。

 それをジークが支える。

「落ち着け」

 彼女にそう言い聞かせると一応は落ち着きを取り戻してくれた。

 ただ、彼女はジークから顔を逸らし
「ご、ごめんなさい……。その……初めての経験だから、つい……」
と歯切れが悪そうに答えてくる。

 そして、彼女は自身の唇を何度も指でなぞりながら、顔を俯けてしまった。

 それに対し、ジークは再び言い聞かせる様に言う。

「ただの医療行為だ。気にするような事じゃない」

 それには納得してくれている様子であったが、一向に彼女は目を合わせてはくれない。

「それは、分かっているのだけど……。あなたが、私を助ける為にしてくれた行為だと言うのはね。だけど……何と言うか、複雑な心境なのよ!」

 彼女は未だ顔を真っ赤にして、彼女自身でもよく分かっていない事を訴えかけてくる。

 それにジークはどうしたものかと困り果ててしまう。

 するとそこで、アイシャが話に割って入ってきた。

「ジーク。察してあげなよ。乙女と言うのは、そう言うもんなんよ」

 ただ、それを聞いてもジークにはよく理解できず、
「はぁ、そう言うものなのか?」と答える事しかできなかった。

 だがそこで、アリシアは唐突に自身の顔を両手で思いっきり叩き出す。それは、気持ちを入れ替える様な、気合を入れる様な動作。

 そして、彼女は急にかしこまった態度を取り
「さっきまでの私は忘れて。私を助けてくれたあなた達に失礼な態度だったわ。その……ジーク殿、アイシャさん。ありがとうございます」と謝意を延べてきた。

 それにジークは少し困惑させられるも、首を横に振る。

「俺はただ、借りを返しただけだ。お前には牢から救い出してくれた借りがあるからな。それに、アイシャが居なければ俺もお前も死んでいただろう。礼を言うのは彼女だけで構わん」

 ジークは率直な意見を告げたつもりであったが、それにはアイシャから
「はぁ……相変わらず、素直じゃないんやから……」と苦言を呈された。

 そこでジークは、「悪かったな」と投げやりに答え、そっぽを向いてしまう。

 ただ、ジークはそっぽを向いたと同時に岸の方を睨みつけていた。連中は依然としてジーク達を探し続けている。距離が空いていたお陰で、アリシアを蘇生するだけの時間を確保できたが、ボートでも使いだせば見つかるのも時間の問題だろう。

 そう思い、ジークは二人に呼びかけた。

「それよりも、依然として危機的状況に変わりはない。気を引き締めるんだ」

 するとアリシアは、やっといつもの調子へと戻り、頷いてきた。ジークと同じ方向を見つめながら。

「そうね。とりあえず、こんな所に長居するわけにはいかないわ」

「ああ、そうだ。死体を確認できていない以上、治安局の連中もそろそろ本腰を入れて俺達を探しだすだろう」

 ジークは岸にいる連中を睨みつけながら告げた。しかしそこで、アリシアはそれを一部否定してくる。

「あれは治安局の者達じゃないわ。トラックをぶつけてくるなんて治安局のやり方じゃない。あれは、きっとエレクの手先よ」

 彼女は確信をもってそう告げてきた。彼女はすでに、この件にエレクの奴が関与している事を疑ってはいない様子。

 それを察したジークは
「……なんにせよ。急がねばならない」と二人に促した。

 するとそこで、アイシャから不安気な表情で問いかけられる。

「急ぐって言ったって、どうするわけ? 見つからずに潜り抜けるなんて恐らく不可能やよ」

 それにジークは頷きつつも、考えを変えはしなかった。

「そうだな。だからこそ、強硬突破する他はない。アリシアの言う通りなら、エレクの奴に俺が脱獄した事を知られている筈だ。狙いも恐らくはバレているのだろう。こんなところで時間を掛けていては、奴に逃げられる恐れがある。俺達は何としても奴を追い詰めなければならない」

 ジークは熱の籠った口調でそう言い放つと、そこでアイシャも覚悟を決めた様子。彼女はただ静かに頷いていた。

 そして、ジーク達は岸に向けて泳ぎ出す。出来るだけ波音を立てぬよう海中を行きながら。

 徐々に、ライトの光は近づいてきた。遠目からでも見えていたその光は、海中までも明るく照らし出してくる。それも、かなりの数である様だ。辺り一面は明るく、海中は日中であるかの様に先の先までよく見えた。

 今のところ何とか掻い潜れてはいたが、岸まで見つからずに行くのは、やはり困難を極める。

 そこで、ジークは二人にアイコンタクトを送った。

『俺だけが、ここで仕掛ける』と。

 それに対し、アイシャとアリシアは意図を理解したのか頷き出す。

 そして、ジークは一気に海面へと躍り出た。

 すると即座に、岸辺からは「見つけたぞ!」と叫ぶ声が上がる。

 それと同時にジークへと一斉にライトが向けれられた。それにより、ジークの姿は白日の下に晒されてしまう。

 そのあまりの眩しさに、ジークは思わず顔面を手で覆い顔を背けた。

 そこで、奴らの一体から告げられる。

「貴様は完全に包囲されている。大人しく投降しろ!」

 それに対し、ジークは手の隙間から奴らを見渡しつつ、睨みつけた。徐々に、奴らの総数を確認できるくらいには、ライトの光に慣れてきている。

 小高い崖となった岸辺には、30体程の人か悪魔か天使かが、ずらりと横並びになっていた。

 圧倒的な人数差に、不利な位置取り。それに、奴らの手の内も分からない。自ら飛び出るなど自殺行為に等しいだろう。

 しかし、奴らも奴らでジークを警戒してか、動き出せずにいた。

「早く昇って来い!」と告げてくるだけで。

 両者は睨み合い、時間だけが過ぎていく。

 そこで痺れを切らしたのは、奴らの方であった。

「わかった。そのまま、大人しくしていろよ」

 奴はそう言い放つと、5名程が海に飛び込み、ジークの下へと迫りくる。

 ジークはそれでも、待ち続ける。向かい来る奴らを。ではなく、彼女達の動きを。

 するとその時、ジークから少し離れた岸辺で、立て続けに悲鳴が上がる。

「グアアアアッ!!!!」
「ウグアアッァァッ!!!?」

 それにより、ジークを一点に捉えていたライトは霧散し、取り乱した様に辺りを照らし出す。

「な、何が起きた!?」

 奴がそう問いかけるのに対し、部下の一人が「伏兵です!!!!」と叫ぶ。

 そして、ライトがそれらを捉えた。眩い光を放つ剣と、黒い靄に覆われた鎧を。

 それらが岸に突如現れ、奴らに切りかかっていったのだ。また一体、また一体と急襲により混乱した連中は次々となぎ倒されていく。

 それを、この瞬間をジークは待っていた。ジークはいわば囮。彼女達の存在を気取られずに、無事に岸まで辿り着かせるための。

 最早、奴らの包囲網は機能していない。後は、この混乱に乗じ徹底的に叩きのめすまで。

 そこでジークも、迫りくる連中を暗闇に閉ざされた海中に紛れ、次々と沈めていった。

 そして、ジークは岸まで辿り着くと岩場をよじ登り、地に足を付ける。

 すると、先程ジークに告げてきた男と目が合った。

「この野郎! よくも!!」

 奴はそう吠えると同時に、白い翼を生やし出す。大きく広げた白い翼。その羽根一本一本が眩い光を放ちながら逆立っている。

 そして次の瞬間。

「串刺しになりやがれ!」

 奴はそう言い放つと、鋭く尖った羽根を無数に飛ばしてきた。それは、矢の雨の如くジークの体に降り注いでくる。

 ただ、ジークはそれを躱す素振りも見せず、奴へと真っすぐに飛びかかっていく。体には無数の羽根が付き刺さり、傷口からは赤黒い液体が流れ出す。それでも、ジークは急所を何とか守りながら、奴の懐へと飛び込んでいった。

 その勇猛果敢とも無謀とも言える姿に、奴は僅かに恐れを見せる。

「ック!! こいつ……!! 恐れを知らないのか!?」

 しかし、奴は懐へと入り込んだジークを翼で包み込んできた。

「なんにせよ、捕らえたぞ!」

 そして、奴は笑みをこぼしながら、ジークに至近距離で無数の矢を浴びせ様としてきた。

 ただ、それが放たれるよりも早く、ジークの爪が奴の首筋を貫いて見せる。

 すると、奴は力なくジークに寄りかかってきた。

「グゥ……アガッ……」と口から声にもならぬ声と血飛沫を放ちながら。

 そこでジークは、首筋から爪を引き抜きつつ、告げる。

「お前の親玉にあの世で伝えておけ。俺を殺したければ、小賢しい手ではなく直接殺しに来いと」

 それに対し、奴からの返事はない。代わりに、奴は地面へと敢え無く倒れ込んでいった。

 だが、ジークは続けて告げた。それも、目の前の男にではなく、あの男に向けて。

「ただ、今回は特別だ。今から、俺が直々に迎えに行ってやる」

 そして、彼は鋭い目つきで奴の屋敷がある森の方を睨みつけていた。

 すると、ジークの下へ彼女達が駆け寄ってくる。

「こっちは、片付いたわ。そっちも……片付いた様ね」

 アリシアはジークの足元に転がる遺体を一目見て、告げてきた。

 それを聞き、ジークは辺りを見渡す。

 先程までジークを追い詰めようとしていた連中は、全て地に伏せている。一体たりとも起き上がってくる気配はない。

 ジークはその光景を前に、彼女達を称える様に
「ああ。お前たちもよくやってくれたな」と答える。

 しかしそこで、アイシャはジークの姿を見て心配そうに問いかけてきた。

「あんた……その傷は!? 大丈夫なの?」

 ジークの全身は自身の血と男の返り血で赤黒く濡れている。それと同時に、全身は針山の様になり、無数の傷口が開いていた。

 だが、ジークは確かな足取りと毅然とした態度で彼女達に答える。

「ああ。少し食らい過ぎたが、問題はない。痛みよりも、奴への怒りの方が勝っている」

 再三にわたる奴の卑怯な手口。それも、奴は常に安全な所から策を講じてきている。ジークは募り募った怒りが今回の件で爆発していた。今は奴への怒りと彼女への想いだけが、ジークを突き動かしている。

 すると、ジークのそんな姿にアイシャは固唾を呑み黙り込んだ。
 
 そこで、今度はジークから彼女達へ問いかける。

「お前たちの方こそ、大丈夫なのか?」

 彼女達も彼女達で、顔色からは疲れが窺えた。それもその筈、しつこく追い立てられた挙句、彼女達も海の底に沈められそうになっていたのだ。体には相当な負担が掛かっているのだろう。

 だがそれでも、アリシアは笑みを見せ告げてきた。

「誰に聞いてるのよ? 私もあなたと同じ気持ち。さっきは情けない姿を見せたけど、もうあんな醜態は晒さないわ」

 そして、アイシャもジークを真っすぐ見据えて
「うちも。ミーシャの為なら、この体に鞭を打ってでも動かす」と言い放ってくる。

 彼女達の覚悟もすでに決まっていた。ジークはそこで、先程の問いは愚問だったなと思い、いらぬ懸念を胸に仕舞い込んだ。

「そうか。なら、奴の下……エレクの下へと向かおう」

 ジークはそう言い放ち、奴らが乗ってきたであろう車の方へと足を動かした。

 それにアイシャとアリシアも当然の如く、続いていく。

 すでに、この三体を止められる者などいない。

 そして、エレクとの決着も近いであろう。長い道のりの果てに、それがようやく叶おうとしていたのだ。
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