月より遠い恋をした

カエデネコ

文字の大きさ
上 下
51 / 67

第51話

しおりを挟む
 絶対に桜音ちゃんは何かを隠している。

「おまえが一線引いてるから、本音できてくれないんだろ!」

 漁師の新太と昼間っから酒を飲んでいた。漁師の朝は早いから午後、早めに仕事は終わる。栗栖農園の方も冬場はあまり忙しくない。

 テーブルの上には新太が作った刺し身、骨まで食べれるカレイの唐揚げ。僕が作ってきた野菜の浅漬けにピザ。ピザは生地の発酵なしの簡単な作り方のものだったが、新太がうまーい!と喜んで食べていた。

 飲み物は適当に自分の好きな物を置いてある。ビール、ハイボール、レモンサワーなどの缶が並ぶ。

「なんで、僕はおまえに相談してるんだろ……」

「失礼なこと言うなよ!めちゃくちゃ良いこと言うよ?俺?」

 金髪で軽い口調の割に、情に厚くて、涙もろい漁師の新太は小さい頃からの友人だから、まあ、そのへんはわかってる。ちゃんと悩みを聞いてくれるやつだ。遠慮なくビシッと言ってくるけれど……わかってるからメールしたんだ。からかっただけだ。

「おまえさ、美咲に好きだと言われて、そんなに好きじゃないのに付き合ってたよな。テキトーに流して、楽な方へいってた」

「人聞き悪いこと言うなよ……そんなことないよ……」

「人を本気で初めて好きになったんだろ。この歳で初恋!アハハハ」

 指をさされて、爆笑される。殴っていいかな?

「はあ……なんで相談してくれないんだろ……」

 頼りないのかなと僕は何度目かのため息をついた。三缶目はビールの缶を手に取って開け、口に含んで苦味のある液体を飲む。
 
「ため息やめろ!酒が不味くなる。そりゃ、彼氏じゃないからだろ。おまえが一線引いてればあっちも一線引くって単純なことじゃねーの?」

「でも……もし、勘違いで、あの子が家に来れなくなったら……」

「それが一番寂しいのはおまえだろー!?言い訳すんな。人のせいにすんな。思い切っていけよ。美咲のときもそうだけど、人の気持ちに受け身すぎるんだよ。人の心の本質を見抜く力は人一倍あるのになぁ?おまえ、優しいけど、それって優しさじゃないぞ」

「新太は厳しいこと言うね」

「そうか?普通だろー。そして、安心しろ。大丈夫だ。おまえがだめなら、俺があの可愛い子に好きだと言う!まかせろ!」

「近寄んな!」

「ハハッ!ほーらな。誰にも渡したくないんだろ!?」

 ひっかけたな……。でもわかりやすい。ごちゃごちゃしてない。つまり、新太は自分の気持ちに正直になれと言ってる。

 帰りは歩いて帰る。雪道で誰も通らない。月が雪を照らし、明るい夜だった。シンと静まる夜中の雪道。自分が雪を踏むサクサクとした音だけが響く。

 空を見上げると冬らしい、どこか冷たくて鋭利さのある星空と月が見える。

 新太はふざけたやつだ。でも悔しいけど当たってる。僕は大人だとか桜音ちゃんが家に来れなくなったら……なんて理由付けしてただけだ。誰にも譲りたくないくせに。夢にまで見るくせに。

 あれは本当に夢だったのかな?僕は現実だったら良かったなんてこと思ってしまう。確かにギュッと掴んだ桜音ちゃんの温もりを感じた気がした……。

 ……ただ、ただ好きなんだ。

 酔っ払っている頭に冷たい冬の空気。

 月に手を伸ばしても掴めないなら、そこまで行く方法を考える。僕がどうにかして君のそばへ行く。少しずつでもいいから近づいて行く。

 あと一歩、踏み込む勇気がほしい。春になったら桜音ちゃんに見せたい景色がある。きっとそれが僕に勇気をくれる。だから春を待っていてほしい。

 春の風が吹くまで後少しだ。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

なんちゃって漫才【人体】

現代文学 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

【完結】ミックス・ブラッド ~異種族間の混血児は魔力が多め?~

ファンタジー / 完結 24h.ポイント:418pt お気に入り:65

残念な配信者たち

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:724pt お気に入り:2

まともに推理する気はないんです

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:681pt お気に入り:3

尾張名古屋の夢をみる

歴史・時代 / 完結 24h.ポイント:426pt お気に入り:6

最強の赤ん坊決定戦

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:1,086pt お気に入り:4

悪の組織はブラック企業、そりゃそうだ

キャラ文芸 / 連載中 24h.ポイント:639pt お気に入り:4

リモート授業ロボで男女入れ替わり

ライト文芸 / 完結 24h.ポイント:0pt お気に入り:8

処理中です...