僕が主人公じゃない方です

脇役筆頭

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第4章 災難系主人公

無能は主人公じゃない

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…あれ、誰かいる。何気なく眺めた墓地に人影が見えた。

あ、墓参りに来ているのか。このところ毎日夜に墓参りするものだから忘れていたが、普通墓参りなんて日の出ているうちに済ませるものだったな。

魔法使いの家系なら、幽霊を観測してしまった時点で一族の汚点であるのはいうまでもない。シュレディンガーの猫同様に、幽霊になったと確認しなければ幽霊になっていないことと同義なのだから、お互いがお互いの亡くなった人を見てしまわぬように墓参りの時間帯は暗黙の了解だった。

いつしかその決まりごとは人々の生活に浸透して常識にまでなったらしい。わざわざ行くなと言われた夜に墓参りに行く理由もないし、自分の墓でもなければ言われなくても朝や昼に墓参りをしていただろうが。

あまり目が良い方ではないため、誰かが膝をついているぐらいしかわからないな。生き返るほどの再生能力があるなら、目も治っていいと思うのだが。

おそらくあれはビークから来た人だ。ビークの町で情報収集はほぼ不可能だと考えていたが、好都合だな。あの人にいろいろ聞いてみるか。

「行こう。」

誰に声をかけたというわけでもなく、独り言のように誘い墓地へと向かう。ワンは首をかしげて立ち上がるが、特に何も言わなかった。姿を見せていないが、レイもついてきているだろう。

…そういえば、レイはなぜ墓地に行こうと言い出したのだろうか。今までは周辺情報の収集や、睡眠薬の探索、ルベル抜きの二人での対談、呪い解呪のためのお墓参りといった理由があったが、現時点でその全てが必要なくなった。

俺にとっては無意味な墓参り。

仮に二人での対談が目的で、家ではワンに聞かれてしまう可能性を考えての行動ならば、ワンを連れていってもいいかという質問にどちらでもとは答えないだろう。

あれ、墓地に行こう提案してきたんだったっけ?それとも墓参り?目的は何にあったのだろうか。

そんなことを考えていたら、墓地に辿り着いた。遠くに一つ、墓石からひょっこり頭が飛び出て見えた。目を閉じている男性が一人。遠目で見た位置から全く動いていない。

「すいません。」

軽く声をかけると男性は血走った目を見開いた。そしてあたりを見回してこちらに気付いくなり驚いて悲鳴を上げる。迫真過ぎて俺たちも驚く。

「こわ。」

ワンがぼそりと呟く。幽霊、ゾンビ、不死者の方がよっぽど怖いだろ。それにしてもひどい顔だな。精神的に追い込まれているのは見るだけでわかる。あの様子だと童貞とでも弄られたのだろう。気持ちはわかるが、魔法使いまであと少しと前向きにとらえてほしいものだ。

「なんだお前たち!」

あたふたと挙動不審になりキョロキョロあたりを見回すが、不自然なほど体を全く動かさない。何かしているようだ。

騒がしかったせいか、姿を現したレイは男を見て眉間に皺を寄せる。すぐ消えたと思ったら男の傍らに現れた。え、瞬間移動できるんだ…。

「うわ。」

俺たちから死角になっていて見えない男の手元を見て怪訝そうな顔をする。なんだ、墓石にでも発情していたのか?そんなものでは卒業できないぞ。俺たちは男にゆっくりと近づくと、男はさらに動揺して取り乱す。

「こっちに来るな!!」

男の手元がギリギリ見えそうなところで、さらに焦った男が血だらけの手を俺たちに向けてきた。男は自分で突き出した手を見て凍り付き、肩を落として声にならない絶望を口から漏らした。

「あ…。」

レイは何をやっていたかわかっていたようで、何やってんだよ…と少しがっかりしていた。これは…?

「血?」

ワンは男の手が鮮やかな赤に染まっていることに驚くが状況が把握しきれていないようだ。まあ記憶も失っているし、魔法に関しては赤ん坊もいいところだし、当然だな。

因みに俺はというと、脈打つ血で書かれた魔法陣に度肝を抜かれていた。思わず駆け出してもう片方の手を見ると、掘り起こされた棺に手を載せていた。両腕ともに、見える範囲全て血の魔法陣が浮かび上がっている。

これは…見た目からして死霊術だな。自分の命と引き換えに愛するものを生き返らせようとしたのだろう。この男は自分が核となり死体にエネルギーを供給する、単純にして一般的な死霊術を行っていた。

「棺に魔法陣もしっかり描かれてる。これなら成功してもおかしくなかったのに…。」

レイは地面に顔をめり込ませながらため息をつく。死霊術にも理解があるのか…。こいつは生前何を目指していたんだろうか。それだけの知識を持ち合わせてこの世に未練を残しているのは、成仏した連中に対して失礼だと思うぞ。

男の首元をよく見ると、血の魔法陣が薄く浮かび上がっていた。この魔法陣は棺と自分の体に魔力を循環させながら少しずつ刻んでいったに違いない。体全身を魔法陣で覆うことができたのならば晴れて核となり、埋まった死体は動き出したことだろう。

しかしこいつは冷静さを欠いて手を放してしまった。循環を切ってしまった。失敗だな。ワンが棺を見ながら男の肩をゆすっている。

死霊術か…。それほどまでに追い込まれていたのだろう。失敗した今、虚空を眺める目は魂が抜けたように光を失っていた。

死霊術と『超越』は似て非なるものだ。簡単に言うと、死んだ人への干渉と、生きた人への干渉、禁忌と憧れという認識の違いだ。

死んだ者への干渉は自分に対してであっても禁忌とされている。いろいろ理由はあるが、まあ割愛。倫理的問題とでも思っていてくれ。

因みに最も有名な死霊術は、みんなご存じ幽霊化だったりする。そして俺はグレーゾーンだな。死んだ気がするが生きている。生き返ったのか死ななかったのか、どちらかで分類が変わるからな…。

「何諦めてんの。」

禁忌代表が、片方の手で男の手を握って、もう片方を棺に当てる。どうやら循環を再構築するつもりらしい。始めたばかりならまだしも、流石に無理だろう。頭は最後に覆うはずだから、首まで魔法陣が来ている時点で終盤も終盤だ。

そこまで構築した魔法陣の修正など不可能だろ。地面に落としたケーキとイチゴとでは天と地ほどの差がある上、どちらにせよ地面に落とした時点で食べないという選択肢が出てもおかしくない。たとえ捨てても誰も文句は言わないだろう。

ともかく時間と労力を掛ければ修正は可能かもしれないが、男がそれまで生きているとは到底思えない。送り出されるはずだったエネルギーが手を離したせいで、今も腕か棺から垂れ流しにされているのだ。

男は徐々にいき、鮮やかだった赤は見る見るうちに色褪せて、黒くなっていく。その様子を間近で目にしたワンが驚いて男から離れる。

「うわ、ごめん。」

「ゆするから…。」

冗談を言うと、ワンが青ざめて俺の後ろに隠れてしまった。そんな様子を見ていると、俯いていたレイが顔を上げて俺を見つめてきた。

処理が大変なのか、冷や汗をかきながら苦しそうにしている。少し困った様子で口を開きかけるが、何も言わない。

何をいいたいんだ。言ってくれないとわからない。ただ見つめ返す俺を見て、いつものように怒鳴ってくると思ったが、レイは辛そうな笑顔とともに再び俯いてしまった。

ただあるがままを茫然と眺める。

「何をしてる?」

ワンが服の裾を引っ張ってくるがゆっくりと首を振る俺。

結局俺は見ているだけで、最後まで何もしようとしなかった。
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