19 / 76
2.モブ、旅立ちを決意する
2-6.始まりの朝-2
しおりを挟む
菜園を抜けて建物に入り、オレは墓場引きずられるように炊事場の奥へと連れて行かれた。
煮炊き用の炉の後ろへ回ると、地下へ降りる短い階段がある。半地下の狭い空間は、食料の貯蔵庫になっていた。マイアリーノはあまり整理されているようには見えない棚の奥を探り、小さな袋を取り出す。
「これ。必ず役に立つ」
マイアリーノは掌に載るサイズのその袋を、オレの手に押しつけてくる。コンビニで売ってる袋入りグミくらいのサイズ感と重さだ。
「何これ? 中に何が入ってるの? お金?」
袋を持ち上げて振ると、しゃらしゃらといい音がする。お金かな? でもコインにしては軽いんだよな。
「ルチアーノ様に渡して。アキオは見たらダメ。約束!」
マイアリーノは袋を持ったオレの手を両手で上からギュッと包み込み、真剣な目で見上げてくる。その勢いに気圧されて、オレは無言で頷いた。
貯蔵庫から炊事場へ戻り、マイアリーノと一緒に朝食の支度をすることにした。
ジャガイモっぽい見た目の芋の川を、あまり切れ味の良くないナイフでむいていく。芋は皮をむくと里芋っぽい粘りが出てきて扱いにくい。
今まで料理なんかほとんどやったことがないオレは、大苦戦だ。ナイフを扱う手つきがあまりにも危なっかしいせいで、マイアリーノから白い目を向けられてしまった。
「他のみんなの分は作らなくて良いの?」
軽蔑の眼差しから逃れようとオレが話を振ると、マイアリーノは「へへへ」と悪戯っぽく笑う。
「朝は昨日の残りのパンだけ。みんなもう食べ終わって、働きに行ったよ。私はお客様係だから、今日は行かないで良い。楽で嬉しい」
「そうなんだ……」
自分たちだけ特別な食事を用意してもらうことにちょっと申し訳なさを抱きつつ、茹でた芋を潰すのを手伝っていると、階段からカレルが降りてきた。ちゃんと上半身にも服を着ている。寝る時だけ上裸派なのかな、彼は。
「オレも手伝おう」
カレルはそう言って炊事場に来ようとしたけど、
「いいです。アナタは大きすぎるから、邪魔」
とマイアリーノに追い払われ、ションボリ背を丸めてベンチに座った。ちょっと可哀想だけど、イケメンがしょぼくれる絵面は面白いな。
良い感じに芋チーズパンケーキが焼き上がったので、青菜のサラダと一緒に木皿に盛りつけ、テーブルに運ぶ。皿を置いてカレルの向かいに座った途端、
「オレも料理くらいできる」
と謎のマウントをかましてくるので、オレはとうとう思いっきり笑ってしまった。
「そうかそうか~。じゃあ今度メッチャ広い台所があったら旨いもん作ってくれよ。オレは料理できないからさ。これもほとんどマイアリーノが作ってくれたんだ。冷めないうちに食べようぜ」
笑いながらパンケーキを口に入れる。ふわもち食感で、チーズの塩気が効いてて旨い。カレルは憮然としたまま一囓りし、驚いたように目を瞬かせた。
「な、旨いよな?」
オレが聞くとちょっと眉を上げて頷く。
「マイアリーノは食べないの?」
炊事場に向かって声を掛けると、鍋を洗っていたマイアリーノは
「いいの?」
と嬉しそうな顔でテーブルの傍にやって来た。
「もちろん。みんなで食べた方が美味しいじゃん」
彼女が一瞬問いかけるような目を向けると、カレルは無言で椅子を引いてマイアリーノのために場所を作ってやった。
三人だけの朝食は、この世界に来てから一番平和で幸福な時間だった。
皿に山積みになっていたパンケーキがほとんどそれぞれの胃に収まった頃、開けっぱなしだった入り口の方がにわかに騒がしくなり、数人の男が姿を現した。胸当てと籠手だけつけて腰に剣を佩いた軽武装の騎士だ。混ざり者ではなくて、全員背の高い人間。
カレルがすぐに動けるよう腰を上げて構えると、一番年上っぽい騎士が片手を上げてそれを制した。
「我らは騎士団長の命で巡礼候補を迎えに来た」
「ルチアーノの指示? アイツはどうしたんだよ?」
「今日は発願祭の初日だ。団長殿は聖堂から離れられない。我らがそなたらを聖堂まで送り届けるから、すぐに支度をせよ」
年上っぽいヤツが指示すると、後ろの騎士が持っていた布包みを手近なテーブルに広げた。中身はキレイに折りたたまれた立派な上着とマントだ。
一番上の服を持ち上げると、詰め襟の学ランみたいな上着だった。裾は膝の上まで届くくらい長い。色は熟れきった柿みたいな渋めのオレンジで、合わせや襟、袖口に芥子色の糸で飾りの刺繍が入っている。生地も滑らかでめちゃ高級そう。
「うぇ? これ着るの?」
眉を寄せて聞くと、
「下着のままで聖堂に入れると思うのか?」
と返された。オレが今着てるのペラペラのシャツは下着らしい。道理で寒いと思ったわ。
指示通り上着を着て、暗い赤色のマントを羽織る。全体的に重いけど温かい。ちゃんと靴もある。全部革でできたショートブーツみたいなヤツ。履くとずっしり重い。
カレルには針葉樹の葉みたいな深い緑の上着と黒に近い焦げ茶のマントが用意されていた。
「剣は?」
全部身につけ終えたカレルはリーダーっぽい騎士に向かって手を差し出したけど、それは渡せないと却下された。
祭りの間は、騎士団と衛兵以外は武器の携行を禁止されているらしい。治安を考えるとそれで正解だよな。
「巡礼期間が始まってから、資金を使って好きな装備を揃えれば良い」
騎士に言われ、カレルは大人しく頷いて引き下がる。
「では出発しよう。あまり時間がない」
オレたちが身なりを整え終わると、騎士達はすぐに外へ出た。
オレはほんのちょっとの間だけお世話になった食堂を振り返る。マイアリーノが祈るように両手を組み合わせて、大きな瞳でオレたちの方をじっと見ていた。
「……ちゃんとアイツに届けるから」
オレは内ポケットに収めたマイアリーノからの贈り物を上着の上から叩いて頷いてみせる。マイアリーノは何度も頷き、何か言いたそうに何度か口を開きかけたけど、結局
「気をつけて」
とだけ言った。
「うん、帰ってきたらまた会おう!」
オレは彼女に手を振って、カレルと一緒に戸口を潜った。
外に出ると、鞍をつけた馬が三頭のんびりと庭の草を食んでいた。
「ここから大聖堂まで馬で移動してもらう」
騎士のリーダーっぽいヤツがそう宣言し、番立派な馬の手綱を取って、鞍からぶら下がってる足をかける部品に爪先をかけ、ヒョイと鞍に飛び乗った。
もう一人の騎士が、オレの前にも一番小さい馬を引いてくる。
「えっ!? オレも乗るの!?」
オレは鞍のついた馬の前で立ち竦んだ。乗れって言われても、生まれてこの方、馬になんか乗ったことない。どうやって乗るのさ。
「当然だろう。早く乗れ」
苛立たしそうに言われて焦る。助けを求めてカレルの方を向くと、アイツはさっさともう一頭の馬にまたがってしまっていた。
オレは覚悟を決め、さっき騎士がやっていたのと同じように飛び乗ろうとしたけど、上がりきれなくて馬の背中に手をかけたままジタバタしてしまう。変に揺すられて怒ったのか、馬は後ろ足を急に跳ね上げた。
「わああっ!」
オレは吹っ飛ばされて草地にみっともなく転がった。
「馬鹿か! 馬に乗れないなら乗れないと言え!」
若い騎士の一人がすっ飛んできて暴れる馬を抑え、激しく叱責してきた。
───馬なんか乗れるわけねーだろ! オレ日本人なんだもん! 馬なんか小っさい時に動物園でニンジンやった記憶しかないもん! お前はいきなり日本に来て自転車乗れんのかよっ!? クソがっ!
心の中で悪態をついていると、いつの間にか馬から下りたカレルが手を差し出してくれていた。
「アキオ、怪我はないか?」
ううう……有り難いけど、さりげない優しさがオレの惨めな気持ちを加速させてきやがる……。
「だいじょーぶ、ありがと」
差し出された手を素直に取って立ち上がると、途端に両脇をヒョイと持ち上げられ、馬の背中に乗せられた。
「うぉっ! こわっ! めっちゃ高いっ!」
生まれて初めて乗る馬は、思ったよりずっと背が高かった。二メートルくらいあるんじゃ無いの、これ。
鞍は椅子じゃないから尻が全然安定しないし、手はどこ持っていいかわかんなくて怖い!
思わず手綱を引きかけると、カレルに手を押さえられて止められた。
「手綱は持つな。馬が勘違いして動き出すぞ。持つなら鞍の前の部分を持て」
言われたとおりにするとちょっとは怖さがマシになったけど、動き出したらすぐ落ちる自信があるぞ、これ。
「あ、歩いていくってのは駄目なの?」
ビビりながら騎士達に聞くと、
「足の感覚で道を覚えるだろうから駄目だ」
と無情に却下された。
「馬に乗ったことがないのか?」
カレルに聞かれてオレはウンウンと何度も頷く。オレを叱責した若い騎士がそれを見て、思いっきり舌打ちした。
「手間が掛かる野郎だな!」
「止せ、エンリコ。お前が後ろに乗って支えてやれ」
エンリコと呼ばれた若い騎士は物凄くイヤそうな顔でこっちにやってきたけど、その前にカレルが
「この方が手間がないだろう」
と、さっさとオレの後ろに乗ってしまった。確かに知らない騎士と二人乗りよりは、カレルと乗った方が怖くない気がする。
「おい! 勝手なことをするな!」
エンリコはキレ気味だけど、
「もういい、エンリコ。お前は手綱を取れ」
とリーダーにたしなめられ、舌打ちしながら手綱を取った。
「悪いがそっちの二人には目隠しをしてもらう。ここの場所を覚えられたら困るのだ」
リーダーは馬を寄せてきて、オレとカレルは麻袋を渡された。
「え、ヤダ。袋被らされて連行されるって、刑場に引き出される死刑囚みたいじゃん!」
「誓ってそれはない。この場所を知られるのが困るだけだ。森を抜けたらすぐ袋は取って良いから、しばらく我慢して欲しい」
騎士のリーダーが真面目に言う。
「殺すつもりなら拘束するだろう。ここは彼らを信じて任せよう」
カレルがあっさり言って袋を被るので、オレも渋々ながら従うしかなかった。
オレが目隠しを被るとすぐに馬は動き出した。速度はそんなに出てないけど、両手で鞍に捕まってても上下左右に揺れまくる。視界が塞がれているからめちゃくちゃ怖い。勘弁してくれ、オレは原チャリすら乗ったことがないんだぞ!
「ひぇっ……うぉっ……」
オレが緊張と恐怖でガチガチになっていると、後ろから腕を回されて引き寄せられ、カレルの胸に背中を預けさせられた。
「身体を硬くするな。良く訓練された馬は人を落としたりしない。オレに寄りかかってて良いから、楽にしろ」
宥めるように腕を軽く叩かれ、オレはちょっとだけ力を抜く。後ろにカレルの体があって支えてくれていると思うと、かなり怖さが和らいだ。
恐怖がマシになると揺れに規則性があるのが分かってくる。力を入れて揺れに逆らうより、馬に任せて揺られている方が圧倒的に楽だった。
「ちょっとは楽になったか?」
耳元で笑っているような声がする。
「まーね。馬に乗れるのって普通のことなのか?」
「そうだな。大人の男で乗れない者は、まあいないだろうな。子どもでも男の子なら一人で乗れるよう小さい内に訓練する」
「じゃあ今のオレってめっちゃカッコ悪いんだ……」
がっくり項垂れると、
「練習すればすぐ乗れるようになる」
と励ますように肩を叩かれた。
煮炊き用の炉の後ろへ回ると、地下へ降りる短い階段がある。半地下の狭い空間は、食料の貯蔵庫になっていた。マイアリーノはあまり整理されているようには見えない棚の奥を探り、小さな袋を取り出す。
「これ。必ず役に立つ」
マイアリーノは掌に載るサイズのその袋を、オレの手に押しつけてくる。コンビニで売ってる袋入りグミくらいのサイズ感と重さだ。
「何これ? 中に何が入ってるの? お金?」
袋を持ち上げて振ると、しゃらしゃらといい音がする。お金かな? でもコインにしては軽いんだよな。
「ルチアーノ様に渡して。アキオは見たらダメ。約束!」
マイアリーノは袋を持ったオレの手を両手で上からギュッと包み込み、真剣な目で見上げてくる。その勢いに気圧されて、オレは無言で頷いた。
貯蔵庫から炊事場へ戻り、マイアリーノと一緒に朝食の支度をすることにした。
ジャガイモっぽい見た目の芋の川を、あまり切れ味の良くないナイフでむいていく。芋は皮をむくと里芋っぽい粘りが出てきて扱いにくい。
今まで料理なんかほとんどやったことがないオレは、大苦戦だ。ナイフを扱う手つきがあまりにも危なっかしいせいで、マイアリーノから白い目を向けられてしまった。
「他のみんなの分は作らなくて良いの?」
軽蔑の眼差しから逃れようとオレが話を振ると、マイアリーノは「へへへ」と悪戯っぽく笑う。
「朝は昨日の残りのパンだけ。みんなもう食べ終わって、働きに行ったよ。私はお客様係だから、今日は行かないで良い。楽で嬉しい」
「そうなんだ……」
自分たちだけ特別な食事を用意してもらうことにちょっと申し訳なさを抱きつつ、茹でた芋を潰すのを手伝っていると、階段からカレルが降りてきた。ちゃんと上半身にも服を着ている。寝る時だけ上裸派なのかな、彼は。
「オレも手伝おう」
カレルはそう言って炊事場に来ようとしたけど、
「いいです。アナタは大きすぎるから、邪魔」
とマイアリーノに追い払われ、ションボリ背を丸めてベンチに座った。ちょっと可哀想だけど、イケメンがしょぼくれる絵面は面白いな。
良い感じに芋チーズパンケーキが焼き上がったので、青菜のサラダと一緒に木皿に盛りつけ、テーブルに運ぶ。皿を置いてカレルの向かいに座った途端、
「オレも料理くらいできる」
と謎のマウントをかましてくるので、オレはとうとう思いっきり笑ってしまった。
「そうかそうか~。じゃあ今度メッチャ広い台所があったら旨いもん作ってくれよ。オレは料理できないからさ。これもほとんどマイアリーノが作ってくれたんだ。冷めないうちに食べようぜ」
笑いながらパンケーキを口に入れる。ふわもち食感で、チーズの塩気が効いてて旨い。カレルは憮然としたまま一囓りし、驚いたように目を瞬かせた。
「な、旨いよな?」
オレが聞くとちょっと眉を上げて頷く。
「マイアリーノは食べないの?」
炊事場に向かって声を掛けると、鍋を洗っていたマイアリーノは
「いいの?」
と嬉しそうな顔でテーブルの傍にやって来た。
「もちろん。みんなで食べた方が美味しいじゃん」
彼女が一瞬問いかけるような目を向けると、カレルは無言で椅子を引いてマイアリーノのために場所を作ってやった。
三人だけの朝食は、この世界に来てから一番平和で幸福な時間だった。
皿に山積みになっていたパンケーキがほとんどそれぞれの胃に収まった頃、開けっぱなしだった入り口の方がにわかに騒がしくなり、数人の男が姿を現した。胸当てと籠手だけつけて腰に剣を佩いた軽武装の騎士だ。混ざり者ではなくて、全員背の高い人間。
カレルがすぐに動けるよう腰を上げて構えると、一番年上っぽい騎士が片手を上げてそれを制した。
「我らは騎士団長の命で巡礼候補を迎えに来た」
「ルチアーノの指示? アイツはどうしたんだよ?」
「今日は発願祭の初日だ。団長殿は聖堂から離れられない。我らがそなたらを聖堂まで送り届けるから、すぐに支度をせよ」
年上っぽいヤツが指示すると、後ろの騎士が持っていた布包みを手近なテーブルに広げた。中身はキレイに折りたたまれた立派な上着とマントだ。
一番上の服を持ち上げると、詰め襟の学ランみたいな上着だった。裾は膝の上まで届くくらい長い。色は熟れきった柿みたいな渋めのオレンジで、合わせや襟、袖口に芥子色の糸で飾りの刺繍が入っている。生地も滑らかでめちゃ高級そう。
「うぇ? これ着るの?」
眉を寄せて聞くと、
「下着のままで聖堂に入れると思うのか?」
と返された。オレが今着てるのペラペラのシャツは下着らしい。道理で寒いと思ったわ。
指示通り上着を着て、暗い赤色のマントを羽織る。全体的に重いけど温かい。ちゃんと靴もある。全部革でできたショートブーツみたいなヤツ。履くとずっしり重い。
カレルには針葉樹の葉みたいな深い緑の上着と黒に近い焦げ茶のマントが用意されていた。
「剣は?」
全部身につけ終えたカレルはリーダーっぽい騎士に向かって手を差し出したけど、それは渡せないと却下された。
祭りの間は、騎士団と衛兵以外は武器の携行を禁止されているらしい。治安を考えるとそれで正解だよな。
「巡礼期間が始まってから、資金を使って好きな装備を揃えれば良い」
騎士に言われ、カレルは大人しく頷いて引き下がる。
「では出発しよう。あまり時間がない」
オレたちが身なりを整え終わると、騎士達はすぐに外へ出た。
オレはほんのちょっとの間だけお世話になった食堂を振り返る。マイアリーノが祈るように両手を組み合わせて、大きな瞳でオレたちの方をじっと見ていた。
「……ちゃんとアイツに届けるから」
オレは内ポケットに収めたマイアリーノからの贈り物を上着の上から叩いて頷いてみせる。マイアリーノは何度も頷き、何か言いたそうに何度か口を開きかけたけど、結局
「気をつけて」
とだけ言った。
「うん、帰ってきたらまた会おう!」
オレは彼女に手を振って、カレルと一緒に戸口を潜った。
外に出ると、鞍をつけた馬が三頭のんびりと庭の草を食んでいた。
「ここから大聖堂まで馬で移動してもらう」
騎士のリーダーっぽいヤツがそう宣言し、番立派な馬の手綱を取って、鞍からぶら下がってる足をかける部品に爪先をかけ、ヒョイと鞍に飛び乗った。
もう一人の騎士が、オレの前にも一番小さい馬を引いてくる。
「えっ!? オレも乗るの!?」
オレは鞍のついた馬の前で立ち竦んだ。乗れって言われても、生まれてこの方、馬になんか乗ったことない。どうやって乗るのさ。
「当然だろう。早く乗れ」
苛立たしそうに言われて焦る。助けを求めてカレルの方を向くと、アイツはさっさともう一頭の馬にまたがってしまっていた。
オレは覚悟を決め、さっき騎士がやっていたのと同じように飛び乗ろうとしたけど、上がりきれなくて馬の背中に手をかけたままジタバタしてしまう。変に揺すられて怒ったのか、馬は後ろ足を急に跳ね上げた。
「わああっ!」
オレは吹っ飛ばされて草地にみっともなく転がった。
「馬鹿か! 馬に乗れないなら乗れないと言え!」
若い騎士の一人がすっ飛んできて暴れる馬を抑え、激しく叱責してきた。
───馬なんか乗れるわけねーだろ! オレ日本人なんだもん! 馬なんか小っさい時に動物園でニンジンやった記憶しかないもん! お前はいきなり日本に来て自転車乗れんのかよっ!? クソがっ!
心の中で悪態をついていると、いつの間にか馬から下りたカレルが手を差し出してくれていた。
「アキオ、怪我はないか?」
ううう……有り難いけど、さりげない優しさがオレの惨めな気持ちを加速させてきやがる……。
「だいじょーぶ、ありがと」
差し出された手を素直に取って立ち上がると、途端に両脇をヒョイと持ち上げられ、馬の背中に乗せられた。
「うぉっ! こわっ! めっちゃ高いっ!」
生まれて初めて乗る馬は、思ったよりずっと背が高かった。二メートルくらいあるんじゃ無いの、これ。
鞍は椅子じゃないから尻が全然安定しないし、手はどこ持っていいかわかんなくて怖い!
思わず手綱を引きかけると、カレルに手を押さえられて止められた。
「手綱は持つな。馬が勘違いして動き出すぞ。持つなら鞍の前の部分を持て」
言われたとおりにするとちょっとは怖さがマシになったけど、動き出したらすぐ落ちる自信があるぞ、これ。
「あ、歩いていくってのは駄目なの?」
ビビりながら騎士達に聞くと、
「足の感覚で道を覚えるだろうから駄目だ」
と無情に却下された。
「馬に乗ったことがないのか?」
カレルに聞かれてオレはウンウンと何度も頷く。オレを叱責した若い騎士がそれを見て、思いっきり舌打ちした。
「手間が掛かる野郎だな!」
「止せ、エンリコ。お前が後ろに乗って支えてやれ」
エンリコと呼ばれた若い騎士は物凄くイヤそうな顔でこっちにやってきたけど、その前にカレルが
「この方が手間がないだろう」
と、さっさとオレの後ろに乗ってしまった。確かに知らない騎士と二人乗りよりは、カレルと乗った方が怖くない気がする。
「おい! 勝手なことをするな!」
エンリコはキレ気味だけど、
「もういい、エンリコ。お前は手綱を取れ」
とリーダーにたしなめられ、舌打ちしながら手綱を取った。
「悪いがそっちの二人には目隠しをしてもらう。ここの場所を覚えられたら困るのだ」
リーダーは馬を寄せてきて、オレとカレルは麻袋を渡された。
「え、ヤダ。袋被らされて連行されるって、刑場に引き出される死刑囚みたいじゃん!」
「誓ってそれはない。この場所を知られるのが困るだけだ。森を抜けたらすぐ袋は取って良いから、しばらく我慢して欲しい」
騎士のリーダーが真面目に言う。
「殺すつもりなら拘束するだろう。ここは彼らを信じて任せよう」
カレルがあっさり言って袋を被るので、オレも渋々ながら従うしかなかった。
オレが目隠しを被るとすぐに馬は動き出した。速度はそんなに出てないけど、両手で鞍に捕まってても上下左右に揺れまくる。視界が塞がれているからめちゃくちゃ怖い。勘弁してくれ、オレは原チャリすら乗ったことがないんだぞ!
「ひぇっ……うぉっ……」
オレが緊張と恐怖でガチガチになっていると、後ろから腕を回されて引き寄せられ、カレルの胸に背中を預けさせられた。
「身体を硬くするな。良く訓練された馬は人を落としたりしない。オレに寄りかかってて良いから、楽にしろ」
宥めるように腕を軽く叩かれ、オレはちょっとだけ力を抜く。後ろにカレルの体があって支えてくれていると思うと、かなり怖さが和らいだ。
恐怖がマシになると揺れに規則性があるのが分かってくる。力を入れて揺れに逆らうより、馬に任せて揺られている方が圧倒的に楽だった。
「ちょっとは楽になったか?」
耳元で笑っているような声がする。
「まーね。馬に乗れるのって普通のことなのか?」
「そうだな。大人の男で乗れない者は、まあいないだろうな。子どもでも男の子なら一人で乗れるよう小さい内に訓練する」
「じゃあ今のオレってめっちゃカッコ悪いんだ……」
がっくり項垂れると、
「練習すればすぐ乗れるようになる」
と励ますように肩を叩かれた。
101
あなたにおすすめの小説
過労死転生した公務員、魔力がないだけで辺境に追放されたので、忠犬騎士と知識チートでざまぁしながら領地経営はじめます
水凪しおん
BL
過労死した元公務員の俺が転生したのは、魔法と剣が存在する異世界の、どうしようもない貧乏貴族の三男だった。
家族からは能無しと蔑まれ、与えられたのは「ゴミ捨て場」と揶揄される荒れ果てた辺境の領地。これは、事実上の追放だ。
絶望的な状況の中、俺に付き従ったのは、無口で無骨だが、その瞳に確かな忠誠を宿す一人の護衛騎士だけだった。
「大丈夫だ。俺がいる」
彼の言葉を胸に、俺は決意する。公務員として培った知識と経験、そして持ち前のしぶとさで、この最悪な領地を最高の楽園に変えてみせると。
これは、不遇な貴族と忠実な騎士が織りなす、絶望の淵から始まる領地改革ファンタジー。そして、固い絆で結ばれた二人が、やがて王国を揺るがす運命に立ち向かう物語。
無能と罵った家族に、見て見ぬふりをした者たちに、最高の「ざまぁ」をお見舞いしてやろうじゃないか!
婚約者の王子様に愛人がいるらしいが、ペットを探すのに忙しいので放っておいてくれ。
フジミサヤ
BL
「君を愛することはできない」
可愛らしい平民の愛人を膝の上に抱え上げたこの国の第二王子サミュエルに宣言され、王子の婚約者だった公爵令息ノア・オルコットは、傷心のあまり学園を飛び出してしまった……というのが学園の生徒たちの認識である。
だがノアの本当の目的は、行方不明の自分のペット(魔王の側近だったらしい)の捜索だった。通りすがりの魔族に道を尋ねて目的地へ向かう途中、ノアは完璧な変装をしていたにも関わらず、何故かノアを追ってきたらしい王子サミュエルに捕まってしまう。
◇拙作「僕が勇者に殺された件。」に出てきたノアの話ですが、一応単体でも読めます。
◇テキトー設定。細かいツッコミはご容赦ください。見切り発車なので不定期更新となります。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
-----------------------------------------
0時,6時,12時,18時に2話ずつ更新
男装の麗人と呼ばれる俺は正真正銘の男なのだが~双子の姉のせいでややこしい事態になっている~
さいはて旅行社
BL
双子の姉が失踪した。
そのせいで、弟である俺が騎士学校を休学して、姉の通っている貴族学校に姉として通うことになってしまった。
姉は男子の制服を着ていたため、服装に違和感はない。
だが、姉は男装の麗人として女子生徒に恐ろしいほど大人気だった。
その女子生徒たちは今、何も知らずに俺を囲んでいる。
女性に囲まれて嬉しい、わけもなく、彼女たちの理想の王子様像を演技しなければならない上に、男性が女子寮の部屋に一歩入っただけでも騒ぎになる貴族学校。
もしこの事実がバレたら退学ぐらいで済むわけがない。。。
周辺国家の情勢がキナ臭くなっていくなかで、俺は双子の姉が戻って来るまで、協力してくれる仲間たちに笑われながらでも、無事にバレずに女子生徒たちの理想の王子様像を演じ切れるのか?
侯爵家の命令でそんなことまでやらないといけない自分を救ってくれるヒロインでもヒーローでも現れるのか?
転生したら、主人公の宿敵(でも俺の推し)の側近でした
リリーブルー
BL
「しごとより、いのち」厚労省の過労死等防止対策のスローガンです。過労死をゼロにし、健康で充実して働き続けることのできる社会へ。この小説の主人公は、仕事依存で過労死し異世界転生します。
仕事依存だった主人公(20代社畜)は、過労で倒れた拍子に異世界へ転生。目を覚ますと、そこは剣と魔法の世界——。愛読していた小説のラスボス貴族、すなわち原作主人公の宿敵(ライバル)レオナルト公爵に仕える側近の美青年貴族・シリル(20代)になっていた!
原作小説では悪役のレオナルト公爵。でも主人公はレオナルトに感情移入して読んでおり彼が推しだった! なので嬉しい!
だが問題は、そのラスボス貴族・レオナルト公爵(30代)が、物語の中では原作主人公にとっての宿敵ゆえに、原作小説では彼の冷酷な策略によって国家間の戦争へと突き進み、最終的にレオナルトと側近のシリルは処刑される運命だったことだ。
「俺、このままだと死ぬやつじゃん……」
死を回避するために、主人公、すなわち転生先の新しいシリルは、レオナルト公爵の信頼を得て歴史を変えようと決意。しかし、レオナルトは原作とは違い、どこか寂しげで孤独を抱えている様子。さらに、主人公が意外な才覚を発揮するたびに、公爵の態度が甘くなり、なぜか距離が近くなっていく。主人公は気づく。レオナルト公爵が悪に染まる原因は、彼の孤独と裏切られ続けた過去にあるのではないかと。そして彼を救おうと奔走するが、それは同時に、公爵からの執着を招くことになり——!?
原作主人公ラセル王太子も出てきて話は複雑に!
見どころ
・転生
・主従
・推しである原作悪役に溺愛される
・前世の経験と知識を活かす
・政治的な駆け引きとバトル要素(少し)
・ダークヒーロー(攻め)の変化(冷酷な公爵が愛を知り、主人公に執着・溺愛する過程)
・黒猫もふもふ
番外編では。
・もふもふ獣人化
・切ない裏側
・少年時代
などなど
最初は、推しの信頼を得るために、ほのぼの日常スローライフ、かわいい黒猫が出てきます。中盤にバトルがあって、解決、という流れ。後日譚は、ほのぼのに戻るかも。本編は完結しましたが、後日譚や番外編、ifルートなど、続々更新中。
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
聖女の兄で、すみません!
たっぷりチョコ
BL
聖女として呼ばれた妹の代わりに異世界に召喚されてしまった、古河大矢(こがだいや)。
三ヶ月経たないと元の場所に還れないと言われ、素直に待つことに。
そんな暇してる大矢に興味を持った次期国王となる第一王子が話しかけてきて・・・。
BL。ラブコメ異世界ファンタジー。
【完結】悪役令息の伴侶(予定)に転生しました
* ゆるゆ
BL
攻略対象しか見えてない悪役令息の伴侶(予定)なんか、こっちからお断りだ! って思ったのに……! 前世の記憶がよみがえり、反省しました。
BLゲームの世界で、推しに逢うために頑張りはじめた、名前も顔も身長もないモブの快進撃が始まる──! といいな!(笑)
本編完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
きーちゃんと皆の動画をつくりました!
もしよかったら、お話と一緒に楽しんでくださったら、とてもうれしいです。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画
プロフのwebサイトから両方に飛べるので、もしよかったら!
本編以降のお話、恋愛ルートも、おまけのお話の更新も、アルファポリスさまだけですー!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる