星幽のワールドエンド(第一章完)

白樹朗

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ワールドエンド邂逅編

星幽兵器①

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 東京の空で星を探すのは難しいが、ネオン輝く夜景は綺麗だと思う。
 たとえ、この世界に人間が誰一人いないとしても。

 タワーマンションの屋上はヘリポートになっている。マンションの住民だが、緊急にしか使用されないそこに入るのは志恩も初めてだった。
 生まれてからずっと高層階に住んでいるから高い場所が苦手ではない方だが、さす ぐったりと地面に倒れこんだ志恩の隣で、レイゼルが首を傾げる。がに柵もなにもないヘリポートは怖い。真ん中にあるHの文字にどっかりとあぐらをかきながら、志恩は半眼でため息をついた。

 なにも怖いものなどないような銀髪の少女が、ヘリポートの端を危なげなく、踊るように歩いている。

「シオンもおいでよー。高くて遠くまで見えて気持ちいいよ」
「……バカと煙は高いところが好きとか言うもんな」
「聞こえてるからね!?」

 ぷんすか怒りながらレイゼルが走って来る。
 見事なほど頬を膨らませた様子はハムスターに似ていたが、ますます怒りそうなので黙っておいた。口を開けば大問題でも、美少女は怒っても笑っても美少女なのだから得だなと思う。

「レイゼル」
「なになに」
「この腕について説明は?」

 ててて、と無邪気に近寄ってきたレイゼルに、志恩は不機嫌そうに左腕を突き出した。

 ——曇りがかった東京の夜が、突如金色のオーロラに覆われる。金の天蓋が藍色の空に降りると同時に、志恩の胸元から光が溢れた。慌ててシャツの下に手を入れると、首に下げた指輪が輝いていた。

 それはもう錆びて朽ちかけたがらくたではなく、本来の主人が生きていたはるか昔のように、黄金の輝きを取り戻していた。金と銀の不思議な色をした指輪は、異なる材質同士が解けるように、志恩の左の中指に絡みつく。
 途端、指輪がまばゆく輝き、視界が眩んで目を細める。

 その瞬間だった。白い光が収まると同時に、志恩の左腕が銃に変わったのは。

「これは星幽兵器アニマ・アルマだよ」
「アニ……? わけわかんないから一から説明して。そして俺の腕を元に戻して」
「大丈夫だよ。アニマアルマは高次元域――星幽界アストラル界でしか存在できないから」
「高次元……ええと、世界の影とかいう……ムンドゥス、だっけ?」
「厳密に言えば、世界の影『ムンドゥス』も星幽界の一つなんだよ。星幽界っていうのはつまり、高次元精神生命体達の世界で」
「どこらへんがつまりなんだよ」

 聞き慣れない単語のオンパレードに、志恩が思わず抗議の声を上げる。
 テストの平均はクラスの中の上ぐらいだから頭は悪くない方だと思うが、これは間違いなく学校では習わない類の話だ。
 せめてもっと身近な感じで頼むと志恩が言うと、うんうん唸りながらレイゼルが口を開いた。

「だから、えーっと、分かりやすくいうと、神様の世界。神様とか、妖怪とか、人以外が住む世界なの。極楽とか地獄とかって日本にもあるでしょ? そういうのはみんな高次元域にあって、星幽界っていうのは、その中で一番現実寄りの場所なの。近いから、人間を攫って来れるっていうこと……わかる?」
「なんとなく。……じゃあここに神様がいるわけ?」
「いるいる」
「どこに」
「ここに」

 にこーっと笑って親指を立てるレイゼルの額をデコピンする志恩。左腕が使えないから右手でひっぱった。ぎゃんっと声を上げるレイゼルは無視した。
 こんな神がいたら、世界は終わりだ。いや、ワールドエンドの名前どおりなら、それこそが正しいのか。複雑な問題だ。

「じゃあ神様、この腕なんとかして」
「いいけど志恩。アニマアルマを消したら、お前、死ぬよ。それ、魂の一部だからね」
「は?」
星幽兵器アニマ・アルマは、肉体を魂の外殻である星幽体アストラル体に強制変換する際に起こる魂の防衛本能なんだよ。死んでたらできないし、成功率も低いし、だいたいその前に喰べられたりして死んじゃうんだけど。志恩も、最初デミに連れ去られた時はこんなの無かったでしょ?」
「確かに……いや待って。魂ってことは俺、今、死んでる?」
「魂だけの状態を死というなら、ね。でも、まだ志恩の魂は肉体と繋がってる。現実に帰れば、腕も身体も再構築して元に戻るよ。もちろん、ここで死んだらアウトだけどね」

 まあ、人間は肉より魂の方が重要だから、とレイゼルがよくわからない慰めをする。
 口元に手を当てて、少し考える。とりあえず、死んでないなら良し。それ以外は大したことじゃない。いや、腕が銃器になってるのはまったく良くない。

「……臨死体験みたいなもんか。じゃあ、このアニマアルマっていうの? これ、なんで銃なんだよ。不便なんだけど、どうにかなる?」
「うーん。銃なのは……なんでだろう。アニマアルマって、個人の魂次第だからなあ。ま、志恩が使い慣れたら、剣とか色んなものに変化できるようになるよ」
「これ、銃以外にもなるのか」
「魂は物質じゃないし、可能性は無限だからね。でも、基本はそのカタチだよ。白くて、綺麗な銃。これが志恩の魂の形アニマなんだね」
「……いや、褒められても喜んでいいのかわかんないんだけど」
「もっと喜びなよー。変なのとかなるとめちゃくちゃ辛いんだから」
「そういうもんかな」

 いまいちピンとこないが、小枝とか石ころとかよりかはマシかと思う。
 レイゼルが面白そうな顔で、銃をぺたぺた触っている。銃に描かれた文様を指先でなぞって、目を細めた。

「これセフィロトの樹だ」
「セフィロト……?」
「オツ・キィム。生命の樹、永遠の命、神の呪い。原初、人が得られなかった禁忌の最たるものだね」
「禁忌?」

 志恩が聞き返すと、レイゼルはにやりと目で笑った。

「原初の人間が食べ損ねた林檎の片割れだよ。蛇により知恵を得た代わりに人間は楽園を追い出され死を免れられなくなった、そういう古い話。まあでもセフィロト自体は人間が、世界の神秘、神の智慧を体系化したものだから……シオン、全然興味ないって顔してるな?」
「いや、どうしてアダムとイヴの話になるのかなって。なんでそのセフィロトだかなんだかの銃になるのかも意味わかんないし。母さんの指輪も消えるし」
「んー。小径パスが外側にも伸びてるな。なんでだろう……ああ、セフィラからパスを巡らせて、魔力を樹に汲み上げるのか」
「人の話聞けよ」

 志恩の左腕を持ち上げたり、下から見たり、ぺちぺち叩いたりしているレイゼルに、なにもかも諦めまじりにつぶやく。

 左腕と同化した銃は、白すぎて白銀に輝いている。腕の二倍ほどの大きさで、材質はつるつるとして硬く、鉄やプラスチックとも感触が違う。重さは、腕となんら変わらない。
 形状は、パズルのように複雑なパーツが組み合わさってできている。流れるようなフォルムは、手の甲の位置でもっとも大きく広がっていて、そこに十の球体セフィラ二十二の線パスで描かれた図形——セフィロトの樹がある。
 レイゼルがセフィラと呼んだ球体からは、さらに細かい線が銃の側面あちこちに、呪文めいた模様のように張り巡らされていた。

「英雄級のアニマアルマだ。デミがあれだけ狙ってくるのもわかる」

 どういうことだと志恩が聞き返す前に、レイゼルがにこりと笑った。

「指輪は、この中だね」
「銃の中?」
「うん。前にも言ったでしょ。志恩の魂とよく馴染んでる。アニマアルマの創成を助けたみたいだね。人間界にまだ、神代レベルのマジックアイテムが遺ってるなんて思わなかったけど、さすが如月博士の遺品」
「……母さんがどうして、こんなものを」
「さあ? でも、普通、一部でも魂を変えるってなったら、訓練でもしてない限り、そりゃ身を裂かれるぐらい痛いんだよ。失敗して死んだ魔術師がどれだけいたことか……」

 指を振ってレイゼルが眉をしかめるが、志恩にしてみれば世界の影に引きずりこまれた瞬間、指輪が光って腕が銃になった。それだけだ。痛みも何もなかった。
 今更驚かないが、魔術師とかリアルで初めて聞いたなと思いながら、肩を回す。違和感はない。調べ尽くしたか、レイゼルが銃から手を離したのを見て、志恩は口を開いた。

「それで、俺の秘密っていったいなんだよ」
「ああ、うん。そうだね。だけど——」

 レイゼルが顔を上げる。つられて空を見上げ、志恩は顔をしかめた。
 金色の空が半分、どす黒い赤に染まっていた。

「とりあえず、あいつを倒してからにしよっか」

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