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魔導の大家

新たな名

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《名、ダト?》

 口調こそ先程までと変わらず年長者風を吹かせたものであったが、五匹のペディ全ての尾が左右に揺れて傍目にも喜んでいるのが見て取れる。
 思わず声を上げて笑いそうになるのを何とか押し留めようとしたアルベルトだが、笑みを噛み殺そうとした顔はなんとも言えない形に歪み、肩は小刻みに揺れてしまっている。

《笑イタケレバ笑エ。我ラニトッテ他者カラ名ヲ受ケルコトハ誉レナノダ》

 小さく鼻を鳴らして顔を背けたリーダーペディの態度に、悪いことをしてしまったと感じた少年はすぐさま居住まいを正し謝る。

「ごめんなさい。可愛らしいと感じてしまったんだけど、君達にとってすごく大事なことだったんだね」
《イヤ、コチラコソスマヌ。文化ガ違エバ受ケ取リ方モ違ウノダ。タダ、我ラニトッテ名ヲ受ケル栄誉ハ何物ニモ代エガタイモノナノダ。ソレモ我ラガ認メタ者ニ受ケルノナラ尚更ダ》

 すっかり落ち込んでしまったアルベルトを逆に慰めるかのように、リーダーペディは少年に肌を寄せて幼子に聞かせるかの如く穏やかな口調で話した。朝露が朝日に照らされてるかのような輝きを放つ彼らの青い毛は、少年が思っていたよりも随分と柔らかく、薄く花の香りがする心地の良いものだった。

 彼の柔らかな毛並みに触れ徐々に気力を回復させたアルベルトは、再び向き直って話し始めた。

「慰めてくれてありがとう。自分から言いだしたことだけど、名を贈らせてもらって本当に良いのかい?」
《アァ。是非トモオ願イシタイ。我ラハアルノコトヲ認メタ》
「わかった。じゃあ贈らせてもらうね。だけどその前に一つ聞きたい。……さっきも言っていたけど、認めているっていうのはどういうことだい?」

 アルベルトの質問を受けてリーダーペディはゆっくりと話し始めた。この青ギツネの話を聞いた少年は大きく眉を持ち上げた。というのも、彼の話はアルベルト自身遊戯を通じて聞きたいと思っていたことだったのだ。

 少年らが今居る空間は、ペディ達の能力で構成された亜空間であり、通常であれば人族が迷い込むことはあまりないのだという。しかし、アルベルトのように魔法への親和性の高い者や魔法使いなどが時折迷い込むことが有り、今回もそうであったようだ。

 迷い込んだのが魔法使いや魔法こそ使えないが大人であったならば、ペディらに会うよりも前にこの空間から出ていくことが出来るそうだが、問題は迷い人が子どもであった場合だ。魔法への親和性が高い子どもであっても、魔力への抵抗力は年齢や訓練によって向上していくものなので、魔法を掛けられることにはなれていないことがほとんどなのだ。
 そして、この空間は内部に居るペディ以外の存在へいくつかの魔法を自動で発動してしまうという。一つ一つはさして強力なものではないのだが、魔法抵抗力の弱い人族の子どもでは長時間の滞在で体内の魔力を浪費しすぎてしまい、最悪の場合死んでしまうのだという。もっとも、そうなる前にペディ達のうちの誰かが気付き、救出はするのだという。

 だが、ここで問題になるのが発見までの時間だ。

 この亜空間は外の世界とは時間の流れるスピードが違うのだという。この空間で進む時間は、外の世界で進むそれよりも遅いのだという。そして、迷い子の多くはこの空間で彷徨さまよう内に自分が存在した時代から随分と先の時代に還ることになってしまうのだ。
 その話を聞いたアルベルトはふと思い至った。末の姉のロレッタが言っていた以前寝物語にと語ってくれた「神隠し」の話は、ペディ達の空間に迷い込んだ迷い子の話ではないか、と。リーダーペディに確認してみると、そういった話があってもおかしくはないとのことだった。
 
 先程までの五目並べで他愛ない質問ばかり繰り返していたのも、この時間の流れを確認するためであったのだという。リーダーによれば、アルベルトは迷い込んでからすぐに彼らと遭遇出来たため、それほど長い時間は過ぎ去っていないという。時間の流れがどれ程違うのかはペディ達自身把握していないらしく、今ひとつ安心出来ないアルベルトであったが、五目並べをするきっかけとなった太陽の位置が動かない理由はわかった。
 
 だが、これまでの話が何故ペディがアルベルトを認めたのかがわからなかった。

《コノ空間デハ様々ナ魔法ガ飛ビ交ッテイルト話シタダロウ。ソノ中デ我ラカラ発シテイルモノガアル》
「君達から?」
《アァ。成熟シタ者ヤ抵抗力ノ強イ者ナラ容易ニ無効化デキル程度ノ【魅了チャーム】ヲ掛ケテイル》

 【魅了】の魔法は、軽度のものであれば思考能力の低下や、魔法発動者に対する忌避感の欠如、思考誘導にかかりやすくなるといった症状が起こる魔法である。アルベルトに自覚はなかったが、彼らと遊ばなければならないと感じたり、夢中で遊んでいた現象が【魅了】の影響下にあった証左であり、五目並べを始めるに至った黙考をしていた時点からはこの魔法を【抵抗レジスト】することに成功していたのだ。

《【抵抗】ダケナラ今マデニモ何人カハ居タ。我ラガ興味ヲ抱イタノハソノ後ダ》
《人ッテ僕ラヲ見ルト攻撃シテクルカ、酷ク恐レルンダヨネ》
《オイラ達ノコトヲ知リタイナンテ言ッタノハ、アルガ初メテッス!》
《アタシ達ハ、アルガ元ノ時間ニ帰レナイカモシレナイ、ッテ気ガ立ッテタノニネ》

 ペディ達は口々にアルベルトのこと話し始めた。そのどれもが褒めるというよりは、「変わった人族の子」といった内容であった為、少年はなんとも言えない微妙な表情をしているが、彼らなりに褒めてくれているのだと受け取り礼を言った。

「随分と僕のことを買ってくれているみたいで嬉しいよ」
《イヤ、褒メテハナイゾ。変ワッタ奴ダト言ッテイル》 
「何でだよ?!そこは褒めてよ!」

 薄々感づいては居たが、やはり声に出して否定されると辛いものがある。少年は間髪入れずツッコんでしまった。その瞬間、ペディ達は大口を開けて笑い出したのだ。何事かと目を剥いたアルベルトだが、少しの後に目元に涙を浮かべたリーダーが口を開いた。

《ククク!……イヤ、スマヌ。ダガ、ソコナノダ。アルハ、我ラノコトヲ心底カラ友ト考エテクレテイル。我ラ一同、ソレガ嬉シクテ堪ランノダ》
「……だから、認めたってこと?」
《認メタッテ言ウト、偉ソウニ聞コエルッスネ。オイラ達モ、アルト友達ニナリタイッテ心ノ底カラ思ッタンッス!》
《兄弟デハアルケド、ワタシ達ッテ友達ハ居ナイモノ。スゴク素敵ナ響キ!》

 アルベルト自身、この六年と少しの人生の中で友と呼べる存在は持ったことがない。人族と獣、異種間ではあるが、互いに初めての友ということになる。そのことに若干の面映おもはゆさを覚えつつも、五目並べ一局目の最後の質問への回答を得たアルベルトは、ゆっくりと息を吐き口を開いた。

「じゃあ今度こそ、君達に名を贈らせてもらうよ」

 言い切ると少年は、二匹のペディの前に立ちしばし考え込んだ。五匹の群れの中でこの二匹は恐らくメスであるとアルベルトは感じていた。

「君達は、シアン、それからマリンでどうかな?」

 アルベルトは指差しながら彼女らの新たな名を告げた。
 
 シアンと呼ばれた個体は、アルベルトが名を贈りたいと言った時に一番わかりやすく尾が揺れていて、様々な遊びをしたときも群を抜いて活発に動き回っていた子であった。
 マリンは自己の主張こそ少ないが、態度の端々から少年を気遣う素振りが見えていて、面倒見の良い子だとアルベルトは感じていた。

 名を贈られた二匹はそれぞれ、シアンはそこらを跳ね回って喜び、マリンは何度も名を口に出して尾を揺らして喜んでいるようだった。アルベルトはそんな二匹の様子に安堵したようにほっと胸をなでおろしそうになるが、名を送る相手はまだ三匹残っている。

 続いて、リーダーを除く二匹の前に立つ。しばしの無音状態が続いた後、アルベルトは手を叩いて新たな名を告げた。

「君は、スカラ。そっちの君は、ゾティ」

 スカラと呼ばれたペディは耳をはためかせて、新たな名を得た喜びを噛み締めている。自らを僕と呼ぶ彼はマリンのように他者を気遣うことも、シアンのように活発になることも器用にこなすことが出来る個体だ。
 ゾティと名付けられたペディは、この群れの中で一際お調子者な印象を受けた個体だ。今も新しい名を叫びながらシアンとともに辺りを駆け回っている。

 アルベルトは名を送った四匹のペディらの喜び様を見て思わず笑みをこぼした。が、すぐ傍まで寄ってきていたリーダーペディに気付き、彼の方へと身体を向き直して頭を掻いた。

「もちろん、忘れてないよ。君にはラピスという名を贈りたい」
《ラピス、カ。良イ名ダ。有リ難ク頂戴スル》

 ラピスはそう言うと満足そうに頷いた。

「実を言うと、君の名前だけはかなり早くから思いついていたんだ。不思議なんだけどね、まるで神様から啓示を受けたみたいにビビッと閃いた」
《ククク、案外本当ニ主様ラガ名ヲ預ケタノカモ知レヌゾ》
「アハハ、そうかもね。……っと、そうだ。ねぇ!みんな!」

 ラピスと軽口を言って笑いあったアルベルトは、何かを思い出したようにシアン、マリン、スカラ、そしてゾティを呼び寄せた。それぞれが満足そうな笑みを浮かべてこちらを見ているが、アルベルトが呼び寄せた理由には思い至っていないようだった。

「僕から贈りたい名前は、もう一つあるんだ」

 そういって一度言葉を切ったアルベルトは、ギュッと拳を握って胸に当てた後、再びラピス達を見やって続けた。

「僕はキミ達に出会えて、自分がこれから何をしたいのかが分かった気がするんだ。――キミ達のような「夢幻の獣」、いや『幻獣』にたくさん出会いたい!もっともっとキミ達について知りたい!……だから、まずその一歩として」

 アルベルトの決意表明を静かに聞いていたラピスらは、目の前にいる少年の雰囲気が先程までと少し変化し、彼の宣言が強く、堅い意思であることを理解していた。続く言葉がどういったものであれ、過ごした時間が短くとも友の出した決意を支えようと五匹の意思を一つにして少年を見守る。


「キミ達の種族に『ヒヤシス=ペディ』という名を贈らせてくれないだろうか!」
 
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