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5. アレックス(1) 迷惑な愛
「覚えていらっしゃいませんか。あの、幼い頃にお茶会で助けて頂いて……」
出会い頭に突然、そう話しかけてきたピンクブロンド髪の令嬢。
覚えがなかったが「お茶会で虐められていた私を助けて下さった」と言われ、そういえばと思い出した。
あれは確か、母親に連れられてカルヴァート侯爵夫人のお茶会に参加した時だ。
自分と同じように親に連れて来られたのであろう、同年代の令息や令嬢たちが参加していた。
お茶会は名目で、真の目的は子供たちに交流の場を設けることだ。相性の良い子は令息ならば友人に、令嬢ならば将来の伴侶に。
そのくらいは幼い自分も理解していた。その頃の俺は既にロートン侯爵家の跡取りであるという自覚はあったから。
他の子供たちも同様で、緊張しつつも礼節を保って交流していたと記憶している。
しかしその中に一人だけ、異分子が紛れ込んでいたのだ。
ピンクブロンドのふわふわの髪にぱっちりとした目。見た目だけは美少女であったが、行儀作法が全くなっていなかった。大きな声で隣の令嬢へ話しかける、カトラリーを無造作に振り回す、食べるときはくちゃくちゃと音を立てる……。
横に控える侍女侍従は勿論、子供たちすら冷たい目線を向けていたが彼女はどこ吹く風でお菓子を食べ散らかしていた。
他の令嬢たちはその醜態に眉を顰めつつも黙っていたが、ピンクブロンドが隣席の皿からお菓子を奪ったことで怒りが決壊したらしい。令嬢たちに囲んで責められたその娘は大声で泣き出した。気の強い令嬢なら言い返すし、気弱な令嬢なら涙を溜めて俯くだろう。しかし彼女は大声で泣き叫ぶだけだった。
その甲高い声に頭痛がして、仕方なく俺は令嬢たちを宥めたのだ。
「覚えていて頂いたのですね。嬉しいです……!」
俺からすればそういえばピンク髪の珍獣がいたな、というくらいの認識なのだが。学院では『品行方正な貴公子』を演じている手前、無碍な態度を取るわけにもいかなかった。
それが良くなかったのかもしれない。
ピンクブロンド令嬢――シェリル・レスター男爵令嬢はそれから頻繁に俺の前へ現れるようになった。
「まあ、アレックス様。偶然ですね!」とさも驚いたように彼女は挨拶をしてくるが、下位貴族のクラスと高位貴族のクラスは教室が離れている。偶然通りがかるわけはないのだ。
そして頬を赤らめながら俺に纏わりつき、下らない話を垂れ流す。
面倒だな、と思った。
自分の容姿が優れていることは自覚している。さらに侯爵家の跡取りで成績優秀ともなれば、秋波を向けてくる令嬢は多かった。だが俺には婚約者――フェリシア・ハルフォード伯爵令嬢がいる。
ハルフォード伯爵と我が家は事業提携を結んでおり、その証として結ばれた婚約だ。しかし俺はフェリシアを愛している。
出会った瞬間、その楚々とした可憐な容姿に惹かれた。そして知り合うにつれ、その控えめなところや芯の強さ、真っ直ぐさを知り、この人しかいないと思うようになった。
仲睦まじい俺たちの姿を見て擦り寄ってきた女たちは諦めた。シェリルだけなのだ。執拗に俺へと纏わりつくのは。
確かにシェリルとて愛らしい容姿ではあり、令息には人気があるようだ。尤もほとんどが身持ちの悪い男ばかり。恐らく彼女を愛人か、学生期間だけの恋人にしようと目論んでいるのだろう。
侯爵令息たる俺が、そんな女を選ぶわけがない。
「気持ちは有り難いが、俺には婚約者がいる。家同士で決められた婚約ではあるが、俺とフェリシアとは慕い合っている」
あろうことか、シェリルは感謝際でパートナーになって欲しいと言ってきた。男爵令嬢如きが、なんと身の程知らずなのだろう。
厳しい態度で断るとシェリルは涙を浮かべて去っていった。これでいい。早めに諦める方が、彼女にとっても良いだろう。
しかしそれから数週間後、「レスター男爵令嬢と婚約しろ」と父に告げられ、俺はひっくり返りそうになった。
「父上、正気ですか?俺はフェリシアと婚約しているんですよ。なぜ男爵家の女なんかと……それにハルフォード伯爵家との事業提携はどうするのです?」
「分かっている!」
「ならばどうして」
こちらは侯爵家なのだ。これ以上面倒ごとを持ち込むようなら、男爵家など家ごと潰してしまえば……などと考えていた俺に、父が事情を説明した。
「グローヴズ公爵の隠し子……!?」
グローヴズ公爵は現国王の弟だ。臣籍降下したとはいえ、相手は王族。しかもグローヴズ家は王国中に馬車や川船を使用した輸送網を持っている、国内随一の資産家だ。国内の商会で、グローヴズの輸送網を利用していない者はいない。歴史あるロートン侯爵家といえど、グローヴズ公爵に逆らえば自領の生産物を運ぶことが出来ず、破産に追い込まれるだろう。
しかも公爵は婿入りした手前、妻には隠し子の存在を隠しているらしい。
そのため男爵令嬢として輿入れさせること。
シェリルに悪評が付かないよう、真実の愛に気づいた俺から婚約を申し入れたことにすること。
――という条件が提示され、契約書へのサインまで迫られた。
なんと理不尽なのか……。
いっそ、フェリシアの手を取って逃げてしまおうかとすら思った。しかしそんなことをすればロートン侯爵家は勿論、ハルフォード伯爵家もグローヴズ公爵の怒りを買って潰されるだろう。それだけは避けなければならなかった。家族は勿論だが、派閥の貴族や領民たちを巻き込むわけにはいかない。
他言無用と前置きした上、ハルフォード伯爵夫妻やフェリシアに事情を説明。慰謝料を支払って婚約は表向き、円満な解消となった。
俺とフェリシアは手を取り合って泣いた。
「済まない、済まないフェリシア……」
「いいえ。侯爵家のために責務から逃げなかったアレックス様を尊敬致します」
俺を責める事も無く、涙を流して身を引くと語るフェリシアを心底愛おしいと感じだ。
愛情深くて理知的で、それでいて控えめな淑女。彼女こそ、俺の妻に相応しい女性だったのに。
「アレックス様ー!昼食を一緒に食べません?」
俺との婚約が決まったシェリルは、我が物顔で俺の傍へ侍るようになった。相変わらず行儀作法は酷いものだ。家庭教師を付けさせたが、学院入学前の子供の方がマシ、という報告書が上がってきたのには頭を抱えた。
シェリルの顔を見るたびに、怒りでどうにかなりそうになる。
しかし表向きは、彼女を気遣い、心底愛おしいという瞳を向けた。どこに公爵の手の者が潜んでいるか分からないからだ。
学院では「身分の差があるにも関わらず、真実の愛を貫いた」としてシェリルの人気が上がっていた。
尤も、支持しているのは下位貴族だけであり、高位貴族の令嬢令息たちは醒めた態度だ。
下位貴族の令嬢にしてみれば、物語のような恋が身近に起こった事で自分にも……と思ってしまうのだろう。実際、身の程知らずの男爵令嬢が高位貴族の令息に近づき過ぎて怒りを買い、家ごと消されるという事件も起きた。
その令嬢は自業自得だろう。しかし高位貴族たちの怒りは、俺にも向けられた。そもそも、俺がシェリルを選んだことが原因なのだから。
夜会に出ようものなら、俺も両親も冷たい視線を向けられ、さりげなく会話から外されることすらあった。
当のシェリルはといえば、周囲の視線に気付かず、俺に寄り添い無邪気な笑い声を上げている。
彼女に直接的な危害を加えようとした者――俺との婚約を羨んだ者や、婚約者の令息がシェリルの取り巻きとなったことを恨んで嫌がらせをしようとした令嬢は全て公爵の手の者により追い払われた。
いっそ一度でも痛い目を見ていれば、シェリルも我が身の愚かさを理解したかもしれない。
しかし愛した人にそっくりの娘を無責任に甘やかすグローヴズ公爵のせいで、この娘はいつまでたっても子供のままなのだ。
一生、この女の面倒を見なければならないのか……。
シェリルと婚約して一年経った頃だった。そんな鬱憤を溜め込む俺の元に、グローヴズ公爵夫人の使いが接触してきたのは。
出会い頭に突然、そう話しかけてきたピンクブロンド髪の令嬢。
覚えがなかったが「お茶会で虐められていた私を助けて下さった」と言われ、そういえばと思い出した。
あれは確か、母親に連れられてカルヴァート侯爵夫人のお茶会に参加した時だ。
自分と同じように親に連れて来られたのであろう、同年代の令息や令嬢たちが参加していた。
お茶会は名目で、真の目的は子供たちに交流の場を設けることだ。相性の良い子は令息ならば友人に、令嬢ならば将来の伴侶に。
そのくらいは幼い自分も理解していた。その頃の俺は既にロートン侯爵家の跡取りであるという自覚はあったから。
他の子供たちも同様で、緊張しつつも礼節を保って交流していたと記憶している。
しかしその中に一人だけ、異分子が紛れ込んでいたのだ。
ピンクブロンドのふわふわの髪にぱっちりとした目。見た目だけは美少女であったが、行儀作法が全くなっていなかった。大きな声で隣の令嬢へ話しかける、カトラリーを無造作に振り回す、食べるときはくちゃくちゃと音を立てる……。
横に控える侍女侍従は勿論、子供たちすら冷たい目線を向けていたが彼女はどこ吹く風でお菓子を食べ散らかしていた。
他の令嬢たちはその醜態に眉を顰めつつも黙っていたが、ピンクブロンドが隣席の皿からお菓子を奪ったことで怒りが決壊したらしい。令嬢たちに囲んで責められたその娘は大声で泣き出した。気の強い令嬢なら言い返すし、気弱な令嬢なら涙を溜めて俯くだろう。しかし彼女は大声で泣き叫ぶだけだった。
その甲高い声に頭痛がして、仕方なく俺は令嬢たちを宥めたのだ。
「覚えていて頂いたのですね。嬉しいです……!」
俺からすればそういえばピンク髪の珍獣がいたな、というくらいの認識なのだが。学院では『品行方正な貴公子』を演じている手前、無碍な態度を取るわけにもいかなかった。
それが良くなかったのかもしれない。
ピンクブロンド令嬢――シェリル・レスター男爵令嬢はそれから頻繁に俺の前へ現れるようになった。
「まあ、アレックス様。偶然ですね!」とさも驚いたように彼女は挨拶をしてくるが、下位貴族のクラスと高位貴族のクラスは教室が離れている。偶然通りがかるわけはないのだ。
そして頬を赤らめながら俺に纏わりつき、下らない話を垂れ流す。
面倒だな、と思った。
自分の容姿が優れていることは自覚している。さらに侯爵家の跡取りで成績優秀ともなれば、秋波を向けてくる令嬢は多かった。だが俺には婚約者――フェリシア・ハルフォード伯爵令嬢がいる。
ハルフォード伯爵と我が家は事業提携を結んでおり、その証として結ばれた婚約だ。しかし俺はフェリシアを愛している。
出会った瞬間、その楚々とした可憐な容姿に惹かれた。そして知り合うにつれ、その控えめなところや芯の強さ、真っ直ぐさを知り、この人しかいないと思うようになった。
仲睦まじい俺たちの姿を見て擦り寄ってきた女たちは諦めた。シェリルだけなのだ。執拗に俺へと纏わりつくのは。
確かにシェリルとて愛らしい容姿ではあり、令息には人気があるようだ。尤もほとんどが身持ちの悪い男ばかり。恐らく彼女を愛人か、学生期間だけの恋人にしようと目論んでいるのだろう。
侯爵令息たる俺が、そんな女を選ぶわけがない。
「気持ちは有り難いが、俺には婚約者がいる。家同士で決められた婚約ではあるが、俺とフェリシアとは慕い合っている」
あろうことか、シェリルは感謝際でパートナーになって欲しいと言ってきた。男爵令嬢如きが、なんと身の程知らずなのだろう。
厳しい態度で断るとシェリルは涙を浮かべて去っていった。これでいい。早めに諦める方が、彼女にとっても良いだろう。
しかしそれから数週間後、「レスター男爵令嬢と婚約しろ」と父に告げられ、俺はひっくり返りそうになった。
「父上、正気ですか?俺はフェリシアと婚約しているんですよ。なぜ男爵家の女なんかと……それにハルフォード伯爵家との事業提携はどうするのです?」
「分かっている!」
「ならばどうして」
こちらは侯爵家なのだ。これ以上面倒ごとを持ち込むようなら、男爵家など家ごと潰してしまえば……などと考えていた俺に、父が事情を説明した。
「グローヴズ公爵の隠し子……!?」
グローヴズ公爵は現国王の弟だ。臣籍降下したとはいえ、相手は王族。しかもグローヴズ家は王国中に馬車や川船を使用した輸送網を持っている、国内随一の資産家だ。国内の商会で、グローヴズの輸送網を利用していない者はいない。歴史あるロートン侯爵家といえど、グローヴズ公爵に逆らえば自領の生産物を運ぶことが出来ず、破産に追い込まれるだろう。
しかも公爵は婿入りした手前、妻には隠し子の存在を隠しているらしい。
そのため男爵令嬢として輿入れさせること。
シェリルに悪評が付かないよう、真実の愛に気づいた俺から婚約を申し入れたことにすること。
――という条件が提示され、契約書へのサインまで迫られた。
なんと理不尽なのか……。
いっそ、フェリシアの手を取って逃げてしまおうかとすら思った。しかしそんなことをすればロートン侯爵家は勿論、ハルフォード伯爵家もグローヴズ公爵の怒りを買って潰されるだろう。それだけは避けなければならなかった。家族は勿論だが、派閥の貴族や領民たちを巻き込むわけにはいかない。
他言無用と前置きした上、ハルフォード伯爵夫妻やフェリシアに事情を説明。慰謝料を支払って婚約は表向き、円満な解消となった。
俺とフェリシアは手を取り合って泣いた。
「済まない、済まないフェリシア……」
「いいえ。侯爵家のために責務から逃げなかったアレックス様を尊敬致します」
俺を責める事も無く、涙を流して身を引くと語るフェリシアを心底愛おしいと感じだ。
愛情深くて理知的で、それでいて控えめな淑女。彼女こそ、俺の妻に相応しい女性だったのに。
「アレックス様ー!昼食を一緒に食べません?」
俺との婚約が決まったシェリルは、我が物顔で俺の傍へ侍るようになった。相変わらず行儀作法は酷いものだ。家庭教師を付けさせたが、学院入学前の子供の方がマシ、という報告書が上がってきたのには頭を抱えた。
シェリルの顔を見るたびに、怒りでどうにかなりそうになる。
しかし表向きは、彼女を気遣い、心底愛おしいという瞳を向けた。どこに公爵の手の者が潜んでいるか分からないからだ。
学院では「身分の差があるにも関わらず、真実の愛を貫いた」としてシェリルの人気が上がっていた。
尤も、支持しているのは下位貴族だけであり、高位貴族の令嬢令息たちは醒めた態度だ。
下位貴族の令嬢にしてみれば、物語のような恋が身近に起こった事で自分にも……と思ってしまうのだろう。実際、身の程知らずの男爵令嬢が高位貴族の令息に近づき過ぎて怒りを買い、家ごと消されるという事件も起きた。
その令嬢は自業自得だろう。しかし高位貴族たちの怒りは、俺にも向けられた。そもそも、俺がシェリルを選んだことが原因なのだから。
夜会に出ようものなら、俺も両親も冷たい視線を向けられ、さりげなく会話から外されることすらあった。
当のシェリルはといえば、周囲の視線に気付かず、俺に寄り添い無邪気な笑い声を上げている。
彼女に直接的な危害を加えようとした者――俺との婚約を羨んだ者や、婚約者の令息がシェリルの取り巻きとなったことを恨んで嫌がらせをしようとした令嬢は全て公爵の手の者により追い払われた。
いっそ一度でも痛い目を見ていれば、シェリルも我が身の愚かさを理解したかもしれない。
しかし愛した人にそっくりの娘を無責任に甘やかすグローヴズ公爵のせいで、この娘はいつまでたっても子供のままなのだ。
一生、この女の面倒を見なければならないのか……。
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