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第九章 美少女でもいじめられる
優しさの裏側
しおりを挟む朝のホームルームが終わった後、担任のねーちゃん先生に言われて教室を一緒に出る。
廊下でひとり立たされ、険しい顔をした先生に尋ねられた。
「水巻、あんたさ……お金に困ってるって本当なの?」
「へ?」
「私もね、噂だからさ。信じたくないけど……妙にリアルな話に聞こえたから。あんたがさ、土曜日この辺にある”ホテル 707”に立っていたって」
「なっ!?」
それを聞いて、思わず反応してしまった。
俺が知らないおっさんとホテルで待ち合わせをしていたのは、真っ赤な嘘だけど。
この前の土曜日の夜、鬼塚とイタリアンレストランを食べたあと、そのホテルの前に立っていたことは事実だ。
入口までで、なにもしてないけど。
「え……? 水巻、嘘でしょ? その反応……」
ねーちゃん先生が心配そうに俺の顔を見つめていたので、慌ててその場で作った嘘を話してみる。
「い、いやあの……確かに土曜日、私がそのホテルの前に立っていたのは事実です」
事実を認めると、先生は大きな声を出して驚く。
「え、えぇっ!? なんかしたの、あんた!?」
「先生、私はホテルの前に立っていただけです。それ以上のことは何もしてません」
「どういうこと? ラブホテルの前を何の目的もなく歩く?」
そんなことを生徒の俺に聞くかね。
「いや、あの辺のイタリアンレストラン。知りませんか? そこにあの……クラスメイトの鬼塚くんと食べに行ったんです。その帰りに道を間違えてしまって……」
俺が鬼塚という名前を出しただけで、先生は何かを察したようで笑い始めた。
「そうなの~ 鬼塚と夜ご飯を食べただけなんだぁ~ なら大丈夫だね。この話、先生も聞かなかったことにしてあげる!」
と俺の背中を思いきりブッ叩く、先生。
「いったぁ~!」
まあとにかく、これで先生の誤解は解けたようだ。
※
しかし、俺に対する噂はどんどん尾ひれがついていき、最終的には家族まで標的にされていた。
まず藍ちゃんという真面目な女子中学生は、遊ぶ金欲しさに学校近くのラブホテル前で毎日”援助交際”しているビッチで。
姉も当然、妹に負けないぐらいの娼婦として噂されていた。
お父さんは借金まみれのギャンブル依存症で無職。お母さんは娘たちを調教した現役熟女娼婦と表現されていた。
一体、どんな家庭だよ……。
その噂を聞く度に優子ちゃんが拳を作って、怒りを露わにしていた。
「なんなの……みんな急に訳のわからない噂なんかに騙されて!」
「ま、まあこういうのって、一過性でしょ? 私が相手にしなければ、そのうちみんな飽きるよ」
「嫌だよ! 噂でも私の藍ちゃんが悪く言われるのは!」
だから、俺は誰の物でもないけど。
放課後になり、いつものように優子ちゃんと一緒に帰ることになった。
下駄箱まで来たところで「ごめん、おしっこに行きたくなった」と優子ちゃんがトイレに向かっていった。
仕方ないので先に俺だけ上履きを脱いで、スニーカーに履き替えた瞬間。
かかとに冷たくて気持ち悪い感覚が伝わって来た。
なんだろうと、スニーカーを脱いでみたら……。
「えっ!? 血っ……」と思ったが、違う。
スニーカーの中には、恐らく給食の時に出されたケチャップがたっぷり塗られていた。
どうりで気持ち悪いわけだ。
しかし、このまま帰るのも気持ち悪いな。
玄関を出て左手に手洗い場があるのを思い出したので、そこに向かい真っ赤に染まったスニーカーと靴下を冷たい水で洗ってみる。
「まあ……取れた方かな。それにしても、誰がこんな陰湿な嫌がらせをしたんだ?」
そう呟くと、目の前の渡り廊下を歩く生徒がこちらに振り向き、ニコリと微笑む。
「水巻さん、さよなら~」
前髪も全て後ろの首元でひとつに結うオールバックポニーテールの少女。
鞍手 あゆみだ。
いつもながら、大きな瞳が印象的で吸い込まれそうだ。
「あ、さよなら……鞍手さん」
「寒いから水遊びは、ほどほどにね~!」
「うん……」
あれ? この並行世界に転生してあゆみちゃんに優しくされたの、初めてかも……。
ちょっと、ときめいちゃった。
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