僕が主人公じゃない方です

脇役筆頭

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第3章 塩漬系主人公

女に恨まれるのは主人公じゃない

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男は俺を見てすぐに棺から距離をとる。動きが素人って感じがしない。俺が死体じゃないと理解していそうだな。開けられた時動いたし。

墓荒らしという自覚があったのかなかったのか、全く声を出さない。本能より理性が強い人。俺は自然と墓荒らしの様子をうかがおうと体を起こす。

埋まっている分視界が低くなっているが、なぜか落ち着く。釘を指しておくが、先ほどまで密閉空間だったからであり、見下されるのを良しとしたわけではない。

墓荒らしは持っていたスコップを手放し、腰から短剣を取り出し逆手に取る。服装も後押しし、完全に職業シーフと言った感じだな。かっこいい。

顔立ちから男であるとすぐに分かった。しかし今となってはわからない。墓荒らしは小柄であり既に目元以外をマフラーのようなもので、体全体をマントで隠し手元の短剣だけを忠告するように見せてきている。顔も若々しかったので子供なのか童顔なのか、年齢も見当がつかない。

一応逃げるために空を見上げ、足の魔法陣も確認する。時刻は夜中。日の出のタイミングで魔法を使えば逃げられるだろう。足は…バラバラにされたときに魔法陣も破れて効力を失っている。暇だったのだから棺の中で書いておけばよかった。

俺がこっそり足に魔法陣を描き始めたところで、墓荒らしが不自然に思える違和感のない高い声を発する。なぜ不自然に感じたか?男だと思ったからだ。

「何か言わないの?」

ふむ…。短剣を前に構えている手。もう片方の手はフリーだな。おそらく喉に近いところにあるだろうが。俺は風の魔法陣を描くのをやめ、すぐに声の複製、早送り、長さの調整を始める。

俺が喉に手を当てると察したのか、短剣を強く握り少し後ずさる墓荒らし。やはりそうか。

これは音を高くして声を変化させる魔法だ。重要なのは魔法の精度とこの魔法の難易度が恐ろしいほど高いことだ。何が言いたいかというと俺より魔法への理解が高いということ。

一般的に声を変える方法は自身の声を複製し、高さに応じた速度で再生する。声を高くしたいならば声を早く再生すればいい。ここで問題になるのが、当然ではあるが早くした分早口になること。不自然な早口は声を変えようとしたことがばれてしまう。

そこでもとの早さより早口にならないよう、一文字一文字の声に合わせて複製した音声を継ぎ接ぎして長くする。本来の声の長さにするのは簡単だが、不自然な声の震えができる。いわゆるロボのような声やノイズが混じった声になりがちだ。そして聞こえた声は違和感のない高い声。

これを今、短時間で行ったと考えられる。声を変えたことを裏付けするように発した言葉は時間をおいてからたった一言。その間魔法に集中していたため微動だにしなかった。

少し時間がかかったが俺も声を変えた音声を作った。俺は魔法の一般化という頭がいい馬鹿な連中の好きなことは嫌いであるから、一文字一文字を長く発音して早送りするという力業を行う。

「なーにーもーいーわーなーいーよー。」

俺の声を聴いて特に動じず、マントの陰から二本目の短剣をのぞかせる墓荒らし。むしろ驚いたのは俺。声が変化しなかったのだ。いや違う?魔法が使えなかったのか?

とりあえず目に見えて墓荒らしの敵意は二倍。耳に聞こえて俺の恥ずかしさも二倍だ。

「いや、言う。とりあえず助けてくれたことのお礼を言いたい。」

うまくいかない。せっかく見破ったというのに、かっこ悪すぎる。こんなことなら普通に風魔法を足に描いて朝まで時間稼ぎをするべきだった。名探偵の推理ショーを開催するべきだった。

穴があったら入りたい。いや既に入っているのだが、この穴は自分で堀った墓穴だ。ここから出よ…。恥を進行形で体現している気分になり、ゆっくりと這い出ようとして、裸であることを思い出す。服…。

ここでふと、いつものやかましい笑い声が聞こえないことに気が付く。

レイがいない。出現条件とか、時間制限があるのだろうか?いや、幽霊なんて曖昧な存在に法則があるかどうかも疑わしい。今更レアモンスター感を出さないでほしいものだ。

「…。」

俺の答えに対し、無言で動けなくなる墓荒らし。当然敵意を…もとい、両手を前に出してしまったため声を変化させることはできない。図らずとも墓荒らしにとって面倒な状況になったようだ。墓荒らしは警戒心を解いたかのように、前傾姿勢から体を起こし、短剣を大げさにしまう。

「生き埋めに?」

聞くほどに惚れ惚れするほどの女性の声だ。魔法でここまで女性の声にできるものなのか。技術はすごいがこの、『生き埋めに?』。嘘を嘘と言えなくなり後に引けなくなった感じがすごい。

助けてくれた、という点から生き埋めにされたと考えたのだろう。正確には死に埋めにされたのだが。

墓に生き埋めにされた人間など俺以外にいるのか?俺は正規ルートで墓に入ったが、何をしでかしたらそんなことされる。

「女を騙して恨まれたんだ。」

相当厄介なサイコパス女を騙し失敗した俺。本当のことだと言わんばかりの即答をしてしまった。まあなくはなさそうな話か?

俺が適当な出まかせを言うと、少し困惑した様子の墓荒らしは静かに俺の後ろを指さす。もしかしてブライか?噓から出た実など笑えない。

いや、女といったからセーフ、言い逃れできるのでは?寧ろ女としてみてたということでアウトだな。ブライが喜びと怒りに困惑している様子が目に浮かぶ。どうしてこのおかまに関しては面倒なことばかり…。

しかし振り返ってもブライはおらず、代わりに墓石があった。

《永遠の未来を誓い合った人》

《我ブライ、一時的な別れの言葉を贈る》

《愚者の骸をもって安らかに眠れ》

墓石は愚者と思われる肉やら骨やらでサンタ色に彩られ、本来名前が書いてある場所にはでかでかと死刑囚と書かれていた。
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