異世界に転移したら何故か魔族最強の将軍と旅をすることになった俺は……

ポムポム軍曹

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第26話 出発

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「十三時発、メンデル行き旅客列車『リンドブルム四号』はまもなく発車します。
 乗車する方は直ちにお乗りください。
 十三時発、メンデル行きの旅客列車『リンドブルム四号』はまもなく発車します!
 乗車する方は直ちに乗車してくださいっ!」
 

 蒸気機関車特有の蒸気が漏れる音や警笛の音、駅の喧噪に混じって駅構内のプラットホームをメガホン型の魔道具を手に持ち、発車予定にある列車の運行状況を告げて回る駅員の姿を窓越しに見て、俺は漸くここまで来たという実感を噛み締めていた。

 ここはシグマ大帝国帝都ベルサ『ベルサ中央駅』の一画にある三番ホームに入線している高速旅客列車『リンドブルム四号』と呼ばれている新幹線のような流線型の車体が美しい高速型機関車に連結されている一等客車内のコンパートメントの中である。

 ゾロトン勅撰議員こと斎藤さんの尽力のお陰で俺とアゼレアはこの列車が駅のホームに入線するより前、車両基地で行われている運行前点検の段階からこの客車のコンパートメントに潜り込み、2人で息を潜めて発車の時刻を今か今かと待ち続けていた。

 駅舎内とプラットホームは日本の鉄道と違って鉄道公安隊と治安警察軍による警備が厳重であり、予め申請を出して許可を得た者しか武器の類を持ち込めず、ホームに足を踏み入れることができるのは乗車券を持つ者と鉄道・警備関係者だけである。


(斎藤さんに出会っていなかったら、かなりヤバかったな……)


 今、この席にこうして座っていられるのは斎藤さんの存在が大きい。彼とサトゥ所長の要請で地下特区に拠点を構える獣人の犯罪組織を半数とはいえアゼレアが皆殺しにしたのだが、その見返りに治安機関に見つかることもなく列車に乗り込むことができたのは斎藤さんがこの国の勅撰議員であることと、シグマ大帝国鉄道省や内務省に多大な影響力を持っていたからである。

 もし斎藤さんと出会っていなかった場合、警戒厳重な警備を自力で突破しなくてはいけなかっただろう。もしそうなれば列車に乗車するどころではなく、俺とアゼレア対シグマ大帝国治安機関という、ちょっとした戦争のような事態に陥っていたであろうことは容易に想像できる。


「やっとここまで来れたね。 アゼレア」

「ええ、そうね。 本当に長かったわ……」


 座席に座り、目を瞑って俺の言葉へ感慨深げに頷くアゼレア。彼女の手には先程まで被っていた制帽ケピ帽があり、それまで張り詰めていた緊張感は何処にもない。それどころか彼女の顔はツヤツヤとしており、反対に俺の顔はげっそりとやつれているのが窓ガラスに写り込んだ反射でよくわかる。


(流石にここでは搾り取られたりすることはない…………よね?)


 地下特区における犯罪集団の討伐が終了し、列車の発車日時までこの国の勅撰議員であり、元日本人転生者でもある『ステン・トマス・ゾロトン』議員が経営する旅館ホテルにおいて俺とアゼレアは身を潜めていたのだが、その間は夜になる度にアゼレアによって色々な体液を搾り取られる日々を送っていた。


(最初は良いんだよ。 最初は……)


 最初、開幕時はこちらも昨夜の挽回をしようとヤル気満々で彼女に勝負を挑むのだが、ある段階を超えた辺りから防戦一方に回らざるを得なくなってしまうのだ。


(流石、軍人だよなぁ……)


 上級魔族というだけでも反則なのに、しかも彼女は軍人なのだ。いくらこちらの身体が神様に弄られて基礎体力や筋力が大幅に強化されているとはいえ、持久力や精力に関してはアゼレアの方が上なため、こちらがいくら頑張っても太刀打ちできる筈もなく、最後は最低限の体液を残して搾り取られた挙句、カラカラに干からびてしまうのだ。
 体力的にも、そして精神的にも…………


「あのさ、アゼレア」

「ねえ、孝司」


 2人の声が重なり、どちらからともなく苦笑の声が漏れる。


「何だい? アゼレア」

「孝司はメンデルに着いたらどうするの?」

「先ずは君を魔王領の大使館に送り届けて、それからメンデルのギルドに移動届けの書類を提出しに行くつもりだよ。
 その後は宿泊できるところを探して……」

「そうではなくて、また一人で冒険者をやっていく……つもりなの?」


 軍人らしいストレートな質問に一瞬だけ逡巡してしまうが、こちらをジッと見つめる赤金色の瞳に僅かに緊張しつつ率直に答える。


「…………正直に言えば、君と一緒に居たい。 アゼレアは?」

「私も同じよ。 貴方と一緒に居たいわ。 けれど…………」

「お互いに背負っているものが大き過ぎる。 そう言いたいんだよね?」

「ええ。 その通りよ」


 そうなのだ。
 俺はこの世界の神様であるイーシアさんから世界の危機に対する調査を依頼され、それと関連して無名の神に連れてこられた日本人達を探し出して地球に送り返すという大切な使命があるのだが、俺のこの世界における身分は何処にでもいる只の冒険者だ。

 対してアゼレアは魔王領国防省保安本部付の魔導少将で、魔法実験の暴走事故がなければ今頃は中将か大将、もしかしたら元帥になって国防軍を率いていたかもしれない身分なのである。

 お互いに立場が違い過ぎる上に背負っているものが大きすぎるため、ずうっと一緒に居たくてもそうはできない状況だ。いくらイーシアさんがアゼレアへ俺に協力するように頼み、彼女の持つ地位や権力が日本人を地球に送り返すのに有用であっても、そうはいかない事情が俺にも彼女にもある。

 しかも、俺とアゼレアが出逢えたのは運も含めて様々な要因が重なっての結果なのだ。どれかひとつでもその要因が欠けていたら……俺はアゼレアに出逢っていないし、彼女も俺とは出逢っていないことだろう。


「やっぱりメンデルに着いたら、離ればなれになっちゃうんだろうなぁ……」

「…………ねえ、孝司? 貴方さえ良ければ……いえ、何でもないわ」


 何かを言いかけてハッとした表情で口をつぐむアゼレア。
 彼女が何を言おうとしたのかを明確に理解している俺は立ち上がり、対面の座席に座るアゼレアの肩にそっと手を置いて努めて優しい口調で語り掛ける。


「ごめんね、アゼレア。
 僕がサトゥ所長のように誰の意図によるものでもなく、すんなりとこの世界に来ることができれば良かったのだろうけれどね?」

「それは仕方のないことよ。 もし孝司がイーシア様の力でこの世界に来ていなかったら……多分、私と貴方は出逢っていない可能性が高かったと思うわ」

「そっか……」


 自分の肩に置かれたこちらの手をとり、そのまま手の甲に優しく頰を寄せるアゼレアはとても愛おしく、そして美しかった。俺が内心、彼女を抱き締めたくてウズウズしていると、不意にそれまでのシュンとした雰囲気とは打って変わってニコリと笑顔を浮かべたアゼレアは改めてこちらと向き合う。


「とりあえず、今は列車の旅を楽しむことだけを考えましょう!
 孝司とサトゥ所長が言っていた新幹線とか言う超高速鉄道だったかしら?
 ソレと違ってこの列車の速度だと、メンデルまでは到着に最低でも一週間以上は掛かるとゾロトン議員は仰っていたことだし……考える時間はまだたっぷりあるわ」

「そうだね」

『十三時発、メンデル行き旅客列車[リンドブルム四号]発車します。
 十三時発、メンデル行き旅客列車[リンドブルム四号]が発車します。
 走行中は揺れますので転倒しないよう、ご注意下さい』


 俺の返事に呼応するかのように車外から発車のアナウンスが聞こえ、ついで“ピィィィーーー!!”という駅員が笛を勢いよく吹く音がホーム響き渡る。すると直後に車両の前方から蒸気機関車特有の汽笛と蒸気機関を吹かす音が聞こえてきたと思ったら、振動が伝わってきてゆっくりと客車の風景が後ろへと流れ始めた。


「お? 発車したみたいだね」

「そのようね」

(これで、この街ともおさらばかぁ……)


 この街に来て早3ヶ月以上が経過していたが、体感的には1年くらいの歳月を過ごしたようにも感じる。通り魔に殺されそうになったり、銃や大砲で吹き飛ばされかけたりと碌なことがなかったが、目の前に座っているアゼレアに出逢えたのが何よりも嬉しい出来事だった。


(せめて駅だけでも写真に撮っておくか……)


 ふとそんな思いに駆られた俺はコンパートメントの窓を開けて少しだけ身を乗り出し、ストレージから取り出したデジタル一眼レフカメラを操作して少しずつ小さくなっていく駅のプラットホームと駅舎をファインダーに収めてシャッターを切る。


(さて、ここからが本当の旅の始まりだな。 どうか何も起こりませんように……!)


 俺は撮ったばかりの画像を小さな液晶画面で確認しつつ、本格的な旅がここから始まることを噛み締めてメンデルまでの道程が安全に推移することを心から願っていた。





 ◆





 さて、孝司とアゼレアが乗車する列車が発車するよりも少しだけ前の時間、メンデル行き高速旅客列車『リンドブルム四号』には様々な乗客が手に手に荷物を持ち、それぞれの思惑を抱えて各客車へと乗り込んでいた。


「ガーランド独立上級正保安官殿、本当にこれだけの荷物でよろしいのですか?」


 『ベルサ中央駅』のプラットホームの一角、ひとりの若い保安官がしゃがみ込んだまま、傍に置かれている荷物を検めながら不安げな声を上げる。彼の視線の先には黒いキャンペーンハットを被り、屈強かつ恰幅の良い警保軍の士官服を着込んだ男が背中を向けた状態で立っていた。


「ああ。 これだけの荷物と銃と弾さえあれば充分だ。
 大帝国内であれば、各所に存在する警保軍駐屯所や保安官事務所に行けば最低限の補給が受けられるし、いざとなったら治安警察軍を頼っても良いんだからよ」

「はあ……?」

「それよりもほれ、先方さんが来たぞ」

「え? は、はい!」


 ガーランドと呼ばれた保安官は、自分より一回り以上も年下の若い保安官補に対して彼の不安を打ち消すように補給のことについて話す。それに対してどこか釈然としない様子の保安官補であったが、上官が肩を叩いて自分が立っているところとは別の方向を見るように促し、視線だけを動かして誰かが自分達に向かって歩いて来ていることに気づき、慌てて立ち上がって姿勢を正す。


「鉄道省鉄道公安隊第一方面隊のクルツ主席であります」

「な、内務省警保軍独立保安官補のビラールと申します!」

「内務省警保軍独立上級正保安官のガーランドだ。
 今回はよろしく頼む」



「はっ! 今回、内務省より『重要警護対象への警護に内務省側うちからも人を出す』ということで連絡を受けておりましたが……」


 『クルツ』と名乗った中肉中背の鉄道公安官は二人に対して敬礼をしつつ、『ビラール』と『ガーランド』の両名を失礼にならない程度に頭の天辺から爪先までをサッと観察する。そして、確認として彼らが内務省から派遣されて来た警護要員かを問い質そうとするが、彼の質問を遮るようなかたちでガーランドがクルツに対して己の右手を差し出しながら、親指を立てた左手で自分と部下を指し示す。


「俺とコイツがその追加要員だ」

「よ、よろしくお願いします!」

「……こちらこそよろしくお願いします。
 『猟犬』殿が一緒に警護を担当していただけるとなると、我々公安隊としても心強い限りです」


 鉄道公安官主席であるクルツはこの業界において『猟犬』の二つ名で有名なガーランド独立上級正保安官が派遣されてくるとは夢に見思っていなかったらしく、彼の名を聞いた瞬間、ほんの一瞬だけ鼻白んでいたが、直ぐに調子を取り戻して社交辞令を交えつつ彼との握手に応じる。


「ま、公安隊そちらさんの仕事の邪魔はしねえよ。
 俺達を警護対象の近くに配置してくれさえすれば、それで良い」


 対してガーランド本人はいつものことであるのか、クルツが一瞬だけ見せた表情の変化気にする様子はなく、ニカッとした笑顔を見せつつ、彼らの縄張りを荒らさないことを予告してから自分達の要求を口にしていた。


「了解しました。 それでは客車へご案内します。
 こちらへどうぞ」


 ガーランドの意図を理解したのだろう。クルツは僅かに苦笑しつつ、指先で制帽のつばを少し引き下げるような仕草を見せた後、踵を返して彼らを警護対象が乗車している車両へと案内する。


「おう、よろしくな。 ほら、行くぞ」

「は、はい!」


 ガーランドに少し強めに背中を叩かれたビラールはプラットホームの床に置きっ放しにしていた二人分の荷物を重たげに抱え上げると、先に歩き出していた二人に追いつこうと小走りに客車の中へと入って行った。





 ◆





 七両ある二等客車の乗降口の一つ、列車への乗車を待つ人々は客車の扉が開くのを今か今かと待っていた。その列の中、背広を着込み鞄を持つ商社の社員や大きな旅行用鞄を幾つも抱えている家族連れの集団に混じって背の高い三人の男達の姿があった。

 彼らはそれぞれの手に布で覆われた細長い荷物を持ち、背には物が大量に入れられることでパンパンに膨らんでいる背嚢を背負っている。そんな彼らの周囲をよく見ると、列に並んでいる人間達が三人と微妙に距離を開けているのが分かるだろう。

 そして、その三人の中で先頭に立つ銀髪に茶色い瞳を持つ見るからに魔導師然とした格好の背の高い優男風の男性がふと何かを思い出したかのように後ろへと振り返り、二番目に立っている男に話しかけていた。


「スミス、切符はちゃんと肌身離さずに持っていますか?」

「ああ。 ほれ、このとおり」


 先頭の男性から『スミス』と呼ばれたこちらも背の高い男が懐から乗車券を出しつつ応える。人好きのする顔に僅かに無精髭を生やしている茶色い頭髪の男は見るからに屈強な体つきで、腕などは服の上からでも分かるほどに太く、力強い雰囲気を全体に纏っている。対して先頭に立つ男性はスミスと同じくらい背が高いものの、痩せ過ぎず太り過ぎずといった標準的な体格で、彼と比べると平凡な印象を受ける者が多いだろう。


「今度は失くさないでくださいよ?
 特に列車に乗った後で車掌の検札前に切符を失くされると、かなり面倒なことになるので」

「分かってるよ。 いくら俺でも、そんな子供みたいな阿呆な失敗はしねえよ」


 どうやら男性はスミスが過去にやらかした失敗を思い出し、念のため彼に乗車券をしっかり持っているかを確認したかったようだが、対するスミスはかっけらかんとした感じで申し訳なさそうにしている様子は一切ない。


「いや、以前やらかしたから注意しているのですが?」

「そんなことあったかねぇ?」

「ありましたよ! 何、しれっと惚けているんですか!?」

「まあまあ、良いじゃないのよ。 そんな昔のことなんてよお」

「いやいや! 割と最近のことですよ!
 あのときだって危うく鉄道公安隊に拘束されかけたんですからね!
 もし駆け付けて来た公安隊の上席がズラックの知り合いではなかったら、無賃乗車で即刻逮捕されていてもおかしくなかったのですよ!?」


 スミスの惚けている様子に若干切れ気味で彼のやらかした過去の失敗を責める男性。しかし、当のスミスは「そんな過去のことなど、どうでもいい」とばかりに話を切り上げようとするが、男性はよほど当時のいざこざが堪えているのか、追撃の手を緩めようとしなかった。


「でもこうして問題無く堂々と歩けているじゃねえか」

「ですから……」


 なおもスミスに食い下がろうとする男性。
 しかしそのとき、彼らの会話に割って入るようにして別の声が二人の耳に届いた。


「もう良いではないか、ロレンゾ。
 切符は各々がしっかりと管理するか、お前自身が一括して管理すれば良いだけのこと。
 大の大人がこんな人の往来が多いところで口喧嘩して……お前達、少しは恥ずかしいとは思わぬのか?」

「すみません……」

「悪かったよ。 ズラック」


 彼らの会話に割って入ってきた声――――スミスから『ズラック』と呼ばれた彼らより年嵩で禿頭の男は二人を諌めるように注意し、『ロレンゾ』と呼ばれた優男風の男性とスミスは「仕方がない……」とばかりに肩を竦めて彼に謝罪する。


「さ、もうすぐ乗車開始だ。
 高速旅客列車の二頭客車とはいえ、今回は妙に乗客が多い。
 早めに席を取っておいて悪いことはあるまい」


 二人の素直な態度に一瞬だけ穏やかな表情を見せたズラックは再びいつもの気難しげな顔に戻るが、直後に乗車を待っていた列が緩やかに動き始める。どうやら、客車の扉が開いて乗客の受け入れが開始されたらしく、乗降口に立つ鉄道公安官が手に警棒を持ち、乗り込もうとする者達に対して厳しい視線を向けて列の割り込みや駆け込み乗車をさせないよう暗に威嚇していた。


「ズラックの言う通りだな。 ほら行くぞ、ロレンゾ」

「わかりましたよ。
 まったく! あのはしゃぎようはまるで体の大きな子供ですね」

「そう言うな。 漸く帝都での依頼が終わったかと思ったら、直ぐに大口の依頼が舞い込んで来たのだ。
 スミスがはしゃぐのも無理はない」

「まあ確かに。 ズラックが言うのも一理ありま……ん?」


 スミスの子供のようなはしゃぎっぷりにロレンゾは呆れた声を上げつつズラックに同意を求め、彼は苦笑しつつも仕方がないという口調で彼の態度を擁護していた。だがそれも束の間、力が抜けたように話していたロレンゾの様子が変わったことを察知したズラックはどうしたのかと尋ねる。


「どうしたロレンゾ?」

「あれは……あそこにいるのは『暴風のガーランド』ではないですか?」

「ん? おお、確かに『暴風のガーランド』であるな」


 スミスが見ている視線の先を追うとそこには見覚えのある男が立っていた。荒っぽい逮捕行為で有名で、時には犯罪者をその場で射殺したこともあるため、冒険者や傭兵たちから『暴力保安官』や『暴風のガーランド』と揶揄されるガーランド独立上級正保安官が部下と思われる若い保安官補や鉄道公安官らと一緒におり、何やら話し込んでいる様子であった。


「彼も……どうやらこの列車に乗り込むようですね」


 彼らの様子を観察していたロレンゾがポツリと言葉を漏らす。
 ガーランド保安官と鉄道公安官は互いに敬礼をした後に握手をし終えるや否や挨拶もそこそこに歩き出して客車の中へと入って行く。そして若い保安官補が二人分の荷物を持ち、ガーランド保安官と鉄道公安官を追うようにして同じ乗降口から客車の中へと入って行った。


「そのようだな。
 今までの経験からいって彼奴が近くにいると碌な目に遭わない。
 なるべく関わらないようにしなくてはな」

「そうですね……」


 客車の中へと消えて行った彼らの様子を終始観察していたズラックは「嘆かわしい」と言わんばかりに首を左右に振ってロレンゾに注意を促していたが、彼はズラックの言うことをそこそこに聞きつつ、ガーランド達が入って行った客車を注意深く見ていた。


(特別客車? シグマの皇族か閣僚が乗車しているのでしょうか?)


 一見すると一等客車と変わらない外観を持つ客車。だが、ガーランド達が乗り込んで行ったことでその客車の全体を注意して観察してみると、手前に連結されている一等客車とは微妙に作りが違うことや駅構内の各所にそれとなく配置されている私服の鉄道公安官や警官の存在に気付いた無類の列車好きでもあるロレンゾは声には出さずに内心、誰が中にいるのかを想像する。


(何も起こらなければ良いのですが……)

「ほら、行くぞ。 ロレンゾ」

「あ、はい」


 周囲の乗客達に気付かれないように偽装された特別客車とその車内へと消えて行った警保軍切っての優秀な暴力保安官。この二つが意味するところを想像し、道中何も起きないことを祈るロレンゾ。だが後々、このときの自分の祈りが木っ端微塵に粉砕されてしまうことを知らないロレンゾはズラックに促され、彼もまた他の乗客達と共に二等客車の中へと消えて行ったのであった。





 ◆





「ベアトリーチェ様、そちらの客車ではありません!
 我々が乗り込むのはこちらの一等客車の方ですよ」


 乗車時間になり、騒がしくなり始めた駅構内のプラットホームに凛とした女性の声が響く。その声に反応した男性の駅員や乗客の何人かがそれとなく振り返るが、当の声の持ち主はそんなことを気にすることもなく、彼女の目は一人の女性に対して注目している。

 彼女の視線の先にいたのは漆黒の修道服を着込んだ美しい女性だった。唯一、修道服に覆われていない顔と手の肌は雪のように白く、額から覗く金髪は金糸のような輝きを放ち、瞳は深い青色で水晶の如く透き通っている。




「あら、ごめんなさい。
 考えごとをしていたものだから、つい……」


 そしてその美しい外見を裏切らない美声とおっとりした雰囲気でもって、彼女は先程自分を呼び止めた女性に対して謝罪する。『ベアトリーチェ』と呼ばれた女性もかなりの美人だが、こちらの女性も中々の美女だった。

 ベアトリーチェがおっとりした聖女然とする美しさであるのに対して、こちらは凛々しさが勝る美しさで、彼女が着用している女性用と思われる詰襟型の制服によってその雰囲気が一層際立って見える。燃えるような緋色の長髪ロングヘアー総髪ポニーテールで纏め、腰に巻かれている帯革に連結された剣吊り帯にサーベルを佩剣し、右腰に拳銃が入っている革製のホルスターを吊っているのが印象的だった。



「しっかりしてください。
 曲がりなりにもベアトリーチェ様は教皇領の中でも数少ない教皇猊下直属の特高官なのですから」
 
「ごめんなさいね、カルロッタ。
 あそこにガーランド保安官のお姿が見えたものだから、何かあったのかと思ってしまいまして」


 自分の直属の部下に注意されて素直に謝罪するベアトリーチェ。対して『カルロッタ』と呼ばれた制服の女性はベアトリーチェの口から発せられた保安官の名前に一瞬驚いた表情を見せたが、次の瞬間には訝しむ顔に変わり、彼女に対して確認のために聞き返す。


「ガーランド保安官ですか?」

「ええ。 ほら、あそこに立っているでしょう?」


 そう言ってベアトリーチェの指差す先、約二十メートルほど先に筋肉ダルマと形容しても良いほどに屈強かつ恰幅の良い保安官が立っている。傍らには彼と比べてかなり若い保安官補がしゃがみ込んだまま、ガーランド保安官に話し掛けていたが、彼らの元に鉄道公安官が近付いていくと、若い保安官は慌てて立ち上がり、上官と共に敬礼をする様子が見えた。


「……確かに。 何やら鉄道公安官と話をしているようですが?」

「そうね。 ……あら? 彼もこの列車に乗るみたいですわね」


 そのままベアトリーチェと共に黙って一部始終を見ていると、ガーランド保安官達は目の前の客車に乗り込んで行った。


「そのようですね。 何かあったのでしょうか?」

「さあ?
 でも、公安官が敬礼して一緒に行動しているということは、彼は何かしらの任務の為にこの列車に乗り込むのでしょうね」


 ベアトリーチェのおっとりした雰囲気と喋り方に初対面の者達はついつい惑わされそうになるが、彼女はこう見えてバレット大陸において今なお最大の信徒数を誇り、[エルフィス教皇領]の長でもあり[聖エルフィス教会]教皇直轄の機関である『監察局』所属の特別高等監察官――――通称『特高官』なのだ。

 彼女の持つ観察眼、洞察力はとても鋭く、修道服の下に隠されている男好きのするふくよかグラマラスな体はかなり鍛え上げられており、彼女の働きによって汚職を暴かれた教会関係者の数は三桁を超える。

 そんなベアトリーチェの言うことだ。
 カルロッタは彼女の指摘を受け、今回乗車する列車内の調査を行うことを心に誓う。


「恐らくは。
 ベアトリーチェ様、私は後で何故あの保安官がこの列車に乗り込んでいるかをそれとなく調べてみますので」

「では、お願いしますわね。 カルロッタ」

「はっ!」


 直属の上司にお願いされてカルロッタはベアトリーチェに対し敬礼を行う。その様子を見たベアトリーチェは満足気に頷いて一等客車の乗降口へと向かい、その後を追うように敬礼を解いたカルロッタもまた彼女の後を追って歩き始めた。





 ◆





 そろそろ発車時刻を迎える高速旅客列車『リンドブルム四号』に連結されている五つある一等客車の内、前から四両目の車内通路を一人の男が歩いていた。そろそろ中年と言っても差し支えない年齢に達しているであろう男は、ある客室の前まで来ると周囲を注意深く見回して通路に誰もいないことを確認してから室内へと入る。


「どうだった?」


 客室へ入って扉が閉まると同時に鈴の音を思わせるような美声が男の耳を打つ。彼の視線の先にはコンパートメントの座席にゆったりと座る礼服ドレスを着用した少女の姿があり、傍らには広いつばブリムを持つ灰色のつば広帽子ピクチャーハットが置かれていた。

 駅のプラットホームから車内を覗かれないように窓掛けカーテンを閉めて客室内に備え付けられている室内灯を点けているためか、彼女の頭にひっつめられている銀髪は魔導光の煌めきを反射して銀糸と見紛うかのように淡く輝いていた。

 そんな美しい少女を見た男は思わずニコリと笑い掛けたくなる己の表情筋を必死に戒めて背筋を伸ばし、彼女からの問い掛けに対して静かに答える。こう見えても少女は自分の上官であり、階級は遥かに上なのだ。


「警備は思った通り厳重ですね。
 鉄道省精鋭の鉄道公安機動隊以外に若干名ではありますが、治安警察軍も乗り込んでいます。
 あとは本国から付いて来ている警護要員が、相変わらず付きっきりで警護している模様」

「そうか。 で、首尾は?」

「はっ! 鹵獲した軌道車及び掃射銃の整備は万全であります。
 各小隊員達も既に配置に着いており、いつでも展開可能です」

「治安警察軍と警保軍の動きは?」

「帝都に張り付かせている“枝”の報告では特段変わった様子はないとのこと。
 今のところ、通常の捜査だけに終始しているとの報告が入っています。
 また、帝国軍や情報省、国境警備軍等にも目立った動きはありません。

「良し。 あとは機を待つだけだな」

「はい。 少佐殿」


 少女の問いに予め用意していた台詞セリフのように男はスラスラと答える。その様子を見ていた『少佐』と呼ばれた少女は満足気な笑顔を浮かべて頷くと、今度は一転して真剣な表情になり、男に対して鋭い視線を向けつつ、こう言い放った。


「ここまで準備するのに半年もの時間を費やしたのだ。
 しくじることは絶対に許されん。 ……この意味は分かるな?」

「はっ! 重々、承知しております」


 並みの軍人であれば逃げ出しそうなほどの圧力を視線に込められて男は背中に冷や汗がジワリと溢れ出るのを感じ取り、さらに背筋を伸ばして直立不動で彼女の念を押すような問い掛けに力強く答える。


「よし。 各員に再度通達しておけ。
 『くれぐれも気を抜くな』とな……」

「はい!! 了解しました!」


 背中どころか額や首筋にも冷や汗を滲ませつつ、少女からの指示を受けて了解の返事をする男を見た彼女はそのまま視線を窓へと向ける。魔導光の光によって自分と男の姿が映し出されている窓を見つめる少女は、そのまま敬礼して部屋を出て行く彼を窓越しに見送った。

 自分以外の誰もいなくなった室内で少女はゆっくりと目を閉じてしばし黙考する。脳裏に浮かぶのは、今この瞬間も本国の中枢で辣腕を振るっているひとりの男の姿であり、そして彼女とその部下達が数日後に決行の日が近づいている“ある作戦”のために行った数々の任務であった。


(そうだ。 ここまで準備するのに半年以上もの時間を費やした。
 しくじる理由が何処にも見当たらない。
 何せ、我々親衛隊にはがついているのだ。
 失敗は決して許されない……!!)


 自分自身に言い聞かせるように、そして自らを奮い立たせるように両の拳をきつく握りしめて少女は己が座る座席の正面を睨み付ける。感情がかなり昂っているのか、少女の美しい銀髪が重力に反発するかのようにユラユラと浮き上がり始め、次いで彼女の持つ宝石のような瞳が次第に青色から金色へと変化して妖しい光を放っていた。
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高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
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アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

五十一歳、森の中で家族を作る ~異世界で始める職人ライフ~

よっしぃ
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【ホットランキング1位達成!皆さまのおかげです】 多くの応援、本当にありがとうございます! 職人一筋、五十一歳――現場に出て働き続けた工務店の親方・昭雄(アキオ)は、作業中の地震に巻き込まれ、目覚めたらそこは見知らぬ森の中だった。 持ち物は、現場仕事で鍛えた知恵と経験、そして人や自然を不思議と「調和」させる力だけ。 偶然助けたのは、戦火に追われた五人の子供たち。 「この子たちを見捨てられるか」――そうして始まった、ゼロからの異世界スローライフ。 草木で屋根を組み、石でかまどを作り、土器を焼く。やがて薬師のエルフや、獣人の少女、訳ありの元王女たちも仲間に加わり、アキオの暮らしは「町」と呼べるほどに広がっていく。 頼れる父であり、愛される夫であり、誰かのために動ける男―― 年齢なんて関係ない。 五十路の職人が“家族”と共に未来を切り拓く、愛と癒しの異世界共同体ファンタジー!

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