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14.Don't Blame Me ②

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「ね、ここ、気持ちいい?こうされるの、好きでしょ?」
「あ…んぅ、んっ、もう無理だって…」
「もっとやらしいこと好きなくせに。ほら、こことか……」

今日はやけにエッチがしつこい。
何度も追い上げられ、蕩けるような熱に浮かされた身体とは裏腹に、飯島は少し冷めたような気分で松木を観察する。

松木が飯島を激しく求めてきたり、濃密な愛撫を施してきたりするのは、松木の精神状態が不安定な時だ。
松木はもともと気持ちの切り替えがうまく、仕事の愚痴があっても飯島との生活には持ち込むことはまずない。
ちょっとしたことで衝突したり言い争うことがあっても、松木が飯島の気持ちを無視して自分本位なセックスをすることはない。
普段はおおらかで情緒の安定した松木だが、たまにこういう時がある。

松木は何度目かの射精で果てたのち、ずるりと自身を引き抜いた。
今一つ乗り切れなかった飯島に思うところがあるのか、気まずそうな顔で萎えたペニスからゴムを外す。
黙って差し出されたティッシュを、飯島は黙って受け取った。
白けたような沈黙が流れる。

「なんか言いたいことあるなら言えよ。」
飯島は不機嫌そうに言い放ち、サイドボードに手を伸ばしかける。
「あ、そうだ、もう…」
沁みついた習慣で煙草を探そうとした自分に舌打ちする。
松木と暮らし始めて以来、飯島は禁煙している。
煙草に逃げずに、浮き沈みの激しい自分の性格ときちんと向き合おうと決めたのだ。
それなのに、松木のちょっとした言動に相変わらず一喜一憂し、すぐに心が揺らいでしまう。
飯島は小さくため息を吐いた。

「飯島さん、あいつと飲みに行ったでしょう。」
ちょっと拗ねた口調で松木は飯島に問いかける。
「……お前にきちんと断り入れてたって聞いてたけど。」
アイツ、つまり村山から、「返したい資料とかあるから」と誘われたのは数日前だった。
東京で営業担当だった時代に、頼まれて論文に必要なデータを入手し、渡したことがあった。
何年も前のものだし、必要ないと断ったのだが、押し切られてしまった。
『ちゃんとお礼させてくださいよ。あの時の資料のおかげで論文仕上げることができたし、それで今の職場で教授のポストにつけたんだから。』
営業で付き合いがあったころの村山は、これほど強引ではなかった。

「資料なら俺が預かって飯島さんに返すからって言ったのにさ。営業担当も外れてるんだし。」
「誘ってもいいかってお前に聞いたら『どうぞ』と言われたって言ってたぞ。」
「ダメって言えるわけないじゃん。」
「なんで。」
松木はちらりと飯島を横目で見て俯く。
「だって、飯島さんは俺のものじゃないもん。飲みに行っちゃだめとか、束縛する権利ないじゃん。」
「……行くなって言ってほしかったけど。」
「え~~~、じゃなんで行っちゃうんですか。俺だって、飯島さんに『行かない』って言ってほしかったのに。」

松木は飯島を背後から抱きしめるとうなじに顔を埋めた。
いい年した大の男が、なんでこういう可愛いことを言うのだ、と飯島は恥ずかしくなる。
「そういうわけいかないだろ、ちょっと前まで大のお得意先だったわけだし。」
それに、松木との付き合いについて、村山に釘を刺しておきたかったということもある。
松木は有望なMRであり将来は会社を背負って立つと言っても過言ではない。
自分のような者と妙な噂を立てられたら、業界としても大きな痛手になるのだと頭を下げる覚悟だった。
もっとも村山は飯島と松木の関係を揶揄することはなく、飯島の杞憂に過ぎなかったが。

「お前、村山先生に妙に突っかかるのな。そんな気に入らない?」
「飯島さんの過去の男はみんな気に入らないよ。」
「いや、過去も今もなんもないし。そういうんじゃないって。」
「でも告白されたでしょ。」
「!!!」
飯島は思わず松木を振り返った。盗聴器でも仕掛けていたのか?
「図星だ。」
「ちがうって。昔そうだったって、帰り際に思い出話として言われただけで、あれはそういうんじゃ……」
「やっぱり。あの男、ほんと油断も隙も無いな。」

松木は飯島の身体を抱き込んで抑え込んだ。
「飯島さん、無防備すぎ。そのまま押し倒されたら抵抗しなさそう。」
「なわけないだろ!」
「だって、俺と初めての時だって、誘ったその日にエッチまでいっちゃうし。」
「それって俺が悪いのか?つーか、誘ったのはお前なのに、なんでそのことで責めるんだよ?!」
「いや、責めてないですよ。でも、もし誘った相手が俺じゃなかったら…もし俺以外の男だったらって。」

飯島は手を額に当ててため息を吐いた。
確かに自分はずっと後腐れのなさそうな相手とばかり付き合ってきた。
先を考えるのが怖かった。
想いを寄せた相手に背を向けられるなら、最初から割り切った付き合いのほうが楽だと思ってきたからだ。
ずっと、誰かを愛することが怖かったのだ。

「あのな、松木。確かに俺は、寂しいとすぐ体の関係持っちゃって、まともな付き合いをしてこなかったよ。でも……今は、お前しか考えられない。」
過去をなかったことにしたいとは思わない。
だが、もう少しマシなものだったら良かったのに、と飯島は思う。
松木にふさわしい人間になれただろうに。
いつの間にか固く握りしめていた拳を、松木の手が柔らかく包んだ。
「うん、わかってる。飯島さんが俺のことちゃんと思ってくれていることも、だけど寂しがりやで、いつも不安を抱えていることも。」
「不安……?」
「不安なんでしょ?飯島さん、俺がもともとゲイじゃないから、いつか自分のもとを去っちゃうんじゃないかって」

確かにずっとそう思っていた。
だけど今は違う。
松木が、ずっと一緒にいようって言ってくれたから、その言葉を信じている。
「飯島さん、俺がゲイだったら安心できるの?俺はずっと何の疑問もなく異性愛者として生きてきて、飯島さんと出会って、今は男同士で恋愛をしているわけだけど、俺が俺であることに変わりはなくて、別に自分がバイセクシャルなのかホモセクシャルなのかとか、分類するのは意味のないことだと思ってる。意味がないっていうよりも、結局判らないとしか言いようがないんだけどね。でも、村山教授は俺のことを『こっち側』じゃないって言うし、飯島さんだって俺のことそういう風に見てるっていうか、ちょっと壁を作っている部分はあるじゃない?村山さんとか、彼じゃなくても生まれつきゲイの人だったら飯島さんを理解してあげて、飯島さんは安心して自分を委ねられるのかなって。」
「違う、そうじゃない。ああ、お前って本当に…」
涙が出そうだった。これ以上泣く姿など見られたくはないのに。
「不安なのは、俺と一緒にいることを選んだせいで、お前が傷ついたり、不当な目に遭ったりするんじゃないかって。もともと『こっち側』じゃなかったのに、お前が好奇の目にさらされることになったら……俺と一緒にならなければ遭わずに済んだだろうことで苦しめられるんじゃないかって。そうなったときに、俺はお前を守ることができるんだろうかって。」
自分のせいで松木が背負うことになる代償を、それでも引き受けてくれるのだろうか。
不安で涙する女々しい姿を隠すように、飯島は松木に背を向ける。
と、飯島は背後から松木に抱きしめられるのを感じた。

「飯島さん、言ったでしょ、俺はそんなの怖くないって、闘うって。ああ、本当に可愛い人だな。会社の皆は飯島さんのこと空気読めないとか、人の気持ちが解らないとか言ってたけれど、俺はそう思わないよ。」
「ええ……みんな、そう言ってたんだ……。ふーん。まあ、知ってたけどな。ふん、別にいいけどな。」
「飯島さんは、思いやり深くて、人の立場をいつも考えてくれる人だよ。俺は、世界中にそのことを触れて回りたい。」
それは勘弁してくれ、と思う。自分はそんな人間ではないし、できれば世の中にひっそり埋もれて生きたいのだ。
「飯島さん、本当に俺で良かったの?」
松木の無意識の失言に意趣返しをしたかったが、それ以上に松木への愛しさで胸がいっぱいだった。

「うん、お前がいい。お前じゃなきゃ。俺が求めているのは、安心とか理解されることじゃないから。」
「じゃあ、飯島さんが求めてるものって?」
「だから、お前そのもの……」
「俺のどこが良かったの?」
「うん、もういいだろ。」
すべて、なんて恥ずかしくて言えるわけがない。
まっすぐに人の心に飛び込む率直さ。
頭の回転が速く、行動力もある。
欠点だらけの、ありのままの自分を受け入れてくれる懐の深さ。
言葉足らずの飯島を、誤解して決めつけず、いつでも心の内を伝えるまで待ち続けてくれる。
涼し気な目元や良く通る声、汗の匂い、清潔感ある身だしなみ。
「言って。どこが良かったの?言ってくれないと意地悪しちゃうよ。」
松木の指はいつの間にか松木の乳首を弄んでいる。

「あっ、んっ、あ、もう、だから……すべっ…、ぜ……、せ、セックス。」
羞恥プレイなんて耐えられない。
「はぁ?なにそれ、飯島さん、俺の価値ってチンコだけ?」
松木がガバリと身を起こす。
愛撫を中断された身体が疼く。
「ちが、じゃ、じゃあ、お前は俺のどこに惚れたのか言ってみろよ。」
「えー……え、エッチ。」
「お前だって、同じことだろ!」
「いや、違う。別に飯島さんの価値はケツだなんて言うつもりはないし。」
「言ってるだろうが。」
「ちがう、だからエッチの相性とか、エッチな反応が可愛いとか、初めてのエッチの時にビビっときたというか。」
「ああ、もうお前ってサイテー!」
「そっちのほうがサイテーじゃないですか、先に言ったのそっちでしょ。ああ、もし俺がインポになったら、俺、捨てられちゃうんですか?もう、いじめられすぎてストレスで本当になりそうですよ。」
「ふん、心配するなって。そうなったら口でしてもらうから。」
「……ひどすぎる!」
松木の泣きそうな顔を見て飯島はスカッと胸がすく。

「うそうそ、冗談だって。そんな顔するなよ。そうなったらちょっぴりがっかりするけど安心もする。浮気の心配しなくて済むから。」
「浮気なんかしませんよ。浮気が心配なのはそっちのほうでしょ。」
「俺はしないよ。するわけないだろ、お前以外なんて考えられない。って、なんでこんなケンカしながらこっぱずかしい告白みたいなこと言わなきゃならないんだよ!」
自らの発した言葉に飯島は赤面する。
「あはは、俺のことそんな好きですか。俺も負けませんよ。わかりました、今夜は夜通し痴話げんかしましょう。おっと。」
悔しくて思わず繰り出した飯島の右ストレートを掌で受け止めると、松木は笑いながら身体を引き寄せた。
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