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ルベーのスープ
①
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出張組が帰還してから早一月。
“聖女サマ”は国内巡礼へと向かわれたらしい。
聖女サマ御一行の装備が間に合わず、冬でも比較的暖かい西の領地から南の国境を目指して旅立ったと会議で報告を聞いたマリナ。
これで暫くは会う事もないだろうと、自分の行き先へと配達する書類や物品の確認していた。
鼻歌混じりで。
マリナの浮かれているのは目に見えていたが、誰も注意しなかったのは皆が“聖女サマ”に疲れていたのもあった。
◇
バチバチと爆ぜる電気の音が耳を掠めていくのもお構いなしに、フワフワな毛並みに埋もれるマリナが居るのは、北の領地へと向かう上空。
肌を滑るように撫でていく毛並みは気持ち良いが、北へと向かうにつれて空気はひんやりとする柔らかい冷たさから肌を刺すような冷たさへと変わってきので、寒い。
上空だからなおさら。
王都はこれから南から来る暖かい風とともに春へと向かうが、北の冬はまだまだこれからが本番のようで、周りの景色もどんどん雪が深くなっていく。
点在するダンジョン近くの受付小屋へ寄っては書類や物品の受け渡しや細かな報告をし、時々居合わせるガラの悪い連中に絡まれては去なし――日暮れ前に着いたのは、目的のルベー領一歩手前の宿場町グリューンの端にあるダンジョン前。
日暮れの早い冬は、必ず早めに休憩を取るのを徹底されているため、ギルド職員は宿泊場所も指定されている。
安否確認もあるからだ。
夏場は国内どこでも比較的過ごしやすいために自由だが、国外や冬のルイーネでは必ず宿泊場所が指定される。
本日のマリナの宿は、グリューン唯一のダンジョン前にある受付小屋。
ヴェヒターの上級ダンジョンの受付小屋は小さな場末の酒場のようであったが、流石は有名宿場町、受付小屋までも小さな宿屋のような二階建ての建物だ。
ダンジョンよりも“緑の泉”と呼ばれる“温泉”が沢山在る町。
この町端にある小さな受付小屋にまで引けるほど湧き出る温泉を楽しみにしていたマリナは、今日はもう羽を休めるという相棒を従魔専用の小屋へと連れて行く。
浮かれた足取りで、ランからの残念な子を見るような視線を受けてもお構いなしに一晩過ごすための世話をするマリナ。
ランの水分や食事、寝床まで拵え終えると、一頻りランの毛並みを堪能してから受付小屋へと向かった。
「じっちゃん、ごはーん」
「誰がクソジジイだッ」
「……そこまで言ってないし」
戸を開けてマリナが声をかけたのは、近寄りがたい顔の老人。
どこぞの闇組織でも束ねているのかというような顔をしていて口も悪目だが、中身は幼い子どもの世話を赤ちゃん言葉でするようなただのとても優しいお爺ちゃん。
外見と口調の所為で子どもに逃げられたりするので、大分損していると思うマリナであった。
口を尖らせブツブツ文句を言うマリナに、早く座れと手招きする“じっちゃん”ことブラッツは、彼女がカウンター席へ座るや否や奥へと消えていった。
代わりに出てきたのは、どうみても“したっぱ”にしか見えないヒョロい男。
手には湯気立つカップと温められたパンがのったトレー。
マリナの声が聞こえて、用意していた食事を持ってきてくれたのだ。
「マーくんありがと」
「いーえー。あ、ブラッツ爺が書類と部屋の鍵持ってくるから」
「すんませーん!」
「はいはーい」
今準備してるから食べててと言い残して、したっぱマチューは呼ばれた他のテーブルへと歩いていった。
マチューからもらったトレーのパンを口へと運びながら、お行儀が悪くも聞き耳をたてるマリナ。
マチューを呼んだテーブル席に腰かける四人組は、ダンジョン帰りのようで、今回の成果の取り分を分け終えたようだ。
この後は、ここで一杯引っかけてからグリューンの町中へと戻るらしい。
町中の方には有名な宿屋もあるからのようだ。
酒のオーダーを取って戻ってきたマチューは、“食べるのが大好き”なはずのマリナのトレー内があまり減っていない事に気がついた。
「あれ? お腹減ってないの?」
「……いや、ダンジョン産はやっぱビミョーだなって。食べるけど」
「それでもやっぱり食べるんだ?」
「食べ物に罪はない!」
「ソーッスネー」
マリナの手が止まっていたのは、ダンジョン産の白カブが入ったスープ。
目の前のダンジョンで取れるためこの町ではよく食べられる大振りの白カブは、やたらめったら筋ばかり。
マリナはその食感があまり好きではないのだ。
味は好きだから食べてしまうが。
マリナと話ながら酒の準備をしていた器用なマチューは、出来上がった酒とツマミを持ってテーブル席へと戻った。
その背を通り越し、ツマミに出されたグリルチキンと揚げイモを見つめるマリナ。
あれも頼むべきか唸りながらスープを掻き込んだ。
ゴチンッといい音が鳴ったのはその数秒後。
書類などを手に戻ってきたブラッツ爺の拳が、行儀の悪い小娘の頭に落ちたのだった。
“聖女サマ”は国内巡礼へと向かわれたらしい。
聖女サマ御一行の装備が間に合わず、冬でも比較的暖かい西の領地から南の国境を目指して旅立ったと会議で報告を聞いたマリナ。
これで暫くは会う事もないだろうと、自分の行き先へと配達する書類や物品の確認していた。
鼻歌混じりで。
マリナの浮かれているのは目に見えていたが、誰も注意しなかったのは皆が“聖女サマ”に疲れていたのもあった。
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バチバチと爆ぜる電気の音が耳を掠めていくのもお構いなしに、フワフワな毛並みに埋もれるマリナが居るのは、北の領地へと向かう上空。
肌を滑るように撫でていく毛並みは気持ち良いが、北へと向かうにつれて空気はひんやりとする柔らかい冷たさから肌を刺すような冷たさへと変わってきので、寒い。
上空だからなおさら。
王都はこれから南から来る暖かい風とともに春へと向かうが、北の冬はまだまだこれからが本番のようで、周りの景色もどんどん雪が深くなっていく。
点在するダンジョン近くの受付小屋へ寄っては書類や物品の受け渡しや細かな報告をし、時々居合わせるガラの悪い連中に絡まれては去なし――日暮れ前に着いたのは、目的のルベー領一歩手前の宿場町グリューンの端にあるダンジョン前。
日暮れの早い冬は、必ず早めに休憩を取るのを徹底されているため、ギルド職員は宿泊場所も指定されている。
安否確認もあるからだ。
夏場は国内どこでも比較的過ごしやすいために自由だが、国外や冬のルイーネでは必ず宿泊場所が指定される。
本日のマリナの宿は、グリューン唯一のダンジョン前にある受付小屋。
ヴェヒターの上級ダンジョンの受付小屋は小さな場末の酒場のようであったが、流石は有名宿場町、受付小屋までも小さな宿屋のような二階建ての建物だ。
ダンジョンよりも“緑の泉”と呼ばれる“温泉”が沢山在る町。
この町端にある小さな受付小屋にまで引けるほど湧き出る温泉を楽しみにしていたマリナは、今日はもう羽を休めるという相棒を従魔専用の小屋へと連れて行く。
浮かれた足取りで、ランからの残念な子を見るような視線を受けてもお構いなしに一晩過ごすための世話をするマリナ。
ランの水分や食事、寝床まで拵え終えると、一頻りランの毛並みを堪能してから受付小屋へと向かった。
「じっちゃん、ごはーん」
「誰がクソジジイだッ」
「……そこまで言ってないし」
戸を開けてマリナが声をかけたのは、近寄りがたい顔の老人。
どこぞの闇組織でも束ねているのかというような顔をしていて口も悪目だが、中身は幼い子どもの世話を赤ちゃん言葉でするようなただのとても優しいお爺ちゃん。
外見と口調の所為で子どもに逃げられたりするので、大分損していると思うマリナであった。
口を尖らせブツブツ文句を言うマリナに、早く座れと手招きする“じっちゃん”ことブラッツは、彼女がカウンター席へ座るや否や奥へと消えていった。
代わりに出てきたのは、どうみても“したっぱ”にしか見えないヒョロい男。
手には湯気立つカップと温められたパンがのったトレー。
マリナの声が聞こえて、用意していた食事を持ってきてくれたのだ。
「マーくんありがと」
「いーえー。あ、ブラッツ爺が書類と部屋の鍵持ってくるから」
「すんませーん!」
「はいはーい」
今準備してるから食べててと言い残して、したっぱマチューは呼ばれた他のテーブルへと歩いていった。
マチューからもらったトレーのパンを口へと運びながら、お行儀が悪くも聞き耳をたてるマリナ。
マチューを呼んだテーブル席に腰かける四人組は、ダンジョン帰りのようで、今回の成果の取り分を分け終えたようだ。
この後は、ここで一杯引っかけてからグリューンの町中へと戻るらしい。
町中の方には有名な宿屋もあるからのようだ。
酒のオーダーを取って戻ってきたマチューは、“食べるのが大好き”なはずのマリナのトレー内があまり減っていない事に気がついた。
「あれ? お腹減ってないの?」
「……いや、ダンジョン産はやっぱビミョーだなって。食べるけど」
「それでもやっぱり食べるんだ?」
「食べ物に罪はない!」
「ソーッスネー」
マリナの手が止まっていたのは、ダンジョン産の白カブが入ったスープ。
目の前のダンジョンで取れるためこの町ではよく食べられる大振りの白カブは、やたらめったら筋ばかり。
マリナはその食感があまり好きではないのだ。
味は好きだから食べてしまうが。
マリナと話ながら酒の準備をしていた器用なマチューは、出来上がった酒とツマミを持ってテーブル席へと戻った。
その背を通り越し、ツマミに出されたグリルチキンと揚げイモを見つめるマリナ。
あれも頼むべきか唸りながらスープを掻き込んだ。
ゴチンッといい音が鳴ったのはその数秒後。
書類などを手に戻ってきたブラッツ爺の拳が、行儀の悪い小娘の頭に落ちたのだった。
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