天才と呼ばれた彼女は無理矢理入れられた後宮で、怠惰な生活を極めようとする

カエデネコ

文字の大きさ
302 / 304

泥の魚は動かない

しおりを挟む
「先生にこのまま仕掛けられてかわすだけでいいのだろうか?とさすがにオレは思ってきている」

 ウィルが突然後宮に来た。そして焦る心を隠さずに言う。今はまだ日中だ。こんな時間にふらりと後宮にやってきて、相談するということは、よっぽど気になっているのだろう。アナベルすら部屋に入れず、人払いしている。

 私は風通しの良い窓辺で本を読み、あくびを一つかみ殺していたところだった。その呑気さがウィルに伝わったらしく、眉をひそめている。ウィルのピリピリさを緩和するために怠惰を装ったのに、逆効果だったらしい。私は肩をすくめ苦笑する。

「今はのらりくらりとかわすのが一番いいと思うわよ。でも仕掛けられて焦るのはわかるわ。先生はこっちの突かれて嫌なところを突くのがうまいわよね」

「動揺を誘っているのはわかるんだが……つい……クロエが……」

「先日のクロエのアレは演技だって言ってるじゃない。ウィル、他のことは冷静なのに、娘に激甘なのはどうかと思うわ。それがいずれ悪手になるわよ」

 父親にとって娘は特別なものなんですよーとソフィーは言っていたが、間違いなくウィルもそれに当てはまる。謹慎させて厳しい父を演じているが、クロエが心配だからこその厳しさなのよね。とりあえず城に置いておけば安心という……甘いわ。もうその考えが甘いわ。相手はクロエなのよ。

 でもこのままクロエを放っておくと世界商人になりかねない。自由にさせるのはいいけれど、さすがにそれはマズイと思う。

「リアンは心配じゃないのか?」

「もちろん、心配だし、フェイロン帝国なんて遠い国に嫁にやりたくないわよ」

「だよな!」

「でもそれは普通の家庭の母親の気持ちであり、私たちは……」

 私が言わなくてもわかっているらしく、ウィルはため息をついた。わかっているのに言いたくなったから人払いしたのでしょうねと可笑しくなる。皆の前では父親ではなく、王としてふるまわなければならないと気を付けているのだろう。王様って大変だわ。

「オレは普通の家庭で、のほほんとリアンと子どもたちと暮らしたかった」

「そうね。ウィルならそう思うでしょうね。ウィルバートは?」

「めんどくさいフェイロン帝国を潰してやろうかと考えている」

 ……両極端すぎない?王であるウィルバートの部分は今でも過激である。

 でもそれが良いバランスを彼の中でとってるのかもしれないわねと私はパタンと本を閉じてウィルに言った。

「ウィル、泥魚って知ってる?」

「泥魚?」

「かなり昔のお話なんだけど、泥の中に魚たちが住んでいて、ある日、水が枯れてしまうの。普通の魚は水を求め、餌を求め、ウロウロして死んでしまうけど、泥魚は一箇所でじーっとしていたの。泥をまとい、泥に潜り込んでね。そしてとうとう雨が降ってきた、その瞬間に動き出すの。今まで蓄えていたエネルギーとともにね」

「泥魚になれって?」

「泥魚は魚の数が減り、餌が豊富になり住みやすくなったところで悠々と生きていく」

 しばらく、ウィルは私の顔を見て無言になっていた。静かに何かを考えている。それから、わかったよ……と肩を落とす。

「王様業をやるしかないか。イライラして悪かった」

「いつもやるしかないって思ってるでしょ?ちょっと愚痴りたくなった王様なのよね」

「愚痴、聞いてくれてありがとう。……やらなくていいならしたくないけどね。怠け者の王様になってもいいならね」

「あいにくだけど、このストーリーに怠惰な登場人物は一人で足りてるの。悪いわね」

 ウィルは敵わないよとクスクス笑う。

 そう私とウィルが言っているうちにフェイロン帝国の第7皇子が来国する日が来たのだった。迷っていたり困っていたりする時間など与えてくれない。

 先生が策を進めるのは早く、待ってくれないのだ。先生と盤上の駒を使って、ゲームをしたことが何度もある。こちらの駒が動くまえに動かす。それが先生の盤上の動きだった。気付いたころには囲まれているのだ。そういう性格だからこそ……恐ろしい。

 ウィルには言わなかったが、私もまた不安なのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

魔法師団長の家政婦辞めたら溺愛されました

iru
恋愛
小説家になろうですでに完結済みの作品です。よければお気に入りブックマークなどお願いします。 両親と旅をしている途中、魔物に襲われているところを、魔法師団に助けられたティナ。 両親は亡くなってしまったが、両親が命をかけて守ってくれた自分の命を無駄にせず強く生きていこうと決めた。 しかし、肉親も家もないティナが途方に暮れていると、魔物から助けてくれ、怪我の入院まで面倒を見てくれた魔法師団の団長レオニスから彼の家政婦として住み込みで働かないと誘われた。 魔物から助けられた時から、ひどく憧れていたレオニスの誘いを、ティナはありがたく受ける事にした。 自分はただの家政婦だと強く言い聞かせて、日に日に膨らむ恋心を抑え込むティナだった。 一方、レオニスもティナにどんどん惹かれていっていた。 初めはなくなった妹のようで放っては置けないと家政婦として雇ったが、その健気な様子に強く惹かれていった。 恋人になりたいが、年上で雇い主。 もしティナも同じ気持ちでないなら仕事まで奪ってしまうのではないか。 そんな思いで一歩踏み出せないレオニスだった。 そんな中ある噂から、ティナはレオニスの家政婦を辞めて家を出る決意をする。 レオニスは思いを伝えてティナを引き止めることができるのか? 両片思いのすれ違いのお話です。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。 毎日19時に更新予定です。

遡ったのは君だけじゃない。離縁状を置いて出ていった妻ーー始まりは、そこからだった。

沼野 花
恋愛
夫と子供たちに、選ばれなかったイネス。 すべてを愛人に奪われ、彼女は限界を迎え、屋敷を去る。 だが、その先に待っていたのは、救いではなかった。 イネスを襲った、取り返しのつかない出来事。 変わり果てた現実を前に、 夫はようやく、自分が何を失ったのかを思い知る。 深い後悔と悲しみに苛まれながら、 失ったイネスの心を取り戻そうとする夫。 しかし、彼女の心はすでに、外の世界へと向かっていた。 贖罪を背負いながらもイネスを求め続ける夫。 そして、母の心を知っていく子供たち。 イネスが求める愛とは、 そして、幸せとは――。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! 仕事繁忙期の為、2月中旬まで更新を週一に致します。 カクヨム(吉野 ひな)様にも投稿しています。

身代わりで呪いの公爵に嫁ぎましたが、聖女の力で浄化したら離縁どころか国一番の溺愛妻になりました〜実家が泣きついてももう遅い〜

しょくぱん
恋愛
「お前のような無能は、死神の生贄にでもなっていろ」 魔力なしの無能と蔑まれ、家族に虐げられてきた伯爵令嬢レティシア。 彼女に命じられたのは、近づく者すべてを病ませるという『呪いの公爵』アレクシスへの身代わり結婚だった。 鉄格子の馬車で運ばれ、たどり着いたのは瘴気に満ちた死の城。 恐ろしい怪物のような男に殺される――。 そう覚悟していたレティシアだったが、目の前の光景に絶望よりも先に別の感情が湧き上がる。 (な、何これ……汚すぎるわ! 雑巾とブラシはどこ!?) 実は、彼女が「無能」と言われていたのは、その力が『洗浄』と『浄化』に特化した特殊な聖女の魔力だったから。 レティシアが掃除をすれば、呪いの瘴気は消え去り、枯れた大地には花が咲き、不気味だった公爵城はまたたく間にピカピカの聖域に塗り替えられていく。 さらには、呪いで苦しんでいたアレクシスの素顔は、見惚れるほどの美青年で――。 「レティシア、君は一体何者なんだ……? 体が、こんなに軽いのは初めてだ」 冷酷だったはずの公爵様から、まさかの執着と溺愛。 さらには、呪いが解けたことで領地は国一番の豊かさを取り戻していく。 一方で、レティシアを捨てた実家は、彼女の『浄化』を失ったことで災厄に見舞われ、今さら「戻ってきてくれ」と泣きついてくるが……。 「私は今、お城の掃除と旦那様のお世話で忙しいんです。お引き取りくださいませ」 これは、掃除を愛する薄幸令嬢が、その愛と魔力で死神公爵を救い、最高に幸せな居場所を手に入れるまでのお話。

処理中です...