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合儀肺助の話
泣いちゃうだろ、夜
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命香はこの西の修練場にて、正座でもって改めて合儀肺助と相対していた。すでに足も手も自由だったが、敗者として命香は肺助に応じる。流石の潔さであった。こうなれば、自分がどうして合儀家へ呪いを使ってまでして取り入ろうとした理由を語ろうとしていたのだが。
そんな命香へしかし、肺助は『言うな』と命じた。
「え? どういうこと? 聞いといたほうがいいと思うけど」
命香はぎょっとして、肺助に言う。それは、この先合儀家やこの地域を巻き込むトラブルに対しての、本心かつ親切心からの言葉であった。
対して、肺助は首を振り振り、次のように言った。
「もしも、だけど……もしもの話、例えば阿賀谷戸先輩が実は昔、どこかの公園とかでおれと知り合っていた幼馴染とかで、その時していた結婚の約束を果たすためにここに現れたとか、そういうのは全くなく!」
「うん、ないね……」
「……先輩は、単に合議家の拝み屋としての合儀家の利権やあのでかい山とか土地を狙って結婚しに来た、とか聞いたら、おれの心はもう!」
肺助は大きく息を吸って、叫んだ。
「おれの心は、もう耐えられないかもしれない!」
「え、ごめん、なんかほとんど正解……」
「ああああああ! おれは、おれは何も聞いてない!」
肺助は大声で命香の言葉を遮った。もっとも、大事なところはほとんど聞いてしまっていたような気もしたが、聞かなかったことにした。
肺助の頭の隅から、どうしても消し去れなかった様々な幸せな記憶が瓦解していく。
「もういい……おれは今晩、禊をして帰る。四時間は家に戻らないから、先輩は家の荷物をまとめて帰ってください」
ようやく戻り始めた命香の視界に、俯き、ひぐっ、ひぐ、と情けなく嗚咽を漏らす少年が映る。
「本当に、なんかごめんなさい。でも、わたし負けちゃったし、他にも言わないといけないことが……」
「それは、おれにいうことじゃありません。真壁さんに言ってください」
「ま、かべ……?」
命香は思わぬ人物の名前に、たじろいだ。つい数時間前、阿賀谷戸命香に世紀の告白を企て実行に移した少年の名前である。
「先輩は、冷やかしで真壁さんの告白の場に行って、しかも呪禁を使って一方的に、誰かの依頼を受けたわけでもなく、自分の好き勝手で、おれの友達、いいや、相棒の意識も記憶も飛ばしました。例え効果が精々二、三日だとしても、謝るべきです」
「え、うん、それはわかったから……ねえ、聞いて! わたしが負けたことが分かれば、ほかの呪術師がこの土地にやってくるの。そうしたら、もっと強引な方法でこの土地を狙ってくるの! だって、この土地は……」
「関係あるか!」
今度こそ、肺助は大声で怒鳴った。その迫力に、命香は思わず言葉を失った。
「そのときは、今の先輩みたいに、おれが呪術で打ち負かして、二度とこの土地に足を踏み入れることができないよう、禁じるだけだ!」
その言葉は、肺助自身も意図していない叫びであった。
「!」命香も思わず言葉を失い、呆然として彼を見上げた。
「真壁さんや、おれの家族、それにこの土地には、母さんの呪術にバカみたいな金を支払うお客さんもいる。思うところはいろいろあるけど、それでも、そんな人たちが他の誰かに洗脳まがいの呪いを掛けられるなんて、おれにはもっと耐えられない」
「肺助さん……」
「だから、その時が来たら、おれは戦う。二度と、相棒の口から、勉強を頑張るなんて、言わせて堪るか」
命香に背を向けた肺助の肩が揺れていた。
「この土地も、周囲の人たちも、全部おれが守る。それだけだ。わかったら、とっとと帰ってください。それから、真壁さんに謝ること。わかりましたか?」
「うん、もうわかったから……大丈夫」
命香はやや動揺しながらも立ち上がる。しかして、ずっと背を向けたままの肺助が気がかりでもあった。
「あの、大丈夫……?」
「大丈夫に、見えますか?」
「本当にごめんなさい」
命香はもう、他にかけてやれる言葉も思いつかず、そのまま修練場を後にした。
一方、しばし修練場のど真ん中でうつむいていた肺助は、人の気配がなくなったことを確かめると、次のように叫んだ。
「畜生、畜生め! Fカップ、結婚、清楚系……でも、こうするしか、こうするしかねえじゃねえか!」
次々と、ほんの少々の間、恐ろしくもあったが楽しくもあった合儀家の出来事が止まらない。肺助は心に浮かんだ真言を唱えながら煩悩を打ち消しつつ、錫杖を引き抜き、しゃんかしゃんかと鳴らしながら走りに走った。
「男って、本当にバカ……」
帰りがけ、家まで乗せてくれるという合儀椎子の提案に頷いた命香はハイエースの中でつまらなさそうにそう呟いた。ただ、そう言いながら、自身の首元に掛った羽織をぎゅっと握る。
と、その時、車の座席に置いていた命香の鞄が異音を立てる。中に入っている彼女のスマートフォンに、メッセージアプリからの着信が光る。
『新規メッセージ:パパ
命香チャンへ 肺助君の呪殺はできたカナ?』
そんな命香へしかし、肺助は『言うな』と命じた。
「え? どういうこと? 聞いといたほうがいいと思うけど」
命香はぎょっとして、肺助に言う。それは、この先合儀家やこの地域を巻き込むトラブルに対しての、本心かつ親切心からの言葉であった。
対して、肺助は首を振り振り、次のように言った。
「もしも、だけど……もしもの話、例えば阿賀谷戸先輩が実は昔、どこかの公園とかでおれと知り合っていた幼馴染とかで、その時していた結婚の約束を果たすためにここに現れたとか、そういうのは全くなく!」
「うん、ないね……」
「……先輩は、単に合議家の拝み屋としての合儀家の利権やあのでかい山とか土地を狙って結婚しに来た、とか聞いたら、おれの心はもう!」
肺助は大きく息を吸って、叫んだ。
「おれの心は、もう耐えられないかもしれない!」
「え、ごめん、なんかほとんど正解……」
「ああああああ! おれは、おれは何も聞いてない!」
肺助は大声で命香の言葉を遮った。もっとも、大事なところはほとんど聞いてしまっていたような気もしたが、聞かなかったことにした。
肺助の頭の隅から、どうしても消し去れなかった様々な幸せな記憶が瓦解していく。
「もういい……おれは今晩、禊をして帰る。四時間は家に戻らないから、先輩は家の荷物をまとめて帰ってください」
ようやく戻り始めた命香の視界に、俯き、ひぐっ、ひぐ、と情けなく嗚咽を漏らす少年が映る。
「本当に、なんかごめんなさい。でも、わたし負けちゃったし、他にも言わないといけないことが……」
「それは、おれにいうことじゃありません。真壁さんに言ってください」
「ま、かべ……?」
命香は思わぬ人物の名前に、たじろいだ。つい数時間前、阿賀谷戸命香に世紀の告白を企て実行に移した少年の名前である。
「先輩は、冷やかしで真壁さんの告白の場に行って、しかも呪禁を使って一方的に、誰かの依頼を受けたわけでもなく、自分の好き勝手で、おれの友達、いいや、相棒の意識も記憶も飛ばしました。例え効果が精々二、三日だとしても、謝るべきです」
「え、うん、それはわかったから……ねえ、聞いて! わたしが負けたことが分かれば、ほかの呪術師がこの土地にやってくるの。そうしたら、もっと強引な方法でこの土地を狙ってくるの! だって、この土地は……」
「関係あるか!」
今度こそ、肺助は大声で怒鳴った。その迫力に、命香は思わず言葉を失った。
「そのときは、今の先輩みたいに、おれが呪術で打ち負かして、二度とこの土地に足を踏み入れることができないよう、禁じるだけだ!」
その言葉は、肺助自身も意図していない叫びであった。
「!」命香も思わず言葉を失い、呆然として彼を見上げた。
「真壁さんや、おれの家族、それにこの土地には、母さんの呪術にバカみたいな金を支払うお客さんもいる。思うところはいろいろあるけど、それでも、そんな人たちが他の誰かに洗脳まがいの呪いを掛けられるなんて、おれにはもっと耐えられない」
「肺助さん……」
「だから、その時が来たら、おれは戦う。二度と、相棒の口から、勉強を頑張るなんて、言わせて堪るか」
命香に背を向けた肺助の肩が揺れていた。
「この土地も、周囲の人たちも、全部おれが守る。それだけだ。わかったら、とっとと帰ってください。それから、真壁さんに謝ること。わかりましたか?」
「うん、もうわかったから……大丈夫」
命香はやや動揺しながらも立ち上がる。しかして、ずっと背を向けたままの肺助が気がかりでもあった。
「あの、大丈夫……?」
「大丈夫に、見えますか?」
「本当にごめんなさい」
命香はもう、他にかけてやれる言葉も思いつかず、そのまま修練場を後にした。
一方、しばし修練場のど真ん中でうつむいていた肺助は、人の気配がなくなったことを確かめると、次のように叫んだ。
「畜生、畜生め! Fカップ、結婚、清楚系……でも、こうするしか、こうするしかねえじゃねえか!」
次々と、ほんの少々の間、恐ろしくもあったが楽しくもあった合儀家の出来事が止まらない。肺助は心に浮かんだ真言を唱えながら煩悩を打ち消しつつ、錫杖を引き抜き、しゃんかしゃんかと鳴らしながら走りに走った。
「男って、本当にバカ……」
帰りがけ、家まで乗せてくれるという合儀椎子の提案に頷いた命香はハイエースの中でつまらなさそうにそう呟いた。ただ、そう言いながら、自身の首元に掛った羽織をぎゅっと握る。
と、その時、車の座席に置いていた命香の鞄が異音を立てる。中に入っている彼女のスマートフォンに、メッセージアプリからの着信が光る。
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