翼の統べる国

たまむし

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30.企て-2

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「もちろん、全く効果がないとは言いませんよ。しかし、高値で売り買いされる装飾品の多くは輸入のものです。無名のファナ産がアマジヤ国内で市場を広げるのは難しい。異国へ輸出ができれば活路は十分あると思いますが、アマジヤの不興を買うと分かっていてファナの品を仕入れる商人はいない」

 冷静に指摘され、ウムトとムディクは顔を見合わせてから俯いてしまう。

「経済支援でファナの自立を促そうという殿下のお志は尊いですが、それだけではどうもならない。ファナの未来を思うなら、現実を見なければならない」

 ディラードは杯を置いて、両手の指を腹の前で軽く組んだ。鷹揚に若者を諭す態度だが、茶色い目に灯る狡猾な光を、オティアンは見逃さなかった。ベールの奥から注意深く成り行きを見守る。

 ディラードはゆったりと続ける。

「ファナの貧困は根深い。ファナの成人男子の半分は徴兵されて遣い潰され、もう半分は鉱山で死ぬまで働かされている。オアシスを転々とする生活を禁じられたが、灌漑設備が廃れたせいで、耕作が上手くいかない。作物が育たないから、食料をアマジヤからの支給に頼ることになる。支給された食料の配分を巡って、部族間で延々と小競り合いを繰り返す。これが今のファナの窮状です」

「……分かっています」

 ウムトは膝の上で拳を握り、絞り出すように呻いた。

「正直に申し上げて、殿下の策は焼け石に水です。ファナがアマジヤとしか取引ができない以上、いくら小金を稼いでも食料の値をつり上げられたら終わりです。アマジヤによる搾取を止めねば、ファナは豊かになりようがないのです」

「しかし、細工物をきっかけに大貴族たちにファナの窮状を知らせることくらいはできる。マフディ陛下はファナに同情的だ。話を聞いてもらえれば、手を差し伸べてもらうことも……」

 言いつのるウムトを、エルヴィラが遮った。

「父上はお前を気にかけているから、話くらいは聞いてもらえるでしょう。しかしそれはあくまで父として。皇帝としてではない。お前はアマジヤの皇子ではなく、マフディという一人の男の可愛い末息子でしかないのよ」

「あなたがそれを言うのですか、姉上……!」

 ウムトとエルヴィラは再び睨み合ったが、

「ウムト殿下、あまり時間がないのです」

 ディラードの憂鬱そうな声が二人の間に割って入った。

「まだ公には出ていない情報ですが、皇帝陛下は体調を崩しておられます。医師の見立てでは、おそらく肺の病だということです。今すぐお命が危なくなることはないでしょうが、先は長くはないと思っておいたた方が良い」

 ウムトとムディクが同時に息を呑んで身体をこわばらせる。

「フズル皇太子殿下は、マフディ陛下と違ってファナに対して厳しい。しかも戦がお好きだ。今後は徴兵もますます多くなるでしょう。待てば待つほど状況は悪くなる」

 ディラードは淡々と言って、ウムトの杯に酒を注ぎ足した。

「あなたが動かずにいられるのは、マフディ陛下の庇護あればこそです。陛下がいなくなれば、否応なく動かざるを得なくなる。その時どう動くか? 今から考えておく必要がある。黙っていれば消されますよ。ファナのことは忘れてフズル殿下に取り入るか、反乱のために立ち上がるか。 二つに一つだ」

 ウムトは溢れるギリギリまで酒を注がれた杯を睨んで黙り込む。

 長い沈黙の後、

「……しかし、反乱と言ってもファナには武力がない」

 と押し殺した声で呻いた。
 ディラードは待ち構えていたように微笑んで、腕を広げる。

「簡単です。ガルダニアと手を結べば良い」

「馬鹿な!」

 ウムトとムディクは揃って声を上げた。

「あなたはガルダニアに絶望してアマジヤに亡命してきたのでしょう!?」

 ディラードは不敵に笑う。

「そうです、私は個人的にはガルダニアを憎んでいる。しかし、政治の話は別ですよ。皇誕祭の後、フズル殿下は征西に向かわれる。おそらく一年は皇都に戻らない。その隙に、あなたが皇都を取ってしまえば良いのです。兵はガルダニアから借りれば済む。チェファタルの新港になら、アマジヤの目を避けてガルダニアの戦艦を引き入れられる」

「ディラード殿、あなたは何を……」

「一時で良いのです。一時でもあなたが皇宮を取ってしまえば、それを返すのと引き換えにファナの独立をもぎ取れます。その後はあなたがファナの王になり、ガルダニアに借りを返せば良い」

「しかしそれでは、ファナの資源を支配するのがアマジヤからガルダニアに変わるだけだ!」

 ウムトは悲鳴のような声を上げた。

「そうならぬよう、お前が王になるのです……!」

 エルヴィラが手を伸ばし、すがりつくように弟の手を握る。テーブルが揺れて、ウムトの杯から酒がこぼれた。

「姉上! あなたはディラード殿の企てを全て知っていて、オレに立てというのですか!?」

「そうよ! ウムト、今しかないの。今ならまだ誰も私たちに疑いの目を向けていない。ディラード様とガルダニアとの縁も完全には切れていない。この機を逃せば、ファナの独立はまた遙かに遠のいてしまう」

 エルヴィラは燃えるような目をして言ったが、ウムトはテーブルを叩いて立ち上がった。

「そこまで分かっておられるなら、あなたが戦って王になれば良い! オレには無理だ!」

 杯が倒れて、赤い葡萄酒があたりに飛び散る。

「待ちなさい!」

 エルヴィラが止めるのも聞かずに、ウムトは足早に露台から立ち去ってしまった。

 オティアンがどうしたものかとムディクに目を向けると、

「追って、なだめてやってください」

 と囁かれた。

「連れ戻すか?」

「いいえ、戻らない方が良い。こっちは私がどうにかします」

 軽く頷いて立ち上がったオティアンは、晩餐の主人たちにむかって優雅に会釈してから、ウムトの後を追った。
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