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10話
しおりを挟む私は目の前の信じられない光景に、
「どうして、王太子殿下がうちに泊まるって話になってるんですか!」
と、小声ながらも焦りを隠せず女将さんの腕を突っついた。
「知らないよ!私だってビックリしてるんだって!何でも急に王太子がここに泊まると言い出したって話だよ」
女将さんも相当慌てているのだろう『殿下』を付け忘れているが、今はそんな事はどうでもいい。
王太子殿下の気まぐれか、はたまたアントンさんが何かやらかしたのかは知らないが、何故か王太子殿下がこの宿屋に宿泊する事になったと言う。
今やうちに泊まる護衛は下っ端どころが、近衛騎士団の副団長や、それに連なる階級の人達ばかりになってしまった。迫力と圧力が半端ない。
しかしご主人は普段通りに、
「ようこそおいで下さいました。狭い所ですが、ゆっくりしていって下さい。
料理には自信がありますんで、よろしかったら是非」
といつものお客様と何ら変わらず殿下に挨拶をした。
ご主人の強心臓っぷりに私は驚く。
いつもは女将さんの尻に敷かれて、のんびりした性格のご主人を少し頼りなく思っていたのだが、私はすっかり見直してしまった。
「そうか。皆も腹が減っただろう。早速夕食を用意して貰うとするか」
と殿下は言った。続けて、
「ここのお勧めは何だ?」
と何故か殿下はご主人より三歩程下がった所に居る私に尋ねた。いや隣の女将さんか?
殿下と目が合っている様な気がするが、まさか私では無いだろうという気持ちから、私は女将さんの方をチラリと見た。
すると、
「そこのお下げ髪の女。お前に訊いている」
と言われ、私はそれが自分の事だと気づくのにたっぷり五秒程かかってから、
「わ、私ですか?」
と自分に指を指して問い返した。
お下げをしているのはこの中で私しか居ない。
「そうだ」
「あ!し、失礼いたしました。お勧めはビーフシチューです」
と私はいつも通り、お客様に尋ねられた時の答えを反射的に答えていた。
……慣れって怖い。
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