【完結】悪役だった令嬢の美味しい日記

蕪 リタ

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間幕1

③ 冬薔薇の夜会(1)

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 息が白くなり、手がかじかむほどの風が吹く寒空の下。日が差していなければ、外出を控えたくなるのに――この人は、わざわざ公爵邸うちまで足を運んできた。相手をしないわけにもいかず、皮が綺麗になるまで洗っていたイモ達はヤン達に使ってもらうことにして、着替えてサロンで出迎えた。あぁ、今日は揚げたイモを使ったポテサラにニョッキのトマチトマトソースがけを作ろうとしたのに・・・・・・。貴重な私の料理の時間を・・・・・・このヤロー。ヤン達に押しつけて申し訳ないけど、イモは使ってもらえる。でも、私の料理この時間は私だけのものなんだよー。

 若干イライラが止まらないままの笑顔で出迎えてしまったが、ニッコニコの奴は王家御用達のお菓子屋さんの箱を手渡してきた。ムスッとしながら受け取った中身は、この冬限定クリームサンディー(地球で言うとマカロン)が入っていた。思わず見入みいってしまい、奴は私の横でクスクスと、隠しているのかうつむきながら肩を揺らしていた。

 ちょっとこのクリームサンディーで気分が上がったので、庭が見える位置にあるソファまでケヴィンに案内してもらう。いつもの事かみたいな顔をしながらお茶の用意をするニナにミルクティーを淹れてもらい、頂いたクリームサンディーと共に出してもらう。ヤバい。この世界アルバに来て、初のマカロン。地球のも色々種類があったが、この国オリジナルのマカロンは白や赤、数種類絶妙に違う色のピンク。王家御用達店だから、マカロンに国花ローズの絵柄が入ってる。香りも薔薇だ。味も薔薇かな?

 なんて一人でじいーっと見つめていると、向かいに座った奴はまた俯いて肩を揺らしていた。もう、帰ってくれないかな? とりあえず笑ってる奴は放って置いて、初マカ・・・・・・じゃなかった、初クリームサンディーを頬張ほおばる。あ、思ったよりくどくないクリームが生地と共にシュッと溶ける。優しい甘さの後に、薔薇の香りとララの実ラズベリーの甘酸っぱさが広がる――美味しい! 薔薇を練り込んだ生地に、薔薇のクリーム。そこにララの実ラズベリージャムをはさんであるのは、地球でも探せばあるだろう。ただ、この薔薇がアルバにしかない薔薇っていうところが高ポイント! 毎度毎度のチョイスは、完璧に私の求めてる物ドンピシャですよ。流石、良く言えば・・・・・計算高い人だわ。

 で、よ。何でこの人――第二王子殿下が、寒い中わざわざ公爵邸うちまで来たかと言うと、来週に迫る四季祭しきさいの『冬薔薇の夜会』で着るドレスをプレゼントしに来てくれた・・・・・・らしい。私未成年だから、巻き込まないでくれないかなぁ?



 この西大陸では、四季に合わせて女神セラータ様に感謝や祈りを捧げる大きなお祭りがある。

 食物の豊穣を祈る『春の豊穣祭』が始まれば、冬が終わり早咲きのサラが咲き誇る春が訪れる。別名『桜祭り』と呼ばれるほど、桜を模した花飾りがどの家や店の軒先のきさきに咲き誇る。貴族の屋敷や王宮も例外なく、柱や門に至るまで全て桜尽くしになる。そして桜祭りの頃に生まれた子は、女神セラータ様からの幸運と呼ばれている。そのため、『桜祭り』から名を頂く子が多い。女児ならサラ、男児ならサラス等。私は夏生まれだから、サラにはならなかったわ。

 あ、流石乙女ゲームの元になった世界なだけあって「めっちゃ桜あるわー」って、思い出した当初は思ってたわ。でもお勉強・・・したら、女神セラータ様が招喚した人が桜を見つけて品種改良して・・・・・・サラの実さくらんぼ栽培に成功したってあったの。北公爵領のマガタ・・・地区が、サラの実さくらんぼ栽培で有名なの・・・・・・山形から連れてきた人かなって、ちょっと思ったわ。

 それたわ、話を戻します。

 国花の薔薇が咲く時期の初夏に、食物の成長と子供の無病息災を願う『夏の成願祭せいがんさい』がある。これが始まれば、本格的な夏が訪れる。こちらは軒先などに、緑の早咲きの薔薇を飾りつける。薔薇を飾るのは、この国ならでは。他国だと、早咲きの国花を飾ったり、遅咲きに品種改良された国花を飾ったりする。

 通称『花祭り』が終わると気温が一気に上昇するから、嫌々夏が来たことを知らされる。公爵領は海沿いだから、海風で涼しく過ごせる方だけど・・・・・・問題はそこじゃない。『花祭り』が終わると、待ってるのは魔物活性シーズン。海の魔物は繁殖期が夏の為、大暴れの時期に入る。公爵家うちは、全員・・例外なく魔物狩りに出される。そう全員・・。私も詠唱無しで魔法が使える程、魔法制御ができるようになったので、十歳を機に駆り出されるようになった。うん、アレはね・・・・・・今度また別の機会に話すよ。あの時、何で殿下は来たんだろう・・・・・・。

 秋の収穫が始まって一ヶ月ほど経つと、健康と食物のみのりに感謝する『秋の収穫祭』が始まる。コスモスの鉢を飾り、街中で食べ物の屋台が出る。不作の年は屋台の数は減るものの、収穫物の露店はある。何処どこかしら豊作の土地があるので、旬の美味しいものは間違いなく食べられる。凄く私向きのお祭りよね! 新しい食材を露店で見つけては、ヤン達と一緒に何が出来るか「考えて・作って・食べる!」のが毎年の楽しみ。食祭り!って言いたいところだけど、別名は『秋桜あきサラ祭り』。

 冬になると、一年無事に過ごすことができた事を女神様に感謝する『冬の感謝祭』があり、地球で言うところの年越しイベント。こちらも国花の生花を各々おのおの国で飾る為、他国とは異なる。ローズ国では薄いピンク色が外側をう、真っ白な薔薇を飾る。

 この感謝祭の最後を彩るのが王家主催の夜会で、薔薇を飾ることから『冬薔薇の夜会』と呼ばれている。これが終われば本格的な冬に入り、春の桜祭りまで社交はオフシーズンのため、旧新年の挨拶も含まれる王家主催のパーティーが昼ごろから始まる。未成年がいる家は昼から、成人のみの家は夕方から王宮に上がる。成人年齢は大体大陸毎で異なり、西大陸の成人は十六歳。私は現在十三歳で、もちろん未成年。そう、未成年。目の前に座る、いい笑顔でドレスを持参した人は三つ上。そう、十六歳。成人おめでとう、殿下。何回でも言おう! お願いだから、私を巻き込まないで!


「今度、冬薔薇があるだろう?」
「えぇ。私はお昼頃・・・伺う予定ですが」


 カチャリと、珍しく音を立ててカップを置く殿下。どうしたのかと顔を向けると、いい笑顔でこちらを見つめていた。あぁ、私が顔を上げるようわざと音を立てたな。チッ、上げちゃったじゃない。こっちは料理出来なくてイライラしてるのに、更に油を注ぐんじゃないよ! 私の邪魔さえしなければ、素直にするのに・・・・・・面白がってるだろ、この人。


「君はこれが終われば、領地へ帰るんだろう?」
「殿下もお忍びでいらしたことがあるから、ご存知だと思いますが。我が領地は夏が魔物活性シーズン。冬は南公爵領が魔物活性シーズンです。ですので、雪の積もらない我が領地は、冬は漁にせいがでるの・・・・・・」
「レティ?」


 え?何か地雷あっ・・・・・・あったわ。何でよ。いいじゃない、殿下呼びで。何が不満なのよ。


「あ・・・・・・えっと、リ、ォネルさっま」


 うぅ、噛んじゃったじゃん! 慣れないのよ、名前呼び。大体、婚約者になったからって、殿下呼びの何がいけないのよ。


「よくできました。あぁ、でもいつでも『リオ』と呼んでもいいからね?」


 ご機嫌になった殿下は、ニコッとしながら頭を撫でてきた。そーじゃない!! あんたは目的を果たせよ! どうせ、女けに夜会に誘いにきてるくせに!! 撫でられるのにもなれず、恥ずかしくて照れながらも殿下に抗議の目を送る。もう、聞いたほうが早いか? というか、いつの間に隣に座ってるの?


「して、リオネル様。本日のご用件は?」
「あぁ、そうだったね。君が領地に帰る前に、二人の時間を取りたくてね?」
「・・・・・・二人の時間を取るなら、ドレスはいらないのでは?」
「もう、君なら察してるだろう?」
「女性除けに、夕方からの参加にせよと?」


 未成年でも、夕方からの参加にできる唯一の方法。それは、婚約者が成人して初めて・・・『冬薔薇の夜会』に参加する時だけ、家族の許可を得た場合は随伴ずいはん出来ると言う例外。殿下のことだから、公爵家うちの許可はすでに取っているでしょう。

 こうなれば、拒否も出来ないだろうと返事をしようとしたら、殿下が目の前に迫っていた。所謂、アゴクイ(だったかな?)の状態。


「聞き捨てならないな。が、君を女除けの道具・・にする為にここに来たみたいだ」
「・・・・・・違うのですか?」


 察して欲しいのはそこじゃないと、あの・・怖い笑顔で迫ってくる。久しぶりで怖い・・・・・・ていうか、違うの?違わないの? 何? え、地雷踏んだ!?いつ!?

 殿下のあごを持ち上げる手に、更に力が入る。ヤバい! これ以上上げられると、首の筋がおかしくなる!!


「はぁー。レティシアは、いつになったらが本気だと分かる?」


 いや、そんなアゴクイをしながらため息つかれても。あ、目までウルウルし始めた。子犬みたいな顔されても、この状態で何も出来ませんて! ていうか、本気って何の話??


「その顔、本当にわかってないな。まあ、いいか。今はこれで許してあげる」
「? あの、リお・・・・・・」


 何か納得?したのか、殿下の中で折り合いがついたようなので、今なら断ってもいけるんじゃないかと声をかけようとした瞬間。目元に触れる感触。え?えぇ!? キスされた!?しかも目元に!! このアルバで『目元にキス』は愛の告白と同義・・。は? え?本気って? え?そっち!? マジですか!?

 目元を手で押さえながら混乱する私をよそに、殿下は耳元で「当日は迎えに来るから、待ってなさい」と話され、ケヴィンと共にサロンを出ていった。残ったのは、殿下からいただいた赤いクリームサンディーと同じくらい真っ赤な顔で混乱する私と、何事もなかったかのようにミルクティーのお代わりを淹れるニナ。




 この後心配していたイモのことすら忘れ、夕食の声がかかるまで、顔を手で覆って声にならない声でもだえていた。ほんと、何してくれてんだーーー!!!
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