真実の愛の裏側

藍田ひびき

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1. シェリル(1) 初恋の人

 私にとって、この世界は美しいものだった。
 自分が愛する人たちは、みな自分を愛してくれている。そんな優しくて幸せな世界だと信じていた。
 あの日――夫の裏切りを知るまでは。


 $$$

「シェリルは本当に愛らしいな。エレインに生き写しだ」
「私、そんなにお母様に似ているの?」
「ああ。いずれはエレインのような麗人となるに違いない。楽しみだ」
 
 お父様はいつもそう言って幼い私の頭を撫でた。
 亡くなった母、エレインお母様は大層美しい方だったらしい。白磁のような肌にぱっちりとした瞳、艶やかなピンクブロンドの髪。華奢な身体つきは人形のよう。若い頃はお母様を巡って多くの令息たちが恋の鞘当てを繰り広げたものだ――と教えてくれたのは、私が幼い頃から勤めてくれている侍女のカーラだ。
 

「シェリル、欲しがっていたドレスだよ」
「お父様、ありがとう!でもいいの?メリンダも新作のドレスを欲しがっていたでしょう」
「お前が飽きたらメリンダにあげなさい。同じドレスを着ても、シェリルとメリンダは大違いだからな。あれは何というか、ドレスに感じだ。外装をどれだけ取り繕っても元の容姿の悪さはどうしようもない。着古しで十分だろう」
「まあ、お父様ったら!口のお悪いこと」
 
 ヘレナお義母様はお父様の後妻で、メリンダはお義母様が産んだ娘。確かにメリンダはお義母様そっくりの茶髪に目が細くて冴えない容姿だ。
 でも二人とも前妻の子だからと私を差別したりはしない良い家族だし、私も彼女たちの事を家族として愛している。
 
 お父様は私が欲しがる物は何だって与えてくれた。大きなぬいぐるみに可愛い靴、年頃になれば流行りの店のドレスに装飾品……クローゼットはいつも満杯だ。
 それに比べて、メリンダに与えられる物はそこまで多くない。幼い頃は不思議に思って聞いてみたこともあるけれど、お父様は「シェリルは可愛いからね、特別だよ」と笑うだけだった。
 だからいつしか私はそれを当たり前だと思うようになった。
 
 だって、庭に綺麗な花とそうでもない花があったとしたら、綺麗な花の方に水や肥料をやるでしょう?綺麗な花が育ってくれた方が嬉しいもの。
 私は愛らしいから、誰よりも愛されているから、ちょっとだけ肥料を多く貰える。ただそれだけのこと。
 
 
 
「シェリル嬢、エイワーズ洋菓子店の新作ケーキが評判だとか。併設のカフェに個室を予約しておいたよ。一緒に行かない?」
「レスター男爵令嬢、このネックレスを貰ってくれないか。この宝石は、誰より美しい君にこそ相応しい」
 
 貴族学院では多くの友達が出来た。ほとんどは男の子ばかりだけれど、いつも優しい言葉を掛けてくれて、色々な物を贈ってくれる良い人たちだ。だから私は友人として彼らと親しくしていた。

「お義姉様、噂になっておりますわ。あまり令息と親しくなさるのはお控えになった方が」
「どうして?皆ただの友人よ。メリンダだって、遠慮せず殿方と仲良くすればいいのに。楽しいわよ?」
 
 そう答えた私に、メリンダが眉を顰めて溜め息を吐いた。
 どうしてかしら。世の中には婚姻前に不埒な関係になる者もいるらしいが、私はそんな事しない。彼らは友人で、決して身体に触れるようなことはしていないわ。貴族令嬢として、貞節を守っているもの。
 私の夢は、いつか素敵な殿方に見初められて嫁ぐことだから。

 そう、素敵な殿方――私の初恋の人、アレックス・ロートン侯爵令息。
 

 アレックス様に初めて会ったのは、幼い私がどこかのお茶会へ連れていかれた時のことだった。
 見た事もない大きなお屋敷で、自分と同じ年頃の子供たちとその母親がいたことを覚えている。会った事も無い人ばかりで不安だったわ。
 その後何があったのかはよく覚えていない。記憶にあるのは、とても意地悪な女の子たちに侮蔑的な言葉をぶつけられたことだけ。
 
 「貴方はこの場にいていい人間じゃない」「早く出て行って」という類のことを言われた気がする。
 そんな酷い言葉を言われたのは初めて、私は大声で泣いてしまった。その時に銀髪の綺麗な顔をした男の子が「寄ってたかって一人の女の子を虐めるなんてどうかと思う」と庇ってくれたのだ。
 それ以来お茶会へ行くことはなくなったけれど、彼の事は胸へ大切に仕舞っていた。
 
 そして高位貴族クラスとの合同授業で、私は彼に再会したのだ。生徒たちの中に彼の姿を見つけた時は息を呑んだわ。あの初恋の人だと、ひと目で分かったから。

「ロートン侯爵令息!」
 
 あのあどけない顔をした少年が、涼やかな瞳をした背の高い貴公子に成長していて……それが無礼な行動だと分かってはいても、私は彼へと駆け寄らずにいられなかった。
 
「なんだ、君は」
「覚えていらっしゃいませんか。あの、幼い頃にお茶会で助けて頂いて」
「え……ああ!あの時の少女か。ええと、どこのご令嬢でしたか?」
「シェリルと申します。レスター男爵家の者ですわ」
 
 突然話しかけたせいで最初は訝しげな眼差しを向けられたが、話をするうちに思い出してくれたらしい。
 それからアレックス様と顔を合わせるたびに、少しだけではあるが立ち話をするようになった。
 
 アレックス様の同級生たちの中には、私へ胡乱な目を向けてくる者もいた。多分、こちらが男爵家と知って見下しているのだろう。
 何て嫌な人たちなのだ、と思う。だけどアレックス様は彼らとは違い、いつも気さくに会話を交わしてくれた。昔と変わらぬ優しさに胸がほんわりと温かくなる。
 授業のこと、家族のこと、流行りの劇や王国祭りのこと――。たわいない話を交わすだけの時間が、私にとっては宝物だった。
 
 

「来春から布類に掛かる税が上がるでしょう?我が家としては大打撃ですわ」
「ロートン伯爵領は綿花の産出で有名ですものね。うちの商会も布製品が主力ですから他人事ではありませんわ」
 
 ある日の事、私はクラスの女子生徒にお茶会に誘われた。
 令嬢から誘われたのは初めてで、何となく参加してみたものの。彼女たちは領地や政治の話をするばかりで退屈だった。
 何で男性のような事ばかり話しているのだろう。女性だけなのだから、もっと楽しいこと――流行のドレスや新作の劇のお話をすればいいのに……。

「そういえば来月の感謝祭、アグネス様は婚約者のテレンス様と参加さなるのでしょ?」
「ええ。既にドレスは頂いておりますわ」
「ま!相変わらず仲の良い事で。羨ましいですこと」
「キャサリン様の婚約者のアルバート様だって、既に領政に携わっておられるとお聞きしましたわ。将来有望ですわね」
 
 ようやく私でも分かる話題に移ったので、耳を傾ける。
 秋の収穫を祝う感謝祭。その日は学院でもパーティが開かれ、婚約者を伴うのが暗黙の了解である。残念ながら私には婚約者がいないから、今のところ一人で参加する予定だった。

「シェリル様はどうなさるのですか?」
「私には婚約者がいないので……」
「あら、もしかしてロートン侯爵令息のお誘いを待っていらっしゃるのかしら?」
「え、いえその」

 内心を見透かされたことに気付いて、赤面してしまう。心のどこかで、アレックス様が誘ってくれるのではないかと期待していたのは事実だったから。
 だけどそんな私を見て、令嬢たちは一斉に笑い出した。
 
「まあ、ご存じなかったのね。あれほどロートン侯爵令息となさっておられるようでしたのに。彼はハルフォード伯爵家のご令嬢と婚約なさっているのよ」
「え……」
「そうそう。フェリシア・ハルフォード伯爵令嬢は容姿は勿論、成績も常に上位の才媛ですもの。ロートン侯爵令息とは本当にお似合いですわ」

 ほほほと笑い合う彼女たちの口角が上がっていた。明らかに侮蔑されているのだと、嫌でも気付く。

「あの、私、気分が悪くなったので失礼します」

 逃げるように立ち去る私の耳に、彼女たちの嘲笑がいつまでも響いていた。



「お願いです。感謝際で私のパートナーになって頂けませんか?私、幼い頃からアレックス様のことが忘れられなくて……!」

 翌日、私はアレックスの教室へと突撃した。
 女性の方から誘うなど、はしたないことだ。だけどあの意地悪な令嬢たちに馬鹿にされて、悔しくて溜まらない。だから見返してやりたかった。

「気持ちは有り難いが、俺には婚約者がいる。そもそも不躾ではないか?婚約者以外の女性を伴うのは不貞と見做される。俺に醜聞を広げるような真似をするというのか?」
 
 震える手を握りしめながら、恥ずかしいのを我慢して頼んだのに……返ってきたのは、アレックス様の冷たい表情と理性的な言葉だった。
 
「その方を愛していらっしゃるのですか……?」
「はあ……。そういう低次元の話はしていないのだが。こう言えばいいのか?家同士で決められた婚約ではあるが、俺とフェリシアとは慕い合っている」

 
 その夜、私は一晩中泣いた。
 幼いうちに婚約者を決められるのは高位貴族の倣いだ。
 だけどアレックス様が私と会話するときに向けてくれる優しい瞳。それが自分だけに向けられているように感じて、期待してしまっていた。婚約者がいる身であっても、きっと彼も同じように想ってくれていると思っていた。
 
「お嬢様、お可哀想に……」
「ひっく……アレックス様は婚約者のフェリシア様を選ぶって……!想いが通じていると思ったのに……」
「婚約者として、長年寄り添ってこられた情というものがあるのでしょう」
「それなら私だって、幼い頃からずっとアレックス様のことが好きだったわ。後から私たちの間に入り込んだのは、フェリシア様の方よ。そう思わない?カーラ」
「ええ、ええ。そうですね、お嬢様」
 
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