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第三部
先輩たちからの忠告
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私は宿で夕ご飯を食べたあと、ラウンジのソファでジュースを飲みつつまったりとくつろいでいた。
今夜は私たちのほかに冒険者は泊まっていないみたいで、とても静かだ。
今夜でヴェルディの街ともしばらくはお別れだと思うと、感慨深いものがある。
「ルチア、ちょっと、こい」
少し離れた席でヴィートと一緒に酒を飲みつつ、話し込んでいたクラウディオが手招きしている。
ヴィートは泊まっていた宿を引き払っていたので、今夜は同じ宿だ。
ヴィートもクラウディオの声の調子が変わったのを聞きつけて席に座り直している。
「んー、なに?」
やっぱり、あれだよね。話があるって昼間言ってたやつ。
私はちょっとびくびくしながらクラウディオたちの前に座った。
「ルチア。生体魔法は、解毒以外に、何か、使えるのか?」
「うーん。そもそも解毒魔法って生体魔法なの?」
「そこからか!」
クラウディオが愕然としている。
「ということは、他の、生体魔法も、使えるか、わからない、ということか?」
「ごめん……。使ったことないから、わからないよ」
私はなんだか申し訳ない気分になってくる。
基本的に私が使うのは精霊に教えてもらった魔法だけだ。だれか先生について習ったわけでもないし、両親から教えてもらったわけでもない。
ドラゴンはほとんど本能で魔法を使うから、勉強する必要がないのだ。
「生体魔法というのは、ルチアが使った解毒魔法もそうだが、回復魔法、速度上昇、体力増加、魔力回復、そんなところだ。ほとんどがバフと呼ばれている」
ぐったりとしているクラウディオに代わってヴィートが説明してくれた。
「あれ、回復魔法って精霊魔法だと思ってたんだけど、違うの?」
「あっている。回復役が使うことが多い回復魔法は、生体魔法によるものではなく精霊魔法のほうが一般的だ。私が知っているのはヒールウィンドとヒールウォーターぐらいだな」
ほうほう、そんな便利な魔法があったのか。私は怪我したことないから、使ったことはないけど、覚えておこう。
「ルチアは、生体魔法と精霊魔法の違いがわかるか?」
「ヴィート先生、わかりません」
なんだか空気が張り詰めていて、息苦しいような気がする。私は少しでも場を和ませたくて、ちょっとふざけて返した。
「ふざけている場合ではない」
ヴィートの目はちょっと冷たい。そんな目で見ないでよ。
「生体魔法というのは簡単に言うと自分の力を分け与える魔法だ。ルチアが使っている精霊魔法は精霊の力を借りているのだろう?」
「うん。そうだよ」
私はうなずいた。
「だが生体魔法が自分の魔力や体力を分け与えるもの、らしい。私も魔法使いではないから詳しくは知らないが」
「そういう、ことだ。今後、生体魔法は、人前で、使うな」
「ああ。今みたいに体力や魔力も充実しているときはいいが、昨日みたいにぎりぎりの状態で使えば命を削ることになる。生体魔法は戦闘力の底上げになるものが多いから、使いこなせればとても便利だが、軽々しく使うべきではないな」
クラウディオとヴィートに交互に諭されて、なんとなく彼らの言いたいことはわかった。
「……わかった」
私はパーティを組むと決めたのが彼らでよかったと、心の底から思った。
私に便利な魔法を使わせて、自分たちの目的を達成するために利用することもできるのに、きちんと私に判断する材料を与えてくれる。
彼らのちょっと厳しい言葉は、私のことを心配してくれているがゆえのことだとわかる。
「クラウディオ、ヴィート、私とパーティを組んでくれて、ありがとう」
「別に、礼を言われる、ほどの、ことでは、無い。俺にも、メリットは、ある。気にするな」
「そうだぞ。私も早くルチアを成長させて、コルシの洞窟を攻略したいからな」
「わかった。私頑張るね!」
突然ヴィートがふるふると身体を震わせ始めた。机をはさんで向かい合って座っていたはずなのに、すごい勢いで席を立って、私に抱きついた。
「ルチア、かわいい!」
「なんで? どうして?」
今の私の、どこにかわいい要素があったのかわからない。
「しっぽが、しっぽが……」
熱に浮かされたようなヴィートの口調に、私はドン引きした。
「諦めろ。そいつは、ドラゴン好きの変態だ。おおかた、あんたの、しっぽが、ぴんと、伸びたのが、つぼに、入ったのだろう」
クラウディオの言っている意味が分からないよ!?
「ルチア~」
ヴィートが甘えた声を上げながら、私に抱き着いている。
「お前も、そのへんに、しとけ。ルチアに、嫌われるぞ?」
クラウディオの言葉に、弾かれたようにヴィートは私から離れた。
「すまない。飲み過ぎたようだ」
がっくりと肩を落としながら、席に戻っていく。
ふう。いつものヴィートに戻ったね。
私はそっと安堵の息をこぼした。
「もう一つ、確認して、おきたい、ことが、ある」
えぇ? このお説教ってまだ続くのー?
「昼間使っていた魔道具のことだ」
「ああ、圧縮魔法のかかった袋のことでしょ?」
「それだけじゃないだろう?」
「うん。保存の時魔法もかかってるよ?」
別につけようと思ってつけたわけじゃないというか、保存の魔法をかけようと思ったら、圧縮魔法もかかってしまっただけなんだけどね。
「あれを、どこで、手に入れた?」
真剣なクラウディオの表情に、不安がこみ上げてくる。
「なんか、まずかった?」
「もしかして、あれはルチアが作ったのか?」
「そうだけど……」
「あんたが、魔道具を、作れることは、だまって、おけ。いらぬ輩を、引き寄せる」
「私もそのほうがいいと思う。魔道具を作れる者はそれほど多くない。しかも複数の属性を掛け合わせることができると知ったら、恐ろしい値がつく。その魔道具を手に入れるためだけに、狙われても不思議ではないぞ?」
「わぁ、物騒だね?」
「詳しくはわからないが、売りに出せば恐らく金貨十枚はくだらないはずだ」
金貨十枚って……。うん、想像がつかない。
「わかった。黙っとく」
「いったいルチアはどれだけ魔法が使えるのだ?」
「やめろ、聞くのが、恐ろしい」
クラウディオがヴィートのわき腹をつついている。
なんだかんだで、二人とも仲いいよね。
「ええー? ひどくない?」
「そう言われると、私も怖くなってきた」
「んーと、契約してる精霊は風火地水の全属性だよ」
風の精霊は、今眠っちゃってるけど……。
「……聞くのでは、なかった」
「聞かない方が幸せだったな」
クラウディオとヴィートは大げさな仕草で嘆きつつ、互いを慰めている。
「なんかまずかった? でも全属性と契約してても、使える魔法は中級までだよ? 全然だめだと思うんだけど?」
お兄ちゃんたちに比べたら、私の魔法なんてぜんぜんダメなんだもの。
「このあほうっ!」
クラウディオが語気を荒げた。
「魔法使いは、精霊と契約してる奴の方が少ないのだ。たとえ中級までしか使えなくとも、契約しているか否かで、魔法の威力は全く異なるだろう?」
ヴィートの表情も険しい。
「そんなのわからないよ。物心ついた時にはもう、精霊と契約しちゃってたし、まともに魔法を使えるようになったのだって、この街にきてワンドを使うようになってからだもん」
ちょっとすねながらそう答えると、ヴィートとクラウディオがはっと気付いたように表情をゆるめた。
「……すまない。責めるような、言い方を、してしまった」
「そうだな。ルチアは偉大なるドラゴンの血を引いているのだ。全属性の精霊と契約していても不思議ではないな」
うん。ドラゴンの血をひいているというか、まんまドラゴンだけど。
黙ってて、ごめんね。
「ううん。クラウディオが謝ることなんてない。私がいろいろと知らないことが多すぎるだけだよ。きっと、この先も迷惑をかけてしまうと思うけど、こんな私だけど……、ふたりと一緒に戦ってもいいかな?」
「当たり前だ。俺は、あんたの、師匠だ」
「もちろんだ。私たちはパーティだろう?」
「……うんっ」
やっぱり、二人が仲間でよかったよ。
今夜は私たちのほかに冒険者は泊まっていないみたいで、とても静かだ。
今夜でヴェルディの街ともしばらくはお別れだと思うと、感慨深いものがある。
「ルチア、ちょっと、こい」
少し離れた席でヴィートと一緒に酒を飲みつつ、話し込んでいたクラウディオが手招きしている。
ヴィートは泊まっていた宿を引き払っていたので、今夜は同じ宿だ。
ヴィートもクラウディオの声の調子が変わったのを聞きつけて席に座り直している。
「んー、なに?」
やっぱり、あれだよね。話があるって昼間言ってたやつ。
私はちょっとびくびくしながらクラウディオたちの前に座った。
「ルチア。生体魔法は、解毒以外に、何か、使えるのか?」
「うーん。そもそも解毒魔法って生体魔法なの?」
「そこからか!」
クラウディオが愕然としている。
「ということは、他の、生体魔法も、使えるか、わからない、ということか?」
「ごめん……。使ったことないから、わからないよ」
私はなんだか申し訳ない気分になってくる。
基本的に私が使うのは精霊に教えてもらった魔法だけだ。だれか先生について習ったわけでもないし、両親から教えてもらったわけでもない。
ドラゴンはほとんど本能で魔法を使うから、勉強する必要がないのだ。
「生体魔法というのは、ルチアが使った解毒魔法もそうだが、回復魔法、速度上昇、体力増加、魔力回復、そんなところだ。ほとんどがバフと呼ばれている」
ぐったりとしているクラウディオに代わってヴィートが説明してくれた。
「あれ、回復魔法って精霊魔法だと思ってたんだけど、違うの?」
「あっている。回復役が使うことが多い回復魔法は、生体魔法によるものではなく精霊魔法のほうが一般的だ。私が知っているのはヒールウィンドとヒールウォーターぐらいだな」
ほうほう、そんな便利な魔法があったのか。私は怪我したことないから、使ったことはないけど、覚えておこう。
「ルチアは、生体魔法と精霊魔法の違いがわかるか?」
「ヴィート先生、わかりません」
なんだか空気が張り詰めていて、息苦しいような気がする。私は少しでも場を和ませたくて、ちょっとふざけて返した。
「ふざけている場合ではない」
ヴィートの目はちょっと冷たい。そんな目で見ないでよ。
「生体魔法というのは簡単に言うと自分の力を分け与える魔法だ。ルチアが使っている精霊魔法は精霊の力を借りているのだろう?」
「うん。そうだよ」
私はうなずいた。
「だが生体魔法が自分の魔力や体力を分け与えるもの、らしい。私も魔法使いではないから詳しくは知らないが」
「そういう、ことだ。今後、生体魔法は、人前で、使うな」
「ああ。今みたいに体力や魔力も充実しているときはいいが、昨日みたいにぎりぎりの状態で使えば命を削ることになる。生体魔法は戦闘力の底上げになるものが多いから、使いこなせればとても便利だが、軽々しく使うべきではないな」
クラウディオとヴィートに交互に諭されて、なんとなく彼らの言いたいことはわかった。
「……わかった」
私はパーティを組むと決めたのが彼らでよかったと、心の底から思った。
私に便利な魔法を使わせて、自分たちの目的を達成するために利用することもできるのに、きちんと私に判断する材料を与えてくれる。
彼らのちょっと厳しい言葉は、私のことを心配してくれているがゆえのことだとわかる。
「クラウディオ、ヴィート、私とパーティを組んでくれて、ありがとう」
「別に、礼を言われる、ほどの、ことでは、無い。俺にも、メリットは、ある。気にするな」
「そうだぞ。私も早くルチアを成長させて、コルシの洞窟を攻略したいからな」
「わかった。私頑張るね!」
突然ヴィートがふるふると身体を震わせ始めた。机をはさんで向かい合って座っていたはずなのに、すごい勢いで席を立って、私に抱きついた。
「ルチア、かわいい!」
「なんで? どうして?」
今の私の、どこにかわいい要素があったのかわからない。
「しっぽが、しっぽが……」
熱に浮かされたようなヴィートの口調に、私はドン引きした。
「諦めろ。そいつは、ドラゴン好きの変態だ。おおかた、あんたの、しっぽが、ぴんと、伸びたのが、つぼに、入ったのだろう」
クラウディオの言っている意味が分からないよ!?
「ルチア~」
ヴィートが甘えた声を上げながら、私に抱き着いている。
「お前も、そのへんに、しとけ。ルチアに、嫌われるぞ?」
クラウディオの言葉に、弾かれたようにヴィートは私から離れた。
「すまない。飲み過ぎたようだ」
がっくりと肩を落としながら、席に戻っていく。
ふう。いつものヴィートに戻ったね。
私はそっと安堵の息をこぼした。
「もう一つ、確認して、おきたい、ことが、ある」
えぇ? このお説教ってまだ続くのー?
「昼間使っていた魔道具のことだ」
「ああ、圧縮魔法のかかった袋のことでしょ?」
「それだけじゃないだろう?」
「うん。保存の時魔法もかかってるよ?」
別につけようと思ってつけたわけじゃないというか、保存の魔法をかけようと思ったら、圧縮魔法もかかってしまっただけなんだけどね。
「あれを、どこで、手に入れた?」
真剣なクラウディオの表情に、不安がこみ上げてくる。
「なんか、まずかった?」
「もしかして、あれはルチアが作ったのか?」
「そうだけど……」
「あんたが、魔道具を、作れることは、だまって、おけ。いらぬ輩を、引き寄せる」
「私もそのほうがいいと思う。魔道具を作れる者はそれほど多くない。しかも複数の属性を掛け合わせることができると知ったら、恐ろしい値がつく。その魔道具を手に入れるためだけに、狙われても不思議ではないぞ?」
「わぁ、物騒だね?」
「詳しくはわからないが、売りに出せば恐らく金貨十枚はくだらないはずだ」
金貨十枚って……。うん、想像がつかない。
「わかった。黙っとく」
「いったいルチアはどれだけ魔法が使えるのだ?」
「やめろ、聞くのが、恐ろしい」
クラウディオがヴィートのわき腹をつついている。
なんだかんだで、二人とも仲いいよね。
「ええー? ひどくない?」
「そう言われると、私も怖くなってきた」
「んーと、契約してる精霊は風火地水の全属性だよ」
風の精霊は、今眠っちゃってるけど……。
「……聞くのでは、なかった」
「聞かない方が幸せだったな」
クラウディオとヴィートは大げさな仕草で嘆きつつ、互いを慰めている。
「なんかまずかった? でも全属性と契約してても、使える魔法は中級までだよ? 全然だめだと思うんだけど?」
お兄ちゃんたちに比べたら、私の魔法なんてぜんぜんダメなんだもの。
「このあほうっ!」
クラウディオが語気を荒げた。
「魔法使いは、精霊と契約してる奴の方が少ないのだ。たとえ中級までしか使えなくとも、契約しているか否かで、魔法の威力は全く異なるだろう?」
ヴィートの表情も険しい。
「そんなのわからないよ。物心ついた時にはもう、精霊と契約しちゃってたし、まともに魔法を使えるようになったのだって、この街にきてワンドを使うようになってからだもん」
ちょっとすねながらそう答えると、ヴィートとクラウディオがはっと気付いたように表情をゆるめた。
「……すまない。責めるような、言い方を、してしまった」
「そうだな。ルチアは偉大なるドラゴンの血を引いているのだ。全属性の精霊と契約していても不思議ではないな」
うん。ドラゴンの血をひいているというか、まんまドラゴンだけど。
黙ってて、ごめんね。
「ううん。クラウディオが謝ることなんてない。私がいろいろと知らないことが多すぎるだけだよ。きっと、この先も迷惑をかけてしまうと思うけど、こんな私だけど……、ふたりと一緒に戦ってもいいかな?」
「当たり前だ。俺は、あんたの、師匠だ」
「もちろんだ。私たちはパーティだろう?」
「……うんっ」
やっぱり、二人が仲間でよかったよ。
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