7 / 127
7話
しおりを挟む
「クレア、もう大丈夫なのかい?」
と尋ねる女将さんに、
「昨日は美味しいシチューをありがとうございました!お陰で元気が出ました!」
と私は笑顔で答えた。
昨晩は、サムが女将さんお手製のクリームシチューを私に届けてくれた。
ここで働き始めてから、母が亡くなって以来初めて人の優しさに触れた気がする。
ここでの生活を手放したくない。私は悩んでいた。
約四ヶ月前、私は王都から逃げる様にしてここ、タリス村へとやって来た。
サーメル王国の西の果て。隣国との国境に程近いこの村は、国境の峠越えの前に休息を取るのにうってつけで旅人が宿を求めて集う村だった。
ここに来るのは通りすがりの人ばかり。
ドノバン伯爵家から逃げ出したが、私の行方を捜す者など居ない。家族の皆はきっと私なんて、どこかで死んでくれてたらラッキーと思っている筈だ。
だから、私は安心してこの村で暮らしていた。
しかし、妊娠したとなれば別だ。身元を詮索されるかもしれない。私は途方に暮れていた。
答えの出せないまま、私は妊娠発覚から一月を迎えた。貧血が心配だからと医者からは受診に来るよう言われているが、どうにも足取りは重い。
私は客室のシーツを取り替えながら溜め息をついた。
すると女将さんが、
「ちょっと!ちょっと!大変!大変!」
と私が作業をしている部屋へ飛び込んで来た。
「どうかしました?」
と尋ねる私に、
「来月、王太子殿下がこの先の国境沿いの渓谷へと視察に向かうらしいんだけど、その時にこの村に宿泊するって言うんだよ!」
と女将さんは興奮気味に私の問いに答える。
「へー。そうなんですか」
と私は答えると、手を止めていた作業に戻る。
後は窓を拭いて……カーテンを洗濯……と私がこの後の段取りを頭で考えていると、
「『へー』って!何であんたはそんな冷静なのよ?!」
と女将さんは呆れたようにそう言った。
「え?」
「『え?』じゃないのよ。この国の王太子殿下だよ?こんな小さな村に来るなんて、今後一生ないかもしれないじゃないか!」
確かにこの村は行商人はよく宿として使うが、王族はもう少し手前の大きな街か、少し先に行った辺境伯の領地で宿泊する事が常だ。珍しいと言えば珍しいと言えるが、
「……別に一生会えなくても何の問題もないので」
と言う私が信じられないといった風に女将さんは、
「殿下と言えば、絶世の美男子だって噂じゃないか。見てみたいだろう?あんただってまだ若いんだし。村の若い女の子は皆、浮き足立ってるよ?!」
と言う。
「でも、とてつもない冷血漢だとも聞いた事があります。自分の部下であっても、役に立たない者はすぐに切り捨てると」
文字通り、王太子殿下は「切り捨てる」のだと言う。物理的に。頭と胴体が切り離される…という意味だ。
「それは……まぁ、噂通りならね。戦争でも命乞いをする者の首を顔色一つ変えずに切り捨てた……っていうのは私も聞いた事があるよ」
「どんなに美男子だろうが、美丈夫だろうが、そんな心の冷たい人、怖くて近寄れませんよ。何が癇に触るかわかったもんじゃない」
今まで生家で理不尽に虐げられていた自分には、そんな男の嫁にいきたいと言っていたイザベラの気持ちが一つもわからなかった。
と尋ねる女将さんに、
「昨日は美味しいシチューをありがとうございました!お陰で元気が出ました!」
と私は笑顔で答えた。
昨晩は、サムが女将さんお手製のクリームシチューを私に届けてくれた。
ここで働き始めてから、母が亡くなって以来初めて人の優しさに触れた気がする。
ここでの生活を手放したくない。私は悩んでいた。
約四ヶ月前、私は王都から逃げる様にしてここ、タリス村へとやって来た。
サーメル王国の西の果て。隣国との国境に程近いこの村は、国境の峠越えの前に休息を取るのにうってつけで旅人が宿を求めて集う村だった。
ここに来るのは通りすがりの人ばかり。
ドノバン伯爵家から逃げ出したが、私の行方を捜す者など居ない。家族の皆はきっと私なんて、どこかで死んでくれてたらラッキーと思っている筈だ。
だから、私は安心してこの村で暮らしていた。
しかし、妊娠したとなれば別だ。身元を詮索されるかもしれない。私は途方に暮れていた。
答えの出せないまま、私は妊娠発覚から一月を迎えた。貧血が心配だからと医者からは受診に来るよう言われているが、どうにも足取りは重い。
私は客室のシーツを取り替えながら溜め息をついた。
すると女将さんが、
「ちょっと!ちょっと!大変!大変!」
と私が作業をしている部屋へ飛び込んで来た。
「どうかしました?」
と尋ねる私に、
「来月、王太子殿下がこの先の国境沿いの渓谷へと視察に向かうらしいんだけど、その時にこの村に宿泊するって言うんだよ!」
と女将さんは興奮気味に私の問いに答える。
「へー。そうなんですか」
と私は答えると、手を止めていた作業に戻る。
後は窓を拭いて……カーテンを洗濯……と私がこの後の段取りを頭で考えていると、
「『へー』って!何であんたはそんな冷静なのよ?!」
と女将さんは呆れたようにそう言った。
「え?」
「『え?』じゃないのよ。この国の王太子殿下だよ?こんな小さな村に来るなんて、今後一生ないかもしれないじゃないか!」
確かにこの村は行商人はよく宿として使うが、王族はもう少し手前の大きな街か、少し先に行った辺境伯の領地で宿泊する事が常だ。珍しいと言えば珍しいと言えるが、
「……別に一生会えなくても何の問題もないので」
と言う私が信じられないといった風に女将さんは、
「殿下と言えば、絶世の美男子だって噂じゃないか。見てみたいだろう?あんただってまだ若いんだし。村の若い女の子は皆、浮き足立ってるよ?!」
と言う。
「でも、とてつもない冷血漢だとも聞いた事があります。自分の部下であっても、役に立たない者はすぐに切り捨てると」
文字通り、王太子殿下は「切り捨てる」のだと言う。物理的に。頭と胴体が切り離される…という意味だ。
「それは……まぁ、噂通りならね。戦争でも命乞いをする者の首を顔色一つ変えずに切り捨てた……っていうのは私も聞いた事があるよ」
「どんなに美男子だろうが、美丈夫だろうが、そんな心の冷たい人、怖くて近寄れませんよ。何が癇に触るかわかったもんじゃない」
今まで生家で理不尽に虐げられていた自分には、そんな男の嫁にいきたいと言っていたイザベラの気持ちが一つもわからなかった。
519
あなたにおすすめの小説
寵愛のいる旦那様との結婚生活が終わる。もし、次があるのなら緩やかに、優しい人と恋がしたい。
にのまえ
恋愛
リルガルド国。公爵令嬢リイーヤ・ロイアルは令嬢ながら、剣に明け暮れていた。
父に頼まれて参加をした王女のデビュタントの舞踏会で、伯爵家コール・デトロイトと知り合い恋に落ちる。
恋に浮かれて、剣を捨た。
コールと結婚をして初夜を迎えた。
リイーヤはナイトドレスを身に付け、鼓動を高鳴らせて旦那様を待っていた。しかし寝室に訪れた旦那から出た言葉は「私は君を抱くことはない」「私には心から愛する人がいる」だった。
ショックを受けて、旦那には愛してもられないと知る。しかし離縁したくてもリルガルド国では離縁は許されない。しかしリイーヤは二年待ち子供がいなければ離縁できると知る。
結婚二周年の食事の席で、旦那は義理両親にリイーヤに子供ができたと言い出した。それに反論して自分は生娘だと医師の診断書を見せる。
混乱した食堂を後にして、リイーヤは馬に乗り伯爵家から出て行き国境を越え違う国へと向かう。
もし、次があるのなら優しい人と恋がしたいと……
お読みいただき、ありがとうございます。
エブリスタで四月に『完結』した話に差し替えいたいと思っております。内容はさほど、変わっておりません。
それにあたり、栞を挟んでいただいている方、すみません。
【完結】虐げられて自己肯定感を失った令嬢は、周囲からの愛を受け取れない
春風由実
恋愛
事情があって伯爵家で長く虐げられてきたオリヴィアは、公爵家に嫁ぐも、同じく虐げられる日々が続くものだと信じていた。
願わくば、公爵家では邪魔にならず、ひっそりと生かして貰えたら。
そんなオリヴィアの小さな願いを、夫となった公爵レオンは容赦なく打ち砕く。
※完結まで毎日1話更新します。最終話は2/15の投稿です。
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています。
愛しい人、あなたは王女様と幸せになってください
無憂
恋愛
クロエの婚約者は銀の髪の美貌の騎士リュシアン。彼はレティシア王女とは幼馴染で、今は護衛騎士だ。二人は愛し合い、クロエは二人を引き裂くお邪魔虫だと噂されている。王女のそばを離れないリュシアンとは、ここ数年、ろくな会話もない。愛されない日々に疲れたクロエは、婚約を破棄することを決意し、リュシアンに通告したのだが――
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【完結】長い眠りのその後で
maruko
恋愛
伯爵令嬢のアディルは王宮魔術師団の副団長サンディル・メイナードと結婚しました。
でも婚約してから婚姻まで一度も会えず、婚姻式でも、新居に向かう馬車の中でも目も合わせない旦那様。
いくら政略結婚でも幸せになりたいって思ってもいいでしょう?
このまま幸せになれるのかしらと思ってたら⋯⋯アレッ?旦那様が2人!!
どうして旦那様はずっと眠ってるの?
唖然としたけど強制的に旦那様の為に動かないと行けないみたい。
しょうがないアディル頑張りまーす!!
複雑な家庭環境で育って、醒めた目で世間を見ているアディルが幸せになるまでの物語です
全50話(2話分は登場人物と時系列の整理含む)
※他サイトでも投稿しております
ご都合主義、誤字脱字、未熟者ですが優しい目線で読んで頂けますと幸いです
※表紙 AIアプリ作成
【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─
江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。
王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。
『えっ? もしかしてわたし転生してる?』
でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。
王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう!
『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。
長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。
『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。
病めるときも健やかなるときも、お前だけは絶対許さないからなマジで
あだち
恋愛
ペルラ伯爵家の跡取り娘・フェリータの婚約者が、王女様に横取りされた。どうやら、伯爵家の天敵たるカヴァリエリ家の当主にして王女の側近・ロレンツィオが、裏で糸を引いたという。
怒り狂うフェリータは、大事な婚約者を取り返したい一心で、祝祭の日に捨て身の行動に出た。
……それが結果的に、にっくきロレンツィオ本人と結婚することに結びつくとも知らず。
***
『……いやホントに許せん。今更言えるか、実は前から好きだったなんて』
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる