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1章 忍び寄る糸が意図するものは……
最終話 仲間
しおりを挟む「ジーク……! ジーク……!」
意識の底からは、誰かが呼びかけてくる。それは、どこか懐かしくも聞こえる。
だが、その声は一つじゃなかった。
それは、4人の声。それに、体も揺さぶられていた。
そこでジークはおもむろに瞼を開ける。
すると、ジークは妙に眩しい光に包まれた。月明り。ジークの頭上からは、大きな月が顔をのぞかせていた。そして、それに割り込んでくる様に彼女達の顔が目の前に浮かぶ。
アイシャとミーシャとアリシアとミレイの顔が。
「ジーク!! 良かった!! やっと、目を覚ましてくれたんやね」
「よ、良かったです。あのまま、目を覚まさなかったら……」
「もう、無茶をして……。どれだけ、心配したと思っているのよ」
「ジーク様! 本当に良かった。ジーク様……わたくしはジーク様を失ったら生きてはいけません!!」
と口々に語り掛けて来る。
しかし、ジークにはいまいち状況が呑み込めなかった。気を失っていたのは分かるが、事の顛末まで予測できない。
「あの後、どうなったんだ!? それに、奴は……エレクは!?」
ジークは、矢継ぎ早にそう問いかけながら、急いで起き上がろうとした。ただ、そこで体が思うようには動かず、地面へと崩れ落ちそうになる。
それを、ミレイに支えられた。
「無茶をなさらないで下さい!」
彼女はジークを諭す様に告げてくる。
それにより、ジークは少し冷静さを取り戻せた。
ジークは彼女に寄りかかりながら
「ああ。すまない」と答える。
そしてジークは、切り開かれた空から零れ落ちる月明りを頼りに周囲を見渡した。辺り一帯には瓦礫の山が広がっている。その瓦礫の端からは、テーブルや椅子の様な物が窺えた。それから察するに、ここは先程までいたパーティ会場の成れの果ての様である。先程まであった華美な装飾や奴が張っていた糸などは一切見当たらないが、間違いはない。
奴の糸によって破壊されたあの部屋に。
そこでジークは、ふとアイシャが糸によって負傷させられていた事を思い出した。また、それと同時に、ミーシャとミレイの身に何かされていないかも気になった。
「アイシャ、傷は? 大丈夫なのか? それと、ミーシャとミレイも」
そう問いかけると、いの一番にアイシャが答えてきた。
「うん。幸いな事に糸は内臓を避けてたんよ。それに、ほら。この通り」
そして彼女は、自身の無事を伝える為に目の前で体を回し出す。
だがその最中、彼女は
「いッ……」と漏らし苦痛で顔を歪ましてしまう。
すると、ミーシャが彼女の体を支えながら、叱り出した。
「もう! お姉ちゃん! 傷口が開くから、下手に動かないでって、さっきも言ったでしょ!!」と。
それにアイシャは申し訳なさそうに答える。
「ご、ごめん」
また、その光景にジークも少し呆れる。だが、彼女自身が言う通り、傷はそこまで深くはなそうであった。ジークはそれに安堵すると共に
「大事には至らなくてよかった」と漏らす。
そして、ジークは改めてミーシャとミレイの容体も伺う。
「で、ミーシャとミレイは何ともないのか?」
「あ、はい! 私は特に何もされてません。その、ご心配をおかけしてすみません」
「わたくしも、大した怪我を負ってはおりません。先程はお見苦しいところと、ご迷惑をおかけしましたが……」
申し訳なさそうに告げてくるミーシャとミレイ。
そんな彼女達を、ジークは優しい口調で諭した。
「いや、二人とも気にする必要はない。無事でいてくれたなら、それでいいんだ」
するとそこで、ミーシャは
「あの……」と口ごもる。
「なんだ?」
「私はまだ、過去に犯した罪を許す事はできません。だけど、大切にしてくれる人。特にお姉ちゃんの気持ちに背くような生き方は今日で止めにします。これからは、大好きなお姉ちゃんと共にこの呪いと向き合い、前向きに生きていきます!」
そう言って彼女は、アイシャの方へと目配せをした。
すると、アイシャは照れくさそうに顔を背ける。
ただ、すぐさまミーシャと向き合い、
「あんたの呪いはうちも背負う。だから、何でも話して」と言い放っていた。
それを見て、ジークは不思議と何かを満たされた様な気分にさせられる。この感覚が何かは説明が付かない。だけど、二人の穏やかな表情がどことなく、嬉しかったのだ。
「そうか。一歩前に踏み出せたのだな」
ジークは頷きつつ、そう答える。
だがそこで、アリシアが口を尖らせ、不満を漏らしてきた。
「ちょっと、私への優しい言葉はないわけ?」
それに、ジークは
「ああ、悪い。お前も無事か?」と問いかけ、彼女の体を見渡した。
彼女は右腕に包帯を巻かれているくらいで、特に負傷した様子はない。それでも、彼女がそんな事を言ってくるものだから、見た目以上に大怪我を負っているのだと思った。
だが、そんなジークの心配とは裏腹に、彼女は得意気に言い放ってくる。
「勿論何ともないわよ。あの程度の傷、傷の内にも入らないのだから」
それを聞かされ、ジークは拍子抜けした。いや、喜ばしい事だが、心配した自分が馬鹿らしく思え。ただ、それをあえて口には出さなかった。彼女はもしかすると、強がっているだけかもしれないとも思い。
そこでジークは
「全く……、お前は食えない奴だよ」と漏らす。
すると、それには彼女が笑みを漏らしながら、苦言を呈してきた。
「あら? それは、あなたが言えた事かしら? あなただって、まだ足元もおぼつかない様子だけど、人の心配をしている場合?」
それにジークは苦笑いを浮かべ、素直に反省を述べた。
「ああ、そうだな。お前には心配を掛け過ぎた」
それを聞くと、アリシアは妙に満足した様子で
「分かればよろしい」と答えてくる。
また彼女は、続けてこの空間の端の方を指さしながら
「まぁ、彼よりかは無事そうだけど」とも告げてくる。
そして、その指がさす先には奴の姿があった。治安局の連中とその傍らに横たわらせた奴の姿が。エレクは彼らに応急処置を成されてはいたが、ぐったりとした様子で身動き一つ取らない。
その様子にジークは
「死んではいないよな?」と問いかけた。
「ええ、一命は取り留めたみたい。あんたが、瓦礫を一身に受けたお陰で」
それにジークは安堵する。
「そうか。奴を捕らえる事ができたのか……」と。
するとその時、突然後方から声を掛けられた。
「うむ、お前さんのお陰様でな。ここは、こんな有様だが、この屋敷全体の崩壊も何とか間逃れた。それに、取引の記録とやらと、魔獣の証拠も無事確保できたぞ」
そう告げてくるのは、治安局の者。初老の男であった。また、どうやら彼は一部始終を聞いていたらしい。
それに対し、ジークは彼へと振り向き
「そうか。それは、よかった」と答える。
ただ、ジークはそう答えつつも、続けて彼を睨みつけた。
「だが、俺達の処遇はどうなる?」と問い詰めながら。
すると彼は、少し顔を曇らせる。
「うむ。ミーシャさん誘拐の容疑と魔獣所持の容疑は晴れたが……。脱獄とそれを幇助した件は処罰の対象になるかもしれん」
そこでジークは、自身の事よりも彼女達の無実を訴えかけた。
「アリシアとアイシャは俺の巻き添えを食っただけだ。彼女達は関係ない」
だがそれには、ジークに言い聞かせるよう告げてくる。
「まぁ、案ずるな。出来るだけ、何とかなるよう上に掛け合ってみるつもりだ」
ジークはそれを聞き、一応の納得を示す。
「……そうか。頼んだぞ」と。
ただ、彼が信用に足るかどうかは、まだ判断しかねる。それでも、今は彼を信じるしかなかった。
そして、そんなジークの疑念を知ってか知らずか、初老の男は労いの言葉を投げ掛けてくる。
「うむ。大船に乗ったつもりでいてくれて構わん。それと、本当にご苦労であったな。お前さんには、改めて礼を言わせてもらう」
しかしそこで、ジークは首を横に振った。
「俺だけでは、奴にこの手が届く事もなかっただろう。彼女達、それぞれの頑張りがあったからこそ、無事に解決できた。礼を告げるべきは彼女達の方だ」
そう告げると同時に、ジークは改めて4人を見渡す。
すると、アイシャは照れて顔を伏せ、ミーシャもどこか気まずそうに顔を伏せてしまう。
また、ミレイは姿勢を正し、ジークの言葉に答えてきた。
「最後は、全くお役に立てませんでしたけど……。ジーク様がそう仰るのでしたら、そのお言葉を有難く頂戴します」と。
そして、なぜかアリシアだけは、得意気な口調で答えてくる。
「ふふん。やっと私の有難みを実感できた様で何よりだわ」と。
そんな三者三様の反応に、ジークは(相変わらずだな)と思い、乾いた笑いを漏らす。
しかしその時、アイシャとミーシャはそろって頭を下げてきた。
「いいえ、礼を言うのはうちらの方です。皆さんには、多大なご迷惑をおかけしました。この御恩は、何らかの形で必ずお返しします」
ただそれには、アリシアが首を横に振る。
「全く、水臭いわね。私達は当然の事をしたまでよ。私達は、もう仲間なんだから」
彼女はそう告げると、ジークに同意を求める様に
「ね?」と目配せしてきた。
そこでジークは頷きつつも、その言葉にどこか懐かしさを覚えさせられる。久しく、聞かなかったその言葉。
まさか、この地で再び聞くとは思わなかった言葉にジークは
「仲間か」と噛みしめる様に呟く。
そして、ジークは彼女達に応えるように頷いた。
「ああ、そうだな。仲間を助けるのは当然の事だ」と。
すると、アイシャとミーシャは呆気に取られた表情を一瞬見せるも、すぐさま笑みを浮かべ出した。
「ほんと、何から何までありがとう」
「ありがとうございます」
そんな彼女達の言葉に、ジークとアリシアはただ黙って頷いた。
それと同時に、ジークは思う。
――俺達がここにいるのは、成り行きであった。俺は彼女を、シャーリーを救い出す事しか考えていなかった。
けれど、今は違う。エレクとの騒動を越えて、俺達は友となり、仲間となったのだ。あの時、全てを失った時には、再び得られるとは思わなかった存在。俺は、今回の騒動を通して確かに得られたのだ。
ただ、同時に怖くもあった。俺の前から、また全てが失われそうで――
しかし、そんな事を考えていると、不意に初老の男が横やりを挟んできた。
「若いってのは、いいのう」としみじみとした様子で。
すると、アリシアが彼に対し、不満を漏らした。
「ちょっと、水を差さないでくれます?」
それに初老の男は、不貞腐れた様に答える。
「よいではないか。俺も輪に混ぜてくれても」
「よくないわ。あなたは、いい年なんだから! おじいさん連中と話していて下さい」
「全く、酷い言い方だな。それに、俺はまだ55歳で十分若い方なんだぞ」
「それは、署内での話でしょ?」
彼女らのやり取りは、情緒もへったくれもない。
ただ、そんなやり取りを前に彼女達は緊張の糸が切れたのか、一斉に笑い出していた。
そして、ジークもこの光景を前に、やっと実感が沸いてきた。
彼女達を守る事が出来たんだと。まだ、脅威は存在している。それでも、一先ずは脅威と呼べる存在を振り払うことが出来た。それに、ジークは心の底から安堵を漏らすのであった。
そして、ジークは心の中で誓いを立てる。
――もう二度と失わせはしない。相手が何であれ、あの時守れなかった物を俺は守り抜く。そして、進む先に何が待ち受けていようとも、必ずやシャーリーを父の手から救い出して見せる。
今は絶望を抱くのではなく、そこから転じた希望を噛みしめる様に。
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