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六月、世界との境界、選挙
第8話
しおりを挟む次の日。昨日の雨が嘘の様な梅雨晴れだった。からりと晴れた空に輝く太陽が、強い陽光を放つ。
同じように強く身体に刺さる視線にはまだ慣れないけれど、如何にか1時間ごとに授業をこなしていく私に、ついに声が掛かったのは、昼休みも終了間際の13時25分。
丁度予鈴が教室に響く中で、あまり話したことのない女子が、本を読んでいた私の机に影を落とした。
見上げれば、目の周りをキラキラとアイシャドウで縁どって不自然に長い睫毛を揺らす彼女は、口を開く。
「桑野さんさぁ、」
くちゃくちゃとガムを噛みながら、その他のクラスの同級生は私に向かって言葉を落とす。
「紅井くんの女になったって、やっぱほんと?」
「女っていうか、……」
この関係は何ていうのだろう。別に付き合っているわけではないし、お互いがお互いの事を好いているつもりもない。
この関係に名前が付けられなくて迷っていれば、チッと舌打ちをして彼女は言う。
「紅井くんに選ばれるなんて名誉な事なのに、なんでそんなに興味なさそうなふりしてるの?」
「……名誉とかじゃないでしょ」
だって、私達は、ただ、お互いの足りない部分を補おうとしているだけだ。
彼は日々の道楽が欲しい。
私は生きている感覚が欲しい。
それを満たすだけの、虚偽と欺瞞で創り出した薄い脆い縁。
けれど曖昧に微笑んで見せた私に、クラスメイトは呆れたように笑うのだ。
「生徒会長さまには分からないよね、それがどんなに凄い事か」
その利害が一致したから、契約したのだ。
そこに名誉とか肩書とか、そんなものは一切関係ないというのに。
肩書と頭脳と役割と、世界がそんなもので縛られているから私は死にたくなったのだ。
やっぱり神様は優しくなんてなくて、私が漸く生きる感覚をこの身に感じ始めたというのに、もう一度、その世界へ私を、ドボンと突き落とし、沈めようとして来るのだ。
「じゃあ、貴方もなれば」
無意識で、声が溢れていた。いけない、と思いながらも、喉から言葉が落ちてくる。
「そんなに肩書が欲しいなら、私なんかに構っていないで、死にたくなるほど勉強して、死にたくなるほど学校の為に働いてみたら?」
「っ、やばー、こわー」
げらげらと下品に笑った彼女は、くるくるに巻かれたロングヘアを揺らして、取り巻きたちのところへ去っていく。誰かが見ていたかの様なタイミングでチャイムが鳴る。
今までどんなことがあっても、全てを隠して押し込めて、愛想笑いをして来た。そんな努力が水の泡。
担任が入って来たのを見て、ああ、そう言えば5時間目と6時間目は選挙だった、と思い出した。
思い出して、漸く、自分が昼休みに司会の練習をし忘れたことに気が付いた。
慌ててガタン、と立ち上がる。椅子が床に擦れて、甲高い音を立てた。一斉に視線を受けた。
「生徒会の仕事で先に体育館に居ます」
資料とペンをポケットに押し込んで、教室を後にした。吐き捨てるように語気が荒くなってしまったのは、神様の所為にした。
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