異世界に転移したら何故か魔族最強の将軍と旅をすることになった俺は……

ポムポム軍曹

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第2話 異世界『ウル』

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 若干の後ろ髪を引かれつつ、俺は颯爽と異世界『ウル』を管理している神様ことイーシアさんの自宅の玄関を出た。ガラガラと玄関の扉を開けて一歩踏み出した瞬間、それまで暖かかった空気が一瞬で変わり、寒い空気が鼻の中に入ってくる。


「へっぶし!」

(うっひょ、寒っ!?)


 暖かい所からいきなり寒い場所へと一瞬で移動したような格好になったため、ものすごく寒く感じる。顔に当たる冷たい風が容赦なく体温を奪おうとしてくるのを感じ、鼻がムズムズした瞬間、反射的にくしゃみが出てしまった。


「ううっ、寒い。 ええっと……俺は今どこにいるんだ?」


 とりあえず現状の確認のためイーシアさんからいただいたタブレットPCを取り出して、電源を入れて地図のアプリを起動し、自分が今立っている場所の検索を行う。


「ええっとぉ……現在位置、現在位置っと」


 アプリを起動した瞬間、なんと一瞬で自分がいる場所が自動的に表示されてきた。


「んん? 何々、ここはバレット大陸という大陸にあるシグマ大帝国……か?」


 地図アプリの表示によると、ここは異世界こと惑星『ウル』の中でも最大の面積を持つバレット大陸であり、俺が立っている場所はバレット大陸の中でも最大の国である『シグマ大帝国』の帝都『ベルサ』から南へ約2キロ離れた農耕地帯の農道らしい。

 日本と違って、道に国道◯号線とか県道◯号線、◯◯通りと言うような名称は付けられていないらしく、この名もなき道をそのまま北上すれば帝都『ベルサ』に着くことが出来るようだ。

 
「出発前に装備の点検をしておくか……」


 人が多い中でこれ見よがしに銃器類を弄るわけにはいかないので、今のうちに装備の点検を行う。右肩から提げているポーランド製のWZ.96 BERYL自動小銃に右太腿に装着しているレッグホルスターの中に入れている同じくポーランド製のPR-15自動拳銃、ダッフルコートの左右のポケットに2個ずつ入れているロシア製F-1破片手榴弾とRGD-5攻撃型手榴弾、腰のベルトに提げている銃剣等々……


「よし、異常なし。 ……行くか」


 きちんと銃に安全装置掛かっているか、手榴弾に安全ピンが確実に挿入されているかを確認して俺は街へと一歩を踏み出した。





 ◇





 歩くこと約10分、少し小高い丘の坂を上り終えたところで、突如視界に入った大きな街と聳え立つ巨大な城に俺は感動と困惑が入り混じった変な気分に陥っていた。

 
「本当に異世界に来てしまったんだなぁ……」


 はっきり言ってヨーロッパでもまず見ることが出来ない巨大過ぎる城。
 いかにも、ファンタジーに出てくる定番?っぽい雰囲気ムンムンの城で、思わずストレージから双眼鏡を取り出して城と街の要所要所をじっくりと観察してみる。

 
(うーん……見たところ城と街は別々に作られているようだな?)


 街を囲んでいる城壁は建物の一階部分より少し上までを隠す程度でそこまで高さはないようだが、城の方はかなりの高さがある城壁で囲んでいるようだが、恐らく侵入者を防止するために城壁の周囲には堀を巡らして出入り口には吊り橋を用意してあるのだろうと推察できる。

 街並みは赤茶色い釉薬を塗った瓦に白っぽい石壁を基調とした比較的新しいと思われる建物と木造の少し古めの建物が混在しているように見える。


「…………ん?」


 よく見るとそれぞれの民家と思われる建物の窓には、ガラスが使われているのが確認できる。一部には半透明の窓ガラスが嵌っている建物もあるが、殆どが透明のガラスだ。

 地球では、透明な板ガラスが建築用として使用され始めた時期は15世紀頃からとされているが、より大きくて透明度が高いガラスは17世紀頃になってから使われ始めたと、どこかで聞いたことがある。

 この世界の文明レベルは国や地域毎で差が大きく異なると説明を受けていたが、心の中の何処かで大半の国が近代ではなく異世界ファンタジーに多い似非中世レベルだろうと決めつけていた。だが、一部とはいえ金属薬莢を使う銃器が実用化されているということを考えれば、そこそこ科学技術も進歩しているのだろう。




 
『いくら現代の日本より文明のレベルが劣っているとはいえ、油断は禁物じゃ。
 向こうには魔法や超常現象を伴った出来事が普通にあるからのう。
 舐めてかかると足元を掬われかねんから、気をつけるのじゃぞ?』





「こりゃあ気を引き締めておかないと、本当に足元を掬われかねないかもな……」


 てっきり武器以外は魔法ばかりが発達していて、工業は一部を除いて置き去りにされたりとかしていると勝手に思いこんでいたのだが、あの窓ガラスだけを見ても科学技術や工業が極端に遅れているとは思えない。


(まあ、あのガラスが工業製品なのか、それとも魔法で作り出されたのかはまだ分からないけれど……)


 さて、暗くなる前に街に入って宿を探さなくてはいけないな。





 ◇





 さらに10分ほど歩くと、街を囲んでいる城壁に到達した。
 壁は高さが約4メートルくらいの石造りの白っぽい壁だが、叩いてみると音が鈍い。地図アプリで街の上空から見たとき壁の上に人が登って歩ける構造なっているみたいだったから、かなりぶ厚い壁なのだろう。

 因みに俺が先ほどまで歩いて来た道からはそのまま街に入れる門へと繋がってはいないようで、地図を確認すると、今いる場所から右へ向かって壁伝いに暫く歩いていくと門に行き着くことが出来るようだ。





(それでは、行くとしようか……)
 




 ◇





 先ほどの場所からまた10分ほど歩くと、人の声や馬の鳴き声が耳に入るようになってきて門らしきものが見えてきたのだが、その門がある街への出入り口からは人や馬車の列が伸びている。地図を見ると列が並んでいるところの道には名称が付いているらしく『国道三号線 夜明けの道』という名前が表示されている。

 人の列はここから見えているだけで軽く数百人以上は並んでいるようで、みんな荷物を背負ったり人や物を載せたりしている馬車が大半だ。門に近づいて行くと、どうやら人間と馬車では列が別のようで、軽鎧に顔が見えるフェイスガード無しの簡易的な金属兜を着用した兵士達が列に並ぶようにと大きな声で指示を出している。


「人はこっちの列に並んで! 馬車はそっちの列に!
 身分証や旅券、入国許可証を持ってる人は、予め荷物から出しといて!
 持ってない人は、あっちの列に行ってー!」

「荷物検査は現在、二時間待ちでーす!
 検査を滞りなく行うため、集団の代表者は人数と荷物の内容を列を周っている兵士に申告してくださーい!」

「乗合馬車は貨物用馬車の列に入らないで隣の列に行って下さい。
 乗合馬車は貨物用馬車の列に入らずに隣の列に並んで!」

(こりゃあ、ものすごく混んでるな……
 このシグマ大帝国ってバレット大陸では有数の大国ってアプリの説明書きに記されていたけれど、荷物審査で2時間待ちとか何のアトラクションだよ?)


 しかし、身分証か……
 この世界に来るに当たってイーシアさんからは、予め通貨とモバイル機器なんかと併せて身分証を貰っていたが、果たして役人や兵士に怪しまれることなく使えるのだろうか?

 
「ちょっと、あそこにいる兵士に聞いてみようかな?」


 そう言って俺は若干切れ気味で怒鳴っている役人や兵士達の中でも、比較的落ち着いている様子の若い兵士に話しかけてみた。


「すいません、兵隊さん」

「はい、何です?」

(良かった。 予め説明は受けていたけれど、日本語が通じるようだ……)

「ちょっとお聞きしたいのですが、この街に入るときに身分証の提示は必要ですか?」

「ええ、身分証の提示は必要ですよ。
 この街に住んでいる者であっても、一度外に出て中に戻る際も必ず身分証の提示は老若男女身分問わず行わなければいけないということが我が国の法律で義務付けられていますし、外国の方であれば密入国を防ぐ為にも身分証と併せて自国で発行された旅券の提示も必要です。

「なるほど、わかりました。 ありがとうございます」

「あなたは身分証をお持ちですか?
 先程も言ったように外国人であれば旅券の提示も必要ですが」

「ええ、両方持ってます」

「そうですか。
 ではこちらの列に並んでください。
 現在、有事ではないので国境検問所で行われるような厳重な入国審査はありませんが、簡単な身分確認と荷物検査がありますので。
 因みに検査は現在二時間待ちの状態です」

「わかりました」

(2時間待ちねぇ……
 寒いから早く街に入って飯食って宿を取って温まりたいんだがなあ……)



 そう思いながら、俺は兵士の指示に従って列の最後尾へと向かった……





 ◇





「…………ううっ、寒い」


 今、俺が立っている場所は帝都に入るための門から伸びている検査待ちの列の最後尾だったところだ。「だった」と言うのは、俺が並んだ後からも続々と人が並んでいるから。

 
(それにしても、こうやって見ると人種や背格好も様々だよなあ……流石は異世界!)


 列の最後尾に並ぶ途中、軽く200人を超す人々の列を見たのだが、様々なモノを見ることが出来た。目に付く限りでは地球で言うところの白人系が多いのだが、他にも東洋系やラテン系に近い感じの顔もあれば、ケモミミを生やした獣人と呼ばれる種族もちらほらと見えた。

 因みに、東洋系やラテン系はあくまで『見た目が近い感じ』ということであって、全く同じというわけではないようで、目の瞳が青や緑だったりした者も確認出来た。

 ファンタジーに付きものの冒険者っぽい者もいれば、金属や硬い皮革で作られた鎧を着て槍や剣、弓などを装備している厳つい傭兵のような男達、荷馬車に荷物を満載した如何にも「商人でございます」というような輩もいれば、何か事情があるのか怯えたような表情をこちらに向けていた家族などもいる。

 ただ服装や格好に関しては傭兵や冒険者と思しき集団を除けば、野暮ったい服装が目立つ。中には古着を着ていると思えば現代の地球でも通用する格好の者も何人か見受けられることに驚くが、これらの列に並んでいる人々には共通したことが一つあった。

 
「…………臭い」


 思わず小声で言ってしまったが、臭いのである。
 香水か何かで匂いを誤魔化しているのか、甘い匂いを漂わせている身なりが良い商人のような者もいるのだが、大多数が臭いのだ。
 何というか、学校の靴箱や夏の汗が乾いた時のような酸っぱい匂いがする。

 
「ねえねえ、お兄さんは商人なの?」

「……はい?」


 突如声をかけられたので振り返ると、そこには粟色の髪をひっつめた少女が立っていた。かわいい顔立ちで革と金属を使用した軽鎧で身を包み、細身の剣を携えている。身長は160センチくらいだろうか?



 そして傍らには生まれて初めて目にする青い髪を持つ少女もいたのだが、俺は人間としてあり得るのかってくらい、青い髪に内心衝撃を受けていた。


(あ、青い! えぇ? うわ、本当に青い髪だよ!)


 俺は青い髪の毛というアニメでしか見れないような頭髪を持つ少女の存在に感動していた。コスプレなどで見る黒や茶の髪を染めて作った青い髪と違い、透き通るようにクリアな青い髪。この娘の髪を散髪した後に掻き集めて鬘を作れば、コスプレイヤーや映画会社にバカ売れ間違いなしの商品になるだろうと思うくらいに美しい青だ。

 しかも、俺に声を掛けて来た軽鎧を着込んでいる女の子がかわいい顔立ちなのに対し、こちらは美人な顔立ちでスタイルは多分、胸が大きいのだと思う。
 はっきり言ってこの子も鎧を着ているので大まかなスタイルが分からないのだ。


(つーか、この娘達は俺の後にいたっけ?
 確か俺の後にいたのは背の高いイケメンの兄ちゃん2人じゃなかったっけ?)

「えーとぉ、君たちは……?」

「あ、ごめんね。 
 臭いって言ってたからさ、お兄さんは商人なのかなって思ってね?
 商人たちって香水を使っている人も多いからさ。
 見たところ……身なりも良さそうでイイ匂いをさせているし」

「イイ匂い?」

「そ。
 なんか服から咲きたての花のような香りが時折ふわっと漂ってくるからさ」


 ああ、多分柔軟剤か洗剤の匂いの事を言っているんだろうな。
 確かに今来ているダッフルコートを含めて下に来ている服やジーンズなどからは、イーシアさんの家で着替える際にフローラルの香りが漂っていた気がする。


「多分、それは柔軟剤か洗剤の香りですよ」

「ジュウナンザイ? センザイ? なにそれ?」

(しまった、ここは異世界だった……洗剤は兎も角、柔軟剤なんてあるわけがないもんな)

「まあ、香水とお香の間みたいなものですよ。
 服を洗濯するときに使うと、良い匂いが出るんです」

「へぇ~、そうなんだ……」

「ええ。 ところで、あなた方はいったい……?」

「あ、すみません。 突然話しかけてしまって……
 私達冒険者でこの国に仕事で来たんですけど、前に並んでいたあなたが気になってしまったんです」

「で、あたしが声を掛けてみたってわけ!
 ちなみにあたしの名前はリリー。 こっちの胸がデッカイ美人はエフリー。
 んで、後ろにいる野郎の内、デカい方がムシルで細い方がセマ」


 そう言われて反射的に俺はエフリーと言われた女の子の胸をガン見してしまった。確かに胸がデカそうだと思う。
 革製の胸甲を着けてるお陰で胸のサイズが判り辛いけど……


「おいおい、リリー!
 デカいはないだろう! デカいは!」

「そうですわ! 大体なんで私の胸が大きいことを初対面の男性にバラすのですか!?」

「だって、その方がすぐに覚えてもらえるでしょう?」

「それなら普通に紹介しろ。
 なんでリーダーの俺が『細い』だけで片付けられるんだ?」

「でも、その方がこの人も分かり易いじゃない。 ねえ?」

「え? ええ、まあ……」

「ほうら」

「いいから、お前はしばらく黙ってろ。
 お前が会話に参加するとうるさくて話が先に進まん」

「ええっ! なんで!?」

「それが駄目なんだよ! 俺たちはこの人と話がしたいんだから、黙ってろ!」


 確かに、このリリーと言う娘はよくしゃべる。
 この寒空の中、元気なのは良いことだが元気過ぎるよなあ……

 
「すまんな、うるさいのが一匹いて。
 見ての通り、俺はこの冒険者クラン[流浪の風]を率いているリーダーのセマ・シュテイルだ」


 へえ、この人は本当にイケメンだなあ。
 身長は俺より少し高いくらいで細身だが、ガッシリした体つきで隙が無い感じだ。この人から見たら、俺なんか細いだけのヒョロヒョロしたモヤシみたいに見えてるんじゃないだろうか?


「私は榎本 孝司です。 今はのんびりと旅をしています」

「ほう、旅か。 それは羨ましいな。
 それにしてもエノモト タカシという名前は珍しい呼び名だな。
 君はどこかの国の貴族かなにかなのかい?」

「いえいえ、しがない一般市民ですよ。
 名前は孝司で姓が榎本です。 日本という国から来ましてね?
 私の国では国民全員が名前と姓を持っているんです」

「ほう、ニホンか……
 オレたちが今喋っている言葉がニホン語なんだが。
 呼び方は、エノモト殿でいいか?
 あなたは、そのニホンの出身ってことでいいのかい?」

「ええ、そうです。 その日本から来ました」

「ちなみにその『ニホン』という国はどこにあるんだ?
 オレたちは冒険者として今まで幾つかの国を回って来たことがあるんだが、『ニホン』という国の存在は聞いたことがなくてな……」

「日本は多分、方角的にこのバレット大陸から見て東側……極東に位置する島国ですよ。 まあ地図がないので、はっきりした場所は説明しずらいですがね」


 こういうときは下手な嘘を言って適当な国の名前を出すよりかは、国名だけ出してあとは日本国がこの世界の適当な位置にあることにしていた方が無難だ。この世界にはインターネットもまだ見ていないが、正確な世界地図は一般には出回っていないと思うから、国の場所を言って即座に否定されたり疑われるということはないだろう。


「なるほど。
 と言うことはあれか? 東のバラスト海よりも先にあるということか?」

「私の国では『バラスト海』と言う呼び名ではありませんが、確かに海の先に浮かんでる島国ですね」

「そうか……そんな遠いところからこんな所までわざわざ旅に来たのか?」

「正確に言えば旅というよりは交易に来たんですがね。
 ただ、嵐で船が難破してしまって祖国に帰れなくなってしまったんですよ。
 で、いつまでも帰れなくなったことを悔やんでいても仕方がないんで、こうやって見聞を広めるためにも旅をしているという訳でして……」

「そうか。 すまない、変なことを聞いてしまって……」

「いえいえ、お気になさらず。
 これでも結構楽しく旅をしているんで、これはこれでありかと思っているんですよ」

(まあ、日本に帰れないっていうのと旅をする羽目になったってのは本当のことなんだけれどね)





 ◇

 



「ところでエノモト殿は、歳は幾つなんだい?」


 こう聞いてきたのは、チームリーダーのセマだ。
 どうやら俺と会話していて俺の外見と話し方の差に違和感を覚えたようだ。


「一応、今年で25歳です」

「これは失礼しました。
 目上の方とは知らずに偉そうな口をきいてしまって……」


 俺の肉体年齢を聞いた瞬間、セマは畏まった態度で接して来たが、もし本当の年齢である35歳という実年齢を言ったら彼はどんな反応を示すのだろうか?


「ははっ、気にしてませんから大丈夫。
 それより、あなた方の年齢は幾つなんですか?
 あ、因みに年齢が上だからってわざわざ畏まった態度を取られるとこちらも緊張するんでもっと砕けた話し方で大丈夫ですよ」

 セマ:「そうか。 おれは二十一歳だ」

 ムシル:「オレもセマと同じ二十一」

 エフリー:「私は十八歳です」

 リリー:「あたしは十七歳よ!」

(へえ。 予想通り、俺の実年齢から見て一回り年下だったのはわかっていたけど、ここまで年齢の差があるとオッサンとしてはちょっと疎外感を感じるよなあ……)


 それにしても女の子2人は日本で言えば未成年とはね……そりゃあ、リリーが馴れ馴れしいのもうなずける。そしてエフリーちゃん。あなたその落着いた雰囲気と胸で18歳には見えません。
 リリーは……年相応?


「あんた、何かあたしに対して失礼なこと考えてない?」

「うんにゃ、そんなことありすぅぇせん」

「やっぱり考えているじゃない! どうせあれでしょ!?
 あたしとエフリーが年の近い女の子に見えないんでしょう!?」

「当たり前だろ、リリー。
 お前さんとエフリーを見比べて誰が年が近いと思うんだ?
 そう思われたくないなら、お前も少々落ち着きというものを持てよ」

「ひどい、ムシル!」

「本当の事だ。 ところで、エノモト殿。
 一つ質問があるのだが、よろしいか?」

「はい、何でしょう」

「それは、何です?」

「ん? それ?」

「その……右肩から提げている黒い金属の塊です」

(黒い金属の塊? ああ、そうか……銃の事が気になったのか)


 まあ、男だから武器である銃の事が分からなくても何となく気になるのだろう。
 そういえば先ほどからリーダーのセマやムシルという筋肉ムキムキの男は俺が持っている銃を気にしていたような気がする。

 イーシアさんがこの世界への銃の携帯は堂々としていれば怪しまれないと言っていたが、それでもこれだけの人の目があるところで銃のことを話すのは憚られる。
 しかも常に兵士や役人が列の見回りをしているので、騒ぎになって彼らの目を引きたくない。

 
「いや、私もこれが何なのかよく判らないんですよ。
 この前、野宿を避けるために泊まった廃屋で見つけたんですけどね?」

「廃屋で?」

「ええ、そうです」

「そうか。 何処と無く銃に似ている気がしたので気になったのだが、廃屋に銃のような高価な武器が落ちているとは思えないし、気のせいか……」


 うん、セマの表情を見るに納得してないって顔をしてるね。
 それにしてもベリルをパッと見で銃と判別できるあたり、それなりに銃が使用またはその存在が浸透してきているということなのだろう。


(銃が高価な武器か……
 あまりこれ見よがしに持ち歩くと面倒ごとに巻き込まれないとも限らないし、なるべく目立たないように気を付けなければいけないな)
 
「もしかしたら何らかの魔道具ではないかとも思ってるんですが、まあそれを調べるためにもあの街へ行って専門家に見てもらおうと思いまして」

「なるほどな。
 確かに剣や槍などの武器にも見えないし、さりとてそんな複雑な形状を持つ魔法杖や弓があるとも思えない……もしかすると、エノモト殿が言う通り何らかの魔道具かもしれないな」


 お? なんだかセマが顎に手を当てながら一人で勝手に納得してしまったぞ?
 つい口から出まかせを言ってしまったが、嘘が良い方向に作用したようだな。

 
「ところで貴方がたは先ほど自分たちのことを『冒険者』と言っていましたが、冒険者とは一体どんな仕事をしているんですか?」

「え!? あんた知らないの? 冒険者って職業を」

「ええ、知りません」

「と言うことは……ギルドの事も知らないのか?」 
 
「ええ、分かりません」

「本当にこの大陸の人間ではないのだな……」


 すいません。
 この大陸どころか、この世界の人間ですらないのよね……


「そうだな……まだ荷物検査まで時間があるから、立ち話で何だがちょっとギルドと冒険者について説明しておこうか?」

「お願いします。
 今まで通って来た街では、このような話が聞けなかったので助かりますよ」

「そうか。
 では先ずは『冒険者』から話していくとするか。
 冒険者と言うのはな……」


 リーダーのセマから聞いた『冒険者』という存在は、この世界における『何でも屋』のそれに近い職業らしい。冒険者の仕事は多岐に渡るらしく、ファンタジーにありがちな薬草などの採集依頼から迷子の捜索、商人の護衛や建物の警備、遺跡の発掘から身辺調査まで、個々人の冒険者の能力次第で様々な仕事を請け負うらしい。
 
 セマたちは噂として聞いたことがあるくらいで実際に会ったことないらしいのだが、中には暗殺者のような仕事を常に請け負っている輩もいるにはいるのだとか……


「冒険者をやっているオレが言うのも何だが、俺がまだ子供だった頃は冒険者という職業は盗賊や傭兵と言った仕事と並んで中途半端な存在だったらしくてな……冒険者が死ぬことなんか日常茶飯事。
 目先の金や財宝に目が眩んで仲間を裏切ることなど当たり前の世界だったらしい……
 特に死亡率は情報屋や傭兵達と比べても倍以上の死傷率で、当時社会問題化していたと聞く。 
 ……まあ当然だろうな。 
 当時、『冒険者』という存在はなろうと思えば誰でもなることが出来た職業で、ろくすっぽ剣も握ったことも無いような素人同然の者から経歴が判らない者、生活を食い詰めてしまって首が回らなくなりどうしようもなくなった者などが一攫千金を狙って冒険者になっていたらしいしな……」


 セマの話を聞いていくと当事の『冒険者』というのは、前述の通り良い職業ではなかったらしい。

 まず冒険者制度自体が杜撰で、経歴などは登録者本人の申告の上、登録希望者が規定年齢に達していれば性別や種族などを問わず登録できたため実に様々な種族が登録していたらしく、その数は[傭兵ギルド]や[商人ギルド]などの他のギルド構成員の3倍はいたらしい……

 しかも登録しただけで依頼を請け負わないどころか、[冒険者ギルド]にすら顔を出さない幽霊部員ならぬ幽霊冒険者もかなりの数に上っていたとか……

 当時の傭兵ギルドなどにおいても管理は多少杜撰ではあったらしいが、経験や腕っ節が重要視される傭兵ギルドだと元軍人や元治安関係者に賞金稼ぎ、没落した騎士、人間より遥かに頑強で魔力の高い種族などが登録していたり、専門性の高いスキルが必要な[情報ギルド]の場合では元鍵師や国の元密偵、空を飛んだり肌の色を変えることが出来たり人の心を読める種族などが登録している場合が多かったため、素人同然の者はむしろ殆どいなかったらしい。

 そのため、これらのギルドに登録できなかった素人が冒険者ギルドに流れていた可能性があったとセマは言っていた。また、冒険者ギルドには素人同然の女性冒険者も当事は多数登録していたらしく、依頼遂行中にパーティーの男性冒険者達や盗賊団などに襲われて取り返しのつかない事態に陥ることも多かったと言う……

 しかし何故こんな問題だらけの冒険者ギルドが存続出来ていたのかと言うと、事務所が置かれている国にとっては悪いことばかりではなかったからだとセマは言う。

 基本的に冒険者ギルドに登録するときの経歴は申告制であり、よほど怪しい風体だったり国から指名手配されている重犯罪者で無い限りは[ギルド]が国家に身元を照会して調査することはまず無かったという。

 なぜなら冒険者は『ランク=等級』を上げて少しでも多くの報酬を得るために国を跨いで移動する場合が多く、しかも等級が高い冒険者ほど出入国の審査も甘くなりがちであったため、国の密偵が紛れ込みやすい職業の一つだったと言う。

 このような理由で、国益を優先していた各国は[冒険者ギルド]に後ろ暗い経歴を持つ者たちが登録していても見てみぬふりをしていたそうだ。

 しかし、数々のトラブルと職員の汚職に頭を抱えていた冒険者ギルドの上層部は同じような悩みを抱えていた他の[ギルド]と共に組織の再編と自浄努力を始め、18年ほど前に[冒険者ギルド]と[調査ギルド]、[傭兵ギルド]に[魔法ギルド]、[鍛冶ギルド]や[商業ギルド]、[農業ギルド]と[海運ギルド]などが統合されて新たな『ギルド』へと再編された。

 俺が「なぜすんなりと他のギルドと統合することが出来たのか?」と言う質問をセマにしたところ、それぞれの職業がお互いに密接な関係にあるのにも関わらず、縦割社会の弊害として仕事をする際に互いの連携が全く執れていなかったという答えが返ってきた。
 因みにギルドの大まかな組織構造はこんな感じである。






 『ギルド』=(旧冒険者ギルド、傭兵ギルド、探査ギルド、情報ギルド、魔法ギルド、錬金ギルド、鍛冶ギルド、商業ギルド、農業ギルト、海運ギルド、水産ギルド、林業ギルド)

 普通科:(旧冒険者ギルドと傭兵ギルドを統合再編)
 情報科:(旧情報ギルドと発掘探査ギルドを統合再編)
 魔法科:(旧魔法ギルドと錬金ギルドを統合再編)
 商工科:(旧鍛冶ギルドと商業ギルドを統合再編)
 農林科:(旧農業ギルドと林業ギルドを統合再編)
 海事科:(旧海運ギルドと水産ギルドを統合再編)

 統括本部:(バルト永世中立王国に設置)
 支  部:(バルト永世中立王国を除く各国の首都に設置)
 支  所:(首都以外の一定規模以上の都市に設置)





 という形をとっているらしい。
 それにしても日本からこの世界にやってきた俺にとって、『科』という表現は病院の外科とか内科、陸上自衛隊の普通科とかを連想させられてしまいうためなんだか変な感じがする。


「セマさん、この組織割りを考えた人ってどんな方なんですか?」

「詳しくは知らんが、もともとはこのシグマ大帝国の隣国、バルト永世中立国王国の初代国王らしい。
 あの国は冒険者だった初代国王が建国した国でな。
 最初は冒険者を取り纏める為に大きな[ギルド]を自国に設置する予定だったんだが、ギルド設置の話を聞いた他のギルド運営者らがこれ幸いにとその話に乗って自分達が運営していたギルドの運用を委託したらしい。
 で、高齢だった殆どのギルド運営者らは引退して、まだ若かったバルトの初代国王はそれを機に[ギルド]の統合を実行に移したと聞いている」
 
「へえ~」


 国の初代国王が冒険者というのも面白い話だが、利権が絡むであろうギルドの運用を委託するというのも凄いな。まあ、運営者が高齢であれば誰かがギルドの運営を引き継いでも良さそうだが、後を継ぐ者がいなかったのだろうか?


「まあ、こんなもんだな。
 エノモト殿はまだギルドには所属していないのかい?」

「ええ、まあ……」

「ならば、ギルドに登録するのも一つの手だと俺は思うぞ?
 通常だと殆どの国は身分証有りで入国しても、滞在期間は旅行者でも大抵一か月くらいだ。
 ギルド所属の組合員や職員ならばギルドが有職者としての身分を担保してくれるから職が無い放浪人や自国発行の旅券を持たない遊牧民のように入国審査も一部の国を除いてそこまで厳しくされることもない。
 まあ入国先の国にもよるが請け負う依頼内容によっては滞在期間も最大一年は延長可能だ。
 ま、延長申請するにはギルドでの依頼内容を国が精査したりする必要があるがな…」

「へえ、それは良いですね」


 それは確かに便利だ。
 しかし、異世界に来たら先ずギルドに行こうって流れはどうなのだろうか?
 お金ならイーシアさんからたんまりと貰っているし、正直言って経費に関しては当分の間、不自由しないんだがなあ……

 でもまあ、調査の過程で長期間の滞在が必要にならないとも限らないしな。
 街に入った後でギルドで話だけでも聞いてみようかな?


「おい! そこのお前たち!
 立ち話もいいが、さっさと進まないか! もうすぐでお前たちの番だぞ!」

「え!?」


 近くを歩いていた兵士に突然怒鳴られて驚いたが、列はいつの間にか門の近くまで進んでいたらしい。話を聞くことに集中している状態だったため、列が進んでいることに全く気付かなかった。というか、いきなり列がスムーズに進み始めたな。
 さっきまでは国会における野党の牛歩戦術並みのスピードだったってのに……


「ごめんね~。 おじさん」

「すみません。 気づきませんでした」

「い、いや。 いいんだ、早く進んでもらえれば……」


 ああ……
 あの髭生やしてる如何にもベテランっぽい雰囲気の中年兵士が、女の子二人に謝られて赤くなっているよ。


(あれじゃあ、他の兵士に示しがつかないんじゃないのかね?)


 もうすぐ荷物検査の順番が回って来るみたいだけど、こうやって門を見てみると結構迫力があるなあ。まあここは一国の首都だし、人や物の出入りがあるから立派な門設置するというのは当然だろうけど。

 
(それにしても、ようやく異世界に来て初めての街を見れるなあ。
 なんだか子供のころ初めて遊園地に来た時のような感じで、心がワクワクする!)


 それにこの世界には、金属探知機もなければX線検査装置もまだ実用化されていないから、武器や爆発物の持ち込みが可能なのがありがたい。荷物検査の様子を見るに、武器に対してはスルーしているところを見ると武器自体の持ち込みは特に制限を課していないようだ。では何故に荷物の検査をしているのだろうか?


「最近、ここら辺でも魔薬の流入が多くなって来ているからな。
 医療用に使う回復薬とは違い、魔薬は人間の心と身体を壊してしまう恐ろしいクスリだ。
 下手をすると街一つが滅びてしまうほど中毒者で溢れかえる恐れがあるから、国は魔薬が他の荷物に紛れてないか検査してるんだ」

「なるほど」

(どこの世界でも薬物中毒というのは存在するるんだな。
 あれ? でも、麻薬が入った袋を飲み込んだり、肛門や陰部に挿入して持ち込まれた場合、見つけるのは難しいんじゃないだろうか?)


 そんなことを考えていると、前方から首輪を装着した狼のような大きな犬を連れた兵士が役人を伴って列に並んでいる人達の横を通り過ぎて行くが、その際に犬が鼻先をすれ違う人達に向けて鼻をヒクヒクを震わせている。


(麻薬探知犬? この世界にも麻薬探知犬がいるのか!?)


まさかの麻薬探知犬の登場に内心驚いている内に犬と兵士たちは俺たちの横を通り過ぎて行ってしまった。


(良かった。 さっきリリーが言っていた匂いに麻薬探知犬が反応するかと思ってドキドキしていたんだけれど、何もなかったか……)


 幸いにも一緒のいるセマたち冒険者4人組とずっと話しをしながら列を進んでいたため、服装などで兵士たちから怪しまれずに済んでいるし、さっさと街に入って今日泊まる宿を探さなければいけないな。


「身分証や許可証を持っている人は間もなく検査を行いますので、混雑防止のため予め荷物などから身分証や許可証を出しておいてくださーい!」
 収納鞄を所持している方はこちらの列に並んで下さーい!」


 おっとそうだった、イーシアさんからいただいた身分証を出しておかないとな。
 門を警備している兵士の呼び掛けに応じて身分証を取り出してしげしげと身分証を眺めるが、果たして本当にこれで検査をパスを出来るのだろうか?


「セマさん。
 列に並ぶ前にこの国の兵士に聞いたんですけどね。
 兵士からは「街に入る際、外国人は自国で発行された身分証と旅券を見せるように」と言われたのですが、本当なんですか?」

「ああ、そうだぞ。
 ギルドに所属している者はそれらに追加してギルド発行の身分証を見せる必要がある。
 それ以外の外国人は自国で発行された身分証と旅券を見せるのが殆どの国では一般的だな。
 ……もしかして、身分証や旅券を持っていないのか?」

「いえいえ。 ちゃんと持ってますよ、身分証と旅券のどちらも。
 ただ、あの時に聞いた兵士が間違ったことを言ってないか、急に不安になりましてね?」

「それなら大丈夫だよ。 その兵士の言う通りだから。
 ただ身分証や旅券を失くしたり持っていなかった場合、どの国でも入国出来なかったり国外退去処分になる。
 下手すると密入国者と疑われて拘束されたりするから、絶対に身分証と旅券を失くさないようにな」

「分かりました」

「はーい! 次の人!」

「おっ? どうやら、エノモト殿の番らしいぞ」

「あ、そうなんですか? じゃあ、お先に」


 そう言って俺は、荷物の検査を行なっている建物へと向かう。


(お願いだから、問題無く街に入れますように……!)


 神様から貰った身分証と旅券をお守りのように持って俺は建物の入口へと入って行った。
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