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第九章 美少女でもいじめられる
何度も失恋
しおりを挟む俺はどうしても確かめたいことがあった。
それは……あゆみちゃんが我慢してまで毎日その子の家へ通ったという話。
この世界に”水巻 健太”という男の子は存在しなかった。
女体化した俺という藍ちゃんと、ごちゃ混ぜになった家族たちだけ。
他は基本的に前世に限りなく近い25年前の平行世界だ。
なら、小学校時代に鬼塚がいじめて不登校になり、あゆみちゃんが毎日自宅まで通って復学させようとした男の子は誰だ?
「あ、あのさ……その鬼塚がいじめた男の子ってなんて言う名前なの?」
それまで泣き叫んでいたのに、俺がそう言った途端、こちらを黙って見つめるあゆみちゃん。
「え? 名前……?」
「そうそう、名字でも下の名前でもいいから覚えてない?」
「名前……わかんない」
「え? 覚えてないの?」
「覚えてないていうか……なんでか、あの汚くて臭い子を思い出そうとすると、頭にもやがかかったようになるのよ。あんなにムカついてたのに、顔も思い出せないのよねぇ」
「……」
これじゃ、確かめようがないじゃないか。
※
一通り、自身の気持ちを吐きだしたところであゆみちゃんは「もう話は終わりよ」と言って、女子トイレから出ようとする。
それを俺が必死に止める。
「ま、待ってよ……」
「なによ! もう私の気持ちはわかったでしょ? あんたが良平くんを奪ったんだから、責任取りなさいよっ!」
「責任って……何度も言っているけど、私は鬼塚と恋愛関係じゃないって!」
「まだそんなこと言う気なの? あんたの気持ちは知らないけど……もう良平くんはあんたに惚れてるし。弟の翔平くんだって毎日毎日『藍お姉ちゃんの話を聞いて』って私に言うのよ! おばちゃんも『藍ちゃんは本当に良い子』ってべた褒め。これ以上、私に恥をかかせないで!」
そう吐き捨てると、俺の身体を突き飛ばして女子トイレから立ち去ってしまう。泣きながら……。
残された俺は個室トイレの壁に背中を預け、絶望していた。
「大好きな人に嫌われて……大嫌いなあいつに惚れられるって、どんな世界だよ」
気がつけば、右目から熱い涙が頬を伝っていた。
あゆみちゃんもずっと泣いていたけど、俺も涙が止まらない。
一度、女子トイレの手洗い場で顔を洗ってハンカチで拭いてみたけど。
それでも涙は止まってくれない。誰かに見られたら気まずいけど、このまま帰ろう。
そう思ってトイレの扉を開くと、目の前に学ラン姿の少年が廊下の壁にもたれ掛かっていた。
「鬼塚……」
「お、大丈夫か? 水巻?」
この野郎、わざわざ俺を待っていたのか。
さっきまで俺は大好きなあゆみちゃんとお前のことで言い争っていたのに……。
くそっ! 何が良かったんだ。こんなやつ。
「特に何もないから、心配しないで」
「何もないって……お前。じゃあなんでそんなに泣いているんだよ? まさか、鞍手に何かされたのか!?」
まずい、鬼塚のやつ誤解してやがる。これ以上、あゆみちゃんを追い詰めたら、何をしでかすか分からない。
俺は彼の腕を強く引っ張って、止めに入る。
「ち、違うから! あゆみちゃんはもう何も関係ないから……お願い。彼女を放っておいてあげて」
「わかったよ……でも、また鞍手から嫌なことをされた時、すぐに俺に教えてくれよな?」
「うん。でも、もう彼女は何もしてこないと思うよ」
「なんで、そう言い切れるんだよ?」
「女同士だから……かな」
それ以降、あゆみちゃんが学校に姿を見せることはなかった。
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