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彼女の名前は瀬路原野弦
ファミレスで繰り広げられるちょっと怪しいようなそうでもないような免責事項の物語
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「わたしの呪術を教えるにあたり、説明や免責事項があります」
瀬路原ノツルは、目の前にいる二人へそう切り出した。二人とは、幼馴染の少年、合儀肺助と、見ず知らずの謎の先輩、阿賀谷戸命香である。
三人は、駅前のファミリーレストラン『ナンデモヤ』に来ていた。田舎とはいえ、駅前とくれば多少は栄もする。時刻は夕方、客層はどちらかというと、外回りの営業ついでらしいスーツの男や、買い物の休憩中らしい主婦、彼らと同じ学生などが占める。
そんな場所へ三人がここに来たのは勿論、瀬路原ノツルが使う呪術について確認するためだった。
「免責事項?」
阿賀谷戸命香は聞き返した。
「さて、まずはわたしの呪術ですが、スマホ式神術という種類のものです」
ノツルは注文したチョコレートパフェを前に、平静を保って言う。
「ス、スマホ式神術?」
しかし、肺助は思わず顔を上げて問い返した。あまりにも聞きなじみのない言葉である。
「えっと、スマホのスはスマートのスで、マは……」
「さすがにそれはわかる」
「それもそうか」それもそうだとノツルは思った。
「そんなことより、あれは『どこで手に入れた』のですか」
阿賀谷戸命香は詰問した。ファミリーレストラン『ナンデモヤ』名物、都会風ドリアから立ち上る湯気が揺れる。
「その前に、免責事項についてです。呪術の作法とは、大陸からの知識や日本独自の信仰が混ざり、歴史の中で適合や口伝の変化、地域差などもあって千差万別で(中略)つまりこれから登場する呪術にまつわる内容や知識は、あなたの知っている呪術の形態から逸脱したものが多く含まれる場合があります。その場合は、そういうこともある、という広い心と、温かい目で最後まで見守っていただければ幸いです」
と、ノツルはどこかで聞いたことがあるような免責事項を口にする。
「それはナイススイング正隆が言うべきだろ」と、思わずツッコミを入れた後に、肺助は続ける。
「いや、スマホ式神も大概だろうけど」と思ったし言いもした。
「いいえ、違います。スマホ式神はアリアリです」
ちっちっち、とノツルは指を振る。
「確かに、瀬路原さんの言う通りです」と命香頷いた。
「ほら、先輩も困って……ん? 先輩、なんて言いました?」
肺助は目を丸くして、都会風ドリアなる田舎のコンプレックス百パーセント料理を口にする命香を見つめた。命香は熱々のそれを平気で口に運んでいたが、ぴたりと手を止めて語りだす。
「大きな〈団体〉や、それこそ政府お抱えの陰陽師達は認めないでしょうが、一部の本流ではないはぐれ呪術師の中には、すでに古い形式の呪術を捨て、ハードを紙から最新のデジタル機器に置き換える流派も少なくありません」
「え? スマホありなんですか?」
「ありです」
困惑する肺助を置いて、命香ははっきりと言い切った。
「安倍晴明も蘆屋道満も、加藤保憲だって、目の前にスマホがあったら、迷わず呪符ではなくそちらを取るでしょう。その時代最新鋭のデバイスを使っただけです。逆に、古い呪術は木簡や石碑、粘土板を用い、いいえ、古くは呪いに、言語すら要らなかったではないですか」
呪術をその時代最新鋭のデバイスを使うことに、何ら違和感はありません、と命香は言い切った。
「そんな、まさか……?」肺助の動揺は隠せない。
一方で、すでに合儀肺助は、初めて直面した自分以外の呪術師に、ついさっきまで苦戦を、否、敗北を突き付けられていたことも事実であった。
(この世界には、知らない呪術が多すぎる、そういうことか?)
「わかった? 肺助は遅れてるね」
自慢げに、ノツルは笑った。
「ですが、それとあなたがスマホ式神を使えるのとはわけが違います。スマホ式神は紙の数億倍の情報容量をフルに活用し、大量のデータを用います。これらを入力するのは、並の呪術師ではできません」
命香はノツルを睨みつけて言う。
「あなたが呪術師の家系でないことは、わたしの入学前の事前調査で分かっていました。つまりそのスマホ式神は、誰かから供与されたもの。違いますか?」
命香は鋭くノツルに切り込む。対して、ノツルは口をすぼめた。
「そもそも、先輩は関係ないじゃないですか。部外者の癖に、勝手にやってきて、しかもたっぷり迷惑かけてさ。それがなに? 肺助のことでも好きなの?」
「好きって……」命香の顔に動揺が広がった。
「やめろ瀬路原」肺助も流石に思うところが出てしまう。ノツルへ窘める言葉を発す。だが、それでもノツルは止まらない。
「でも肺助。この人、敵でしょ」ノツルは命香を指して言う。
「それは……」肺助は言い淀んだ。敵といえば敵であろうが、今は合儀家にて呪術の修業を行う『生徒』であろう。肺助は仕方なく、経緯を説明しようと口を開く。
だが、肺助が何かを言うより早く、命香は凛として先手を打った。
「いいえ。わたしは合儀家の嫁です」
「え。よ、メ?」
流石にそれは予想外だったのか、ノツルの顔が凍り付いた。
「お義母さまとも将来についてお話が済んでいます。今わたしは、肺助さんと同棲もしています」
「ふぇ?」その途端、なぜかノツルの目が急激に潤み始めた。助けを求めるように、肺助に視線を送る。
「え、なに、嘘……待って、肺助、どういうことなの……?」そして縋るようにふわふわと両手の指先を揺らした。
「いや、阿賀谷戸先輩、なんで急にそんなことを……」肺助の視線は二人の間を行ったり来たり。
「まあ、それはどうでもいいとして」
動揺する二人を差し置き、命香はすまし顔でそう言うと、都会風ドリアをかつかつと食べ進める。
「ごちそうさまでした」
昨今の貿易摩擦の都合か、見た目に反して随分と浅い都会風ドリアは、一瞬にして女子高生の腹に収まる。
「一応、先輩なのでお会計は済ましておきます。だから二人はごゆっくり。肺助さんはドリンクバーとはいえ、あまり飲みすぎないように。瀬路原さんも、呪術師を名乗るならチョコレートパフェは控えたほうがいいですよ」
肺助は口をパクパクさせるのみ、ノツルは明確に悔しさを口元に宿し、命香はそれすら見届けず、素早く席を立ち、伝票を手に取った。
「それから、素人のスマホ式神の乱用も控えたほうがいいです。あれは精々が単純作業や幻覚の程度の式神とは全く違います。スマートフォンにはそもそも、端末情報やSIMカード、SNSを含む様々なアカウントの設定により、『人間』の現身として成立します」
命香は、テーブルの上に置かれている、ノツルのスマホに目を落とす。
「そして、術者がそれを行使するとき、まずは本来『ないもの』の情報をすべて『あるもの』として認識するため、まず脳に強烈な負荷がかかります。お祀りした神様の力で、人一人の人生を丸々読み込むのです。この呪いは時に、人間を食いますよ」
同時に二つ使うなんてことでもしたら、それだけで死ぬでしょうね、と命香は付け足す。
「あなたに何がわかるんですか。わたしは、ちゃんとした呪術師です」ノツルは命香を睨みつける。対して、命香は溜息をつくのみ。
「なら、わたしから言うことはありません。警告はしました」
そういって、ついに命香はさっさとテーブルを離れていく。
「何あいつ。肺助もそう思うでしょ?」命香の背中を睨みながらノツルは言う。
「まあ、そりゃあ、よくわからない人だけど……」
「だけどなに?」
口籠る肺助に、ノツルの視線が刺さる。
「胸か。尻か。それとも髪?」む、とノツルがむくれる。
「いや、そういう話じゃなくって……」
「もういい。わたしも帰る。お金は今度二人で返そうね」
肺助はどうせ家に帰ったら命香と遭遇する可能性が高いのでそんなことをする必要もないのだが、わかった、帰ろう、とだけ返した。
「肺助は別に、急がなくていいよ。なんだったら、これ食べといて」
ノツルは食べ掛けチョコレートパフェを肺助に押しやった。
「え、あの……」
「お料理残したら、おばさんすっごく怖かったよね。よろしく」
そういわれてしまうと、肺助はもう何も言えなかった。
瀬路原ノツルは、目の前にいる二人へそう切り出した。二人とは、幼馴染の少年、合儀肺助と、見ず知らずの謎の先輩、阿賀谷戸命香である。
三人は、駅前のファミリーレストラン『ナンデモヤ』に来ていた。田舎とはいえ、駅前とくれば多少は栄もする。時刻は夕方、客層はどちらかというと、外回りの営業ついでらしいスーツの男や、買い物の休憩中らしい主婦、彼らと同じ学生などが占める。
そんな場所へ三人がここに来たのは勿論、瀬路原ノツルが使う呪術について確認するためだった。
「免責事項?」
阿賀谷戸命香は聞き返した。
「さて、まずはわたしの呪術ですが、スマホ式神術という種類のものです」
ノツルは注文したチョコレートパフェを前に、平静を保って言う。
「ス、スマホ式神術?」
しかし、肺助は思わず顔を上げて問い返した。あまりにも聞きなじみのない言葉である。
「えっと、スマホのスはスマートのスで、マは……」
「さすがにそれはわかる」
「それもそうか」それもそうだとノツルは思った。
「そんなことより、あれは『どこで手に入れた』のですか」
阿賀谷戸命香は詰問した。ファミリーレストラン『ナンデモヤ』名物、都会風ドリアから立ち上る湯気が揺れる。
「その前に、免責事項についてです。呪術の作法とは、大陸からの知識や日本独自の信仰が混ざり、歴史の中で適合や口伝の変化、地域差などもあって千差万別で(中略)つまりこれから登場する呪術にまつわる内容や知識は、あなたの知っている呪術の形態から逸脱したものが多く含まれる場合があります。その場合は、そういうこともある、という広い心と、温かい目で最後まで見守っていただければ幸いです」
と、ノツルはどこかで聞いたことがあるような免責事項を口にする。
「それはナイススイング正隆が言うべきだろ」と、思わずツッコミを入れた後に、肺助は続ける。
「いや、スマホ式神も大概だろうけど」と思ったし言いもした。
「いいえ、違います。スマホ式神はアリアリです」
ちっちっち、とノツルは指を振る。
「確かに、瀬路原さんの言う通りです」と命香頷いた。
「ほら、先輩も困って……ん? 先輩、なんて言いました?」
肺助は目を丸くして、都会風ドリアなる田舎のコンプレックス百パーセント料理を口にする命香を見つめた。命香は熱々のそれを平気で口に運んでいたが、ぴたりと手を止めて語りだす。
「大きな〈団体〉や、それこそ政府お抱えの陰陽師達は認めないでしょうが、一部の本流ではないはぐれ呪術師の中には、すでに古い形式の呪術を捨て、ハードを紙から最新のデジタル機器に置き換える流派も少なくありません」
「え? スマホありなんですか?」
「ありです」
困惑する肺助を置いて、命香ははっきりと言い切った。
「安倍晴明も蘆屋道満も、加藤保憲だって、目の前にスマホがあったら、迷わず呪符ではなくそちらを取るでしょう。その時代最新鋭のデバイスを使っただけです。逆に、古い呪術は木簡や石碑、粘土板を用い、いいえ、古くは呪いに、言語すら要らなかったではないですか」
呪術をその時代最新鋭のデバイスを使うことに、何ら違和感はありません、と命香は言い切った。
「そんな、まさか……?」肺助の動揺は隠せない。
一方で、すでに合儀肺助は、初めて直面した自分以外の呪術師に、ついさっきまで苦戦を、否、敗北を突き付けられていたことも事実であった。
(この世界には、知らない呪術が多すぎる、そういうことか?)
「わかった? 肺助は遅れてるね」
自慢げに、ノツルは笑った。
「ですが、それとあなたがスマホ式神を使えるのとはわけが違います。スマホ式神は紙の数億倍の情報容量をフルに活用し、大量のデータを用います。これらを入力するのは、並の呪術師ではできません」
命香はノツルを睨みつけて言う。
「あなたが呪術師の家系でないことは、わたしの入学前の事前調査で分かっていました。つまりそのスマホ式神は、誰かから供与されたもの。違いますか?」
命香は鋭くノツルに切り込む。対して、ノツルは口をすぼめた。
「そもそも、先輩は関係ないじゃないですか。部外者の癖に、勝手にやってきて、しかもたっぷり迷惑かけてさ。それがなに? 肺助のことでも好きなの?」
「好きって……」命香の顔に動揺が広がった。
「やめろ瀬路原」肺助も流石に思うところが出てしまう。ノツルへ窘める言葉を発す。だが、それでもノツルは止まらない。
「でも肺助。この人、敵でしょ」ノツルは命香を指して言う。
「それは……」肺助は言い淀んだ。敵といえば敵であろうが、今は合儀家にて呪術の修業を行う『生徒』であろう。肺助は仕方なく、経緯を説明しようと口を開く。
だが、肺助が何かを言うより早く、命香は凛として先手を打った。
「いいえ。わたしは合儀家の嫁です」
「え。よ、メ?」
流石にそれは予想外だったのか、ノツルの顔が凍り付いた。
「お義母さまとも将来についてお話が済んでいます。今わたしは、肺助さんと同棲もしています」
「ふぇ?」その途端、なぜかノツルの目が急激に潤み始めた。助けを求めるように、肺助に視線を送る。
「え、なに、嘘……待って、肺助、どういうことなの……?」そして縋るようにふわふわと両手の指先を揺らした。
「いや、阿賀谷戸先輩、なんで急にそんなことを……」肺助の視線は二人の間を行ったり来たり。
「まあ、それはどうでもいいとして」
動揺する二人を差し置き、命香はすまし顔でそう言うと、都会風ドリアをかつかつと食べ進める。
「ごちそうさまでした」
昨今の貿易摩擦の都合か、見た目に反して随分と浅い都会風ドリアは、一瞬にして女子高生の腹に収まる。
「一応、先輩なのでお会計は済ましておきます。だから二人はごゆっくり。肺助さんはドリンクバーとはいえ、あまり飲みすぎないように。瀬路原さんも、呪術師を名乗るならチョコレートパフェは控えたほうがいいですよ」
肺助は口をパクパクさせるのみ、ノツルは明確に悔しさを口元に宿し、命香はそれすら見届けず、素早く席を立ち、伝票を手に取った。
「それから、素人のスマホ式神の乱用も控えたほうがいいです。あれは精々が単純作業や幻覚の程度の式神とは全く違います。スマートフォンにはそもそも、端末情報やSIMカード、SNSを含む様々なアカウントの設定により、『人間』の現身として成立します」
命香は、テーブルの上に置かれている、ノツルのスマホに目を落とす。
「そして、術者がそれを行使するとき、まずは本来『ないもの』の情報をすべて『あるもの』として認識するため、まず脳に強烈な負荷がかかります。お祀りした神様の力で、人一人の人生を丸々読み込むのです。この呪いは時に、人間を食いますよ」
同時に二つ使うなんてことでもしたら、それだけで死ぬでしょうね、と命香は付け足す。
「あなたに何がわかるんですか。わたしは、ちゃんとした呪術師です」ノツルは命香を睨みつける。対して、命香は溜息をつくのみ。
「なら、わたしから言うことはありません。警告はしました」
そういって、ついに命香はさっさとテーブルを離れていく。
「何あいつ。肺助もそう思うでしょ?」命香の背中を睨みながらノツルは言う。
「まあ、そりゃあ、よくわからない人だけど……」
「だけどなに?」
口籠る肺助に、ノツルの視線が刺さる。
「胸か。尻か。それとも髪?」む、とノツルがむくれる。
「いや、そういう話じゃなくって……」
「もういい。わたしも帰る。お金は今度二人で返そうね」
肺助はどうせ家に帰ったら命香と遭遇する可能性が高いのでそんなことをする必要もないのだが、わかった、帰ろう、とだけ返した。
「肺助は別に、急がなくていいよ。なんだったら、これ食べといて」
ノツルは食べ掛けチョコレートパフェを肺助に押しやった。
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