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4. 思い知らせてやる side.クリスティン
帰宅したクリスティンは「何なのよ!ラウルの癖にっ」怒り狂い、ガリガリと爪を噛んだ。
子爵令息と結婚なんて、自分だって不本意だ。そこを我慢して嫁いでやろうというのに。
「後悔させてやる……!私にひれ伏して謝罪させてやるわ!」
何よりも、自分に価値が無いと言われたことが頭に来ていた。クリスティンにとってそれは最大の屈辱だ。
自分がラウルにとって、必要な人材だと思い知らせてやらなければならない。
「貴族のお嬢様とお見受けしますが。我が商会に、何の御用ですかな?」
グレイソン商会の本店支店長ハロルドは、慇懃無礼な笑顔でクリスティンを出迎えた。
正体を隠すために今日のクリスティンは髪を後ろで縛り、眼鏡を掛けて地味なワンピースを着ている。しかし百戦錬磨の商人の目は誤魔化せなかったらしい。
彼のヒキガエルのような顔に嫌悪を覚えつつ、クリスティンは笑顔で切り出した。
「アシュバートン商会の新しい取引に関する情報を掴みましたの」
「ほう」
「アシュバートンは鉱山を持つトラレス伯爵家と専属契約を結び、宝石事業を拡大する予定ですわ。契約は二カ月後」
クリスティンは差し入れと称して、ラウルの執務室に日参していた。そしてお茶を入れるふりをして、机上の書類を盗み見た。
目を付けたのはラウルが立案した新しい事業計画だ。
グレイソン商会は国内中に販売網を持つ商会で、アシュバートンにとって謂わば商売敵だ。先んじてグレイソン商会がトラレスと契約を結べばラウルの計画はとん挫し、彼は大恥をかくに違いない。
「にわかには信じられませんな。なにせお嬢様とは初対面。信頼に値するものがございませんと」
「そう仰ると思いましたわ」と、クリスティンは魔道具を取り出して起動した。壁に幾つかの書類が映し出される。
言葉だけでは信用されないだろうと、こっそり持ちこんだ魔道具で撮影しておいたものだ。
「ほう!これは確かに……」
「ご信用頂けましたかしら」
思い通りの反応を得られたクリスティンは、にんまりと笑った。
宝石の鉱山ならノーランド伯爵領にだってある。
採掘の専売ルートならば兄に頼めばいい。そうやってラウルの危機を颯爽とクリスティンが救えば、彼は自分に頭が上がらなくなるだろう。
土下座でもさせてやろうか。
ラウルの這いつくばった姿を想像し、クリスティンはぞくぞくとした愉悦を覚える。
「詳細を確認したいので、こちらの魔道具をお預かりしてよろしいですかな?」
「勿論。魔道具と情報の対価は……金貨20枚で如何かしら」
交渉は成立した。金が欲しかったわけではないが、金銭目当てだと言えば疑われないだろう。
商人如きを手のひらで転がすなど、自分にとっては朝飯前のこと。ご機嫌のクリステインは貰った金貨で悠々と買い物を楽しんだ。
しかしその数日後。
「クリスティン、君との婚約は破棄する」
応接間へ呼び出されたクリスティンが見たものは、婚約破棄の書類を携えたラウルと、頭を抱える兄の姿だった。
「え……?どういうことなの、ラウル」
「これに覚えがあるだろう。グレイソン商会から渡された」
ラウルが取り出したのはあの魔道具。
あの支店長が裏切ったのだ、とクリスティンはぎりぎりと歯ぎしりをする。ここは何とか切り抜けなければ。
「グレイソン……?何のことか分からないわ」
「ハロルド氏を訪れたと言う女性の容姿は、クリスティンと良く似ている。その前日に、君は俺のところに来ていたはずだ」
「そのハロルドとか言う人が嘘をついているのよ!ねえ、私は貴方の婚約者でしょう。私よりもその人を信用するの?」
「魔道具には固有番号が刻印されているんだ。犯罪に使用された時のためにね。これは我が商会がノーランド伯爵家へ納入したものだ。記録が残っている」
魔道具に番号が振られていることは、一般的には知られていない。しかし秘匿されているわけではなく、商人や魔道具に興味を持つ者ならば知り得る情報だ。
「そ、それは……鉱石の取引なら、我が家と行えばいいでしょう?縁戚になるんだもの、互いに得なはずだわ。私はそれを分かって欲しくて」
「ノーランド伯爵領から産出される鉱石の品質は下がっている。鉱山が枯渇しつつあるのだろう。自分の実家のことなのに、そんなことも知らないのか?」
兄が力ない様子で頷き、クリスティンはそれが事実だと知る。
ラウルは婚約破棄と慰謝料の請求書を、叩きつけるように机上へと置いた。
「グレイソン商会に情報を流したことは、立派な商業妨害だ。婚約を破棄するには十二分な瑕疵だろう」
慰謝料と、婚約破棄という更なる悪評。もはやノーランド伯爵家の破滅は目前だった。
「何てことをしてくれたんだ!」
激怒したハインツに、クリスティンは頬を張り飛ばされた。
「ひどいわ、お兄様!殴るなんて」
「何とか財政を立て直そうとしていたところだったのに、慰謝料まで……もう破産するしかない。ああ……こんなことなら父上の言う通り、お前を領地へ送っておくんだった」
それからすぐに、クリスティンは北の修道院へと送られた。
行き先は修道院の中でも最も厳しいと言われる場所だ。到着した途端、クリスティンはその美しい金髪をばっさりと切り落とされた。
「何をするのよ!私の髪がっ」
自慢の髪を切られて暴れたものの、すぐにその理由は理解できた。
ここには使用人がいないから、自分で何もかもしなければならない。髪の手入れなど出来ないのだ。
凍るように冷たい水で掃除や洗濯をする内に、美しかった肌も手もあっという間にカサカサになった。
そして修道女は空いた時間で、採取した草を使って靴を編む。
それは北の地でよく使われるもので、貧しい修道院のささやかな収入源となっていた。
同じ格好をした修道女たちと同じ作業をもくもくと行う。まるで歯車の一つとして埋もれていくような、そんな毎日。
「こんなの、嘘よ……。私は国王に嫁ぐくらい、価値の有る人間のはず。きっと私は、悪い夢を見ているのよ……」
子爵令息と結婚なんて、自分だって不本意だ。そこを我慢して嫁いでやろうというのに。
「後悔させてやる……!私にひれ伏して謝罪させてやるわ!」
何よりも、自分に価値が無いと言われたことが頭に来ていた。クリスティンにとってそれは最大の屈辱だ。
自分がラウルにとって、必要な人材だと思い知らせてやらなければならない。
「貴族のお嬢様とお見受けしますが。我が商会に、何の御用ですかな?」
グレイソン商会の本店支店長ハロルドは、慇懃無礼な笑顔でクリスティンを出迎えた。
正体を隠すために今日のクリスティンは髪を後ろで縛り、眼鏡を掛けて地味なワンピースを着ている。しかし百戦錬磨の商人の目は誤魔化せなかったらしい。
彼のヒキガエルのような顔に嫌悪を覚えつつ、クリスティンは笑顔で切り出した。
「アシュバートン商会の新しい取引に関する情報を掴みましたの」
「ほう」
「アシュバートンは鉱山を持つトラレス伯爵家と専属契約を結び、宝石事業を拡大する予定ですわ。契約は二カ月後」
クリスティンは差し入れと称して、ラウルの執務室に日参していた。そしてお茶を入れるふりをして、机上の書類を盗み見た。
目を付けたのはラウルが立案した新しい事業計画だ。
グレイソン商会は国内中に販売網を持つ商会で、アシュバートンにとって謂わば商売敵だ。先んじてグレイソン商会がトラレスと契約を結べばラウルの計画はとん挫し、彼は大恥をかくに違いない。
「にわかには信じられませんな。なにせお嬢様とは初対面。信頼に値するものがございませんと」
「そう仰ると思いましたわ」と、クリスティンは魔道具を取り出して起動した。壁に幾つかの書類が映し出される。
言葉だけでは信用されないだろうと、こっそり持ちこんだ魔道具で撮影しておいたものだ。
「ほう!これは確かに……」
「ご信用頂けましたかしら」
思い通りの反応を得られたクリスティンは、にんまりと笑った。
宝石の鉱山ならノーランド伯爵領にだってある。
採掘の専売ルートならば兄に頼めばいい。そうやってラウルの危機を颯爽とクリスティンが救えば、彼は自分に頭が上がらなくなるだろう。
土下座でもさせてやろうか。
ラウルの這いつくばった姿を想像し、クリスティンはぞくぞくとした愉悦を覚える。
「詳細を確認したいので、こちらの魔道具をお預かりしてよろしいですかな?」
「勿論。魔道具と情報の対価は……金貨20枚で如何かしら」
交渉は成立した。金が欲しかったわけではないが、金銭目当てだと言えば疑われないだろう。
商人如きを手のひらで転がすなど、自分にとっては朝飯前のこと。ご機嫌のクリステインは貰った金貨で悠々と買い物を楽しんだ。
しかしその数日後。
「クリスティン、君との婚約は破棄する」
応接間へ呼び出されたクリスティンが見たものは、婚約破棄の書類を携えたラウルと、頭を抱える兄の姿だった。
「え……?どういうことなの、ラウル」
「これに覚えがあるだろう。グレイソン商会から渡された」
ラウルが取り出したのはあの魔道具。
あの支店長が裏切ったのだ、とクリスティンはぎりぎりと歯ぎしりをする。ここは何とか切り抜けなければ。
「グレイソン……?何のことか分からないわ」
「ハロルド氏を訪れたと言う女性の容姿は、クリスティンと良く似ている。その前日に、君は俺のところに来ていたはずだ」
「そのハロルドとか言う人が嘘をついているのよ!ねえ、私は貴方の婚約者でしょう。私よりもその人を信用するの?」
「魔道具には固有番号が刻印されているんだ。犯罪に使用された時のためにね。これは我が商会がノーランド伯爵家へ納入したものだ。記録が残っている」
魔道具に番号が振られていることは、一般的には知られていない。しかし秘匿されているわけではなく、商人や魔道具に興味を持つ者ならば知り得る情報だ。
「そ、それは……鉱石の取引なら、我が家と行えばいいでしょう?縁戚になるんだもの、互いに得なはずだわ。私はそれを分かって欲しくて」
「ノーランド伯爵領から産出される鉱石の品質は下がっている。鉱山が枯渇しつつあるのだろう。自分の実家のことなのに、そんなことも知らないのか?」
兄が力ない様子で頷き、クリスティンはそれが事実だと知る。
ラウルは婚約破棄と慰謝料の請求書を、叩きつけるように机上へと置いた。
「グレイソン商会に情報を流したことは、立派な商業妨害だ。婚約を破棄するには十二分な瑕疵だろう」
慰謝料と、婚約破棄という更なる悪評。もはやノーランド伯爵家の破滅は目前だった。
「何てことをしてくれたんだ!」
激怒したハインツに、クリスティンは頬を張り飛ばされた。
「ひどいわ、お兄様!殴るなんて」
「何とか財政を立て直そうとしていたところだったのに、慰謝料まで……もう破産するしかない。ああ……こんなことなら父上の言う通り、お前を領地へ送っておくんだった」
それからすぐに、クリスティンは北の修道院へと送られた。
行き先は修道院の中でも最も厳しいと言われる場所だ。到着した途端、クリスティンはその美しい金髪をばっさりと切り落とされた。
「何をするのよ!私の髪がっ」
自慢の髪を切られて暴れたものの、すぐにその理由は理解できた。
ここには使用人がいないから、自分で何もかもしなければならない。髪の手入れなど出来ないのだ。
凍るように冷たい水で掃除や洗濯をする内に、美しかった肌も手もあっという間にカサカサになった。
そして修道女は空いた時間で、採取した草を使って靴を編む。
それは北の地でよく使われるもので、貧しい修道院のささやかな収入源となっていた。
同じ格好をした修道女たちと同じ作業をもくもくと行う。まるで歯車の一つとして埋もれていくような、そんな毎日。
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