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伝説の生き物
①
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ルベー領から帰還したマリナは、本来の通常業務である外受付へと戻った。
マリナが帰還した日、長期休暇を取っていたハンター上がりの数人がちょうど外受付へと復帰したこともあり、マリナの業務は減りに減り。
現在、マリナの勤務時間はいつもより短い。
休みよりも“ご飯”を取ったマリナの休みはまだ先となり、一日勤務から半日勤務へとシフトした。
巡礼に出た“聖女サマ”もしばらく帰ってこないし、ここ最近マリナの心を時たま乱す男も物理的な距離のおかげでフラッと会いに来ない。
時短勤務で昼食から夕食までの勤務だし、今の時期の救助は最盛期の夏場よりもだいぶ落ち着いているため、のんびりとした心地で仕事ができる。
まだ寒さから抜け出す季節ではないため、とてつもなく寒いが。
それでも、マリナにとって終始ご機嫌でいられるご褒美タイムであった。
…………こういう時、何かしら彼女の身に起こるとしても。
王都は雪が降るけど国の北側のように積もったりしないため、肌に刺す空気はものすごく寒い。
マリナが穏やかに過ごすこの日は、ここ数週間のなかでも特に空気がひんやりとしていて、空を見上げれば重そうな分厚い鈍色の雲が一面を覆っている。
もうすぐ雪がちらつくかもしれない。
外の寒さの所為か温まりきらない室内で、一際寒い窓際のいつもの定位置。
マリナは、アツアツの湯気で今にも火傷しそうなポトフをスプーンで一掬い。
掬われたイモからの湯気を吹き飛ばさん勢いで“フーフーフー”とこれでもかというほど冷ましていた。
おかげで一口目にまだありつけていない。
そんなマリナが漸く一口頬張った時、目の前にソッと座る線の細い男――このギルドで怒らせてはいけない男ミランだ。
笑顔を崩さないミランは、どうやらマリナの至福な時間を邪魔したい訳ではないよう。
マリナが食べ終わるのを待って、本題へ入った。
「“タラスク”が出たようです」
「ん゛ッ」
飲んでいたお茶をマリナは危うく吹き出しかけたが、何とか欠片しか残っていない淑女の矜持総動員で持ちこたえた。
「失礼しました。副長…………今ナント?」
「“タラスク”が出た、と言いました」
「ホンモノ、ですか? 伝説上の生き物だったのでは」
「その筈ですが。東のブラオから報告が上がっています」
どう聞いても機密事項だが、ミランは普段通り話していく。
下手に隠すより堂々と話していた方が、五月蝿いくらいのギルド内では良いのだろう。
「ブラオでですか? 茶葉に影響があるのでは」
「いえ、ブラオではありません。隣のイェーガーです」
「……は、い?」
笑顔のままのミランは懐から一通の手紙を出すと、マリナへと手渡した。
「召集です。行きますよマリナ」
マリナがトレーをカウンターへ返すと同時に連れていかれたのは、ミランの執務室ではなく――王城の一角。
政が行われる東側の宮殿の最上階、国のトップの執務室が並ぶ廊下の一番外端の部屋。
この部屋は、ミランが緊急時や任務等で転移魔法を使って登城可能な特別部屋。
彼についてギルド内の副長執務室に続いたはずのマリナだったが、戸を閉めた瞬間発動した彼の魔法によって王城まで強制連行されていたのだ。
「……既にメンドクサイのですが」
「私なんて“籍”抜いても喚ばれましたから。それだけ“機密事項”ということですよ」
何てことの無いように話すミランの顔をソッと見上げるマリナ。
彼の顔がこれ以上も無いほどに“いい笑顔”で、すぐに視線を外した。
既に城側といろいろやり取りした後なのだろう。
これは、ミランがキレる前に終わらせなければいけない。
そう思ったマリナは、ギルドの制服に乱れがないか確認した。
隣の鬼は、いつものノータイ姿からしっかりタイを揃えてジャケットを羽織っている。
「マリナ、帰ったら美味しいものを食べさせてあげますよ?」
「え……いいんですか?」
「勿論。私だってご褒美が欲しいですから。さあ、行きましょうか」
ミランの言葉に何か引っ掛かりを覚えたマリナだが、どこに引っ掛かったのかがわからず。
それよりも今は緊急案件の方が優先だと頭の片隅に追いやり、部屋を出るミランへと続いた。
とある執務室へ通されると、ミランの被害者なのか既に疲れきった顔の宰相と騎士団長が待っていた。
国王は現在南の国境に隣接する砂漠地帯で、南側の隣国と三ヶ国合同討伐に出ている。
ハンターが作った国故なのか、トップが脳筋集団の所為なのか、国王自ら討伐に参加してしまうのはルイーネ特有。
一番強い脳筋がトップになってしまった結果とも言う。
おかげで他国は同等の強さの将軍や兵団長を出して魔物の討伐へ向かっている。
ちなみに“聖女サマ”御一行が南へ向かったのも、国王への挨拶のため――らしい。
「討伐は楽しみだけど、お客さん相手するのは嫌なんだよねー」
そう言って鼻歌を歌いながら、マリナの視察を邪魔した赤蕪男がぼやいていたのを思い出す。
あの人は無駄にランクがSため、国王の“補佐”として向かったはずだが……
とここまで考えて、考えを放棄したマリナ。
政やらナンやらは面倒なので巻き込まれたくないため、何も聞いてない何も知らないで通す。
いつものように、任務について話すミラン副長の斜め一歩後ろで大人しくするマリナであった。
マリナが帰還した日、長期休暇を取っていたハンター上がりの数人がちょうど外受付へと復帰したこともあり、マリナの業務は減りに減り。
現在、マリナの勤務時間はいつもより短い。
休みよりも“ご飯”を取ったマリナの休みはまだ先となり、一日勤務から半日勤務へとシフトした。
巡礼に出た“聖女サマ”もしばらく帰ってこないし、ここ最近マリナの心を時たま乱す男も物理的な距離のおかげでフラッと会いに来ない。
時短勤務で昼食から夕食までの勤務だし、今の時期の救助は最盛期の夏場よりもだいぶ落ち着いているため、のんびりとした心地で仕事ができる。
まだ寒さから抜け出す季節ではないため、とてつもなく寒いが。
それでも、マリナにとって終始ご機嫌でいられるご褒美タイムであった。
…………こういう時、何かしら彼女の身に起こるとしても。
王都は雪が降るけど国の北側のように積もったりしないため、肌に刺す空気はものすごく寒い。
マリナが穏やかに過ごすこの日は、ここ数週間のなかでも特に空気がひんやりとしていて、空を見上げれば重そうな分厚い鈍色の雲が一面を覆っている。
もうすぐ雪がちらつくかもしれない。
外の寒さの所為か温まりきらない室内で、一際寒い窓際のいつもの定位置。
マリナは、アツアツの湯気で今にも火傷しそうなポトフをスプーンで一掬い。
掬われたイモからの湯気を吹き飛ばさん勢いで“フーフーフー”とこれでもかというほど冷ましていた。
おかげで一口目にまだありつけていない。
そんなマリナが漸く一口頬張った時、目の前にソッと座る線の細い男――このギルドで怒らせてはいけない男ミランだ。
笑顔を崩さないミランは、どうやらマリナの至福な時間を邪魔したい訳ではないよう。
マリナが食べ終わるのを待って、本題へ入った。
「“タラスク”が出たようです」
「ん゛ッ」
飲んでいたお茶をマリナは危うく吹き出しかけたが、何とか欠片しか残っていない淑女の矜持総動員で持ちこたえた。
「失礼しました。副長…………今ナント?」
「“タラスク”が出た、と言いました」
「ホンモノ、ですか? 伝説上の生き物だったのでは」
「その筈ですが。東のブラオから報告が上がっています」
どう聞いても機密事項だが、ミランは普段通り話していく。
下手に隠すより堂々と話していた方が、五月蝿いくらいのギルド内では良いのだろう。
「ブラオでですか? 茶葉に影響があるのでは」
「いえ、ブラオではありません。隣のイェーガーです」
「……は、い?」
笑顔のままのミランは懐から一通の手紙を出すと、マリナへと手渡した。
「召集です。行きますよマリナ」
マリナがトレーをカウンターへ返すと同時に連れていかれたのは、ミランの執務室ではなく――王城の一角。
政が行われる東側の宮殿の最上階、国のトップの執務室が並ぶ廊下の一番外端の部屋。
この部屋は、ミランが緊急時や任務等で転移魔法を使って登城可能な特別部屋。
彼についてギルド内の副長執務室に続いたはずのマリナだったが、戸を閉めた瞬間発動した彼の魔法によって王城まで強制連行されていたのだ。
「……既にメンドクサイのですが」
「私なんて“籍”抜いても喚ばれましたから。それだけ“機密事項”ということですよ」
何てことの無いように話すミランの顔をソッと見上げるマリナ。
彼の顔がこれ以上も無いほどに“いい笑顔”で、すぐに視線を外した。
既に城側といろいろやり取りした後なのだろう。
これは、ミランがキレる前に終わらせなければいけない。
そう思ったマリナは、ギルドの制服に乱れがないか確認した。
隣の鬼は、いつものノータイ姿からしっかりタイを揃えてジャケットを羽織っている。
「マリナ、帰ったら美味しいものを食べさせてあげますよ?」
「え……いいんですか?」
「勿論。私だってご褒美が欲しいですから。さあ、行きましょうか」
ミランの言葉に何か引っ掛かりを覚えたマリナだが、どこに引っ掛かったのかがわからず。
それよりも今は緊急案件の方が優先だと頭の片隅に追いやり、部屋を出るミランへと続いた。
とある執務室へ通されると、ミランの被害者なのか既に疲れきった顔の宰相と騎士団長が待っていた。
国王は現在南の国境に隣接する砂漠地帯で、南側の隣国と三ヶ国合同討伐に出ている。
ハンターが作った国故なのか、トップが脳筋集団の所為なのか、国王自ら討伐に参加してしまうのはルイーネ特有。
一番強い脳筋がトップになってしまった結果とも言う。
おかげで他国は同等の強さの将軍や兵団長を出して魔物の討伐へ向かっている。
ちなみに“聖女サマ”御一行が南へ向かったのも、国王への挨拶のため――らしい。
「討伐は楽しみだけど、お客さん相手するのは嫌なんだよねー」
そう言って鼻歌を歌いながら、マリナの視察を邪魔した赤蕪男がぼやいていたのを思い出す。
あの人は無駄にランクがSため、国王の“補佐”として向かったはずだが……
とここまで考えて、考えを放棄したマリナ。
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