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伝説と俗説
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「商業都市って体ならもっと欲しかったな」
宿の鉄製ベッドの上で、ドラゴミールは数十万サフェアの札束を扇状にして仰いでいた。サフェアはこの世界の通貨単位である。彼の手にした価値は、一般家庭で1週間不自由なく生活できる金額と同等であった。
「贅沢を言うな、宿までタダ貸ししてもらってるんだぞ」
鎧は取り外したが、黒い長袖ハイネックのアンダーアーマーを身に着けたままのセルギウスは彼を窘めた。白枠の窓には夕日が見えている。
「そんなこと言ったって……俺達の生命線なんだぞ!」
「お前がクソみたいな無駄遣いをしなければ減らない」
街の兵士には決して見せない汚い言葉遣いで言い返すセルギウス。
「黙れクソ野郎……あと堂々と公言するな」
そしてドラゴミールもまた、 下品な言葉遣いで反論し、形の良い彼の尻を密かに触ろうとしたセルギウスの手をはね退けた。よほど昼間の戦闘でカミングアウトされたことが癪であったようだ。
「事実を述べて何が悪い? そんな格好をしていたら他の男に狙われるだろう?」
反論できず舌打ちをする彼。それほどに彼らの名前と『噂』は、有名だったのだ。
『燐光の射手、蒼海の剣士、商いの都ファラディスに来たり。我々にしばしの安寧が約束されるだろう。神のめぐり合わせに感謝』
張り紙に書かれた朗報を知った街は、賑やかさを取り戻していた。最近は強力なモンスターの襲撃により、活気を失っていたのだ。燐光だの蒼海だの仰々しい渾名が例の二人を指しているわけだが、これは彼らの技量や業績に起因していた。証拠として――
「剣士様はどこかしら?一度でいいからあの麗しい顔と剣さばきを実際に見てみたいですわ」
「射手様だって格好いいですのよ! 凛とした瞳が美しくて……ぜひ私達の踊りを見に来てほしいですわ」
「お気持ちは分かりますがお姉さま方、あのお二人は仲睦まじく私達に見向きもしないという噂ですの」
「そういう話はどうでもいいのよ!私達はあのお二方の顔を拝めれば十分なの!」
「まったく、お姉さまたちは……」
舞台の踊り子達がこそこそと彼らの話題で話をしていた。別に彼らの顔が良くてお互いのことにしか興味のない変態な間柄ということを説明したいわけではなく、戦いとは無縁な女性や子供にもその名前が知り渡っていたということだ。
ドラゴミール、またの名を『燐光の射手』と呼ばれる彼は、類稀な射撃センスを持つ弓使いであった。彼の持っていた矢が魔力により黄緑色に光っていることから燐光という異名がついたのだ。ただの矢ではないらしいのだが、詳細は後々の戦闘で分かってくるだろうから、今は割愛する。
その相方である、前衛を担当するのが『蒼海の剣士』の二つ名を持つセルギウス・デル・リーオである。蒼き海の名を冠する理由は、剣を媒介に水を操る魔法を扱えるからだ。尤も、本人は渾名を仰々し過ぎると思っているようだが。また持っている剣そのものも、彼自身の純粋な剣術も優れているという。
彼らは要人の護衛や戦時の傭兵として共に拠点を持たずに行動しているが、雇い主はおらず個人で人助けをして報酬を得ているようなものであった。仕事には当然強いモンスターと渡り合える実力が必要だが、求められるのはそれだけではなかった。公用語は最低限完璧に話せなければならないし、地理や植物学の知識も必要だ。それに情報収集能力も問われるし、自分らの名前が売れてなければそもそも仕事を宣伝できない。そして、
「……っ、馬鹿!まだ日も沈んでいないのにヤる気かよ!変態!」
『相方』をベッドに押し倒すセルギウス。札束がベッドから舞い散った。肩までかかっていた青い髪が、ドラゴミールの頬にかかる。
「嗚呼。私は昼の戦闘で昂ぶっていてな」
「あんな飼い猫より弱い様な敵でよく興奮できるな?」
任務時でも平時でも連携力を養う絆――これも要求される。彼らの過去はいずれ語られるとして、二人が『仲が良い』ことには変わりないのだ。そうは見えなくとも。
「何と戦ったかではない、お前の尻をどのくらい見られたかどうかが肝心なんだ」
「はぁ? このっ、へんたい!」
セルギウスは悪態をついた彼の唇に軽くキスをすると、艶かしく動いた腰から太腿を撫でて笑った。
「それはお互い様だ、ドラミス」
「……メシまでには切り上げろよ、クソ野郎」
そんな高名で低俗な彼らの部屋からベッドの軋む音が聞こえてきたのは、間もなくであった。隣の部屋で武具を磨いていた戦士が、若いなあと笑っていた。
宿の鉄製ベッドの上で、ドラゴミールは数十万サフェアの札束を扇状にして仰いでいた。サフェアはこの世界の通貨単位である。彼の手にした価値は、一般家庭で1週間不自由なく生活できる金額と同等であった。
「贅沢を言うな、宿までタダ貸ししてもらってるんだぞ」
鎧は取り外したが、黒い長袖ハイネックのアンダーアーマーを身に着けたままのセルギウスは彼を窘めた。白枠の窓には夕日が見えている。
「そんなこと言ったって……俺達の生命線なんだぞ!」
「お前がクソみたいな無駄遣いをしなければ減らない」
街の兵士には決して見せない汚い言葉遣いで言い返すセルギウス。
「黙れクソ野郎……あと堂々と公言するな」
そしてドラゴミールもまた、 下品な言葉遣いで反論し、形の良い彼の尻を密かに触ろうとしたセルギウスの手をはね退けた。よほど昼間の戦闘でカミングアウトされたことが癪であったようだ。
「事実を述べて何が悪い? そんな格好をしていたら他の男に狙われるだろう?」
反論できず舌打ちをする彼。それほどに彼らの名前と『噂』は、有名だったのだ。
『燐光の射手、蒼海の剣士、商いの都ファラディスに来たり。我々にしばしの安寧が約束されるだろう。神のめぐり合わせに感謝』
張り紙に書かれた朗報を知った街は、賑やかさを取り戻していた。最近は強力なモンスターの襲撃により、活気を失っていたのだ。燐光だの蒼海だの仰々しい渾名が例の二人を指しているわけだが、これは彼らの技量や業績に起因していた。証拠として――
「剣士様はどこかしら?一度でいいからあの麗しい顔と剣さばきを実際に見てみたいですわ」
「射手様だって格好いいですのよ! 凛とした瞳が美しくて……ぜひ私達の踊りを見に来てほしいですわ」
「お気持ちは分かりますがお姉さま方、あのお二人は仲睦まじく私達に見向きもしないという噂ですの」
「そういう話はどうでもいいのよ!私達はあのお二方の顔を拝めれば十分なの!」
「まったく、お姉さまたちは……」
舞台の踊り子達がこそこそと彼らの話題で話をしていた。別に彼らの顔が良くてお互いのことにしか興味のない変態な間柄ということを説明したいわけではなく、戦いとは無縁な女性や子供にもその名前が知り渡っていたということだ。
ドラゴミール、またの名を『燐光の射手』と呼ばれる彼は、類稀な射撃センスを持つ弓使いであった。彼の持っていた矢が魔力により黄緑色に光っていることから燐光という異名がついたのだ。ただの矢ではないらしいのだが、詳細は後々の戦闘で分かってくるだろうから、今は割愛する。
その相方である、前衛を担当するのが『蒼海の剣士』の二つ名を持つセルギウス・デル・リーオである。蒼き海の名を冠する理由は、剣を媒介に水を操る魔法を扱えるからだ。尤も、本人は渾名を仰々し過ぎると思っているようだが。また持っている剣そのものも、彼自身の純粋な剣術も優れているという。
彼らは要人の護衛や戦時の傭兵として共に拠点を持たずに行動しているが、雇い主はおらず個人で人助けをして報酬を得ているようなものであった。仕事には当然強いモンスターと渡り合える実力が必要だが、求められるのはそれだけではなかった。公用語は最低限完璧に話せなければならないし、地理や植物学の知識も必要だ。それに情報収集能力も問われるし、自分らの名前が売れてなければそもそも仕事を宣伝できない。そして、
「……っ、馬鹿!まだ日も沈んでいないのにヤる気かよ!変態!」
『相方』をベッドに押し倒すセルギウス。札束がベッドから舞い散った。肩までかかっていた青い髪が、ドラゴミールの頬にかかる。
「嗚呼。私は昼の戦闘で昂ぶっていてな」
「あんな飼い猫より弱い様な敵でよく興奮できるな?」
任務時でも平時でも連携力を養う絆――これも要求される。彼らの過去はいずれ語られるとして、二人が『仲が良い』ことには変わりないのだ。そうは見えなくとも。
「何と戦ったかではない、お前の尻をどのくらい見られたかどうかが肝心なんだ」
「はぁ? このっ、へんたい!」
セルギウスは悪態をついた彼の唇に軽くキスをすると、艶かしく動いた腰から太腿を撫でて笑った。
「それはお互い様だ、ドラミス」
「……メシまでには切り上げろよ、クソ野郎」
そんな高名で低俗な彼らの部屋からベッドの軋む音が聞こえてきたのは、間もなくであった。隣の部屋で武具を磨いていた戦士が、若いなあと笑っていた。
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