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2 婚約者

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 生まれてから雨とともに育ったほど、親しみのある降りやまぬ雨を眺めながらお茶を手にする。ここが自分の部屋なら、ベッドでゴロゴロしながら本を読むのに。応接間って、お客様をもてなす場所なのに何もないのよね。
 

「……ねえ、ミア」
「お嬢様。言いたいことは分かりますが、我慢なさいませ」
「えー。ヒマなのにぃ」
「ほら、淑女の仮面はどちらに置いてきたのですか? まもなくいらっしゃるお時間になりますよ」

 
 侍女のミアが言うように、今日これからお客様がいらっしゃるのです。あまり気は進みませんが、先日父が結んできた――いえ、王命により結ばされた婚約のお相手です。
 あまり気が進まないのも、無理もないと思います。王妃になる憧れもなければ、王子様に恋しているわけでもない私マルティナ・タリスマンにとっては、この婚約自体リウビア国を裏から牛耳る以外に何のうま味もないので。
 まあ、すでに・・・裏を束ねているタリスマン公爵家にとってそれ・・すらもいらないのですがね。

  なぜ王子なんかと婚約する羽目になったかというと、王子が勉強しないおバカ――いえ、お子ちゃまとでも申しましょうか。姫君ばかりお生まれになっていて、やっと授かった王子は国王夫妻がお年を召してからの待望の跡継ぎ。リウビア国は男児が跡継ぎの優先順位上位になるので、王家はそれはそれはがんばったそうで。おかげで姫君は七人、いや八人めもお生まれになりました。そこへ、やっと待望の男児。それがいけなかったのでしょう。のびのび育てたいと両陛下のわがま……熱望されたため、すくすくとお育ちになられています。いろんな意味で。

  また、上の姉姫様がたが何事かに秀でたよくできた方ばかりなので、それもいけなかったと言えましょうか。
 周りの口さがない大人たちの言葉は、幼かった王子に相当ダメージを与えたようで。その王子に甘々な両陛下は、彼が何もしなくとも出来る嫁をもらえば息子をこのままのびのびと育てられると思ったそうです。そこで、家柄、教養ともに申し分のないとお墨付きをいただいている私に婚約のお話が来たそうです。
 もう一度言いますが、王命で。そんなことで『王命』なんて使うなよ、が聞かされた時の私の素直な感想です。
 すでに国を裏から束ねている父も、表でのお仕事は面倒だと手を付けなかったのですが……。ヘラルドお兄様も公爵家の仕事を任せられるほど立派に育ってきていますし、王家もこの有様で国も傾きはじめてしまうなら、と重い腰を上げたというところでしょうか。二つ返事で婚約を受けました。我が家的には『王命』を蹴飛ばせるはずですのにね。
 
 そうやって結ばされた婚約のお相手、おバカ――もといフェリクス・リウビア・リベルター王子殿下がいらっしゃるのです。婚約者同士の交流という名目で。
 あら? このドタバタ聞こえてくる感じは、いらしたのでしょうか。


「おまえがマルティナか! オレさまの妃にしてやってもいいぞ‼」


 護衛の制止も聞かずにバンッ、と乱暴に扉を開け放ってそう宣言されました。偉そうにしてますが、立場以外は言葉や態度から何までおバカさしか垣間見えませんが。今のところ。
 どうしましょう? こんなおバカさんと婚約なんて、何か面白いことでも起こるのでしょうか? 私、退屈なのが嫌いなのですが。
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