サマーアイスクリーム

カエデネコ

文字の大きさ
上 下
1 / 1

サマーアイスクリーム

しおりを挟む
 雲一つ無い陽射しが容赦なく照りつけて、歩いていると体からじんわりと汗が滲む。いつもは長い黒髪をおろしているのだけれど、首の後ろに張り付くので一つに纏めている。
 時々、潮風がフワリと髪を持ち上げる。
 歩くコンクリートの道からは熱が伝わってくる。

 コンビニの袋を右手に持ち、バス停に着いた。夏休み中だから誰も待っていない。

 ペンキがやや剥げている白い木製ベンチがある。木製のおかげで夏の日差しにも熱くなりすぎず座れる。一人占めだ。

 一眼レフカメラの入った鞄をベンチに置いた。夏服の白い半袖のセーラー服は涼しげだけど、濃紺色のプリーツスカートが暑苦しい。

 アイスクリームを買ってきて正解だった。スマホの時計で時刻をチェックすると5分後くらいにバスが来る。それまでの間に食べよう。スマホを鞄に放り込み、袋を開けようとしたが、ふと耳に波の音が届き、バス停の後ろに広がる青い海に気をとられた。

 振り返る。

 夏の海の色は鮮やかだ。私はこの季節の海が1番好きだ。春の海のどこか眠くなる感じとは違い、生命力に溢れている。
 
 でも海へ入るのは塩で体がベタベタするからあまり好きではない。
 
 遠くに小さい白い点になっているヨットが見えた。強い太陽の陽射しを受けてキラキラと水面が光り、眩しくて目を細める。濃い潮風の香りがした。波がテトラポッドにぶつかって音をたてた。

「わり、隣、座っていい?」

 波の音に急に混ざった聞いたことのある声に驚き、前に向き直ると心臓の鼓動が一気に早くなった。
 
 こんな偶然あるのかな?神様からのご褒美なの?それともなにかに試されてるの?

「いい?」 

 私が呆然としていたからか、もう一度聞いてくる。短髪で陽に焼けている彼は身長もそれほど高くなく、私より少し高い程度。まだ幼さが残っていて、まるで小学生のような人懐っこい笑みを浮かべている。

 私は彼をよく知っている。

 野球部で同じクラスの森君。

「ど、どうぞ!」

 慌ててベンチに置いた鞄を自分の方へ寄せて場所を開けた。森君が腰を降ろす。
 
 隣に!こんなに近くに並んでるなんて!

「足、痛くてさ」

 唐突に森君が言う。

「え!?どうしたの?」

「こないだの試合で変なふうに足を捻ってさ。歩くことも支障ないしさ、ちょっと痛みがある程度なんだけど、監督に無理するなって言われててさ、一週間休養中。今日は午後から病院だ」

 しょんぼりとした子犬のような顔で下を向いて自分の足を見ている。左足首にサポーターをしている。

「わたし、試合観に行ったよ。惜しかったよね。足、怪我したなんて、あの時は気づかなかったよ」

「観に来てくれてたんだー。2の2のやつら、けっこう来てくれてて嬉しかったなぁ。佐々木もありがとなー」

「え!わたしの名前知ってるの?」

 森君はキョトンとして首を傾げる。私の質問が変だったのだろうか。

「知ってるよ。去年も同じクラスだったよな?」

「そ、そうだったね」

 どうしよう。すごくすごく嬉しい。顔が赤くなるのがわかる。

 まさか……まさか名前を知ってもらえたなんて思わなかった。

「あの試合、めちゃくちゃ悔しかった」

 私の中の記憶を呼び起こす。

 ブラスバンド部のルパン3世の曲が鳴り響く球場。今日のように晴れた夏空。電光掲示板は3対2でうちの学校が負けていた。9回裏、スリーボール、ツーストライク、ツーアウト、ランナー3塁。打席に立っていたのは森君。

 カン!と金属バットにボールが当たった。三遊間ヒット。外野がボールを追う。

 ワァ!と歓声をあげる応援席。

 後ろへ転がったボールを拾いに行くレフトとセンターの背番号が見える後ろ姿を横目にしながら、森君は白いベースを踏みしめて走っていく。
 
 ランナーコーチは行け!と叫ぶ。3塁ベースを回ったところで土に足をとられ、滑って転びそうになる。グッと足を踏み込んで転ぶのを耐えた。そのままホームベースへ走る。

 しかし嫌なタイミングでキャッチャーまでボールが返ってきた!

 あと少し!というところをスライディングで横へ避けるがタッチされ、アウト。

 サヨナラランナーにはなれなかった。

 その後、延長になったが森君にもう一度、打順が周ることなく終わってしまった。

 応援席に挨拶をしにきた選手たちが並んだとき、森君は悔しそうに顔を歪めていた。

「私は野球の試合あんまり観たことなかったけど、すごくワクワクした。楽しかった」

「野球好きになった?」

「うん」

 そっか!と森君の先程まで、落ち込んでいた表情は消えて明るくなり、ニカッと笑った。

 眩しく感じて目を細めた。

「俺も好きだ。2年になって春からやっとレギュラー取れたのに怪我するし、新人戦で他のやつにとられたら、どうしよう」

 ため息混じりにそう言う。夏のムワッとした熱風が一瞬バス停に吹く。

 落ち込んでるのかな?

 運動部に所属したこともなく、レギュラー争いもした経験がない私はなんて言葉をかけて良いかわからない。

「森君……あのっ!……アイスクリーム半分食べる!?」

 どう励まして良いのかわからなくて、思わずアイスクリームを出した。

「えっ!アイスクリーム持ってたの?食べる!食べる!」

 パッとベンチに寄りかかっていた背中を起こして嬉しそうになる。

 袋から出して半分にパキッと折って1つ渡した。容器に入ってるやつで良かった。やや柔らかくなってきていたが、スムージーのように飲めるタイプで良かった。これが手に持つクリームタイプなら溶けていただろう。

 私は森君の来襲に動揺しすぎてる。手が震える。

「溶けてないみたい。よかった」

「ありがと!ラッキー!」

 手が触れそうでドキドキしなから渡す。森君の方はヒョイっと軽く受け取り、口に含むと美味しそうに食べた。

「うまいなー。暑かったから身に染みるーっ!」

 無邪気に喜ぶ森君に私の方が幸せな気持ちなってしまう。

 アイスクリームがシュワリと口の中で溶けて行く。舌の上の冷たさをしばらく感じながら静かに食べていた。

 カモメが高い声で何度か鳴いた。バスがもうすぐ来てしまう。

 なにか話したいけど……こんなチャンスないよね。いろんなことを話したいけど緊張して口から言葉がうまくでてこない。

 こうやって2人並んでアイスクリームを食べている想像なんてしたことなかったよ。

「佐々木さんは部活帰りなの?」

 森君の方は緊張した様子はなくて、アイスを一瞬で、食べ終えるとまっすぐ私の顔を見て言う。

「あ、うん。今日は文化祭の展示のテーマを決めるのに集まってたの」

「写真部だったよね」

「ななななんで知ってるの!?あ、カメラ持ってるから?」

 私のことそんなに詳しくないはず。森君はアハハと笑う。

「文化祭で……今、思い出したんだ。去年の文化祭で、校舎の屋上の写真で青い空にむけて撮った写真展示してあっただろ?俺の記憶力すごくないか?」

「……すごい。あってる。」

 だろー!と得意げに笑った。森君はいつも明るく笑ってる。
 
 そんなところがすごくすごく良いなと思う。
 
 休み時間、練習に疲れて寝ていることもあるけれど、友達とふざけて笑い合ってる姿をつい目で追ってしまう。

「なんか気に入ってた。空好きなの?どうやってああいうの選ぶの?」

「好きな場所や物を何回も撮りまくって、やっとコレって決めたの。なかなか選ぶのって難しくて悩んでしまう。去年は天気のいい日に上を向いたら夏の空が青くて、青空を撮りたくなったの。けっこう題材的にはありふれてるかなあと思ったんだけどね。私、入道雲が出ている夏の空も好きだけど、屋上の一角をいれると私達の日常にグッと近づいて身近な写真になるかなぁと思ったの」

 指で四角を作ってフレームにし、斜め上に向けた。

 私の話、面白いのかな?と心配になったが、森君はウンウンと興味深そうに頷いている。
 
 その様子にホッとして話を続ける。

「今年はまだ決まってなくて、カメラをなるべく持っているようにしてるの。私って、こういう写真あるよねって、ありがちな物しか撮れないというか何か新しい角度で撮れないというか……」

「そうなの?俺は去年のやつ気に入ってたよ。野球の練習していたらさー、空ってどんどん変わるんだよな。俺ら暗くなるまでしてるから。グランドから屋上見えるだろ?佐々木はこんなふうに学校の空を見てんだなぁと思ったんだ」

 それは、私の存在が森君の思考の中に少しだけいたってこと?

 頬が熱くなる。夏の暑さのせいではない熱を帯びる。

「あの……ありがとう。そんなふうに作品見てくれていたなんて嬉しい」

 森君は私のお礼に照れて赤くなり、横を向く。私もなんだか恥ずかしくなって残りのアイスクリームを食べてごまかす。

 バスが来た。とても早く感じた。まだ話していたかったな。

 バスがスピードを落とし、ゆっくり止まる。自然と私の声音が暗くなる。

「バス、来ちゃった」

「俺は病院だから、次のバスなんだ」

「そっか……あのねっ!また試合の応援行くね!」

 私の精一杯の勇気だった。森君は私の大好きな笑顔をパッとみせた。

「うん!来てくれたらすっげー嬉しい!俺も文化祭の写真楽しみにしてるよ。見に行くよ」

 またねと手を振った。バスのドアが開き、タラップに足を乗せて上がったところで顔をもう一度見たくなって振り返ると森君と視線が合った。
 
 森君は手を振って言った。

「ありがとなー!俺、怪我で落ち込んでたけど、ちょっと元気でた!」

 鞄をギュッと握りしめた。バスのドアが閉まる。涼しい車内に入ったのに頬が熱る。

 いつかこの想いを伝える日はくるのかな。今はまだ無理だけど。新学期はとりあえず「おはよう」って挨拶をしてみよう。そこから始めてみよう。 

 まだ誰にも言えないし、勇気が必要だけど、もしかしたら今日みたいに、話せるかもしれないと前よりちょっと欲張りになった自分がいる。

 窓の外の青い海を滑るようにバスは走って行く。 
しおりを挟む

この作品は感想を受け付けておりません。


処理中です...