紀元7000年の冒険譚

胡桃幸子

文字の大きさ
25 / 52
第一章 大いなる海竜種

22 森で消えた子供

しおりを挟む
 「あれ、お前らこんなところにいたのか」

日陰で座り込んで涼んでいると頭上からかけられた声に顔を上げる。

「スズメさん」

声の主は船で知り合った冒険者であった。
金髪をショートカットにしているマリテの冒険者協会に所属する彼女は若いながらも冒険者の最高ランクと呼ばれるSランクで、今回も王宮からの依頼を受けた協会から直接依頼されたらしい。
戦闘特化と聞いたが、どんな戦い方をするのかは知らない。

「あっちで手合わせとかやってるけど、お前らは来ねぇのか?」

その言葉に苦笑いをして首を振る。

「いや、人混みにまだ慣れなくて……」
「僕は戦闘系じゃないから……」
「そうかい、まあ無理強いはしねぇけど」

不満げに唇を尖らせたスズメさんはそのままドカリと隣に腰をおろした。挙動の一つ一つが豪快で、美人なのに男前だ。筋肉もけっこうついているのが服の上からも分かる。

俺は……まだ成長期だから伸びしろはある。うん。

彼女はポケットをまさぐると何やら容器を取り出し、そこから出した葉巻の先を切って咥える。俺たちにも差し出されたが黙って首を振った。
指の先に魔術で灯された火が葉巻に移される。

「あんたは行かないのか?」
「アタシゃあいいんだよ。さっき暴れてきたから」

ふーーーっ、と煙を吐いて言う彼女はとても様になっていてカッコいい。

いいな、さっきはああ言ったけどちょっと試してみようかな。

そう思っているとそれを読んだかのように肩にランの手が置かれた。恐い、顔は笑っているけど目が笑っていない。ジョーク、ジョークです。

「喫煙は健康に多大な害を及ぼすよ。身体が基本の貴女のような人にはおすすめしないな」

彼は俺の肩の手にギリギリと力を込めながらスズメさんに言った。

痛い、痛いですランさん。さっきのはちょっとした興味だったんです許してくださいランさん。

ふるふると震えていると、言われた彼女はふは、と笑う。

「お医者サマは厳しいねぇ。けど悪ぃな、コレはアタシの人生の楽しみの一つでね、そうそうやめることなんざ出来ねぇんだよ」

ランは一瞬む、としたが仕方がないと言うようにため息をついた。

……だからあの、そろそろ手、離してくれません……?

そろそろ肩が限界に近づいてきた。ランお前、以外と力強いのな……? 戦闘無理ーとかいいながらできちゃう系だったりしないのな……?



 なんとかランに手を離してもらい、三人で話していると唐突にねえ、と声がかかった。見ると、この島の子供らしい女の子がこちらをじっと見据えていた。

「どうしたの、お嬢さん?」

ランが優しく返すと彼女は一度口を開くがまた閉じて、何やら言おうか言わまいか迷っているようだった。
だが、やがて決心したように言った。

「友達が、帰ってこないの」

少し震えたその声を聞いたランがまた優しく問う。
優しげな雰囲気の彼はこういうときに頼りになる。

「帰ってこないって、お父さんとお母さんには言ったの?」

その質問に少女はううん、と首を振るとぽつりぽつりと話し始めた。

曰く、行った場所はそう危険で遠い場所でもないのに、一時間経っても帰ってこないこと。
曰く、自分で探しに行こうと思ったが何故だが嫌な予感がして足が竦んでしまったこと。
曰く、親たちに心配をかけたくないこと。

彼女の話を全て聞いて、ランとスズメさんと顔を合わせる。

ちょっとこれは、まずいんじゃないか。

ランの膝の上で寝息を立てていたルリも、いつの間にか起きていたようだ。

「んー、でもな、嬢ちゃん」

少しの沈黙後、立ち上がったスズメさんがわしゃりと少女の頭を撫でる。

「親父さんとお袋さんには言っとこうぜ? 子供は大人に頼るモンだ」
「でも……」
「でももクソもねぇ。二人に言いに行きな。友達はアタシ達が探してやるからさ。な?」

いつの間にか俺たちも協力することになっているが、元よりそのつもりだったので不満はない。
むしろここでメンバーを外された方がすっきりしない。

少女は俯いて少し考えた後、コクリと小さく頷いた。

「……ん、わかった」

それにスズメさんが破顔する。
……黙ってそうしてるだけなら普通に美人なのに言動からにじみ出る男前さが全てを別のなにかに変えていく。
けどとにかくカッコいい。少女からするとこの上ない正義の味方に見えるだろう。

「よぉしいい返事だ。……嬢ちゃん、お前さんの名前とその友達の名前を教えちゃあくれねぇか?」
「……私はアオバ。友達の名前はアカバ。男の子よ」
「おお、いかにも双子みてぇな仲の良さそうな名前だな」

スズメさんがニッと笑ってそう言うと、やっと少女___アオバちゃんは笑った。



 「うへぇ、薄気味悪ぃな」

先頭を歩くスズメさんが言葉をもらす。

「足場も悪いし……。ねぇ、本当にこの島、結界で囲ってるんだよね?」
「そのはず、なんだけどなぁ……」

そう、そのはずなのだ。ならなんだ、この明らかにヤバイ空気が漂っているこの森は。
砂浜ではサンサンと晴れていたのにとても暗い。しかし、夜のような暗さとはまた違う。元から光が無いというより、光が吸い取られてしまったかのような暗さだ。

「何処かで結界が破れかかってるのか?」
「それは無いと思うぜ。あの王子のお付きの兄ちゃんが結界を張り直すのに付き合ってたんだけどよ、あの結界を張る能力は本物だ。本当に人間が張ってんのか疑う程にな。……てか昼は森の中こんな感じだったけ……?」
「ならなんで……」

スズメさんの言葉にランが訳がわからない、と言うように呟いたその時

ガサガサッ

「「「‼」」」

すぐそばの草むらが揺れる。
俺とスズメさんはいつでも動けるように構え、ランは一瞬で最終形態になったルリと並んで草むらを睨み付けた。

草むらは未だガサガサと揺れている。
だがそちらに集中しているうちに横側に忍び寄ってきた影に気付かなかった。

ガササッ

『グァァッ‼』
『ギャオン‼』

「うわっ⁉」
「ランっ‼」

横から黒い狼が飛び出してきてランにその牙を突き立てようとする。が、ルリがとっさに彼の首根っこを咥えて後ろに放り投げたおかげでそれは空振りに終わり、獲物を失った牙がガキンと音を立てた。
ランを投げた勢いでルリは身体を回転させ、尻尾でその狼を薙ぎ払う。

『キャウンッ‼』

「ボサッとすんな‼ 前にもいるぞ‼」

『グァォ‼』

スズメさんの声ではっとして前を見据えた瞬間に漆黒が飛びかかってくる。

「のあ、っと‼」

間一髪で避け、振り向きざまに刀を振るう。だが動きが速く、その尾を掠って毛を少し散らせただけだった。

「おまっ、あの舞刀術とか言うやつ使ったら一瞬だろ‼」

スズメさんに怒鳴られたが、こっちにも訳がある。
俺は叫び返した。

「こんな木が密集した中で使ったら木が倒れて危ないし動き辛くなるだろ‼」
「ったく扱い辛ぇ術だなぁ、あ⁉」

その時、更に出てきた二頭の狼が彼女に飛びつく。彼女は一頭は避けて強化魔術で強化した脚で蹴り飛ばした。ドゴォンと音を立てて木に衝突したそれは動かなくなる。
が、もう一頭は避け損ね、肩にガブリと噛みつかれた。

「ぐ、あっ」
「スズメさんっ‼」

そばに寄ろうとしても狼がそれを許さない。
真っ黒い獣が上にのしかかる。鋭い爪を刀で受け止めるも、力が強くて上手く動けない。

『グルァ‼ ガウガウ‼』

「っ重、いっ。ちょっと、俺たち食べるの、諦めて減量したらっ、と‼」

『グ、グアッ⁉』

渾身の力を込めて腹筋で起き上がる。
その拍子にひっくり返ったそいつが起き上がる前に喉元に一突き。ブシャッと血が飛び散り、足元の草を濡らした。

「スズメさん、は⁉」

「うらぁ‼」

『グキュッ⁉』

スズメさんが心配で振り向くと、なんと彼女は肩に狼をくっつけたまま立ち上がり、その状態で右の拳で左肩の狼殴りつけた。

何あの馬鹿力こわい。絶対あの人怒らせないようにしよう。

痛みで狼が口を離す。その前足が地面に着く前に彼女は膝蹴りをかまし、浮いた身体の腹に右ストレートを叩き込んだ。
吹っ飛んでいった狼はルリと相対していた狼も巻き込んで近くの岩に叩きつけられ、

『クギュッ』

と言ったきり動かなくなった。

 「筋力パネェ……」

思わずそう零しながら周囲の気配を探る。どうやらこの近くにいた狼はこの四体だけだったようだ。
ランがひょこっとルリの影から姿を現して、スズメさんに駆け寄る。

「スズメさんっ、肩、肩診せて‼」
「んあ? こんくらいどうってことねぇよ」
「診·せ·な·さ·い」
「……ウィッス」

ランの気迫に小さく頷いた彼女は木に寄りかかり、治療がしやすいように上の服を脱いでタンクトップになった。
ランが傷口を診ながら言う。

「傷口に瘴気が紛れ混んでる。少し痛むけど、我慢してね」
「ははっ、アタシは痛みにゃ慣れてるしけっこう強い自信が_____ッ⁉」

容赦なく傷口に薬らしい液体をどぼどぼとかけるラン。ジュワァァ……という音を立てて煙を立てるそれにスズメさんは声にならない悲鳴を上げる。

絶対怪我しない。
俺は固く心に誓った。



 「いつつ……まだ沁みて痛ぇ……」

スズメさんが包帯の巻かれた肩を擦りながら言う。目は若干涙目だ。

「仕方ないじゃん、瘴気が入ってたんだから。それとも何? そのままにして瘴気で死にたかった?」
「メッソウモゴザイマセン」

ちょっと怒りを孕んだランの声に彼女は肩を縮こまらせる。そのまま話題を変えるようにぐるぐるとその肩を回して彼に言った。

「で、でも動きには異常ないし‼ ありがとな‼ うん‼」

引き攣った笑顔でそう言って、よーしとっととアカバ君見つけるぞー、とずんずんと歩いて行こうとする。
それに俺は待ったをかけた。

「あ? んだよ」

不機嫌そうな言葉選びだが彼女にそんな意思は梅雨程もないのは短い付き合いだが分かる。サバサバとしているだけなんだ、彼女は。

……最初は怒らせたかと思ってビビった事もあったけど。

「ここから先は瘴気が濃すぎる。あまり一人で進まない方がいいと思う。
こんな魔物もいるし……」

刀の刃先でつん、と狼の死体をつつく。
それは身体全体から瘴気を燻らせ、はっきり言ってあまり近くには寄りたくない。というか既に腐敗が始まって気持ち悪い。

ていうかもう一部白骨化してんですけど。……メイには死んでも見せられない。

ランも少し顔色が悪いし、スズメさんは今は大丈夫でもこの後どうなるかわからない。

「……確かに、そうだな。悪かった」

彼女は素直に戻ってきて、それならどうする、と言った。

「先に宣告する。アタシ浄化魔術手洗いレベルぐらいしか使えない」
「右に等しく」

宣告した彼女に続いてすっと手を挙げて言う。
それにランははぁ、とため息をつくとルリ、と隣のルリに声をかけた。

「浄化、頼める?」
『グル』
「ありがとう」

ルリは第二形態になるとキュウウン、と鳴く。すると

サァァ…………

「「おお……」」

見る見る間に辺りの瘴気が消え去った。思わず声を上げる。

何今のめっちゃ清々しかった。てか神々しい。

ランが誇ったような顔で言った。

「ドラゴンは魔力がとても綺麗だからね。ある程度の浄化ならできるよ」
『キュイ‼』
「ルリさんカッコいい‼」
「イケメン‼」

ドヤ顔でフンと鼻を鳴らしたルリに二人で称賛を送る。
だが、けど、と彼は肩を竦めた。

「ドラゴンにとっても瘴気は毒だから限界もあるよ。早く進もう」
「おう」
「ああ」

頷いて、ルリを先頭にして歩き出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

「がっかりです」——その一言で終わる夫婦が、王宮にはある

柴田はつみ
恋愛
妃の席を踏みにじったのは令嬢——けれど妃の心を折ったのは、夫のたった一言だった 王太子妃リディアの唯一の安らぎは、王太子アーヴィンと交わす午後の茶会。だが新しく王宮に出入りする伯爵令嬢ミレーユは、妃の席に先に座り、殿下を私的に呼び、距離感のない振る舞いを重ねる。 リディアは王宮の礼節としてその場で正す——正しいはずだった。けれど夫は「リディア、そこまで言わなくても……」と、妃を止めた。 「わかりました。あなたには、がっかりです」 微笑んで去ったその日から、夫婦の茶会は終わる。沈黙の王宮で、言葉を失った王太子は、初めて“追う”ことを選ぶが——遅すぎた。

どうぞ添い遂げてください

あんど もあ
ファンタジー
スカーレット・クリムゾン侯爵令嬢は、王立学園の卒業パーティーで婚約もしていない王子から婚約破棄を宣言される。さらには、火山の噴火の生贄になるように命じられ……。 ちょっと残酷な要素があるのでR 15です。

「お前を愛する事はない」を信じたので

あんど もあ
ファンタジー
「お前を愛することは無い。お前も私を愛するな。私からの愛を求めるな」 お互いの利益のために三年間の契約結婚をしたアヴェリンとロデリック。楽しく三年を過ごしたアヴェリンは屋敷を出ていこうとするのだが……。

転生したら世界一の御曹司だった〜巨乳エルフメイド10人と美少女騎士に溺愛されています〜

まさき
青春
異世界転生した最強の金持ち嫡男、 専属エルフメイドと美少女騎士に囲まれて至福のハーレム生活   現代日本で「地味だが実は超大富豪」という特殊な人生を送っていた青年は、ある日事故で命を落とす。   しかし目を覚ますと、そこは魔法と様々な種族が存在する異世界だった。   彼は大陸一の富を誇る名門貴族―― ヴァン・バレンティン家の嫡男カイルとして転生していたのだ。   カイルに与えられたのは ・世界一とも言える圧倒的な財力 ・財力に比例して増大する規格外の魔力   そして何より彼を驚かせたのは――   彼に仕える十人の専属メイド全員が、巨乳美少女だったことである。   献身的なエルフのメイド長リリア。 護衛騎士でありながら隙あらば誘惑してくる女騎士シルヴィア。   さらに個性豊かな巨乳メイドたち。   カイルは持ち前の財力で彼女たちの願いを叶え、最高級の装備や生活を与えていく。   すると彼女たちの忠誠心と愛情はどんどん加速していき――   「カイル様……今日は私が、お世話をさせてください」   領地を狙う貴族を金と魔力で圧倒し、 時にはメイドたちの愛が暴走して甘すぎる時間に巻き込まれながらも、   最強の御曹司カイルは 世界一幸せなハーレムを築いていく。 最後までお読みいただきありがとうございました。よろしければ応援をお願いいたします。

ため息ひとつ――王宮に散る花びらのように

柴田はつみ
恋愛
「離縁を、お願いしたいのです」 笑顔で、震えずに、エレナはそう言った。 夫は言葉を失った。泣いてくれれば、怒ってくれれば、まだ受け止め方があった。しかしあの静けさは、エレナがもう十分に泣き終わった後の顔だと、ヴィクトルにはわかった。 幼なじみと結ばれた三年間。すれ違いは静かに始まり、深紅のドレスの令嬢によって加速した。ため息を飲み込み、完璧な微笑みを保ち続けた公爵夫人が、最後に選んだのは――。 王宮に散る花びらのような、夫婦の崩壊と再生の物語。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

処理中です...