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第二幕
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「む。ここが何処か聞こうと思ったのだが……」
去っていく男達の背を見送りながら武士は顎を撫でる。その側にもう一人いる事に気付いたのか、武士は女の方へと視線を落とした。
女は未だに呆然とした様子でその場にへたり込んでいた。
「おい、そこの女子。ここがどこだか教えてくれないか?」
武士の言葉には先程までの殺気も、伴う眼光も宿っておらず先刻の戦闘は自分の幻覚だったのでは無いかと思う程に、武士は落ち着いた様子で話しかけてきた。
女は安堵していた。自らを武士と名乗り、卓抜した技を有するこの男が自分に敵意を向けていない事に。緊張の糸が解かれ、女も弛緩した様子で武士の男と話を始めた。
「要塞都市アーカムですけど……あなたこそ何でこんな所で倒れていたんですか?」
武士の見せた技の類はこの街では見られないモノであったからだ。安全、とは言え異質な存在である事に違いは無かった。
問われた武士は再度顎を撫でた。考える際の癖なのだろう、と女は思惟しながら返事を待った。
「己れか。それが皆目検討もつかん。【冥路】で出会した物怪共と戦っていたが、気付けばこの見知らぬ土地に居た」
「それであんな血塗れだったんですか……それなら“転移”の罠でしょうか? でも迷宮の外にまで飛ばされるなんて聞いた事がないですね……」
「迷宮……それはなんだ?」
この街に居て迷宮を知らぬ人間はいない。異様。異質。そんな空気を武士は纏っている。
簡単に言えば信用ならない。
信用ならないとなれば探索者は忌避する。
迷宮では互いに命を預けるのだから信用に足る相手でなければならない。
つまり……この武士の男は、精養士の女と同様に“はぐれ者”であった。
それとは別に女は武士の問いへの説明に困った。
──迷宮とは迷宮以外の何物でも無い。説明するとならば迷宮で得られるモノとその他付随する環境についてだろうか?
「……ええと、迷宮っていうのはこの街のそばにあって、怪物が棲んでいて、財宝がある場所ですかね」
「成る程。己れの知る冥路と同義の場所という事か。ならばここは無頼者の集落か」
またしても武士の口からは女の聞き馴染みの無い言葉が出てきた。しかし言わんとしている事を女は察して武士の言う“無頼者”とは自分達探索者の事を言っているのだと理解した。
「まぁ似た様なモノです。ところで──」
空は闇色が褪せ出し、既に夜が明けようとしていた。いつまでもこんな路地裏で質問攻めに合うのも疲れたのか、女は提案をする事にした。
「話の続きは宿に戻ってからでもよろしいですか?」
その提案に武士は「む。そうか」と顎を撫でた後、深く頷いた。
◇
女と武士は宿の前に着いた。
……が、宿。と言うのはあまりにも貧相な、木造の平屋であり、言ってしまえば朽ちかけた廃屋。それは街の宿区の路地裏にあった。
しかし安全性で言えば極めて高いのである。理由としては、先刻襲われかけた路地裏とは距離が離れているのもあるが、何より宿区は探索者としての資格を有する者達が集まっている場所である事が大きな理由となっている。
女は武士を招き入れ、ひとまず座る為に敷いた藁の上に武士を座らせ、その正面にゆっくりと腰を下ろした。
「改めまして、自己紹介させて貰ってもいいですか?」
女が言うと視線をあちらこちらへと動かしていた武士の眼が女を見据えた。
「己れは【アマギリ】と言う」
「わ、わたしは【メイレ】と言いますっ……!」
女よりも先に武士が名乗る。それに対し女も慌てて名乗った。
「聞き慣れない名だ。異国である事は確かか。それで────」
武士……アマギリが唐突に切り出し、メイレは身構える。何を問われるのか、何となく察する事が出来た。
「『迷宮』に行きたいのだが」
「ですよね……」
これはメイレにとって願ったりもしない言葉であったが、視線を床に落としては彷徨わせるなど、その気持ちの方は沈んでいた。
自分の成そうというのは他者から見れば自殺行為にも見える。そんなものに他人を付き合わせるのは騙している様で気が進まない。
なんて返そうか────などと悩んでいる内にアマギリから言葉が発せられた。
「死。お前ん中には死が見える。お前んソレは死ぬ者の顔だ。『諦めた奴』は決まってそんな顔をしている」
射殺す様な真っ直ぐな視線で見据えられメイレは硬直してしまう。
『逃げたい』と思っても、動けばそれこそ殺されてしまいそうな“圧”がアマギリの眼にはあった。
その中でメイレはこの眼に似たモノを思い出した。
──そうだ。酒場で『大鉈の男』から向けられた存在を否定する様な眼。アマギリの眼はそれと同じだ。
そして同時に、多くの死を見つめてきた者の眼だった。
「あ……」
メイレは言葉に詰まった。アマギリには自分の浅はかな考えが見え透いているのだろう。
目的の為に死すら望んでしまっている自分の心中。
死ぬ為に迷宮に潜る者などいない。
死のうとしている者と迷宮に潜る探索者などいない。
メイレは既に形式的な『資格』だけでなく、探索者としての在り方すらも失っていた。
「諦めた奴は同道する者にとって“毒”でしか無い。“あの場所”において死は誉れとはならんからな。まぁ己れの邦での話だが」
最後にそう言い、「さて」とアマギリは立ち上がった。
「随分と迷惑を掛けた。あとは自分で何とかしてみよう」
死体袋で巻かれた大湾刀を抱え、アマギリは去っていった。その背を見ながらメイレは思った。
死が。何故それほど死の近くありながら死を拒み続ける事が出来るのか。多くの死に触れる経験をしながら折れてしまわないのか。経験がそれを成せてしまうのか
……それなのにどうしてまだ人間でいられるのか。
「知りたい────」
メイレの口をついて出たのは『好奇』の心だった。それは一瞬でも自分の目的を忘れさせた武士の在り方への憧憬。自分でも理解出来ない“熱”がメイレの内に燃え上がっていた。
燻りであった心に、再び火が熾っていた。
死と財貨の道を走る者、探索者。
その足を進ませるのは力でも技でも知恵でも無い。
前へと進ませるのは常にその身を焦がす程の“熱”であった。
去っていく男達の背を見送りながら武士は顎を撫でる。その側にもう一人いる事に気付いたのか、武士は女の方へと視線を落とした。
女は未だに呆然とした様子でその場にへたり込んでいた。
「おい、そこの女子。ここがどこだか教えてくれないか?」
武士の言葉には先程までの殺気も、伴う眼光も宿っておらず先刻の戦闘は自分の幻覚だったのでは無いかと思う程に、武士は落ち着いた様子で話しかけてきた。
女は安堵していた。自らを武士と名乗り、卓抜した技を有するこの男が自分に敵意を向けていない事に。緊張の糸が解かれ、女も弛緩した様子で武士の男と話を始めた。
「要塞都市アーカムですけど……あなたこそ何でこんな所で倒れていたんですか?」
武士の見せた技の類はこの街では見られないモノであったからだ。安全、とは言え異質な存在である事に違いは無かった。
問われた武士は再度顎を撫でた。考える際の癖なのだろう、と女は思惟しながら返事を待った。
「己れか。それが皆目検討もつかん。【冥路】で出会した物怪共と戦っていたが、気付けばこの見知らぬ土地に居た」
「それであんな血塗れだったんですか……それなら“転移”の罠でしょうか? でも迷宮の外にまで飛ばされるなんて聞いた事がないですね……」
「迷宮……それはなんだ?」
この街に居て迷宮を知らぬ人間はいない。異様。異質。そんな空気を武士は纏っている。
簡単に言えば信用ならない。
信用ならないとなれば探索者は忌避する。
迷宮では互いに命を預けるのだから信用に足る相手でなければならない。
つまり……この武士の男は、精養士の女と同様に“はぐれ者”であった。
それとは別に女は武士の問いへの説明に困った。
──迷宮とは迷宮以外の何物でも無い。説明するとならば迷宮で得られるモノとその他付随する環境についてだろうか?
「……ええと、迷宮っていうのはこの街のそばにあって、怪物が棲んでいて、財宝がある場所ですかね」
「成る程。己れの知る冥路と同義の場所という事か。ならばここは無頼者の集落か」
またしても武士の口からは女の聞き馴染みの無い言葉が出てきた。しかし言わんとしている事を女は察して武士の言う“無頼者”とは自分達探索者の事を言っているのだと理解した。
「まぁ似た様なモノです。ところで──」
空は闇色が褪せ出し、既に夜が明けようとしていた。いつまでもこんな路地裏で質問攻めに合うのも疲れたのか、女は提案をする事にした。
「話の続きは宿に戻ってからでもよろしいですか?」
その提案に武士は「む。そうか」と顎を撫でた後、深く頷いた。
◇
女と武士は宿の前に着いた。
……が、宿。と言うのはあまりにも貧相な、木造の平屋であり、言ってしまえば朽ちかけた廃屋。それは街の宿区の路地裏にあった。
しかし安全性で言えば極めて高いのである。理由としては、先刻襲われかけた路地裏とは距離が離れているのもあるが、何より宿区は探索者としての資格を有する者達が集まっている場所である事が大きな理由となっている。
女は武士を招き入れ、ひとまず座る為に敷いた藁の上に武士を座らせ、その正面にゆっくりと腰を下ろした。
「改めまして、自己紹介させて貰ってもいいですか?」
女が言うと視線をあちらこちらへと動かしていた武士の眼が女を見据えた。
「己れは【アマギリ】と言う」
「わ、わたしは【メイレ】と言いますっ……!」
女よりも先に武士が名乗る。それに対し女も慌てて名乗った。
「聞き慣れない名だ。異国である事は確かか。それで────」
武士……アマギリが唐突に切り出し、メイレは身構える。何を問われるのか、何となく察する事が出来た。
「『迷宮』に行きたいのだが」
「ですよね……」
これはメイレにとって願ったりもしない言葉であったが、視線を床に落としては彷徨わせるなど、その気持ちの方は沈んでいた。
自分の成そうというのは他者から見れば自殺行為にも見える。そんなものに他人を付き合わせるのは騙している様で気が進まない。
なんて返そうか────などと悩んでいる内にアマギリから言葉が発せられた。
「死。お前ん中には死が見える。お前んソレは死ぬ者の顔だ。『諦めた奴』は決まってそんな顔をしている」
射殺す様な真っ直ぐな視線で見据えられメイレは硬直してしまう。
『逃げたい』と思っても、動けばそれこそ殺されてしまいそうな“圧”がアマギリの眼にはあった。
その中でメイレはこの眼に似たモノを思い出した。
──そうだ。酒場で『大鉈の男』から向けられた存在を否定する様な眼。アマギリの眼はそれと同じだ。
そして同時に、多くの死を見つめてきた者の眼だった。
「あ……」
メイレは言葉に詰まった。アマギリには自分の浅はかな考えが見え透いているのだろう。
目的の為に死すら望んでしまっている自分の心中。
死ぬ為に迷宮に潜る者などいない。
死のうとしている者と迷宮に潜る探索者などいない。
メイレは既に形式的な『資格』だけでなく、探索者としての在り方すらも失っていた。
「諦めた奴は同道する者にとって“毒”でしか無い。“あの場所”において死は誉れとはならんからな。まぁ己れの邦での話だが」
最後にそう言い、「さて」とアマギリは立ち上がった。
「随分と迷惑を掛けた。あとは自分で何とかしてみよう」
死体袋で巻かれた大湾刀を抱え、アマギリは去っていった。その背を見ながらメイレは思った。
死が。何故それほど死の近くありながら死を拒み続ける事が出来るのか。多くの死に触れる経験をしながら折れてしまわないのか。経験がそれを成せてしまうのか
……それなのにどうしてまだ人間でいられるのか。
「知りたい────」
メイレの口をついて出たのは『好奇』の心だった。それは一瞬でも自分の目的を忘れさせた武士の在り方への憧憬。自分でも理解出来ない“熱”がメイレの内に燃え上がっていた。
燻りであった心に、再び火が熾っていた。
死と財貨の道を走る者、探索者。
その足を進ませるのは力でも技でも知恵でも無い。
前へと進ませるのは常にその身を焦がす程の“熱”であった。
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