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泥の魚は動かない
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「先生にこのまま仕掛けられてかわすだけでいいのだろうか?とさすがにオレは思ってきている」
ウィルが突然後宮に来た。そして焦る心を隠さずに言う。今はまだ日中だ。こんな時間にふらりと後宮にやってきて、相談するということは、よっぽど気になっているのだろう。アナベルすら部屋に入れず、人払いしている。
私は風通しの良い窓辺で本を読み、あくびを一つかみ殺していたところだった。その呑気さがウィルに伝わったらしく、眉をひそめている。ウィルのピリピリさを緩和するために怠惰を装ったのに、逆効果だったらしい。私は肩をすくめ苦笑する。
「今はのらりくらりとかわすのが一番いいと思うわよ。でも仕掛けられて焦るのはわかるわ。先生はこっちの突かれて嫌なところを突くのがうまいわよね」
「動揺を誘っているのはわかるんだが……つい……クロエが……」
「先日のクロエのアレは演技だって言ってるじゃない。ウィル、他のことは冷静なのに、娘に激甘なのはどうかと思うわ。それがいずれ悪手になるわよ」
父親にとって娘は特別なものなんですよーとソフィーは言っていたが、間違いなくウィルもそれに当てはまる。謹慎させて厳しい父を演じているが、クロエが心配だからこその厳しさなのよね。とりあえず城に置いておけば安心という……甘いわ。もうその考えが甘いわ。相手はクロエなのよ。
でもこのままクロエを放っておくと世界商人になりかねない。自由にさせるのはいいけれど、さすがにそれはマズイと思う。
「リアンは心配じゃないのか?」
「もちろん、心配だし、フェイロン帝国なんて遠い国に嫁にやりたくないわよ」
「だよな!」
「でもそれは普通の家庭の母親の気持ちであり、私たちは……」
私が言わなくてもわかっているらしく、ウィルはため息をついた。わかっているのに言いたくなったから人払いしたのでしょうねと可笑しくなる。皆の前では父親ではなく、王としてふるまわなければならないと気を付けているのだろう。王様って大変だわ。
「オレは普通の家庭で、のほほんとリアンと子どもたちと暮らしたかった」
「そうね。ウィルならそう思うでしょうね。ウィルバートは?」
「めんどくさいフェイロン帝国を潰してやろうかと考えている」
……両極端すぎない?王であるウィルバートの部分は今でも過激である。
でもそれが良いバランスを彼の中でとってるのかもしれないわねと私はパタンと本を閉じてウィルに言った。
「ウィル、泥魚って知ってる?」
「泥魚?」
「かなり昔のお話なんだけど、泥の中に魚たちが住んでいて、ある日、水が枯れてしまうの。普通の魚は水を求め、餌を求め、ウロウロして死んでしまうけど、泥魚は一箇所でじーっとしていたの。泥をまとい、泥に潜り込んでね。そしてとうとう雨が降ってきた、その瞬間に動き出すの。今まで蓄えていたエネルギーとともにね」
「泥魚になれって?」
「泥魚は魚の数が減り、餌が豊富になり住みやすくなったところで悠々と生きていく」
しばらく、ウィルは私の顔を見て無言になっていた。静かに何かを考えている。それから、わかったよ……と肩を落とす。
「王様業をやるしかないか。イライラして悪かった」
「いつもやるしかないって思ってるでしょ?ちょっと愚痴りたくなった王様なのよね」
「愚痴、聞いてくれてありがとう。……やらなくていいならしたくないけどね。怠け者の王様になってもいいならね」
「あいにくだけど、このストーリーに怠惰な登場人物は一人で足りてるの。悪いわね」
ウィルは敵わないよとクスクス笑う。
そう私とウィルが言っているうちにフェイロン帝国の第7皇子が来国する日が来たのだった。迷っていたり困っていたりする時間など与えてくれない。
先生が策を進めるのは早く、待ってくれないのだ。先生と盤上の駒を使って、ゲームをしたことが何度もある。こちらの駒が動くまえに動かす。それが先生の盤上の動きだった。気付いたころには囲まれているのだ。そういう性格だからこそ……恐ろしい。
ウィルには言わなかったが、私もまた不安なのだった。
ウィルが突然後宮に来た。そして焦る心を隠さずに言う。今はまだ日中だ。こんな時間にふらりと後宮にやってきて、相談するということは、よっぽど気になっているのだろう。アナベルすら部屋に入れず、人払いしている。
私は風通しの良い窓辺で本を読み、あくびを一つかみ殺していたところだった。その呑気さがウィルに伝わったらしく、眉をひそめている。ウィルのピリピリさを緩和するために怠惰を装ったのに、逆効果だったらしい。私は肩をすくめ苦笑する。
「今はのらりくらりとかわすのが一番いいと思うわよ。でも仕掛けられて焦るのはわかるわ。先生はこっちの突かれて嫌なところを突くのがうまいわよね」
「動揺を誘っているのはわかるんだが……つい……クロエが……」
「先日のクロエのアレは演技だって言ってるじゃない。ウィル、他のことは冷静なのに、娘に激甘なのはどうかと思うわ。それがいずれ悪手になるわよ」
父親にとって娘は特別なものなんですよーとソフィーは言っていたが、間違いなくウィルもそれに当てはまる。謹慎させて厳しい父を演じているが、クロエが心配だからこその厳しさなのよね。とりあえず城に置いておけば安心という……甘いわ。もうその考えが甘いわ。相手はクロエなのよ。
でもこのままクロエを放っておくと世界商人になりかねない。自由にさせるのはいいけれど、さすがにそれはマズイと思う。
「リアンは心配じゃないのか?」
「もちろん、心配だし、フェイロン帝国なんて遠い国に嫁にやりたくないわよ」
「だよな!」
「でもそれは普通の家庭の母親の気持ちであり、私たちは……」
私が言わなくてもわかっているらしく、ウィルはため息をついた。わかっているのに言いたくなったから人払いしたのでしょうねと可笑しくなる。皆の前では父親ではなく、王としてふるまわなければならないと気を付けているのだろう。王様って大変だわ。
「オレは普通の家庭で、のほほんとリアンと子どもたちと暮らしたかった」
「そうね。ウィルならそう思うでしょうね。ウィルバートは?」
「めんどくさいフェイロン帝国を潰してやろうかと考えている」
……両極端すぎない?王であるウィルバートの部分は今でも過激である。
でもそれが良いバランスを彼の中でとってるのかもしれないわねと私はパタンと本を閉じてウィルに言った。
「ウィル、泥魚って知ってる?」
「泥魚?」
「かなり昔のお話なんだけど、泥の中に魚たちが住んでいて、ある日、水が枯れてしまうの。普通の魚は水を求め、餌を求め、ウロウロして死んでしまうけど、泥魚は一箇所でじーっとしていたの。泥をまとい、泥に潜り込んでね。そしてとうとう雨が降ってきた、その瞬間に動き出すの。今まで蓄えていたエネルギーとともにね」
「泥魚になれって?」
「泥魚は魚の数が減り、餌が豊富になり住みやすくなったところで悠々と生きていく」
しばらく、ウィルは私の顔を見て無言になっていた。静かに何かを考えている。それから、わかったよ……と肩を落とす。
「王様業をやるしかないか。イライラして悪かった」
「いつもやるしかないって思ってるでしょ?ちょっと愚痴りたくなった王様なのよね」
「愚痴、聞いてくれてありがとう。……やらなくていいならしたくないけどね。怠け者の王様になってもいいならね」
「あいにくだけど、このストーリーに怠惰な登場人物は一人で足りてるの。悪いわね」
ウィルは敵わないよとクスクス笑う。
そう私とウィルが言っているうちにフェイロン帝国の第7皇子が来国する日が来たのだった。迷っていたり困っていたりする時間など与えてくれない。
先生が策を進めるのは早く、待ってくれないのだ。先生と盤上の駒を使って、ゲームをしたことが何度もある。こちらの駒が動くまえに動かす。それが先生の盤上の動きだった。気付いたころには囲まれているのだ。そういう性格だからこそ……恐ろしい。
ウィルには言わなかったが、私もまた不安なのだった。
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