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あらしが来る
蒼穹に消ゆ
しおりを挟む春も半ばの季節だが、妙に冷たい風が長い階段を撫でていく。周囲を木々が囲んでいるからだろうか。
「それにしても神社でいいんですか。行きたい場所って」
迷子の少女リオちゃんを母親のもとに帰したのち、どうせ家に帰る気も、学校に行く気もしなかった合儀肺助は、この田舎ではついぞお目に掛ったことのなかった空想上と思っていた怪物『黒ギャル』の夜風和留とともに歩いていた。
「うん。どうせ、はいぴーに任せたらイオンとか行く気じゃん?」
(やっぱりイオンは駄目なのか……)
肺助は内心歯噛みした。気の利いた場所など、隣の隣の隣の駅から十分ほど歩いたイオンモールぐらいしか思いついていなかったからだ。
そういった意味では、和留の口から神社とかないの? という質問が出てくれたことはありがたかった。
「それ以外だと、もうこの辺は山と公園とコンビニぐらいしかないんで……」
駅から徒歩二十分。本当はバスでも使った方がいいのだが、なんとなく肺助は徒歩を選んでいた。少しは弱音でも飛び出すかと思ったが、存外和留は普通についてきていた。
「えー、ほんと? すげー、ありえねー!」
しかも、内容の有無はともかくとして、和留は見かけ通りよく喋った。そういう意味でも、バスなど使わなくてよかったと肺助は思った。
(少なくとも、夜風さんが同乗した人に変な目で見られるのは嫌だしな)
と、考えるまでに肺助は至っていた。
「あと少し、あ、こっちですね」
鳥居があった。やや朽ちかけている年季の入ったもの。肺助はここの関係者とは知り合いだが、金銭的に苦労しているのを知っている。
「いいねー、なんかパワースポットって感じ」
ともすれば不気味なその見た目を、しかして彼女はそう表現した。それがなんとなく肺助には嬉しかった。
肺助が一礼して鳥居をくぐり、夜風和留もそれに追従した。
「これ、手とか洗うんしょ? どうすんの?」
「いや、ここはそういうのないタイプだから……普通にお参りします」
「へー」
その時、肺助は気付く。
(財布がない!)
「貸してあげよっか」
見れば、にやにやと和留が笑んでいた。次いで、視線を泳がせる彼に小銭を差し出す。
「あとで返します」
少し悩んだが、流石に一人お参りする和留を後方理解者面して見つめるほうが問題があると肺助は判断した。
「うん。楽しみにしとくわ」
和留から小銭を受け取りながら、肺助はふと、また変な縁ができたような気がした。例えば、これを返すに至っては一度家に帰る必要があるが、その場合夜風和留はどうするのか。家までついてくるのか。もしくは後日、という形にした場合、夜風和留とは何らかの連絡先の交換が必須になる。
(嫌な予感がする……)
「どったの、はいぴー」
「……別に。大丈夫です」
肺助は手の中の十五円を握りしめながら賽銭箱に向かう。
「あの、お参りの方法は……」
「さすがにわかるわ。なめんな」
「ごめんなさい」
二礼二拍手一礼をきちんと行い、和留は晴れやかな顔で歩き出す。
(何をお願いしたんだろう)
肺助はそんなことを彼女の背中に考えていた。
(おれはただ神様に挨拶しただけだけど)
「はいぴーは何お願いしたの?」
ふと和留はそんな問いを口にした。
「挨拶だけです」
肺助は正直に答えた。すると、和留は目を丸くした。
「あたしも!」
「そうなんですか? 普通、お願い事すると思うんですけど……」
「別に! だってさ、どんな問題でも自力で解決するのがたのしいじゃん」
「自力で……」肺助はふと、自分が家の中の面倒ごとから逃げてきたのを思い出した。
「あ、でも人に依るっていうか、考え次第……?」
肺助の表情を読んでか、和留は慌てて訂正した。
「いや、ごめん。そういうわけじゃなくて」
肺助は慌てて謝る。
「勿論、誰かに頼りたくなることもあるし。今のあたしがそう」和留の視線が肺助に向く。
「あ……そういえば……」
肺助は思い出す。そう、この黒ギャル=夜風和留は、何かのっぴきならぬ事情を抱えているのだ。
「そういえばなんですが、こっちにちょっと見晴らしのいいところがあって……」
神社の境内にたむろするのもいい迷惑だろう。そもそも、知り合いがいつ現れてもおかしくない。
肺助の指は、この境内の外に向く。
神社の敷地から離れたところに、ベンチが一個だけおいてある妙なスポットがある。この神社の謂れにも関係したらしく、周辺の山を一望できるものの、それ以外に見所もなく(絶景というほどでもない)、神社関係者以外には別に何もありがたくはない場所である。
「へえ、なんかいいところあるの?」
「そういわれると微妙なんですが」
和留を連れて歩く。そうしているうち、ふと肺助は思った。見晴らしがいいとはいえ、周囲は密集した木々に覆われ、周囲からは目立たない場所。
――つまり、今自分は黒ギャルを一人、否、一人の少女をこっそりと、かつひっそりと、人目につかない場所に連れ出そうとしているのではないか。
そう考えると、肺助は自然と唾を飲んだ。
(落ち着け、別に何かやましいことをするわけじゃない! なんかまだ困っているようだしそもそもなんか情緒不安定っぽいから落ち着いた場所を提供するだけだ!)
しかし、そんな肺助の心配をよそに、和留は実に普通であった。そのまま二人きりで辿り着いたその場所は、風だけが通り抜ける、奇妙に静かな場所だった。
「うわ、なんもな!」
そういう夜風和留の声はしかし、どこか上機嫌に聞こえた。
青空とド緑の山。それだけが見下ろせる狭い空間。踏み固められた地面のおかげで空間という形を成しているのみで、そうでなければこの鬱蒼と茂る木々や雑草で埋め尽くされているだろう。
和留は設置された腰ほどの高さしかない、錆色の手すりを掴んで、半ば崖のようになったそこから身を乗り出して周囲を観察した。
「なんもな!」
和留はもう一度、同じ言葉を空に飛ばした。そしてそのまま身を大きく反らし天を見上げる。
「落ちると危ないからそれくらいに……」
肺助が心配してそう声をかけると、反り返ったまま和留は肺助に言う。
「ね、はいぴー。怖いものとかある?」
その声と同時に、和留はくるりと回って手すりを越えた。
そして、空気を切り裂くような風の音。
「えっ──」
肺助が声を上げるより早く、柵の向こうへ彼女の姿が消えた。
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