エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし

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5.サウラスにて

5-1. モブ、一人になる

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 丘の上にさしかかると、最初に深い紺色が目に入った。わずかに曲線を描く水平線は、霞がかってボンヤリとしている。

「海だ!」

 オレは思わず身を乗り出した。この世界に来てから海を見るのは初めてだ。

 眼前は切り立つ崖に囲まれた大きな入り江になっている。入り江の一番深いところから、山の登り口までのなだらかな丘は、堅固な城壁に囲まれた街になっていた。黄色っぽい石積みの壁が一定間隔で塔を挟みながら平べったい円を描いて、内側には大小の建物が建ち並んでいるのが見える。丘の一番高い場所には聖堂の塔がそびえていた。
 それほど大きくはないけど、遠くから見ても活気に満ちた街なのが分かる。城壁の外にも中にも、至る所に足場が組まれ、建造中の建物があるのだ。港には小さな舟が浮かび、沖に停泊する大型の船との間を行き来している。

「良い眺めだろう? お前もきっと新サウラスを気に入る」

 女騎士は満足そうな声で言う。オレはこの異世界で初めて聖都以外の『生きた街』を見て、驚きで目を丸くしていた。

 街に近い方の丘の斜面には、羊や牛が放牧されている。オレとジョヴァンナを乗せた馬は、のんびりと草を食べる動物の間を縫うように曲がりくねった道を下っていく。

 城壁の前まで来ると、番兵らしき軽武装の男が走ってきてジョヴァンナから手綱を受け取った。

「お帰りなさいませ! ご無事で何よりです」

 ジョヴァンナは当然のように兵士に馬を引かせ、騎乗のまま門を潜る。門の前には二メートルほどの幅の水堀があり、いざとなればすぐに壊して撤去できるような簡単な橋が架けられていた。
 門の内側には広場があって、市場のように簡易店舗が並んでいる。街の人達はすれ違う度にジョヴァンナに向かって笑顔で会釈した。
 広場からは放射状に細い道が伸びていて、そこを抜けると大通りに出る。ジョヴァンナは聖堂の前で馬を下りた。
 厩へと馬を引いていく兵士と入れ替わりに、聖堂の脇の建物から頭の壮年の男が姿を現す。白ローブではなく上等そうな長衣を着ているから、聖堂関係者じゃなくて、街のエラい人だろうか。

「お早いお帰りですな。話はまとまったのですか?」

「うん、いや。少し予定外の事があったから、目当ての人物とは話せなかった。だから午後の集会は無しだ。近いうちに向こうから顔を出しに来るだろう」

「そうですか。できれば先に話をしておきたかったですが……ところで、その堂者は?」

「ああ、旧聖堂のほうで保護されたらしい。こっちで働かせたらいいだろう」

「保護された? あんなところで?」

 男は不審げな顔をしていたけど、ジョヴァンナは気にせず近くにいた白ローブの中年女を呼び止めた。

「マリアム! 新入りを案内してやってくれ!」

 マリアムと呼ばれた女性は丸っこい身体を弾ませるように小走りで近寄ってきて、ジョヴァンナに向かって優雅に一礼し、

「まあ、黒い髪に黒い目! 珍しい! お名前は?」

 と、オレの顔を覗き込んだ。俺の母親くらいの年だろうか。明るい栗色の目の端には笑い皺が刻まれていて優しそうな印象だ。

「アキオと言います……あの、オレ……」

「名前も変わっているわね。私はマリアム。見習い堂者の指導を担当しています。心配しなくて大丈夫、一から何でも教えてあげますからね」

 中年らしい遠慮の無さで、マリアムはオレの手を取って聖堂の方へと導く。ジョヴァンナと男は何か話し込みながら奥の建物へと去って行ってしまった。

 オレは荷物もお金も全部昨日の宿舎に置いてきてしまったし、今逃げ出してもあの雪山まで一人で戻れるとは到底思えず、一旦このまま成り行きに任せて見習い堂者になりすます覚悟を決めた。



「聖堂は分かりますね? ここでは、お日様が出ている間は、誰でも入って良いことになってるわ」

 案内されて入った聖堂は、聖都の大聖堂とほぼ同じ造りで、規模だけが半分程度に縮小されている。中央祭壇には桃に似た命願教のシンボルが、白い花に囲まれて掲げられていた。

 マリアムが入り口近くのドアを開ける。ドアは別の建物に直接接続しているようで、石造りの聖堂とは違う、新しい木の匂いのする明るい空間が現れた。
 床を覆う毛織りのマットの上に、ほとんど赤ちゃんみたいな子どもたちが転がり、それを白ローブの堂者がかいがいしく世話している。子どもは十人以上いるようだった。

「こっちは小さい子のための遊戯室。ここは子どもが多いから、私たちが交代でお世話をしています。そして、こっちはお勉強のお部屋……」

 遊戯室の奥のドアを開けると、大きなテーブルが五つほど並んでいる広い部屋が現れた。各テーブルには数人の子どもと堂者が座り、読み書きを練習している。

「サウラスの住民は、生まれてから十歳まではここで面倒を見てもらえるの。その後は、堂者や兵士を目指すか、お家に戻って家業を継ぐかを選べるわ」

 説明を聞く限り、サウラスの聖堂は保育園と小学校を兼任しているようだ。他の町や村でもそうなんだろうか?
 他の場所では子どもが異様に少なかったから、聖堂がこんな役割を担っているとは知らなかった。

「こんなに子どもがいるの、初めて見た……」

「そうよね。サウラス以外では子どもはほとんど生まれない。でも、ここは特別。ジョヴァンナ様とロドリゴ様が新しく作った街だから」

「新しく? でも城壁とか聖堂は結構古そうですよね」

「街ごと作ったって意味じゃないわよ。街は元々あったの。ここは、ずーっと昔、海から怪物がファタリタに入ってくるのを防ぐために作られた街。でも昔の大聖女様のおかげで、ファタリタに怪物が来ることはなくなって、一度捨てられたの。それをジョヴァンナ様が復活させた。だから、街の基礎は古いけど、建物は新しいのが多いのよ」

 マリアムは、話しながらオレの手を引いて通路に出る。短い回廊を歩いて向かった先は、二階建ての宿舎だった。

「ここが堂者と見習いの宿舎。中庭を挟んで向こうが兵士の宿舎よ。ここが食堂。食事は一日二回、朝と夜だけ。二階は寝室。見習いは今アナタを含めて五人いるの。見習いの間は大部屋を使うから、清潔と整理整頓を心がけてね。洗濯場はこっちで、手洗いはこっち」

 次々と生活するための場所を教えられ、頭がいっぱいになってしまう。

 その後も足早に建物中を連れ回され、いい加減くたびれた頃にマリアムの私室へと通された。

 マリアムの私室は日本のオレの実家の子ども部屋と同じくらいの広さで、簡素なベッドと扉付きのクロゼット、小さな机と背もたれのない椅子が二脚だけ置いてある。小さな窓には格子がはまっていて、薄いカーテン越しに夕陽が差し込んできていた。

 座るように促されて椅子に腰掛けた途端、どっと疲れが押し寄せてくる。思わず溜息が漏れた。

「疲れた? 一気に連れ回してごめんなさいね。今なにか食べるものを取ってくるわ」

 マリアムは小走りで部屋を出て行き、すぐにパンとミルクを持ってきてくれた。礼を言って、あまり美味くはないパンをモソモソと囓ると、マリアムが向かいに腰を下ろす。

「最初はみんな掃除係か洗濯係から始めるの。今は洗濯係が少ないから、そっちに回ってもらって良いかしら?」

 オレは黙って頷く。
 掃除でも洗濯でも、どっちでも良い。というか、そんな事をやっている場合じゃないんだよな。荷物も集めた滅石も全部置いて来ちゃったんだ。早くここを抜け出してみんなと合流しなきゃ……。

 みんな、と思った途端、カレルの顔を思い出して胸が痛んだ。

 「みんな」の中に、カレルはもういない。
 鼻の奥がツンとして目の前がぼやけてくる。完全に自分で撒いた種なんだけど、結構ダメージくらってる。

「どうしたの? 洗濯係がそんなにイヤ? だったら荷運びにしておく? そっちの方が力仕事だけど……」

 心配そうに顔を覗き込まれ、オレは慌てて袖で目を拭った。

「どっちでもだいじょうぶです……」

 マリアムは気遣うように眉を寄せていたけど、すぐに微笑みを浮かべて頷いた。

「そう? じゃあ明日から洗濯係をお願いね。後は、夜のお勤めなんだけど」

 その言葉に、出かかった涙が一気に引っ込む。
 そうだった。それがあるんだ! 堂者のフリをするなら、当然それも仕事の内になるだろう。

───堂者って不特定多数の信者の相手をするとかルチアーノが言ってたよな!? あの時は自分には関係ないと思ってたけど、こんなところで関わってくるとは! 

 好みのタイプの女の子とかお姉さんばっかり相手にできる訳じゃないよな……てか、オレは誰の相手もできやしない。背中を嫌な汗が流れ落ちていく。

「アナタ他の聖堂で見習いをしていたのよね? どこまで教えてもらったの?」

「ぜっ、全然何も知らないですっ! 全く経験がないので何もできませんっ!」

 オレは全力で頭を左右に振る。
 マリアムはキョトンとした後、にっこり笑って立ち上がり、オレの両手を握りしめてきた。

「大丈夫よ、安心して良いわ。ここの信徒さんたちはみんな礼儀正しいから。初心な子を喜ぶ方もいらっしゃるし。一応確認だけど、アキオは男の子よね? 身体を見せてもらってもいい?」

「むむむ無理です! みっともないので!!」

「恥ずかしがることはないのよ」

 マリアムは強引かつ力が強かった。
 オレは無理やり立ち上がらされ、あっという間にローブを剥ぎ取られて、下着もろともズボンを引きずり下ろされる。

「わーっ!」

 慌ててしゃがんで股間を隠したが、すでにそこに何も無いのを見てしまったらしいマリアムは、ポカンと口を開けて固まっていた。

「あらあら……アナタ女の子なの? 声がそんなだからてっきり男だと……ごめんなさいね」

「いいえ! どっちでもないんです! どっちも付いてない特殊体質で!」

 オレはズボンを引っ張り上げてドアの方に後じさりながら言い訳する。

「はぁ? そんなこと、あるわけ無いでしょう。どちらかは必ず付いているものよ。ちょっと詳しく見せてご覧なさいな」

「わ゛ーーっっ!」

 マリアムは容赦なく股間に手を突っ込んできた。遠慮も会釈もない強引さで股の間を探られ、オレは腰を引いて逃げようとしたけど、ドア際にいたのが災いして追い詰められてしまう。

「あら……? あら? おかしいわね……ホントに付いてないわ」

 困ったように瞬きを繰り返しながら、マリアムは人の股をいじくり倒してくる。トンデモセクハラババアじゃねえか! 勘弁してよ!

 マリアムは散々前も後ろも触って確かめた後、理解できない様子で首を捻り、ようやく丸っこい手を引っ込めてくれた。
 オレは光の速さでパンツとズボンを引っ張り上げて、しっかりと腰紐をくくりつける。マリアムはそんなオレの全身を一歩下がって眺めまわした後、気遣わしげにローブを着せ直してくれた。

「信じられないけど、本当なのね! その身体では……お勤めは難しいわ。だから元の聖堂を追い出されてしまったの? 可哀想に」

 憐れまれるのは不愉快だけど、ここは同情心につけ込むのが得だろう。

「そう、そうなんです! だから夜のお勤めは無理なんです! 代わりに力仕事でも何でもやるんで、ここで働かせてもらえませんか?」

 ことさら憐れっぽく両手を合わせて頼み込むと、マリアムは慈愛の表情をうかべてオレを抱きしめ、

「辛い目に遭ったのね……それでも信仰を捨てずにいたのは立派よ。もう安心なさい。ここでは誰も締め出されたりしません。あなたが新しい命を生み出せなくても、あなたの中の神様は消えないわ。もしも勤めを果たせないことが辛くなったら、堂者をやめることもできますからね」

 と頭を撫でてくれた。オレは殊勝を装って「はい……」と答えておく。
 とりあえず当座のピンチは回避できたようだ。
 でも、ここに長居するのはヤバいな。いつ夜のお勤めに参加しろって言われるか分かんないし、信仰とか言われても、オレは命願教のことを知らない。ボロが出る前に逃げ出した方が良い。
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