タンポポ

縄奥

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一話~

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◆◆◆◆◆1話



 水車小屋が似合う、サラサラと流れる小川を取り囲むように大きな木々が
木漏れ日を醸し出し辺りに夏を知らせる。

 各駅停車の列車に揺られること6時間と少し、朝出てきたのに目的地には2時過ぎに到着
何処にでもある寂れた無人駅に降り立つものの人影はなく、大きな空を狭いとばかりに
翼を広げたトンビが輪を描いてピーヒョロヒョロと泣き声を地面に響かせる。

 駅の裏山からトンビの泣き声に負けるものかとばかりに、激しく泣き続けるセミたち
そして、空の広さを見せつけんばかりに天高く風に流される白い雲。

 駅舎に入ると2メートルくらの高さの天井は煤けて、その下に設置された赤電話は
その赤さをより鮮明なものにして俺を出迎えた。

 壁に貼られた無数の医療関係のポスターが時代の流れを俺に感じさせた。
白黒の画用紙2枚分程度のポスターの年号は昭和の匂いを漂わせ時間が止まっていることを
それとなく俺に教えていた。

 棚に置かれたホコリだらけの花瓶に挿されている枯れた野花だろうか
カサカサに枯れた野花は落ちた花びらまでもが棚の上で変色していて、なんの花なのか
素性を隠したがっているように思えた。

 割れてビニールで覆われた駅舎の窓は、気温の高さを付着した水滴で俺に知らせ
駅舎の周りの草花が乾いた地面を覆いつくしてささやかな清涼感を与えてくれた。

 あちこちに見えるタンポポの花びらが、時折吹き付ける風にその身をゆだね何度も左右に揺れ
俺を涼しい気分にしてくれる。

 駅舎を背を向け前を見ると、左右に別れる一本の狭い舗装路からは所々に地面が見え
その地面からタンポポが咲き乱れ交通量の少なさをアピールしていた。

 舗装路の右奥をみれば、道なりに聳え立つ大きな杉の木だろうか、鬱蒼とした様子を俺に伝え
左側を見れば道路の左を平行して草花に覆われた小川がサラサラと音を俺に伝えていた。

 
 【数日前】

「母さんも後でいくからアンタ先に行っててもらえるかい?」 と、俺に声かける母さん。

 なにやら、手に持った葉書をみながら顔は笑いながらも真剣な目をした母さんは、俺に
お婆ちゃんの家に行って欲しいと語りかけた。

 その母さんの目を見た俺は何やら不穏なものを感じ取った。
「あぁ、いいよ♪ 先に行ってるから♪」 と、俺は笑みを浮かべて母さんを安心さようとした。

 父親が病死する前から、二人暮らしになった今も俺と母さんは年に一回は必ず行くところが
婆ちゃんの家で、婆ちゃんは母方の祖母で年々、弱弱しくなって行く祖母を母さんは心配していた。

 そして、俺は手書きのメモを握り締め一人で、山深いこの里へと足を伸ばした…
都会で暮らすのを拒み続けた祖母を見舞う目的で。

 
 さてと! 確か左へ進むんだったな……





◆◆◆◆◆2話




 俺は手書きの地図を頼りに目的地へと爽快な気分で足を動かした。
進む方向へ寄り添うように平行して流れる草花に覆われた小川は、サラサラボコボコとBGMのようを
俺に聞かせ田舎の居心地の良さをアピールしていた。

 小川の向こうに広がる雑木林は黒々と自然を伝え、所々剥げた舗装から元気いっぱいに風に靡くタンポポは
夏の暑さを俺にこれでもかと輝く黄色を伝えた。

 燦燦と降り注ぐ強い日差しはジリジリと俺を溶かし、額からポタリポタリと落ちる大粒の汗が
乾いた道路を潤し感謝とばかりに跳ね返る土ぼこり。

 ギラギラと太陽の光が反射する真っ直ぐな道路は時折俺を錯覚に導く。
俺が進んでいるのか、はたまた道路がこっちに向かって来るのか自然のなせる業だろうか。

 意気揚々と右足、左足と小川のせせらぎに歩調を合わせ時折後ろを振り返ると、
もうこんなに来たのかとさの距離に驚かされる。

 額から零れ落ちる汗が幾ばくか大きくなったようだ。
どうやら知らぬ間に上り坂になっていたようだ。

 そうだ! 水だ! 左側に流れる小川から恵みを分けてもらおう、そう思って
渡された手書きの地図をポケットから出して広げる。

 そか! もう少し上ると左側に小川へ下りれる場所があるんだな!
喜び勇んで左足、右足と両足に掛け声を心で唱えた。

 地図に書いてある狐を祭った祠(ほこら)をチラチラと左の小川を見ながら
赤い色に染まっている祠を頼りに右足、左足と心で掛け声を唱えると、
次第に小川の草むらが開けて来て、俺の心を沸かせた。

 はぁ、はぁ、はぁと、気づけば息を切らせていた俺の目に飛び込んできた赤い祠が
もう少しだ! と、元気付けた。

 丁度、上りきった辺りの左側は10畳間ほどの広さでその恵みを俺に見せ付け
太陽の光でキラキラと輝く小川の水は俺の心を癒した。

 サラサラと流れる小川へ道路から1メートルほど下り川辺に来ると辺りは太陽に負けじと
清涼感を、これでもかと漂わせていた。

 赤茶けた砂に小さな波が押し寄せては数個の砂を川の中へ引きずり込み同時に、
新しい砂が上流から俺の足元に運ばれてきていた。

 砂の上に屈んで両手を水に入れた瞬間だった。
冷たい! と、思わず出した大声は川の中へと引きずり込まれてしまった。

 ここでは人の声すらも冷たい川の中へ打ち消えるんだなと素直に思えた俺は、
両手を水の中で軽く洗い、サッと組み上げた小川の水は吸い込まれるように俺を潤した。

 続けて何杯もお代わりを続けようやく乾いた唇に潤いを感じた時だった、
ガサガサガサッと川辺に屈む俺の左下流の辺りで、草むらがざわめいた。

 一瞬、ドキッとした俺は耳を澄まして目で音のほうを追った!
ガサッ、ガサガサッ! 緊張が俺の中を駆け巡る。

 ジッとして動かない俺のほうへ少しずつ向かって来るザワメキに身構えたその時だった!
ガサガサガサっと大きな音を立てて草むらから出てきたのは、純白のワンピースを着て、
服に合わせたのか純白の大きな帽子を被った17~18歳くらいの色白の女の子だった。

 草むらから出た少女は、俺にニッコリと微笑むと俺の後ろを擦り抜けて道路へと上り、
そして、少女の方を振り向いた俺に少女が深々と頭を下げた。

 真っ赤な靴を履いた少女に挨拶しようと道路に一気に駆け上ったものの
まことに奇怪と言うか、彼女の姿は何処にもなく探すように道路の向こう側へ急ぎ足で向かい
そして、戻っては辺りをキョロキョロと探し待った俺が目を合わせてしまったのは
祠の中でひっそりと佇む祭られている狐の彫り物だった。

 俺はリュックからオヤツに買ってあった、菓子を取り出すと半分を祠に備えそして
半分を片手に持って目的地を目指した。

 身も心も潤された俺は待ち侘びているであろう婆ちゃんの家へと先を急いだ……





◆◆◆◆◆3話




 狐の祠を数十メートル行過ぎた所にある、婆ちゃんの家への道しるべを見つけた俺は
逸る心を抑えて道しるべ通りに穴だらけの車道を左側へと入った。

 道しるべの周囲は解り易くするためだろうか、婆ちゃんが綺麗に草を切り取っていて
所々に白い塩の結晶が太陽の光に反射していた。

 人の足で踏み固められている50センチほどの道幅に沿うように両側の蓬(ヨモギ)が、
きれいに、鎌だろうか高さ40センチくらいに高さ取りしていた。

 黒土の所々から顔を出す尖った岩が足掛かりになって滑り止めの役を担っていて、
俺を上へ上へとエスコートしてくれた。

 周囲からは甘酸っぱいフルーツのような香りが濃厚に漂い、思わず一気に鼻で深呼吸。
自然が作り出した山の香水に心を癒されながら前へ前へと足を運んだ。

 緩い坂道も婆ちゃんには辛いんだろうなぁ… そんなことわ考えながら進むと
10メートル先の左側の木に何かが見えてきた。

 見えていた物の前に立って目をやれば…
「○○の家はこちら」と、目新しいマジックで書かれた板切れが枝に紐で吊るされていた。

 俺は思わずニッコリと笑みを零した。

 婆ちゃんは俺のために無理して道しるべを…
そんなことを考えていると胸の底から込み上げてくるものを感じた。

 背丈の小さい腰の曲がった婆ちゃんが、無理して腰を伸ばして枝に結んだ道しるべの
結び目は何度もやり直した跡があってその部分だけが、ヨレヨレになっていた。

 婆ちゃんの道しるべに従って足を先へ先へと進めると高さが、1メートル50センチも
あろうかと言う蓬の壁が道を覆い、そしてその先には6畳ほどの四角い蓬の壁で出来た小部屋。

 毎年やっているからだろうか、蓬の根足は揃えたように縦横が綺麗にそろっていて、
目の前は厚みのある蓬がビッシリと立ち並んで、あたかもここから先が家だとばかりに、
天然の門構えを見せ付けていた。

 幅、1メートル程の蓬の門から中へ入ると数メートル進むと大きく開けた場所に出た。
平屋で出来た横長の家の手前50メートル程だろうか、立っている場所から両側に広りを
見せる畑からは黒土の香りが辺りに立ち込め、盛土の上には丸くて大きな野菜がビッシリと
真ん中を家に向かってまっすぐ伸びる道の縁は、緑色の草が縁石のように道幅を俺に教えた。

 一年ぶりの懐かしい光景が無言で俺を出迎えてくれていた…
家の右端に見える冷たい湧き水がいつでも俺を潤してくれた、石で出来た井戸は記憶を蘇らせ
幼少期は父さんが井戸にスイカを冷やしておいて、みんな楽しそうに俺の割ったスイカを頬張った。

 次々に蘇る記憶に浸りながらゆっくりとした足取りで、婆ちゃんの家を目指した……


「婆ちゃーーん!」
 家の手前まで来ると右端の井戸の奥、100メートル程の畑の中に人影を見つけ思わず叫んだ!

「婆ちゃーーん!」
 気づけば婆ちゃんに向かって走り出していた俺だった。

 俺の叫び声に気づいた婆ちゃんは80メートル先で立ち上がると、俺の方を向いて片手を振って
ゆっくりと畑の真ん中へと歩き始めた。

 俺は婆ちゃんと手に手をとって再開した……

 




◆◆◆◆◆4話




「まんず、テレビで流れたら最近は都会の人がわんさか押し寄せとるで、お前が見た女子(おなご)も
 都会から遊びに来た人の娘っ子だんべなぁ~」 と、夕食差向えのテーブルの席で語る婆ちゃん。

 最近、この辺りがテレビで放送されたのは、俺もしっていたがそんなに反響のあるものとは
正直思っていなかった。

 ここは温泉がある訳でもない、農村と言うよりは山深い里と言う感じが強いただの部落だろうか
民家も、婆ちゃんの家を入れてもこの地区には10戸あるだろうか。

 久々の婆ちゃんの家は昭和初期を感じさせる昭和レトロと言う言葉がピッタリの家で、
壁に掛かっているのは縦40センチ、横が1メートル位の板に恵比寿さんの面が張り付き
色も煤けていて、元の色がなんなのかわからないほどだ。

 唯一、解るのは左側の恵比寿さんの帽子が青で右側が赤と言うところだろうか、
テレビの上から玄関に向けられた招き猫に福助の置物がキレイに磨いてある。

 食卓テーブルもいわゆる、卓袱台(ちゃぶだい)で丸くて年季の入っているのがひと目で解るし
水道の蛇口にはガーゼが巻きつけてあって、農地の色をそのままガーゼに伝えている。

 木で出来た窓枠は所々が腐食していて、ひび割れた箇所に松脂(まつやに)らしき物が塗られ
その上から、倒木して朽ち果てた木の粉が押し詰められている。

 畳の上に敷かれた、通称花茣蓙(はなござ)が時代の流れを俺に伝えそして、婆ちゃんの人生を
それとなく俺の心に焼き付けようとしている。

 婆ちゃんの作った野菜の煮物は母さんでさえまねの出来ない、地方独特の味付け。
「味は付けるもんじゃねぇ、味は自然から頂くもんだぁ♪ アッハハハハハ♪」 と、笑う婆ちゃん。

 天井の蛍光灯が窓の外に夏の様々な虫たちを招待し、時折パチッパチッとガラスに当たる音が
俺のBGMと言うところか。

 昭和初期に婆ちゃんと爺ちゃんが、結婚当時に家と同じ値段で買ったと言う木目の美しい
茶箪笥には、様々な形や色を施された湯飲みが置いてあって、手に取って見るとズッシリと重く
街の店で売っている軽い物とは確実に違う、物への人間の拘りが伝わってくる。

 テレビの横に50センチほどのテーブルの上に置かれた、木目と黒を基調にしたスピーカの
内臓している木で出来たレコードプレイヤーは今でも婆ちゃんの癒しの玉手箱だろうか。

 数枚しかないレコードには、婆ちゃんと死んだ爺ちゃんの青春がギッシリと詰まっているのが
俺にも解るほどに手垢で汚れたレコードのパッケージ。

 昔は何処の家にも必ずあったと言う床の間に飾られた、おなかの大きい大黒さんも
婆ちゃんと一緒に人生を歩んできた仲間の一人であることは言うまでもない。

 婆ちゃんの手作りのフカフカの座布団に、寝かせられた大黒さんを俺が見入っていると…
「あーっはははは♪ 大黒さんも、この婆(ばば)とおんなじで夜は寝るもんだべ♪」
 と、俺の顔を微笑んで見ながら語る婆ちゃん。

 俺は心の汚れが音を立てて流れ落ちた気がした。

 婆ちゃんの作った野菜と米で腹八分目どころか腹12分目になってしまった俺は、
外に出て、涼むことにして玄関へと移動した。

 すると婆ちゃんが…
「まで! 今夜は満月だはんで遠くさいぐんでねえど!」 と、俺に後ろから語りかけた。

 どうして? と、玄関の小上がりに腰を下ろして靴を履く俺。

 すると後ろから婆ちゃんが…
「満月の夜は山さ住む獣(どうぶつ)たちが魔性の力を使うがら危ねえんだ!」
 と、さっきまでの楽しげな声とは打って変わって真剣な語り口調に変化した婆ちゃん。

 地方に伝わる伝説か…
俺はその程度にしか考えていなかったが、これがとんでもないことになろうとは思いもつかなかった。

 怪しげに大地を照らした満月が夜の空気をユラめかしていた事に気づかなかった俺だった……





◆◆◆◆◆5話




 婆ちゃんの家の玄関を出ると畑に出る前に開けた広場風な場所があるが、その辺りに来ると、
昼間は気が付かなかったが、丁度満月の方角の辺りに生い茂るススキがあった。

 ススキを左に見て、草むらに腰を降ろせばテレビに出て来る光景が目前に広がった。
丁度、満月の月に少し被ったようにススキがユラユラと微風で会釈を繰り返した。
 
 真っ暗な空間を怪しげに照らす満月とそれをチラつかせるススキの穂の絶妙なコンビネーションが
何もない山間(やまあい)の、里を劇場の代替を果たしていた。

 しばらくの間、満月とススキを眺めていた俺は不意に右肩に当たった冷たい空気に気を取られ、
一瞬、ゾクっとして右側をチラッと見た。

 するとさっきまでは何も無かったはずなのに、白い靄(もや)のような物が俺の方へ漂っていた。
降ろしていた腰を草むらから持ち上げようとしたした時だった。

「あの… 申し訳ありません… 道に迷って難儀しております…」 と、突然靄の中から女の声がした。

 内心、噴出しそうになり掛けた俺だった…
「いつの時代だよ!」 心の中で爆笑寸前になりながらも、真剣な顔を整えた俺。

「近くまで車で来たのですが… 突然動かなくなってしまって…」 と、靄の中から現れた二十代前半の女。

「ふむふむ! それは御困りでしょう! で、車は何処に?」 と、瞬き一つしない女の目を見た俺。

 靄の中にジッとして動かない困り顔の女は瞬きせずに、怪しげな目つきで今にも倒れそうに
俺が近づくのを待っていたようだった。

 

【幼少期】

『いいか、○○! ここいらにはな! 自然に不慣れな者を騙しては酷い目に合わせる獣がいて
 特にお前のような都会育ちの者を標的にしては、化かしては悪さを繰り返す輩がウジャウジャいるから
 万一、お前が一人でここへ来ることがあったら、心してかからんと命に関わることもあるからな!』
  と、耳にタコが出来るほど亡き父親に、聞かされ続けた魔物の話を思い出した俺だった。

  
【そして】

「車の中に祖母が乗っていて私の戻るのを待っています… どうか助けて頂けませんか…」
 と、白い靄の中で囁くように話しかける女。

 女は十畳ほどの靄に覆われその周りを暗闇が多い尽くし、その暗闇は満月の光さえも跳ね返し
光は地面へ届くことは無かった。

「あの… お願いです! 助けて下さい…」 と、靄の中から俺にもう一度助けを求めた女。

「いいでしょう! 行きましょうか! その前に一つ! ここら辺りは殆ど畑ばかりでその周りを木々が
 多い尽くしていて、車が入ってこれる道は無いと言うこと! それから、貴女が来た逆の方向は
 急な土手に草木が多い尽くしていて、人が来れる道は何処にも無いと言うこと!」 女を睨んだ俺。

「でも… 本当なのです! 助けて頂けませんか!」 突然、声のトーンが上がった女。

 俺は完全に噴出しかけていた…
「じゃぁ、聞きますがぁー♪ あーっははは♪ あっはははは♪ ひっ! ひぃぃぃー♪ あっひっ♪」
 俺は、堪え切れずに噴出し腹を抱えて爆笑してしまった。

「どうされました?」 と、靄の中から俺に真顔で質問する女。

「どうも糞もねえーだろう~♪ あーっはははは♪ ひぃー♪ ひぃー♪ ひぃぃぃー♪ いっひひひ♪
 あーーーーっひひひひ♪ あーーーっひひひひ♪ そっ! そんな格好してー♪ いーっひひひひひ♪
 腹がー! 腹が痛ぇー! いーっひひひひひひ♪ いつの時代だよおー♪ その格好はー♪ あはは♪」
  と、女を指差して腹を抑えて大笑いした俺。

 女は盆踊りでも踊りに行くような花笠を被り、花笠に付いてる白いストッキングのような薄い生地が
女の顔をグルりと覆っていて、花柄の旅仕度のような着物を身に着け、両足はサラシが巻かれていて、
履物はワラで出来た草履を履いていた。

 しかも、右手には杖を持って、どう見ても鎌倉時代か奈良時代と言った身形だった女は、どう見ても
現代人ではなく、車を運転出来る知識も確実に無いと解るほどだった。

 俺が女に考えていることを指摘すると…
「くそー、よくぞ見破った! 褒めてやろうぞー! 」 女は靄と共にその場から一瞬にして姿を消した。

 

【翌日の夜】

 携帯電話の受信感度が家の中では悪く、仕方なく外へ出たのが前日と同じ時間だった…
「あぁー もしもし、俺だけどいつこっちに来るの?」 と、母さんに電話していた俺。

 すると…
前日同様に今度は俺の真正面に、六畳間ほどの白い靄が現れ電話しながら見入っていると、
ドンドンとその靄は俺に近づき数メートル手前で止まった。
「もし… もし… 助けて下さい… 道に迷って難儀しています…」 と、か細い声が靄の中から聞こえた。

 白い靄から出てきた女は、ホトホト困ったと言う顔をして靄の中でジッと俺を見ていた…
「あぁー、うん、わかったよー、じゃー、婆ちゃんに伝えておく」 俺を見つめる女の前で携帯を切った俺。

「でっ! 今度はなんだい?」 と、靄の中の女に問いかけた俺。

 すると…
「子供が殿様の車に跳ねられ怪我していて歩けずに助けが必要なのです… 助けて下さい…」
 と、か細い声の女。

 そして俺が…
「いや! だからな! 何でそんな服装なんだと聞いているんだよ! まぁ、昨日よりはマシにはなったが
 それにしたって、そりゃどう見ても江戸時代の街娘だろう! 第一、殿様の車ってなんだい?
 昨日も車が動かなくてなんて言ってたし、今日は今日で殿様の車って…… ははーん、馬のことか?
 何処で覚えたか知らんが、そんな形(なり)して車なんて言ったら、頭のおかしい奴だと思われるぞ!」
 と、俺の前の靄の中にいる女に苛立ちながらも教える俺。

「くそー! またしても見破るとはオノレは何奴じゃ! まさか坊主か!」 と、突然目を吊り上げた女。

「いやいや、坊主じゃないし誰でも見破れるから! それより昨日より靄が小さくないか?」
 と、草むらに腰を降ろして女に聞く俺。

「ばか者めが! 今夜は満月ではないからこれで精一杯なんじゃ! 何を言うとるか! 人間の分際で!」
 と、少し背伸びして鼻で深呼吸して上から目線の女。

「でっ! その靄は消せないのか? 暗闇にそんな真四角な靄が掛かってたら、婆ちゃんが何事だあー!
 なんてな、鎌もって走って来るかも知れんし消せるなら消した方がいいと思うぞ」
 と、江戸時代の街娘風の形(なり)をした女に語り掛けた俺。

「うっ! そ… そうか… すまんな気を使わせて… じゃ、消すわな…」 と、素直に言う事を聞く女。

 女が右手を着物の袖から出して天に一度、かざすと白い靄は見る見る間に夜の暗闇へと吸い込まれたる
「これで、良いか? どうじゃ大したもんじゃろう♪ あっははは♪」 と、鼻を膨らませ自信満々な女。

 俺は女を呼んだ…
「そんなとこじゃ話が見えんからもっとこっちに来いよ♪」 と、俺は女に微笑みかけた。

 すると…
「そんなこと言うて、ワシを殺す気だろう? その手には乗らんぞ! タワケめが!」
 と、一歩だけ前に来て直ぐに後ずさりをした女。

 プルルルルルル♪ プルルルルルル♪ と、突然携帯の呼び出し音がなった時だった、
女は「キエェェェェー」 と、天地が裂けそうなほどの叫び声を出して瞬時に消えてしまった。

 母さんからの電話を終わり、婆ちゃんの家に戻ろうとした時だった…
「のぅ! これ! のう!」 と、歩き出した俺の左側の草むらの中から女の声がして俺は足を止めた。

「さっき、御主が使っていた物はなんじゃ? 武器か?」と、姿を現さずに声だけ出す女。

 草むらから出て来ない女に俺は…
「姿の見えない者とは話さん!」 と、少し怪訝な声を出した俺。

 すると…
「これは、すまぬ… 童(わらわ)としたことが…」 と、草むらから現れた防空頭巾にモンペ姿の女。

 俺が…
「少しずつマトモになってきたな! 服装も話し方も~♪」 と、モンペ姿の女に話かけた俺。

 すると…
「これ! からかうでない… それはそうと、さっきの怪しげな物はなんじゃ?」 と、女。

 


 俺は携帯電話の使い方をこの女に教えた…
女は携帯で出来るゲームに夢中になり、この夜は深夜遅くまで俺と一緒にゲームを楽しんだ。

 





◆◆◆◆◆6話





 朝、目覚めると既に婆ちゃんも動きまわっていた8時過ぎ。
「お前、あんまりあげな物と付き合うんじゃねぇ、ありゃ物の怪だでな!」
 と、朝飯を食う俺の前に御茶を出してくれた婆ちゃん。
 
 卓袱台の前に座って飯を食う俺をニコニコしながら見る婆ちゃん。
「すかすー よぐ、食うなあー♪ アッハハハハハ♪」
 
 お茶を飲みながら俺を見入る婆ちゃんに。
「婆ちゃんの漬物、美味すぎるよ♪ こんなん母さんじゃ絶対こ無理だよ♪」

 
 すると…
「いいが、侮ってはならんぞ! 物の怪は絶対に侮るなよ!」

 ニコニコ笑顔から突然、怖い顔した婆ちゃんは俺にそう言うと、奥の部屋へと姿を消した。

 俺は婆ちゃんの味噌汁と漬物に舌堤をうちながら腹いっぱいの飯を食うと、外へと移動した。
と言うのも、昨日の女が来るんじゃないかと思ってのことだった。

 こんな何も無い山の里での楽しみと言えば、存分すぎるほどの自然と戯れることと
信じている俺としては、飯の次は家の前の畑を見ながら燦燦と降り注ぐ太陽の下で風を感じること。

 家を出て数十メートル山の出口方向へ歩くと、昨日の夜に女と話した場所が見えて来て、
後ろを振り返ると、婆ちゃんが農具を持って家の裏側の畑へと移動していた。

 昨日、腰を降ろしていた場所の草むらは俺の分と、一回り小さなものが二つ並んで倒れていて、
付近の草むらは何事も無かったように太陽に向かって立っていた。

 同じ場所に腰掛けて待つこと30分、流石に出ずらいのか女の姿は何処にも見当たらず、
グルリ360度見回してから、後ろへと倒れて目を閉じた。

 太陽の光がポカポカして少しウトウトしだした辺りだった。
何かがマブタの上で蠢く(うごめく)影が見えてそっと目を開けると、俺の真上に一つの顔が!

 驚いて、咄嗟に起き上がると白いワンピースを着た色白の女の子が帽子を被って立っていた。
「き、君ー! 驚いたよ! な、なんでこんな所に!?」 慌てて立ち上がった俺。

 色白の可愛い顔した女の子は、俺がここに来る時に稲荷のホコラの前で出会った少女だった。
俺の顔を見てニッコリと微笑む少女の顔は、俺に対する恐怖を微塵も感じていない様子だった。

「君、何処から来たの?」 と、問いかけるものの微笑むばかりで何も答えない少女。

 もしや物の怪か? そう思った俺は突然、少女の尻をワンピースの上から撫でた!
「キャァー!」 一瞬小さく上げた少女の悲鳴に驚いて草むらに倒れた俺。

「ご、ごめん! 物の怪かと思って! そ、それで!」 と、起き上がりながら弁解する俺。

 すると彼女は。
「うふふふふ~♪」 と、楽しげに微笑むと俺を擦りぬけて婆ちゃんの家のほうへと歩き出した。

 
 そして…
「御婆ちゃーーーーーーん♪」 と、大声出して婆ちゃんのほうへ叫んだ。

 すると、気付いたように婆ちゃんが少女のほうに大きく手に持った麦わら帽子を振って、
そして、それを確認した少女もまた、ピョンッと飛び跳ねて婆ちゃんのほうへと駆け出した。

 俺は何がなんだか解らないまま、少女を追うように婆ちゃんの方へと歩き出し、
とにかく、ちゃんと謝らなきゃと少女を追った。

 家の前に来る頃には、少女と婆ちゃんは笑みを浮かべて楽しげに話していて、
俺が到着するや否や、婆ちゃんに叱られるはめになった。

 何でも、少女はこの辺り一帯を含む町長さんの息子の娘で、高校の夏休みで俺同様に遊びに来ていて、
丁度、稲荷の祠(ほこら)と婆ちゃんの家の中間にある、家に泊まっているらしいことが解った。

 普段は丁度、俺が帰った辺りに来るはずだったが、今回は少し早めに来てゆっくりする目的だと
少女の前で婆ちゃんから聞き知った俺だった。

「初めまして♪ ○○○○と言います♪」 と、笑顔で自己紹介した少女。

「こちらこそ初めまして、さっきは失礼しました!」 と、少女に深々と頭を下げた俺。

「まんず、物の怪が昼間に出る訳ねえだろうに… あっはははは♪」 笑う婆ちゃん。

 しばし、婆ちゃんと少女の会話が始まり、俺は二人から少し離れて切り株の上に腰を降ろした。
懐かしそうに語らう二人は終始笑顔が絶えず、他人とは思えないほどに仲良しだった。

 すると、山の入り口付近から二人の男女がこちらを向いて手を降っていた。
それに気付いた婆ちゃんが再び麦藁帽子で二人の男女に振りかざした。

 すると。
「私の両親です♪」 と、俺に教えた少女はニコッと微笑んだ。

 まさかこんなとこにで、こんな可愛い子と出会えるなんてと俺は、内心ワクワク気分だった。
少女の両親と会釈して婆ちゃんに紹介された俺は、婆ちゃんにさっきのことを両親にバラされ爆笑された。
「いやいや、ここいらじゃ有名な物の怪の話ですからねぇ~♪」 と、少女の父親は笑みを浮かべた。

 

 あれから、少女と俺が親しくなるのに左程、時間は掛からなかった。
彼女は身体が弱く、毎年この季節にここへ養生をかねて里帰りの両親に連れられてきていたと言う。

 更に驚いたことに彼女は、俺の住む街から車で30分ほどの都市に住んでいて、話もそこそこ合って、
彼女の通学する高校も土地感のある俺にはピンと来る部分もあり、俺たちは話しを弾ませた。

 
 蝉があちこちで鳴き声を上げ、太陽の光が燦燦と降り注ぐ昼間の午前10時、彼女は両親に連れられ
山を降りて行ったが、俺は彼女との恋の予感を感じていた。

 その日から、俺の頭の中には常に彼女が住みつき始めた…
そしてその日の夜、婆ちゃんとの夕飯を済ませた俺は、再び物の怪が来る場所へ行って腰を降ろした。

 すると…
「すいません! 道に迷って困っているものです、助けて下さい!」
 声のする方を見ると、話には聞いたことがあったボディコンと言う身形の女が白い靄の中に現れた。

「あのなぁー! もう、そう言う出方しなくてもいいからよ! 普通にコイ普通に!」
 と、いい加減うんざり気味の俺は物の怪に、怪訝に言い放った。

 物の怪の姿は昭和の後半に流行った、ボディコンと呼ばれる服装で、身体のラインが明白に解り
伸び縮みする超ミニなワンピース姿だった。

 ギラギラした銀色の服は月明かりに照らされて、草むらにギラギラに反射して、胸の辺りは
服から食み出す勢いの豊満なバストに、揺れる太ももの下を見れば白いサンダルを履いていた。

「おいおい! 草むらでヒール付きのサンダルはねーだろー! あっはははは♪」
 手を叩いて大笑いする俺。

 そして、物の怪が手に持っているものを見て腹を抱えて大笑いしてしまったのが、
色とりどりの羽がついた大きなセンスだった。

 すると…
「もし… 助けて下さい… 道に迷っております…」 センスを振りかざして助けを求める女。

「いや! だからよー! もう解ったからよー! なっ!」 呆れ顔で女に話す俺。

 すると…
「またもや見抜くとは… やはり只者ではないな! お主!」 と、毎度の台詞を放つ女。

 てか、お前、恥ずかしくねえか? パンツ見えてるし身体をそんなに出してよおー!

 すると…
「少々、恥ずかしいのぉ~ この格好は…」 と、頬を紅く染めて恥ずかしそうに俯く女。

「恥ずかしいのはこっちの方だ! そんな卑猥な服装して目のやり場に困るだろ!
 第一、最初は鎌倉時代の着物で次は江戸時代で、次が防空頭巾にモンペで最後は
 ワンレンボディコンに扇子たぁ、一体何処で勉強したらそんな服装になるんだい!」
 と、顔をしかめて物の怪に尋ねた俺。

 すると…
「童(わらわ)たちの知識は古いのかのぉぅ~」 首を傾げて困り顔する物の怪。

「人を騙して悪さするなに相当古いんじゃねえのか…」 と、物の怪の目を見た俺。

 すると…
「悪さとな! お前たちほど童たちは悪いことはしとらんぞ!」 と、怪訝な顔する物の怪。

 見て見ろ、この切り開かれた山々を! 散々自然を破壊しおって! 山が寒い寒いと泣いとるわ!
お前たち人間の所行の所為で、どれほどの生き物が命を落としているのか知っておるのか!!
「ワンレンボディコン姿で扇子を振りかざしてサンダル履きで俺に説教した物の怪」

 俺に説教した物の怪の目は真剣だった… 真剣すぎて怖いほどの眼差しだった。
雲ひとつない夜空の下でボディコン姿の物の怪と、環境に付いて語り合う人間が一人、滑稽だった。

 俺は、物の怪に大まかな歴史や時代の流れを紐解いて教え、男言葉と女言葉の違いや使い方を
質疑応答形式で教えた。 勿論、この付近で人を騙す行為をしないと言う条件で。

 そんな時、俺の中に疑問が沸いた…
今、俺が見ているものは触れるのかと言う素朴な疑問だった 幻覚にしては随分とリアル過ぎる。

 実際に触らせてくれと言うと、物の怪は何やら照れ臭そうに俺の隣に来て腰を降ろして見せた。
「いいぞよ、童に触れて見るが良い…」 パンツ丸見えで体育座りした物の怪。

 俺は遠慮なくとばかりに、ボディコン姿の物の怪の左肩に腕を回した…
柔らかく腕に当たった物の怪の身体は、完全に人間の質感と同じで甘く切ない女の匂いまで漂わせた。

 すると…
「どうじゃ? 見事じゃろう? むふふふふふ♪」 と、得意げに笑った物の怪。

 そして…
「笑った顔、可愛いな♪」 素直に思ったことを言った俺。


【物の怪曰く】

 幻覚を見せたりするのは、下級な者達で童たちとは比べ物にならぬ…
童たちは完全な人間の肉体を作り上げることが出来る種族でな、この大和の国には数えるほどしか、
おらんと聞いているし、中には人間に成りすまして、人間として種族を増やしている者も多いと聞く。

 したが、この辺りにはもう童くらいしかおらんようになってしもたし、物の怪の学校で習った
勉強も、そなたに笑われるほどに古い物じゃと、今気付いたしの~。

 人間共は、今、そちがしているように肩を抱いて語らうのじゃろう? 男女の仲は?
うっふふふふ♪ 安心しろ童は立派な女子(おなご)じゃて♪ 昔から人間たちは同じ男同士で、
この山に入って来ては、男同士でよく抱き合っておったわ♪ 全くわからん生き物よのぉぅ♪

 

 俺が…
「なぁ、お前も人間として暮らして見たらどうだ?婆ちゃんに話して一緒に暮らせるように、
 頼んでみてもいいぞ♪ 婆ちゃんならお前のことも知ってるしと、物の怪に言う俺」

 物の怪が…
「お主、優しい男よのおう♪ 自分を騙そうとした童にそんなことまで… そうじゃ!
 何かお主に礼がしたい! 色々と教えてもろたしのぉぅ♪ 何が良い! 何でも申せ♪」
 と、目を輝かせて微笑んだ物の怪。

 俺が…
「礼なんかいらんが、そうだなぁ~ お前は幻覚じゃないなら俺がここに滞在してる間、話相手に
 そうだなぁー♪ 話し相手になってくれればいいや♪ うん! 俺の願いはそんなところだな♪」
 と、物の怪に話す俺。

 すると…
「話し相手だけで良いのか? 何やらおぬしの心の中には童と子作りの真似事がしたいと、
 童には見えるのじゃが…」 と、俺の心を見透かした物の怪。

 俺は…
「あ、当たり前だろう! そ、そんな格好で隣にいたら、男なら誰だって!」 と、必死な俺。

 
 
 この夜も俺と物の怪は隣り合わせに草むらに座り、携帯ゲームとテレビを見て時間を過ごした。
抱いた物の怪の肩は柔らかく真上から見える胸の谷間は確かに量感、質感共に人間そのものだったが、
携帯ゲームをしている、物の怪はあどけなく笑みを見せ、真の悪はもしかしたら俺達人間なのかも、
知れないと素直に思えた俺だった。

 無邪気にゲームをしている物の怪の身体を、色欲で見ていた俺は、突然恥ずかしくなった……



 

◆◆◆◆◆7話





 翌朝のこと、俺が飯を食って家の周りを散策している。
丁度、家の裏の畑から数分のところに見つけた周囲60メートルくらいの雑木林に覆われた池。

 最初は気付かなかったが、石に躓いて倒れそうになった時に掴んだ木の枝の隙間から見えた
池は、朝り光を木々の間の木漏れ日で揺らめいていた。

 幅が数十センチの道から右の繁みの中へ入ると、もわ~んと前日の温もりが草の中に
立ちこめていて、下半身は温かいのに草から出ている上半身は涼しいと言う妙な感覚だ。

 繁みに入り歩いていると徐々に周囲の木々も大きくなっていて、木々の間を埋めるように、
高さのある草が生い茂っている。

 歩くこと4~5分だろうか、ようやく到着した池は地面と池の水の高低差が30センチほどで、
一雨くれば確実に溢れるだろうと思えた。

 池の周囲の地面はまるで誰かが手を入れたかのように平らで、小石一つなく雑草も生えておらず、
足元はきわめて良好と言うところだろうか。

 サクサクと右回りに池の畔(ホトリ)を歩く。
幅数メートルの広さがあって、邪魔するものもなく風で木が揺れる度に木漏れ日が池に当たって、
キラキラと光を反射させている。

 丁度、歩き出して半分くらいだろうか、少し先に小川が注ぎ込んでいた。
近づくにつれサラサラと微かに流れが聞こえて来る。

 和む心…

 池の中は畔付近は目でわかる程度なのだが、中心部へと向かうほどに、その色は黒々していて
恐怖さえ感じてしまうほどだ。

 和む心と恐怖の心が折り重なる妙な気分だ。

 小川は童話に出て来るような綺麗な小石の散りばめられた幅2メートルほどだ。
サラサラサラ… ボコボコボコ… ピチョピチョピチョと折り重なり様々なBGMを放っている。

 深さ10センチほどの小川を渡ろうとするものの、躊躇(ちゅうちょ)してしまう。
小川を渡れば折角の綺麗な流れを汚してしまわないか… 考えた末、俺は後戻りすることに。

 来た道を逆周りして入った所を越えると、今度は奥の方になにやら古墳塚のような盛り土が見えた。
盛り土の上には、太くて大きな高さ20メートルほどの木が聳えたっていて、周囲には高さ数メートルの
小さい木々が、まるで王様を守る兵隊さんのように立ち並んでいた。

 見上げながら近づくとドンドンその巨木から広がる太い枝は、まるで傘のように下を覆っていて、
木漏れ日も左程入ってこない、薄暗くヒンヤリした空気を漂わせている。

 近づくほどに暗さは増して行く…

「なんだろう?」 立ち止まって目を凝らすと、盛り土の傾斜のところに見える高さ2メートルほどの
楕円形の洞穴の入り口のようなものが見えた。

 童話ならたいていは動物の家(すみか)と言うことになるのだが… なんて考えながら近づく。

 盛り土の傾斜に口を開けた洞穴の入り口は人の手が入ったように草が刈られていて、
芝生風の仕上がりを見せていた。

 こっそり傾斜に隠れるようにして、中を覗くと所々に光が差し込んでいて、まるで街路灯のように
辺りをてらしている。 

 「おそらく陥没してそのまま固まったのだろう…」

 少しずつ目も暗さに慣れて来た時だった、何やら中から何かがうごめくような音が微かだが聞こえた。
中から聞こえる、奇妙な音… 何かが擦れる時に出るようなギギギッ、ギュッギュッと言う音は、
数十秒間隔で外の俺にその音を伝えた。




 そして俺は意をけっして中へ入ってみようと一歩を踏み入れた……

 




◆◆◆◆◆8話






 陥没して出来た穴から入る自然の明かりを頼りに足音ほ消すように、一歩また一歩と進むと、
奥から聞こえてくる物音が少しずつ大きく聞こえてきた。

 湿った空気が漂う洞窟は入って来る日差しの部分だけがポカポカ外の温度を伝えている。
暗闇の中、途中から地面が湿っていて妙に歩きづらい。

 男の俺でも立って歩ける洞窟は何となくだが、幅は数メートルはあろうかと思える。
しかし少しずつだが、奥から聞こえる反響音が小さくなってるところを思えば確実に狭まっている。

 暗闇に慣れたとは言え、天井からの光の間隔も広がっていドンドン暗くなっていき、
懐中電灯でもなきゃ、これ以上は勧めないと思ったところだつた。

「ドンッ! あっ! イテテテテッ!」

 突然何かに正面から当たってその場に崩れた俺。

 どうやら岩で出来た壁に正面から当たったようで、顔を強打しその場で顔を手の平で覆った。

 すると…
「わっせ! わっせ! わっせ! わっせ! わっせ! わっせ!」 
 と、奥の方からなにやら人の声のようなものが近づき、岩壁に向かって蹲る俺の背後に
 何やら大勢の気配を感じた。

 俺が、顔に付いた泥や石片を落として憂い炉を振り返った瞬間だった!
「ギエェェェーー! ヒュルヒュルヒュルー!」

 何かの叫び声と同時に無数のギラリと光る目が暗闇の中を舞ったと思うと、
激しく俺の背中を掠める気配を感じた。

 すると…
「殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー!」 と、誰かの囁きが聞こえた。

「殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー!」 

「殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー!」 

「殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー! 殺せー!」

 繰返される、無数の囁き声…

 まるで地面のの底から沸き上がる様な無数の声に怯える俺は、咄嗟に…
「ウウゥゥー! ワンワンワンワン! ワンワンワンワンッ!!」 と、犬の鳴き真似をした。

 すると…
「ウギヤアァァァァーーーーー!」 と、鋭い獣の叫び声が洞窟に響き渡った!

 次の瞬間、光る目は一斉に奥の方へと宙を舞うように慌しく消えていった…
俺はフラフラしながら、立ち上がって岩壁を手で伝いながら、奥の方を覗き込んだ。

「丁度、ドアの影から部屋の奥を覗き込むように」

 すると、岩壁のずっと奥の方に何十と言う光る目がこちらを微動だにせず、睨みつけていて
とても奥へと足を踏み入れる勇気は俺にはなかった。

 洞窟をフラフラしながら出た俺は、急ぎ足で大木の傘の下から離れ太陽の光を求めて走った。
「はぁ、はぁ、はぁ…」 逃げるように走った。

 ようやく、太陽の光が燦燦と降り注ぐところへ来た俺は、池の畔に四つん這いになって池の
水で顔を洗おうと池に顔を映した瞬間だった。
「ギヤアァァァァーーーー!!」 俺は大声で叫んでその場で気を失った。

 どれほど時間が経過しただろう、誰かの声が耳元に聞こえた…
「おい! 起きろ! おい! しっかりせんかー!」

 マブタの外側に見えた蠢く(うごめく)誰かの顔につられるように静かに目を開けると、
そこには見慣れた女の顔がニコニコ微笑んでいた。

「俺は膝枕されていたことをこの時しった…」

 水色の胸元に白いレースをあしらったワンピース姿の顔は笑みを浮かべた物の怪だった。
夜しか会ったことのない物の怪の顔はとても可愛らしく思えた。

 物の怪はは俺に膝枕しながら…
「こんなところに来ちゃいかんな… 好奇心旺盛なのは良いが童(わらわ)がおらんかったら
 そちはとっくに殺されていたぞ! まったく人間と言うのは命を粗末にするな… ふふふ♪」
 
 と、俺の頭を撫でながら可愛く微笑む物の怪。

 俺はさっき、池に映った恐ろしい形相の狐とも猫ともつかない大きな顔のことを話すと…
「おぉーっほほほほ♪ そいつは化かされたんじゃよ♪ そんな怪物はここにおらんでに♪」
 と、俺を安心させた物の怪。

 俺は何故か物の怪の膝枕が心地良くてそのまま目を閉じてしまった…
するとマブタの外側にある物の怪の顔が徐々に俺の顔に近づいたと思った瞬間だった。
「童はソチが好きになったようじゃ…」 そう言うとそっと俺の唇に柔らかな唇が重なった。

 すると…
「さてさて♪ あまり日の光を浴びていると童がまいってしまうわ… 全く犬の真似なぞしおって♪」
 そう言うと静かに物の怪の声が聞こえなくなった。

 数分後に目覚めた俺のからだの上には、乾いた木の葉が布団のようにかけられていて
枕の代わりだろうか、丸められた山葡萄のツルで出来たボールのような物があった。

 物の怪が俺を気遣ってしてくれたらしかった…
『童はソチが好きになったようじゃ…』 耳に張り付いた物の怪の言葉を思い出す俺。

 
 太陽が池の真上にくるくらいまで、俺は木の葉の布団と山葡萄のツルの枕でウトウトしていた。
心地よい周りの木々の揺らめく音をBGMに燦燦と降る太陽の光に癒されていた。

 俺は、洞窟の方に頭を深々と下げ、二度と洞窟へは立ち入らないことを心で誓って、
池から出ようと雑木林に足を踏み入れた。

 すると…
「何故だろう?」 どう歩けばいいのかスラスラと頭に浮かぶ道無き道の地図。

 考えもしてないのに、スラスラと左足はここに、右足はここへと勝手に浮かんでくる
雑木林の地図の所為で、一度も身体に木の枝を引っ掛けることなく広場に出てきた俺だった。

「何故?」 俺の脳裏に浮かんだ言葉。

 すると…
「100メートル先かの草むらから誰か来る!」 咄嗟に頭に浮かんだ何か。

「何! 何だこの感覚は! 何で解るんだ?」 突然うろたえる俺。


 俺はとにかく前へ前へと足を進めると、向こう側の草むらから突然顔を出したのは……






◆◆◆◆◆9話






「○○さん! 何でこんなとこに!?♪」 草むらから現れたのは○○さんだった。

 婆ちゃんの家を親子で訪ねてくれた時より薄っすらと日焼けした彼女の髪はサラサラと風に舞い、
ニッコリ微笑む口元から真っ白い歯が見えていた。
「お婆ちゃんに聞いたらこっちに歩くのが見えたって言うから♪」 と、微笑んだ彼女。

 折り目の付いたカーキ色のショーとパンツに白いハイソックス、上は下と色揃いのシャツに
野球帽の彼女はとても新鮮な感じを俺に見せ付けていた。

 帽子から伸びた髪の毛が風に舞って涼しさを溢れさせ、満面の笑みを俺に向けた、
その時、彼女が何やら呟いた…
「獣(けもの)の匂い…」 ハッキリとは聞こえなかったが確かに彼女は辺りをキョロキョロして言った。

 俺が、獣? と、彼女に聞くと。
「えっ? 私そんなこといったかしら…」 と、俺の前を擦り抜けた。

 すると…
「ねぇ~ お散歩しましょうよ♪」 と、彼女は俺の手を握り締めて来た。

 一瞬ドキッとして躊躇(ちゅうちょ)した俺を下から見上げるように、うふふふ♪と笑むと
俺を引っ張るように左側の草むらの中の道へと移動した。

 両側の草は時折舞う風にサラサラと揺れ、同時に彼女の髪も風に流される。
手を引く彼女の足取りは、俺に比べ軽やかでどちらかと言えば足取りの重い俺は引き摺られていた。

 草むらを数分歩いた辺りだろうか。突然俺の手を離した彼女は俺の方に向きを変えると、
俺の正面に立って、俺の唇に自分の唇を重ねて来た。

 どれほどの時間が経ったろうか…
「私、初めて見た時からアナタが好きだったの♪」 と、言って俺から離れて後ろ向きになった彼女。

 自分からこんなことをするような娘(こ)には思えなかった俺は暫く固まってしまった。
「私、ねえ♪ ファーストキスだったんだよぉ~♪」 と、後ろ手にして全身揺らして頬を紅らめる彼女。

 何故かは解らんが、そんな彼女を見て俺は彼女を引き寄せ抱きしめキスをしていた。
抱きしめた彼女にキスをしている時の俺の脳裏には、さっきの物の怪とのキスが浮かんでいた。

 何故か物の怪に申し訳ない気持ちでいっぱいだった…
『童(わらわ)はソチが好きになったようじゃ…』 思い出していた物の怪の照れながらの言葉。

 
 それから一緒に手を繋いで、婆ちゃんの家を中心にグルリと回る格好で彼女とのデートを楽しんだあと、
戻ろうかと言うときに、気分が優れないと言う彼女をおんぶすることに。

 後ろの方で、耳元に彼女の囁き…
「そこを左に曲がると山小屋があるから…」 と、囁く彼女の声に従って左に曲がった俺。

 燦燦と強い陽射しの中で、左に曲がると修理に修理を重ねた風な山小屋がポツンとたっていた。
「これか!」 心の中で呟いた俺。

 四角い木で出来たノブが付いてるだけのドア、蝶番(ちょうつがい)はゴム長靴の破片だろうか、
乾燥していて今にも落ちそうなほどだった。

 中は薄暗かったが所々から陽射しが入っていて、ドラム缶ほどの干草が紐で縛られ数個置いてあって
地面は黒土でその上に古びた茣蓙(ござ)が引いてあった。

 天井から伸びた荒縄でくくりつけられて吊るされた毛布や、壁に縛られている農機具に
木の切り株の椅子がビールの箱を挟むように置いてある。

 煤けて破れた昭和45年と書かれたカレンダーに、壁に作られた板で出来た棚には古いランプと
相当古い救急箱があって、土ぼこりが上を覆っていた。

 俺は彼女を急いで、切り株に座らせると立ててある干草をゴロンと真横にして置いて
丸い干草の塊をソファーの背凭れのようにして、その上に俺のジャンパーを掛けた。
「さぁ、ここに寄りかかって…」 と、俺は彼女の身体を背凭れに静かに移動させた。

 すると、突然俺は彼女に引っ張られてしまった…
気がつけば俺の口の中に、彼女の柔らかい舌先が流れこんだ瞬間だった。


 俺は生まれて初めて異性と交わった……


 【その日の夜】

「お主、あの女子(おなご)が気に入っているようじゃのぉぅ~」 
 と、いつもの場所で俺の隣に座る黒皮のミニスカートに黒のブーツを聞いた姿の物の怪。

「オスと言うものは見境無く情を交わすものよのおぅ~♪ したが! あの女子は危険じゃ!」
 と、ニコニコしていて突然、厳しい表情に形相を変えた物の怪。

「彼女のことを悪く言うのはやめろ!」
 と、青春ドラマのワンパターンな台詞を言い放った俺。

「そうじゃのぉぅ~ 情を交わしてしまったのじゃから、何を言うても無駄じゃな…」
 と、ため息混じりに消沈する物の怪。

「今頃、おぬしの子種があの女子を大人の女へと変えるかも知れぬなぁ~」
 と、遠くを見るような目をして寂しそうな声で語った物の怪。

「まぁ、それもおぬしの人生じゃ、童が口を挟むべきことではないのかも知れぬなぁ~」
 と、深呼吸をして体育座りしている両脚の隙間から地面に見入る物の怪。


「なあ、教えてくれねえか… 何で彼女が危険なんだ? どう言うことなんだ?」
 と、左の物の怪に同じく両脚の間から地面を見ながら聞く俺。

「さぁ、のおぅ~ 知ることはお主にとって良いのか、悪いのかのおぅ~」
 と、一瞬顔を上げてまた、地面に見入る物の怪。

「なあ! 教えろ! 教えてくれ!」
 と、左の物の怪の肩に手を置いて揺する俺。

 俺は物の怪に何度も、頼んでようやく話してくれると言う物の怪の声に聞き入った…
「あやつは、我々の種族で人間社会に溶け込んでいった、物の怪たちの先祖の血を汲む者たちじゃ…
 ただ、あの女子自身は気がついていないかも知れんし、或いは知っているやも知れん」
 
 と、遠くを見つめながら小声で俺に呟いた物の怪だった。

「そう言えば… 草むらの中で彼女が囁いたんだ、獣の匂いがするって…」
 と、俺は物の怪に彼女の言い放った言葉を聞かせた。

 その時だった、物の怪の目が一段と大きくなって、俺の方に顔を向けた!


 そして、俺にこう言った!






◆◆◆◆◆10話





「人間どもの半分以上は童たち物の怪の血を引くものたちであろうな…」
 と、俺の目を見つめ寂しそうに語った物の怪。

 暫く無言が続く二人だったが、物の怪は慣れた手つきで俺の携帯でゲームをしていたし、
俺もまた、無邪気に笑い声を上げる物の怪を横から見入っては、ほのぼのした雰囲気を楽しんでいた。

 そんな物の怪に俺は…
「なぁ、お前の正体って言うかさぁ~ 一体なに?」 無意識に出た言葉だった。

 すると突然物の怪は声を荒げた…
「そのようなこと二度と童に聞くでない!! 良いな!!」 と、一瞬俺をみると再びゲームに熱中する物の怪だった。

 激しく形相を変えて俺を睨んだ物の怪が怖く感じた俺だったが…
「お前、俺のこと好きだって言ったよな~ もし俺もお前が好きだと言ったら?」 と、物の怪の肩を抱き寄せた俺。

 すると物の怪が…
「全く、人間と言う生き物は子作りのことしか頭に無いのか? わっはははは♪ そんなに童のスカートの中が気になるのか♪」
 
 俺の心は見抜かれていたことに、前回同様に少し恥ずかしかったが、色白でスベスベの肌した物の怪に
興味があるのは事実だし、スカートの中にも興味はあった。

 すると物の怪が…
「子作りがしたいのなら何故、童を押し倒さぬのだ? お前ら人間は女子(おなご)を押し倒すのじゃろ♪」
 と、ゲームをセーブしてチラッと俺を見て微笑む物の怪。

 そして物の怪が…
「童が怖いのじゃろう♪ 食われてしまうかも知れんと思うとるようじゃのおぅ♪」
 と、またまた俺の心を見透かす物の怪。

 心を見透かされ無言でいる俺に物の怪が…
「童たちは人間の肉なんぞ食うたりはせん! それはお主らがかって作った幻じゃ♪」
 と、空を見上げて微笑みそっと俺の左頬にキスをしてきた物の怪。

 俺は頬にキスした物の怪の口に自分の唇をそっと重ねると、物の怪が言ったように彼女の肩を優しく抱いて、
草むらに静かに押し倒した。

 無抵抗の物の怪と交わした熱い口付けは俺を男と言う獣(けだもの)に変身させた…
口付けをしながらスカートの中へと、俺の手は伸びて行き、気付けば俺は物の怪と愛し合っていた。
「嬉しいぞ♪ 待ってった♪ お主からの子作りを~ アッン♪」 激しい戸息の中で語る物の怪。

 俺は物の怪と知りつつも情を交わしてしまった…

 その日から俺は毎夜のように物の怪と情を交わし何度も愛し合うようになっていた。
俺の心の中には常に物の怪が住み着き、物の怪の心にも俺が住み着いていると互いに悟るほど愛し合っていた。

 同時に、俺と情を交わしたあの子とも小屋の中で愛し合っている矛盾した自分がそこに居た。
二人の女性を愛してしまった馬鹿な俺がそこに居た。

 昼は彼女と小屋の中で、そして夜は物の怪と草むらでと男と言う獣は二人の女を貪っていた。
悪いと思いながら、どちらかをと言う選択肢も思いつかないまま繰返された情の交換。

 そんな昼間のこと、人間の彼女と手を繋いで情を交わすべく小屋へ向かっていると…
「獣(けもの)の匂いがする…」 と、人間の彼女はポツリと囁いて俺を見上げた。

 辺りをキョロキョロし始めた彼女の目が一点をジッと見入った瞬間だった…
「いる!」 と、彼女は小声で呟くと俺の前に立って、俺を後ろに押した。

 草むらがガサガサ揺れて、出てきたものは… 人間の彼女の後ろに立ち尽くす俺を
ジーッと見据えた物の怪だった。

 すると、人間の彼女は俺を強い力で後ろに突き放すと、身体を中腰に屈めて両手を広げて突き出した。
無言で俺を見据えて向かって来る物の怪もまた、中腰で両手を広げて突き出した格好だった。

 すると人間の彼女が俺に…
「○○さん! 小屋に! 小屋の中に隠れて!」 と、大きな声で叫んだ!

 向かって来る物の怪の目は寂しげで切ないほどだった…
「ソヤツは童の亭主! お前ごときには渡さぬわ!」 と、物の怪は吹く風を消し飛ばすほとの大声を放った。

 すると人間の彼女は一瞬後ろの俺をチラッと見て…
「やっぱり! 物の怪とも交わっていたのね…」 と、悲しげに呟いた人間の彼女。

 そして俺は…
「ちょっと待て! 話を聞け!」 と、間合いを詰める二人の女の真ん中に割って入った俺。

 すると物の怪は…
「ドケッ! 亭主でも許さぬぞ!」 と、俺を横へ突き飛ばした!

 突き飛ばされた俺に駆け寄った人間の彼女が何か空に向かって大声を発した!
すると物の怪が彼女に、無駄じゃ! お前の遠吠えなぞ掻き消えてしまうじゃろ! 誰も助けは来ぬぞ!

 次の瞬間だった!
うおおぉぉぉーーーーって叫んだ物の怪の身体が見る見る間に大きくなって5メートルほどになり、
顔は可愛い女から、口が左右に裂けた狐とも狼とも猫とも付かない物になってしまった!

 同時に俺の側に居た人間の彼女もまた、身体を物の怪よりも一回り小さく、白い狐にその姿を変えた。
「下がってて下さい… ○○さん…」 白狐に姿を変えた彼女は泣いていた。

 すると物の怪が…
「狐の分際で童の亭主を横取りするとはのおぅ~♪ 黙って引き下がればようものを♪」
 と、物の怪もまた大粒の涙を零して泣いていた。

 俺はこの時、自分が彼女達よりも最も物の怪だったことが解った気がした。
「止めてくれーーーー! 頼む! 俺を! 俺を殺してくれーー!! 俺が全て悪いんだーー!!」
 咄嗟に大きくなった二人の真ん中に飛び出した俺。

 すると、草むらの中から…
「切ないものようのおぅ…」 と、手にカマを持った婆ちゃんが姿を現した。

 そして…
「孫の不始末はこの婆(ばば)の不始末じゃ… この婆に免じて手を引いては貰えぬかのぉぅ…」
 と、俺の数メートル先から彼女達に頭を下げた婆ちゃん。

 その日から婆ちゃんは何事も無かったように俺に振る舞い畑仕事に精を出し、母さんが来るのを待ち、
そして二人の女達も俺の前から姿を消し去り、物の怪と愛し合ったあの草むらには俺だけがポツンと座り
人間の彼女もまた、婆ちゃんのところに来ることは無くなった。

 会いたい… 二人に会って詫びたい… 殺されてもいいから詫びたい…
毎夜のごとく空を見上げながら草むらに行き、そして小屋にいっては彼女たちと過ごした日々を振り返った。


 そして満面の笑みを浮かべて母さんが、土産物をもって婆ちゃんの家を訪れた……






◆◆◆◆◆11話





 待っていたはずの母さんが来たと言うのに俺の心は、深い落胆から激しい寂しさにかられていた。
何も知らない、母さんと事情をしっている婆ちゃんそして当事者の俺。

 薄笑みを浮かべて母さんの話に聞き入っているフリをしながらも俺の心にあるのはいつも
二人の彼女たちのことで一杯だった。

 楽しげに婆ちゃんと卓袱台を囲んで話しに夢中になる母さんを残した俺は、一人彷徨うように
山の中へと足を向け歩いている。

 もしかしたら、出会えるかもしれないと言う僅かな期待をして毎日のように森の中を彷徨い
草むらがあれば立ち止まって耳を澄ます。

 草むらから顔を出して微笑んでくれるかも知れない…
耳を澄ませば澄ますほど、断ち切れと言わんばかりに邪魔をして止まない森の風達。

 会いたい! 会いたいんだ! 会いたいんだよーーーー! 頼むから! 頼むから音を鎮めて!
彼女たちの足音が聞こえない! 邪魔するのを止めてくれーーー!
俺はザワメク森の草むらの上を見回して山の神様に力一杯叫んでいた。

 そんな時だった、何処からか吹く風に乗って声が聞こえてきた…
「アナタとはもう会えない… 正体を見られた以上は二度と会うことはないでしょう…」
 物の怪から俺を身を挺して守ろうとした彼女の声だった。

 彼女の声は吹く風に舞い、辺り一面に渦を巻いて空高く散っていった。
「頼む! 一目だけでいいんだ! 一目だけ会いたい! 頼むから! 詫びたいんだーーー!」
 俺は地面に四つん這いになって草むらに頭を下げていた。

 すると下げた頭の前に何かの気配を感じた俺が頭を上げるとそこには、真っ白い大きな白い狐が居て、
四つん這いになった俺に口を開いた。
「娘にはアナタの心は十分に伝わっています… もう娘のことは御忘れ下さい…」
 と、冷静な口調で話すコリー犬ほどの父親狐。

 フッと、父親狐の右横少し憂い炉にいた白い狐も俺に寂しげに口を開いた…
「アナタのことを愛していると言付を頼まれました」 と、優しい声で話した白い母狐。

 止め処なく地面に落ちる俺の涙は落ちて僅かな土ボコリを上げていた。
「もう会うことはないと思います」 と言って俺の前から立ち去った二人の白い狐。

 俺は叫んだ!
「会わせて下さーい! 一目だけ! 一目だけでいいんです!」 俺は地面を叩いていた。

 顔を上げて立ち去る夫婦狐(めおとぎつね)を見ると、二人は歩きながら人間へと姿を変え
振り向いて四つん這いの俺に軽く頭を下げて草の中に消えていった。

 その瞬間だった突然後ろから声を掛けられた…
「哀れよのおぅ! 二人の女子を手玉に取った罰が下ったんじゃ!」 聞き覚えのある声。

 後ろを振り返った俺を更に号泣させたのは、和服姿の物の怪だった。
黒髪がサラサラと風に揺れ、大きな瞳は四つん這いの俺を見下すように冷ややかだった。
「すまん! 裏切るつもりは無かったんだ! 俺は二人とも… 二人とも愛してしまった!」
 俺は正直に自分の愚かさを物の怪に、泣き叫んで伝え詫びた。

 俺は時間が止まったように感じていた…

「もう良い! 女々しいオスは嫌いでな! 童も白狐ではないが御主の側から消えるとしよう
 婆(ばば)との約束もあるでな! だが楽しかったぞ♪ 御主と会えて幸せだったな!
 全く人間のオスと言うのは何人も愛せるのだから不思議じゃ♪ 童たちは一夫一婦じゃからな
 御主のように見境もなく子作りなぞせんわ♪ これに懲りたら自重することだな!」
 
 和服姿の物の怪は屈んで俺にそう言い放った。

 目の前の物の怪に俺は叫んでいた!
「だったら、二度と会えないなら! 殺してくれ! 物の怪なんだろう! 殺してくれ! 頼むから!」
 と、俺は物の怪の片足にしがみ付いた。

 すると…
「馬鹿も休み休み言え! 好いたオスを殺せるほど童たちは鬼畜ではないわ!
 童たちは人間とは違っていてのおぅ~♪ 命は大切しているのじゃ! 御主を殺すなら童が先に死ぬでの!」
 と、俺の頭を撫でて語り掛けた物の怪。

 そして…
「あぁ、あの洞窟にはもう誰もおらんでな! 来ても無駄じゃからのおぅ~」
 足を掴んだ俺の手をゆっくりと外して立ち上がった物の怪。

 では達者でのおぅ、そう言うと物の怪は片手で天を仰ぐとスーッとその身を宙に浮かせた…
「行くなー! 俺の側にいろー! 亭主の言う事が聞けないのかー! 行くなー! 行くなー!」
 俺は宙に浮いた物の怪に叫んでいた。

 そして宙に浮いた物の怪は無言で天高く上って消えてしまった…
突然だった… 物の怪が消えた瞬間、激しい雨が突然轟音とともに降り注いだ。

 俺は物の怪の涙だと悟った……

 物の怪の涙が雨となって俺に降り注ぎそして、俺の涙を洗い流して地面に吸い込まれて行った。
立ち上がった俺が空を見上げると、激しかった豪雨はパッと止んだ。

 何かが、空から舞い降りて来た…
俺の頭上にゆっくりと舞い降りて来たのは、枯れて種だけが残ったタンポポだった。

 舞い降りたタンポポを手に取った瞬間、サーッと風が吹いて俺の目の前で、踊るように散った。
森に吸い込まれるように。

 そして、手に持っていたはずのタンポポは音も立てずに俺の手から消えていた……

 




◆◆◆◆◆12話





 あの後どうやって婆ちゃんの家に帰ったのか記憶にはない。
ただ、握り締めたタンポポの温もりだけが感触として残っていた。

 二人の女性を手玉に取るつもりなんか無かったが、結果として俺は二つの愛を求めた故に二つの心を失った。
自分の招いたこととは言え、なんて残酷なんだと振るえが止まらなかった。

 俺の中で、俺が気づかないうちに一人は人間、一人は物の怪と分けていたように思えた。
だが、その人間だと思っていた彼女もこの森から人間社会に溶け込んだ物の怪種族の末裔(まつえい)だった。

 婆ちゃんの家で母さんと3人で過ごした数日間は、俺にとって空白の日々になってしまった。
頭の中にはいつも彼女達が居座り俺を占領していたからだった。

 卓袱台で採れたての新鮮なトマトを頬張るものの味がしなかった…
「もう街へ帰ろう、ここは辛すぎる…」 そう思えた俺は母さんと婆ちゃんに話した。

「そうじゃなぁ~ 今回はいい勉強になったべぇ~♪」 俺の心を見透かすように目をする婆ちゃん。

「なに言ってんのぉ、まだ早いでしょう?」 と、何も知らない母さんは俺を凝視する。

 帰ると言う俺を引き止める母さんを振り切って荷物を纏めて出て来た婆ちゃんの家。
「ええよ♪ ええよ♪」 と、笑って母さんの俺を引き止める手を引く婆ちゃん。

 ここに来て以来始めて山を降りる俺の心は荒んでいた…
「俺はここに何しに来たんだ!」 自分を責めることでしか心の溝は埋まらなかった。

 坂道をフラフラとまるで幽霊にでもなったように力の無い足取りで滑るように降りていた。

 その時だった…
「ズリッ! ズズズズッ! うわあぁ! あぁ! あぁぁぁぁー! ドスン! ガサガサガサッ!」
 俺は倒れた蓬の葉に足を滑らせ、その場から数メートル転倒し滑り落ちてしまった。

 どれほど経ったろうか、頭を木にぶつけ機を失っていたらしい…
辺りを見渡すと、そこは婆ちゃんが道しるべを吊るしてくれた木だったことに気づいた。

 見上げれば○○家はこちらと言う文字が書かれている道しるべが風に靡いていた。
心が癒された瞬間だった。

 立ち上がりざまに、地面を見るとそこに母さんから貰った手書きの地図が落ちていた。
転がり落ちた弾みでポケットから飛び出したらしかった。

 もう必要り無い地図だったが、拾ってポケットに入れようとした瞬間、何気なく見た地図には、
丁度この場所を記す丸で囲まれた二股の道が書かれていた。
「そうか… ここからは婆ちゃんの道標(みちしるべ)で行ったから地図は見てなかったんだ…」

 すると、来た道から左右二つに分かれていて婆ちゃんの道標の方には×が書かれていて、
左側の方へと矢印が書かれていた。

「どう言うことだ?」 咄嗟に木に記されている婆ちゃんの○○家はこちらと言う板を見る。

 母さんから貰った手書きの地図と見比べて見ると、母さんは左へと書いていて、
婆ちゃんの道標は右にと書かれていたことに気がついた。

 俺の頭の中は小さいパニックになっていた…
「俺が来たのは、こっちだろう… だけど母さんの地図は左に…」 どう言うことだ!

 俺は転がった荷物を手に取ると我を忘れて走った! まるで獣道のような細い道を!
走ること、10分くらいたったろうか… 数百メートルほど向うに、青い屋根の二階建ての家が見えた。

 何でこんな田舎に街で見かけるような家が建っているんだ? 息を切らせて走るのを止め歩き出した。
周囲は、畑に緑が茂り白い家が周囲の木々に浮き上がって見えている。

 俺は家の玄関まで来ると脳裏に衝撃が走った!
玄関には○○と言う立派な表札が出ていて、中に人影が見え隠れしていた。

 すると突然、玄関が開いて…
「お前、今まで何処に居たの!」 と、俺に向かって激怒する母さんだった。

 俺の頭の中はパニックになってしまった…


 【数時間後】

「アッヒャヒャヒャヒャ~♪ そりゃ、お前化かされたんじゃ♪ アッヒャヒャヒャヒャ♪」
 楽しげに大笑いする婆ちゃんと、腹を叩いて大笑いする母さんだった。

「化かされた!? そんな馬鹿なことなんかあるかよ!」 と、母さんと婆ちゃんに苛立った俺。

 すると。
「家は建て替えたって前に話したでしょうに~♪ あっははははは♪」 と、大笑いする母さん。

 俺がここに到着した翌日には母さんはここに来ていたと言う…
時間を逆算しても確かに、俺の方が極めて高い確立で化かされていたようだった。


 【数日後】

 本当にこんな非科学的なことがあるものだと、二階の窓から外を見た俺の目に入った光景、
両側に広がる畑の真ん中に咲き乱れたタンポポの中に、真っ白い狐がこちらを見て座っていた。

 そして、両側に何やら小さく動くものを見つけると、俺は目を凝らしていた…
真っ白い狐の両側で母儀常に甘えるように身体を摺り寄せる真っ白な子狐たちが見えた。

 俺は慌てた! 慌てて二階から一階へ降りて外に飛び出した!
俺は親子狐の方へとゆっくりと歩き出していた。

 逃げずに、まるで俺が行くのを待っているかのような白狐の親子。

 すると…
「それ以上は近づくな! 子供達が怯えるでの…」 俺は、目の前にいたのは物の怪だと悟った。

 俺と狐の親子の距離は2メートルくらいだろうか

「童たち物の怪は妊娠すると数日で子を産むのじゃ…」 と、俺に話しかけた母狐。

「お前にも一目見せようと連れてきた最初で最後故にのおぅ…」 と、目を細めた母狐。 

「俺の子なのか…」 母狐に囁いた俺。

「そんなことはどうでも良いことじゃ… ただ見せたかったのじゃ…」 と、目を閉じた母狐。

 子狐がポンポンとタンポポの中で飛び跳ねては母狐に頬を寄せていた…
まるで大き目の毛玉のように音を立てずにフワフワするように。

 俺は子守をする母狐に…
「教えてくれ! 頼むから教えてくれ! 彼女は! 彼女はどうしたんだ!」
 
 すると…
「まだ気付かないのか? 全く御主と言う人間は…」 と、下を見ながら笑みを浮かべた母狐。

 そして…
「お前達人間の子種は童たちには薄いでのぉ~♪ アレも童じゃ♪」 と、薄笑みを浮かべた母狐。

「騙したのか! 俺を騙したのか!」 少し大きい声になった俺。
 俺の声に驚いて咄嗟に母狐の身体の下にフワフワと潜り込んだ子狐達。

「騙したはないじゃろう… 二人の女子(おなご)を手玉にとりおったくせに♪」 
 と、俺に目を合わせた母狐。

「二人が童だと知ってホッとしたじゃろう♪ あまりにも気の毒じゃと思うてのぉう御主が♪」
 と、首で天を仰いぐと一瞬にして俺の前から姿を消した親子狐たちだった。

 
 物の怪なんぞに騙される俺ではないと自信満々だった俺だけに、衝撃は大きかった。
ただ、俺は物の怪を愛していると言うことに変わりはない。

 そして数日が経過した辺りだった…
「母さんねっ! 二三日してから戻るからアンタ先に帰っておくれ♪」 と、上機嫌の母さん。

「また、俺だけかよー!」 と、顔を歪めて無駄に抵抗した俺。

 婆ちゃんの家を出て意気揚々と山を降りて車道に出ると、来た時同様に太陽が燦燦と俺に降り注いだ。
来た車道を今度は下りで、足取りも軽やかに。

 暫く歩くと狐を祭った祠が右側に見え、俺は迷うことなくホコラの前に行って手を合わせると
近くの小川で水を飲んで、喉を潤しこの山で起きた出来事を胸に仕舞った。

 無人の駅舎の周りは来た時の何倍ものタンポポが咲き乱れていて、俺を街へと見送っているようだった。
ガターン、ゴトーンと時刻を数分遅刻して列車が駅に止まった。

 列車が発車しだすと、窓から名残惜しいとばかりに外を眺めた俺に見えた物は、
咲き乱れるタンポポの中に、立って俺に手を振る婆ちゃんの姿と、足元に寄り添うように座る白狐と子狐だった。

 この山里は何でもありだな♪ 誰ものっていない列車の中で一人大笑いした俺だった。

 そして、何時間も揺られて乗り継いでようやく、自分の街に戻ってきた時俺は大きく背伸びした。
今回の旅の終わりを告げるように鳴り響く駅の中のベル。

 母さんより先に帰った俺は誰も居ない家へと足を急いだ。
予想される静まり返った我が家と、懐かしい家の匂いを嗅ぎたくて急ぎ足で戻ると、既に日も落ちて、
アチコチの家々の窓から明かりが外に漏れていた。

 家の前に来た時だった…
「あれ? 何で家に明かりが灯っているんだ?」 と、不思議に思いながら玄関を開けた瞬間だつた。

「アンタ! 何処へ行ってたの!! 御婆ちゃんが! 御婆ちゃんがーーーーー!!!」
 半狂乱のようになった母さんがそこにいた。

 母さんの話によると、俺が居なくなった翌々日に婆ちゃんの家の隣の家から電話がきて
様子を見にいったら冷たくなった婆ちゃんが発見したと言う。

 取り乱している母さんに何を話しても信じて貰えないだろうと思った俺は、口を閉ざしその後
婆ちゃんの通夜に葬式にと多忙の日々を送っていたが、葬式の時だった。

 突然、お坊さんの経を読む声が聞こえなくなったと思うと…
「どうじゃぁ♪ 都会もええが、田舎も満更でもなかろう♪ お前に会えて嬉しかったぞぉぅ♪」
 と、婆ちゃんの声がハッキリと俺の耳に聞こえた。

 
 里の婆ちゃんの仲良しの白狐に一杯食わされたことに気付いた俺は、
暫くして落ち着いたある日、俺が体験したことを母さんに仏壇の前で話して聞かせると、
突然、涙を零した母さんは俺に言った。
「お婆ちゃん… お前に会いたかったんだろうねぇ…」

「化かされまいとする者は化かされてしまう… 化かされてもいいくらいと思うのが
 丁度ええって言ってたね~♪」 と、遠くを見つめて話す母さん。

 すると、何かを思い出したように立ち上がってニコニコしながら何かを持ってくると、
母さんは仏壇の婆ちゃんの写真の両側に小さい白い狐の置物を備えて手を合わせていた。

 時間と共に俺の記憶は薄れて行った…



 【時は流れ…】


 俺は商社に勤める営業マンとして、人生を送っていた。
毎日クタクタで帰る自宅マンションは冷たく俺を向かえ、嫌と言うほど孤独を味あわっていた。

 そんな時に知り合った一人の女性と婚約そして結婚… 俺は幸せに満ちた日々を送っている。

 ただ、妙なことがあるんだが酒に酔うと女房が必ず言う言葉…

 女房は酔うと自分のことを「童(わらわ)」と呼ぶ……

 
 完了
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