【R18】コータ、イキます!

momotaro

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3月8日 午後、寮、宇田川乱入

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12:45。昼食を終え店舗に戻る。

「戻りました。」

事務所に戻ると、社員は自分達の席で昼食を摂っている。交代制で昼食を摂っているようで、朝見た全員ではなかった。
パートさん、バイトさんは会議用机で、食事を摂っている人、喋っている人半々だった。パートさんは午後出の人と午後上がりの人が混在していて、倍位になっている。

「それじゃあ差野君、仕事の説明をするから、こっちへ来てくれ。」

「はい。」

本社依頼の調査以外にT町支店の副店長としての業務もこなさないといけないのだ。
店長が4冊のバインダーを持って一番奥にある会議室へ入っていく。僕はメモ帳を持ってついて行く。ドアは開けたまま、応接セットに対面で座る。

「これが、、資料で、、」

(この部屋は、盗聴されている)
メモ帳で筆談する。

「はい、、あと、、の資料も見せて頂たいです、、」

(了解です。)

「先月は、、」

(事務所内で盗聴してそうな奴はいるか?)

「うーん、他店舗では、、」

考え事をして目線を宙に漂わせている振りで、何となく事務所内を見渡す。

(盗聴してそうな奴は、、いません)

「こっちの資料では、、」

(録音して後で回収してまとめて聴く感じかな)

「あれ、こちらの資料は、、」

(かもしれません)

「んで、こっちが、、、」

(せめて誰かがわかれば)

(だれかきます)

そっとメモ帳に資料を乗せて隠すと同時に、市河さんが開いてるドアをノックして、お茶を持って入ってきた。

「おお、市河さん。ありがとう。」

「ありがとうございます。先程はどうも。」

「?市河さんとはもう面識があるのかね?」

「はい、朝、ご挨拶をさせて頂きました。」

「そうか。彼女は気が利いてね。野菜のパート以外にもいろいろ書類やら手伝って貰ってるんだ。」

「そうでしたか。いろいろ教えて下さい。」

「そんな、私なんかが教えて差し上げるようなことなんてありますか?」

「あります、あります。よろしくお願いします。」

「おい、差野君。彼女に手を出すなよ。今、俺が口説いてるところなんだからな。」

「え、そうなんですか!?」

「店長、またふざけて。差野さんが信じちゃうじゃないですか。」

「俺は真剣なんだがな。相手にしてくれないんだ。」

「店長、独身拗らせてますもんね。」

「独身は君も一緒だろう?」

「お二人、仲が良いんですね。」

「「そうでもないよ」」

「息ぴったりじゃないですか。」

「「そうかな?」」

「プッ、クスクス。」

店長と顔を見合わせると、お互いにやれやれという顔をしていたようだ。

「あ、そうだ。差野君、社員寮使うんだよね?」

「はい。できればお願いしたいです。期間が判らないので普通のアパート借りるの、踏み切れなくて。」

「そういうことだから、市河さん。よろしくね。」

「へ?何で市河さんなんですか?」

「彼女が住み込みで寮の管理をしてくれてるからだよ。」

「へー、そうなんですか。」

「はい。」

「市河さんがウチの寮のルールだからね。」

「ルールだなんて、そんな。言うこと聞かないとちょっと閉め出すくらいですよ。」

「な?」

「はい。逆らいません。」

3人でひとしきり笑いあうと、市河さんは仕事に戻っていった。事務所内はもう昼食を摂る人もいなくなりシーンとしていた。

また店長と筆談を再開する。

(市河さんはどこまで信じていいんですか?)

(んー、彼女は2年前にT町に越してきたらしくて、住み込みで働けるところを探していてね。雇った。この件には関係無いと思う。)

(そうですか。そうすると、、発注責任者と在庫管理者、それから店長が目を通す資料を操作できる人、、となると、、)

(店長補佐ともう一人の副店長だな)

(その二人を観察してみます)

(頼んだ)


ーーーーーーー


バックヤード〈野菜〉の人目につかない棚の陰で男と女がヒソヒソと話をしている。

「どうだった?」

「特に何とも。」

「アイツが何しに来たのか、何も掴めなかったのか」

「はい、、でも社員寮に入るようなので、そのうち何か分かるかもしれません。」

「そのうちじゃダメだ。なるべく早く目的を聞き出して知らせろ」

「わかりました、、」


ーーーーーーー


20:00閉店。店内の清掃や片付け、書類の処理などを済まして、寮に入れたのは22:00を少しまわった頃だった。
社員寮はスーパーの駐車場の向こう側で、徒歩5分もかからないところに建っている。2階建てのアパートのような形をしていて、1階に吹き抜けの玄関、食堂兼ホール、キッチン、管理人室。2階に個室が5部屋ある。
社員寮なのだが、ウチの従業員は基本地元の人を雇用しているので、みんな自宅から通っている。
社用車に載せたままだった荷物を持って寮へ移動する。管理人室を尋ねると、寛いでいたであろう市河さんが出てきた。スーパーで会った時とは違って、“デキル女”メイクを落としてスッピンだし、スエットの上下というラフな格好で、20代後半のOLさんみたいな、可愛い感じだ。

「遅くまでお疲れ様でした。お部屋は2階になりますけど、どの部屋がいいですか?」

「出入口に近いところがいいです。」

「じゃあ201号室ですね。一応部屋は毎月1回お掃除しているので、そんなにヒドイことにはなっていないと思うんですが、だめだったら違う部屋に交換しますから。」

後ろを向いて壁の鍵掛けから当該部屋の鍵を探している。後ろ姿は華奢で、いい匂いがする。

「ありがとうございます。屋根と壁さえあればなんとかなりますから。」

「そうですか。それと、トイレは各階に。お風呂は1階の食堂の横にあります。私は大体22時には入ってしまいますので、それ以降であればいつでもご自由にどうぞ。」

「分かりました。大体いつもこの位の時間になると思うので、こちらのことは気にしないでください。」

「分かりました。はい、これが201号室の鍵です。」

「ありがとうございます。」

「それではお休みなさい。」

「お休みなさい。」

鍵を受け取り、玄関脇の階段で2階に上がる。一番手前の部屋に“201”と書いてある。鍵を開けて部屋に入る。
思ったより黴臭くもなく、埃も積もってはいない。6畳一間だが、これからしばらくの間、僕の城だ。
部屋には電気スタンドと小さい座卓があり、押入れに布団も一組あった。湿気った感じはしなかったのでマメに干しているんだなぁと感心し、窓際に敷いた。
窓を開け、空気を入れ換えながら、買っておいた弁当で夕飯にしようと座卓に並べる。

ピンポーン

「はーい。」

(こんな時間に、、市河さんかな?)

ちょっと期待してドキドキしながらドアを開けると、市河さんが申し訳無さそうに立っていた。

「どうかしました?」

「すみません。」

「え?」

「よっ。来たぜ。ほら、酒とツマミ。」

市河さんの後ろに隠れていた宇田川店長が乱入してきた。

「邪魔するぜ。なんだ、もう寝る準備できてるのか。」

勝手にズカズカ部屋に上がり込んできた。あ然としていると

「本当にすみません。店長に無理やり案内役にされまして。」

「あ、いいえ、大丈夫です。予想してました。市河さんも良ければ上がっていってください。」

「それじゃ、お邪魔します。」

宇田川さんはさっさと座卓の前に陣取り、持ってきたものを並べている。僕の弁当を見て

「あー、その手があったか、、」

と言ってお腹を擦っている。

「店長、お腹空いてるんですか?残り物で良ければ持ってきますよ?」

「本当!?やったぁ。お願いします。あ、あとコップも。」

「はい。ちょっと待ってて下さい。」

市河さんは自分の部屋に戻っていった。

「やった!市河さんの手料理だぞ!ラッキー!」

「、、宇田川さん、、変わらないっすね。」

「おうともよ。」

「家に帰らなくて大丈夫ですか?息子さん放っておいて。」

「おいおい、あいつはもう23だぞ。家になんて寝に帰って来るだけだ。」

「もう23ですか、、あの頃は中学生でしたっけ。」

「そうだったな。」

「お待たせしました。はいこれどうぞ。」

お盆にはおにぎりが乗ったお皿と、煮物の小鉢が乗っていた。

「おー、旨そうだ。佐野君の分は無いからな。」

「えー、、」

「我が店の美味しいお弁当があるだろ?」

お盆を市河さんから受け取って、抱え込んで隠している。その仕草がおかしくて吹き出した。

「、、プッ!くっくっく、、」

「まぁ、店長ったら。大人気ない。」

「「「あはははは!」」」

「じゃあ、差野君を歓迎して、カンパーイ!」

「かんぱーい!」

「ありがとうございまーす。」


「ところでさっき何のお話してたんですか?」

市河さんが食事の準備をしていた間の話題を聞いてきた。

「宇田川さんと知り合った頃のことをちょっと。」

「えー、私も聞きたいです。」

「そんな大した話じゃねーよ。」

「お二人がすごく仲いいから、気になりますよ。」

「そうですか?僕が新卒で入社したときの教育係が宇田川さんだったんですよ。」

「えー、そうなんですか?悪い事いっぱい教わったんじゃないですか?」

「あはは。お酒の飲み方は教わりましたかね。」

「あー。あの頃はよく飲みに行ったな。」

「午前様になって奥さんに怒られてましたよね。普段大人しい人がキレると怖いって勉強になりました。」

「奥さん!?、店長に奥さんいらしたんですか?」

「あ、ああ、まあ、いたな、、」

「、、過去形なんですね。何が理由で離婚されたんですか?」

「んん?突っ込んでくるねぇ。百合ちゃん興味津々?今度ベッドの中でお話してあげようか?」

「それは結構です。それで、どこで浮気したんですか?」

「浮気確定なのね、、」

「宇田川さんは奥さん一筋だったんですよ。信じられないことに。」

「俺は愛妻家だ!」

「じゃあ何で奥さん出て行っちゃったんですか?」

「いや、仲良し夫婦でしたよ、、」

「?」

「、、病気でな。」

「え、、ごめんなさい、、」

「いや。良いんだ。もう8年も前の話だ。あの頃忙しくてなぁ。看取れなかったんだ。息子に怒られた怒られた。」

当時、スーパーエイラは急成長中で、高いノルマを課されていた。社員は営業時間が終わってから外回りに出たりして、連日深夜まで働いていたのだ。

「その息子さんが大きくなったって話をしてたんですよ。」

「息子さん、おいくつなんですか?」

「23。百合ちゃんがその気ならすぐ追い出すから。二人でしっぽりと、、」

「それは結構です。」

「そう言う市河さんはどうしてこんなところで一人暮らしなんですか?」

「そうそう。俺、興味津々。」

「え、私ですか?私は、、夫に裏切られたんです、、」

「、、そうなんですか、、」

「百合ちゃん美人なのに、浮気するなんて悪い奴だ!」

「うふふ。悪い奴だー!あいつめー!許さーん!」

「「「あははは!」」」

(笑い話にできるなら、もう吹っ切れているんだな。)

この時はそう思っていた。

結局、この日は宇田川さんが呑み潰れて寝てしまい、泊めることになった。隣の202号室からもう1組布団を持ってきて使うことにした。市河さんは日付けが変わる頃帰っていった。宇田川さんのイビキが鳴り響く中、僕は明日からの調査に思いを馳せていた。
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