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プロローグ

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私はもうすぐ死ぬ。

その日は数日先かもしれないし、明日かもしれない。
息をするのも苦しい。

治らぬ病。
医者も匙を投げた。

思いつくまま親しい人達には、今生の別れの手紙を書いた。
励ましの返事が何通も届いた。

最期を迎えるにあたって、自分の人生は間違ってなかったと思う。

苦労をかけた妻と末娘も駆けつけてくれた。

ただ一つ・・・心残りがあるとすれば、長女アリシアのことだ。

数年前にで口論になり、そのまま音信不通になった。
妻に何度か電報を打たせたが、色よい返事がないらしい。

あの子は妹のエミリアと違い、気難しく暗い性格の子だった。

叱るとすぐに黙り込み、何を考えているか全くわからない。
見た目も頭も悪くないのだが、すぐに反発するし、冗談が通じない。

もっと明るく、おおらかな子になって欲しかったのだが。

「げほっ、げほっ!」
「あなた・・・大丈夫?」

妻が水を手渡してくれる。

「ああ・・・」

咳こむと苦しい。
妻が心配そうに私をみつめる。

「・・・あの子にも、手紙を書きたいのだ。紙とペンを用意してくれ・・・」

妻はすぐに用意してくれた。

今の私の思いのすべてを込めてしたためた手紙を妻に渡す。

「・・・疲れた。私は少し休む。あの子にこれを届けてくれ」

私は妻に頼むと布団に体を預ける。

あの子が私から手紙を読んだ時のことを思う。

本来は優しい子だ。

すぐにここへやってくるに違いない。
涙を流しながら、今生の別れを惜しむに違いない。

親不孝な所業に気付いて、謝罪するかもしれない。

もちろん、私はすべてを許そう。
最期まで優しい父親として彼女を迎え入れよう。

エミリアは姉のアリシアのことはあきらめろというが、そんなことできるわけがない。
我々は血のつながった家族なのだから。

些細なすれ違いなど、淡雪のように消え去るに違いない。

そうして、私は待った。

病床であの子を待ち続けた。

せめて、手紙が届いていないか。
妻に何度も尋ね続けた。

彼女は静かに首をふるだけだった。

そして、息がますます苦しくなり・・・体を起こすこともままならなくなった頃、妻が枕元へやってきた。

その手には一通の手紙。

やっとあの子からの返事が来た。
本人が来れないなんて、何かあったのかもしれない。

「・・・アリシアに・・なにか・・あったのか?・・・」

妻は首をふった。

「あの子は、ここには来ません」
「・・なん・・・だと・・・」
「アリシアは・・・あなたに、あなたの手紙に激怒しているそうです」

私は雷に打たれたようなショックを受けた。

気難しい性格とはいえ、親が死にかけているのにここに来ないどころか、激怒しているとは一体どういうことなのか?

わからない・・・あの子がわからない。

「一体、あの子は何を考えているのでしょう?」

妻がつぶやく疑問。私こそがそれを聞きたい。

私は震える手で、アリシアからの手紙を開封した。



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