とりあえず結婚してみますか?

初瀬 叶

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アレックスお兄様

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翌日、仕事に向かうレオ様を見送る。

「じゃあ、レベッカ行ってくる」

「はい。いってらっしゃいませ。お気をつけて。」


レオ様がお仕事の間、私はフェルナンデスから、領地について学ぶ事になっていた。

「お茶会や、奉仕活動については伯爵夫人から、直接お伺いする方がよろしいかと思いますので、私からはこの屋敷の事、領地の事をご説明させていただきます」

「はい。よろしくお願いいたします」

「奥様、私なんかに恐縮しなくて大丈夫ですよ」

「あ、つい。では、よろしくお願いしますね」

フェルナンデスの説明はとても分かりやすく、学園に通わなかった私でも、理解できた。

「奥様は、とても優秀でいらっしゃいます。
これなら、予定していた日程の半分程で、全て教えきれそうです」

「そう?褒められると嬉しいですね。でも、調子に乗っちゃうかもしれないので、その時はきちんと指摘して下さい」

「わかりました。その時はビシビシと。
奥様、もう昼になります。
昼食にいたしましょう」

「あら、もうそんな時間?フェルナンデス、あなたも休憩してね。
お昼からは、自分の仕事もあるのでしょう?
私の為に、時間を使ってくれてありがとう。
明日もよろしくお願いしますね」

そうして、私は昼食をとる為に食堂へ向かう。
今までは毎日レオ様と一緒だったので、1人で食べる食事は、やっぱり少し寂しかった。

午後からは、庭を散策したり、今日学んだ事を復習したりして過ごす。

「奥様、少し休憩しませんか?お茶とお菓子を用意しましたよ」

アンナがお茶のワゴンを用意してくれる
やっと奥様呼びが定着してきたようだ。

「アンナありがとう。わぁ、美味しそうなスコーンね」

「どうですか?お勉強の方は?」

「知らなかった事を学ぶ事はとても楽しいわ。織物にもたくさん種類があるのね。
染め方にしても、とても奥が深いわ」

「左様でごさいますか。奥様が楽しそうで良かったです。
ご主人様が居なくて寂しがっておいでじゃないかと、心配しておりました」

「確かに、お食事の時1人で食べるのは少し寂しかったわね。
でも、この邸の人達は皆、良い人ばかりだもの。良くしてもらって、寂しがる暇はないわ」

「…不憫なご主人様…」

「ん?何か言った?」

「いえ、何も」
変なアンナね。


お茶をしていると、

「奥様。アレックス・コッカス様がおみえでございます。」
とフェルナンデスが私を呼びに来た。

「え?お兄様が?」

手紙を貰ったのは昨日だ。早すぎやしない?
「応接室にお通ししております」

「ありがとう。ごめんなさいね。まさか今日来るとは…」

「馬でおみえになったようで」

…馬車ぐらい使えば良いのに…


「お兄様」

私は応接室に入るとソファーでお茶を飲む兄、アレックスに声を掛けた。

「ベッキー!ああ、会いたかった。
この1ヶ月私がどれほど寂しかったか」

そう言ってソファーから立つと私を思いっきり抱き締めた。

「お兄様、おかえりなさいませ。お元気そうで安心しました。
留学のお話も聞きたいので、とりあえず座りませんか?」

…フェルナンデスも居るから、恥ずかしい。

「………ベッキー。私に何か言う事はないかい?」

「お兄様、とりあえず私をお放し下さい。座って話しましょう」

「わかった」

そう言ってソファーに座る。
私も向かいのソファーに腰掛けようとするが

「ベッキー?お前の席はそこじゃないだろう?」

そう言って、私の腕を掴むと自分の膝の上に座らせる。

アンナは見慣れた光景だが、フェルナンデスは目を見開いて、凝視している

「お兄様!これではゆっくりお話できません!」

「何を言ってるんだい?私の膝の上はベッキーの特等席じゃないか。
他の所に座るなんて…ベッキーはこの1ヶ月で私の事を嫌いになってしまったのかな?」

「お兄様を嫌いになったりしません。
でも、ここはコッカスの家ではないのです」

「………その事だけど、ベッキー。
何故、ベッキーはここにいるのかな?家に帰って、ベッキーが出迎えてくれなかった私の絶望がわかる?
王都は危険だと、あれほど言って聞かせたのに」

お兄様の声が冷たい。物凄く冷たい。

そして、膝の上に乗る私を抱き締める腕に力がこもる。

「お兄様。きっとお父様からお聞きになったかと思いますが…」

「私は認めない」

被せ気味に否定された。

「お兄様に認めていただかなくても、もう私は結婚したのです。
でも、出来ればお兄様に祝福されたいです」

「祝福?しないよ。だって私は認めていない。
さぁ、ベッキー、私達の家に帰ろう」

「お兄様、私の家はここです。
私の帰る家はここなのです」

「ベッキー。私はベッキーのお願いならなんでも叶えてあげたいと思うよ。
でもこれはダメだ。だって、私がベッキーに会えなくなるじゃないか」

…お兄様、私のお願い、ことごとく叶えてくれませんでしたよね?学園も、デビュタントのダンスも。
って今それを掘り返しても話しが進まないので、とりあえず飲み込んでおく。

「お兄様。一生会えなくなるわけではありませんよ」

「当たり前だ!一生ベッキーに会えないなら、死んだ方がマシだ!そんな悲しい事、言わないで…」

お兄様が私の肩口に頭を擦り付ける。…え?泣いてないですよね?

「お兄様…昔、私に幸せな結婚をしてほしい。政略結婚なんてさせないと常々仰ってくれてたじゃないですか。
お兄様が望んだように、好きな人と結婚したんです。私、幸せですよ?」
私は諭すように話す。

「………ベッキーは私より、その男が好きなのか?」

「お兄様、『その男』じゃありません。レオナルド様です。それに、お兄様と、レオ様を比べる事は出来ませんよ。愛情の種類が違います」

「嫌だ。ベッキーが私以外の男をその瞳に映すなんて、認められない」

…お兄様…その言い方は、フェルナンデスが誤解します。
アンナがいつものように冷めた目で見てますよ!

「お兄様。私はお兄様が大好きですよ。
それは例え結婚しても変わりません」

「それでも嫌だ。ベッキーと毎日会えないなんて、何を楽しみに生きていけば良いんだ?」
大袈裟です…

「レオ様が許してくだされば、実家にも遊びに行きます。
今までのように四六時中お兄様と一緒というわけにはまいりませんが、こうやってお話する事は出来ますわ。
お手紙もたくさん書きます。お兄様もお手紙書いて下さいますか?」

…実家では私はいつもお兄様の膝の上。私の勉強の時間以外は執務中でも、膝の上に私を乗せていた。
本当に四六時中一緒。もちろん食事中も。寝る時も一緒のベッドだ。私は小さい頃から、ずっとそうやって育ってきた。
物心つくまで、それを異常だと思った事はなかった。
…今では異常だってわかってるけどね!

「手紙では、ベッキーの温もりを感じられない」

…本当に手強いな。膝の上で私はお兄様の首に手を回して、お兄様を見つめる。
もうフェルナンデスの視線を気にしてられない。

「お兄様もいつか、どなたかと結婚しなくてはいけませんでしょ?その時に、お兄様が私をこうやって四六時中側に置いておいたら、お兄様のお相手は、良い気分ではありません。
もう、私達は小さい頃とは違うのです。でも、形は変わっても、私達が兄妹で、かけがえのない存在なのは変わりません。
それは、距離が出来ても、です。
たとえ離れていても、結婚しても私が妹なのは、ずっと永遠に変わらないのです。
結婚相手や、恋愛のパートナーとは、縁が切れてしまう事もあるかもしれませんが、兄妹の絆は何があっても切れません。
それは、他の誰とも違う『特別』ですよ」

…はっきり言って、これを他の人に聞かれるなんて、恥ずかしい。
でもお兄様は私の『特別』に弱い。
自分が私の『特別』である事が重要だから。でも、私はその後にお兄様の爆弾発言を聞く事になる。

「私は結婚しないよ?何度となく義務として考えた事もあったが、例えそうだとしても無理だとわかった。
………私は同性にしか欲情しないからね。後継を作れないのに、結婚する意義を見いだせない。
父上には、今は納得してもらってるよ。まだ、母上は諦めていないようだがな。
ベッキーに言ってなかったかな?」

…お兄様…初耳です。え?皆知ってたの?

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