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第七章 窓
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私はモニタールームに駆け込んだ。
ハークがオペレーターに叫ぶ。
「〝あれ〟は、どこだ!」
「まだ、正確な位置は把握していませんが、現在、ヨーロッパ内ということは確認が取れています」
ハークは物足りない顔で怒鳴った。
「バカモノ! 何のために莫大な金を使ってまで、衛星を打ち上げたと思っておるのだ。世界の隅から隅まで探せ!」
いつになく、激しい口調でオペレーター達に指示を出している。
「まったく……使えん奴らだ」
ハークが悪態をついていると、部屋の中央にある巨大モニターに、一人の青年が映った。
「よう、ジジイ」
その青年は、ハークを馴れ馴れしい口調で呼んだ。
ハンサムな顔で、鼻が高く、目もくっきりとした二重、きりっとした眉。
長髪だけど、その端正な顔立ちで十分、女性誌の表紙を飾りそうな男性だ。
ハークは煙たそうな顔で、オペレーターに「モニターから消せ」と指示した。
青年が慌てて、それをとめる。
「ま、待てよ、ジジイ。今日はとっておきの情報を持ってきたぜ」
彼はため息をついて、目を閉じた。
「なんじゃ?」
モニターの中で、青年を片目をつぶりながら、人差し指を立てた。
「それが大変なのよ。なんと、あの〝悪魔の蓄音機〟が見つかったらしい」
ハークは首を横に振る。
「……知っておる」
青年は「ありゃ」と言って、コケる仕草をした。
「もういい、ルクス。おぬしは自分の任務に戻れ……」
ルクスと呼ばれた青年は口を尖らせた。
「へっ、聞くだけ聞いて、捨てるのかよ……まあ、いいさ。んじゃ、場所も知ってんだな……じゃあ、俺は仕事に戻るぜ」
ハークがハッとした顔で、目を開いた。
「ま、待て! おぬし、〝あれ〟の正確な場所を知っているのか!」
ルクスが首を傾げた。
「へ? あ、うん。まあね……」
「ほ、本当か! それを早く言わんか」
彼は不機嫌そうに、頬を膨らませた。
「なんだよ、逆ギレじゃん。ジジイが俺の話を聞かないから、悪いんだろ」
ハークはだいぶイライラしている様子で、短い首をボリボリと掻いている。
「だ~、もう! 謝るから、早く教えんか!」
それを聞いたルクスは「へへっ」と笑い、
「聞こえねぇな」
と、意地悪そうに言った。
ハークは小さな顔を真っ赤にして、言った。
「わ、悪かった。今度からはちゃんと、真面目に話を聞く。これでいいのか?」
ルクスは人差し指で鼻を掻いた。
「上等、上等」
そう言うと、彼の顔から笑みが消える。
「〝あれ〟は……〝悪魔の蓄音機〟は……フランスにある」
ハークの顔が険しくなった。
「フランスか……」
「そっちに詳しいデータを送っておくぜ」
「うむ」
ルクスの顔から甘いマスクが剥がれ、氷のような冷たい目をした獣が現れた。
その顔は化け物そのものだった。
「ジジイ……今度こそ、〝あれ〟をぶっ壊してくれ」
彼は静かに頷く。
ルクスはハークの意志を確かめると、また、もとのフニャけた顔に戻った。
「あっ、そこにいる可愛い子ちゃん、だれ?」
モニターから私を指差した。
ハークはまた、ため息をつく。
「おぬし、用が済んだのなら、さっさと、任務に戻れ」
「いいじゃんかよ! 俺にも教えろよ」
ハークが黙って私の方を見たので、私は答えを聞くまでもなく、モニターに近寄った。
「私、倉石 真帆と言います。よろしく、お願いいたします」
言いながら、何をよろしくお願いするのだろうか、と思った。
「く~、きゃわゆぃ~ね! ねえねえ、彼氏いるの?」
私は黙ったまま、俯いた。自然と、顔が赤くなるのを自分でも感じた。
それを見たルクスが嫌らしげに笑う。
「なんだ~、彼氏いるんじゃん」
痺れをきらしたハークが言った。
「ルクス、いい加減にせんと、こちらから、強制的に中継を切断するぞ」
「わ、分かったよ。んじゃ、ね。真帆ちゃん」
モニターがブツンと音を立てて消えた。
「あの……誰なんですか? さっきの人」
ハークは頭を抱えたまま、言った。
「奴もああ見えて、百八魔頭の一人じゃよ。ルクス・ボルト・バイジャン。そして、五大魔神、最大の汚点でもある」
私は耳を疑った。
「ええ! あの人が五大魔神の一人なんですか!」
「まあ、驚いても仕方ないな……。じゃが、奴が五大魔神の中で、もっとも強いんじゃ。実力は大したもんじゃよ、不思議なことにな」
うんうん、と何回も頷いて、納得した仕草をした。
「……分かる気がします」
「ん? どうしてじゃ?」
「だって、ハークさん。足も短けりゃ、身体も小さいし、それに……あんまり強そうに見えないし」
ハークは唾を飛ばしながら怒鳴った。
「何を言っておるか! この姿は仮の身じゃ。確かに、実力はルクスの方が上じゃがな」
「仮の身って?」
「つまりだな……ワシら、五大魔神は、普段、魔力の消費を最小限に抑えるために、皆、己の身を小さくするものなのじゃ。ルクスは人間のような姿じゃが、ワシなどはぬいぐるみのような姿じゃろ?」
「あ、はい」
私は思った。
自覚してたんだ……。
「なぜ、魔力を最小限に抑えなければならないのか……。というのも、ワシらが封印した魔王派の魔族達を、この世に出さないためなんじゃ。ワシらはその封印した地の精霊や魔将と呼ばれる者たちと契約し、魔力を与える代わりに、彼らに封印を解かれないよう封印地を護ってもらうのじゃ。まあ、ギブ・アンド・テイクじゃな」
私は彼の話を聞いて、もう二頭身の姿を見て笑ってはいけないな、と思った。
ハークはオペレーターに指示した。
「各員、ハーリー号に搭乗準備!」
なにやら、辺りが騒がしくなってきた。
「あの……ハーリー号って?」
「高速空中戦艦じゃよ。自衛隊も保有しておらん」
ハークが自慢げに笑う。
「今から、〝悪魔の蓄音機〟を壊しに、フランスに行くんですか?」
ハークが鋭い目つきで答えた。
「ああ、今度こそ、ぶっ壊してやるわい」
「じゃあ、ルクスさんも?」
「いや、奴は別の任務があるんでな」
「別の任務?」
「うむ、確かに魔王派の魔族はほとんど、封印したのじゃが、新しい魔族も生まれてきたのでな。中には、ワシらに反発する者もいるんじゃよ。ルクスの任務は魔族の鎮静化じゃ。他の五大魔神も似たようなことをしておる。うち一人が行方不明なんじゃが……まあ、ワシ一人で十分さ」
ハークは私の肩……には届かないので、膝をポン、と叩いた。
「ま、待ってください!」
「ん?」
私は胸の前で拳をつくって言った。
「わ、私も……私も連れて行ってください!」
ハークは目を丸くした。
「なんじゃと! なにを言っておるか! ワシらは遊びに行くわけではないのじゃぞ。戦争に行くんじゃ!」
気がついた時、私は涙を流していた。
胸が苦しくて張り裂けそうで、とても辛かった。
でも、私はここで動かなきゃ、ダメなんだ。
先輩だったら、絶対にそうするよ。
「わ、私、今じゃなきゃ、ダメなんです。今、止まると、もう走れない気がするんです。今が一番、苦しい時なんです。先輩が……言ってました。『苦しい時でも、少し我慢して走れ。そこで止まったら、一生走れなくなる。だから、我慢して走れ。しばらく、走ったら〝窓〟は開ける』って……。だから、私にも走らせてください!」
ハークは獣の顔をして、私の目をじっと見つめている。
私も負けじと睨み返した。
緊張した空気の中に、可愛らしい子供の声が聞こえた。
「いいじゃん、連れて行けばさ。どうせ、その〝悪魔の蓄音機〟が動いちゃったら、世界は壊れるんでしょ? そうなったら、みんな死んじゃうんだし」
そう言ったのは、青い小猫、ペータンだった。
「ペータン」
ハークはしばらく私を難しい顔で睨んだあと、深いため息をついた。
「分かった、分かった。好きにするがいい。ただし、命の保障はないぞ」
「ありがとうございます! ハークさん」
そう言って、深々と頭を下げる。
ついでにペータンにもお礼をした。
「ありがとう、ペータン」
ペータンは照れくさそうに、しっぽを振った。
ハークがオペレーターに叫ぶ。
「〝あれ〟は、どこだ!」
「まだ、正確な位置は把握していませんが、現在、ヨーロッパ内ということは確認が取れています」
ハークは物足りない顔で怒鳴った。
「バカモノ! 何のために莫大な金を使ってまで、衛星を打ち上げたと思っておるのだ。世界の隅から隅まで探せ!」
いつになく、激しい口調でオペレーター達に指示を出している。
「まったく……使えん奴らだ」
ハークが悪態をついていると、部屋の中央にある巨大モニターに、一人の青年が映った。
「よう、ジジイ」
その青年は、ハークを馴れ馴れしい口調で呼んだ。
ハンサムな顔で、鼻が高く、目もくっきりとした二重、きりっとした眉。
長髪だけど、その端正な顔立ちで十分、女性誌の表紙を飾りそうな男性だ。
ハークは煙たそうな顔で、オペレーターに「モニターから消せ」と指示した。
青年が慌てて、それをとめる。
「ま、待てよ、ジジイ。今日はとっておきの情報を持ってきたぜ」
彼はため息をついて、目を閉じた。
「なんじゃ?」
モニターの中で、青年を片目をつぶりながら、人差し指を立てた。
「それが大変なのよ。なんと、あの〝悪魔の蓄音機〟が見つかったらしい」
ハークは首を横に振る。
「……知っておる」
青年は「ありゃ」と言って、コケる仕草をした。
「もういい、ルクス。おぬしは自分の任務に戻れ……」
ルクスと呼ばれた青年は口を尖らせた。
「へっ、聞くだけ聞いて、捨てるのかよ……まあ、いいさ。んじゃ、場所も知ってんだな……じゃあ、俺は仕事に戻るぜ」
ハークがハッとした顔で、目を開いた。
「ま、待て! おぬし、〝あれ〟の正確な場所を知っているのか!」
ルクスが首を傾げた。
「へ? あ、うん。まあね……」
「ほ、本当か! それを早く言わんか」
彼は不機嫌そうに、頬を膨らませた。
「なんだよ、逆ギレじゃん。ジジイが俺の話を聞かないから、悪いんだろ」
ハークはだいぶイライラしている様子で、短い首をボリボリと掻いている。
「だ~、もう! 謝るから、早く教えんか!」
それを聞いたルクスは「へへっ」と笑い、
「聞こえねぇな」
と、意地悪そうに言った。
ハークは小さな顔を真っ赤にして、言った。
「わ、悪かった。今度からはちゃんと、真面目に話を聞く。これでいいのか?」
ルクスは人差し指で鼻を掻いた。
「上等、上等」
そう言うと、彼の顔から笑みが消える。
「〝あれ〟は……〝悪魔の蓄音機〟は……フランスにある」
ハークの顔が険しくなった。
「フランスか……」
「そっちに詳しいデータを送っておくぜ」
「うむ」
ルクスの顔から甘いマスクが剥がれ、氷のような冷たい目をした獣が現れた。
その顔は化け物そのものだった。
「ジジイ……今度こそ、〝あれ〟をぶっ壊してくれ」
彼は静かに頷く。
ルクスはハークの意志を確かめると、また、もとのフニャけた顔に戻った。
「あっ、そこにいる可愛い子ちゃん、だれ?」
モニターから私を指差した。
ハークはまた、ため息をつく。
「おぬし、用が済んだのなら、さっさと、任務に戻れ」
「いいじゃんかよ! 俺にも教えろよ」
ハークが黙って私の方を見たので、私は答えを聞くまでもなく、モニターに近寄った。
「私、倉石 真帆と言います。よろしく、お願いいたします」
言いながら、何をよろしくお願いするのだろうか、と思った。
「く~、きゃわゆぃ~ね! ねえねえ、彼氏いるの?」
私は黙ったまま、俯いた。自然と、顔が赤くなるのを自分でも感じた。
それを見たルクスが嫌らしげに笑う。
「なんだ~、彼氏いるんじゃん」
痺れをきらしたハークが言った。
「ルクス、いい加減にせんと、こちらから、強制的に中継を切断するぞ」
「わ、分かったよ。んじゃ、ね。真帆ちゃん」
モニターがブツンと音を立てて消えた。
「あの……誰なんですか? さっきの人」
ハークは頭を抱えたまま、言った。
「奴もああ見えて、百八魔頭の一人じゃよ。ルクス・ボルト・バイジャン。そして、五大魔神、最大の汚点でもある」
私は耳を疑った。
「ええ! あの人が五大魔神の一人なんですか!」
「まあ、驚いても仕方ないな……。じゃが、奴が五大魔神の中で、もっとも強いんじゃ。実力は大したもんじゃよ、不思議なことにな」
うんうん、と何回も頷いて、納得した仕草をした。
「……分かる気がします」
「ん? どうしてじゃ?」
「だって、ハークさん。足も短けりゃ、身体も小さいし、それに……あんまり強そうに見えないし」
ハークは唾を飛ばしながら怒鳴った。
「何を言っておるか! この姿は仮の身じゃ。確かに、実力はルクスの方が上じゃがな」
「仮の身って?」
「つまりだな……ワシら、五大魔神は、普段、魔力の消費を最小限に抑えるために、皆、己の身を小さくするものなのじゃ。ルクスは人間のような姿じゃが、ワシなどはぬいぐるみのような姿じゃろ?」
「あ、はい」
私は思った。
自覚してたんだ……。
「なぜ、魔力を最小限に抑えなければならないのか……。というのも、ワシらが封印した魔王派の魔族達を、この世に出さないためなんじゃ。ワシらはその封印した地の精霊や魔将と呼ばれる者たちと契約し、魔力を与える代わりに、彼らに封印を解かれないよう封印地を護ってもらうのじゃ。まあ、ギブ・アンド・テイクじゃな」
私は彼の話を聞いて、もう二頭身の姿を見て笑ってはいけないな、と思った。
ハークはオペレーターに指示した。
「各員、ハーリー号に搭乗準備!」
なにやら、辺りが騒がしくなってきた。
「あの……ハーリー号って?」
「高速空中戦艦じゃよ。自衛隊も保有しておらん」
ハークが自慢げに笑う。
「今から、〝悪魔の蓄音機〟を壊しに、フランスに行くんですか?」
ハークが鋭い目つきで答えた。
「ああ、今度こそ、ぶっ壊してやるわい」
「じゃあ、ルクスさんも?」
「いや、奴は別の任務があるんでな」
「別の任務?」
「うむ、確かに魔王派の魔族はほとんど、封印したのじゃが、新しい魔族も生まれてきたのでな。中には、ワシらに反発する者もいるんじゃよ。ルクスの任務は魔族の鎮静化じゃ。他の五大魔神も似たようなことをしておる。うち一人が行方不明なんじゃが……まあ、ワシ一人で十分さ」
ハークは私の肩……には届かないので、膝をポン、と叩いた。
「ま、待ってください!」
「ん?」
私は胸の前で拳をつくって言った。
「わ、私も……私も連れて行ってください!」
ハークは目を丸くした。
「なんじゃと! なにを言っておるか! ワシらは遊びに行くわけではないのじゃぞ。戦争に行くんじゃ!」
気がついた時、私は涙を流していた。
胸が苦しくて張り裂けそうで、とても辛かった。
でも、私はここで動かなきゃ、ダメなんだ。
先輩だったら、絶対にそうするよ。
「わ、私、今じゃなきゃ、ダメなんです。今、止まると、もう走れない気がするんです。今が一番、苦しい時なんです。先輩が……言ってました。『苦しい時でも、少し我慢して走れ。そこで止まったら、一生走れなくなる。だから、我慢して走れ。しばらく、走ったら〝窓〟は開ける』って……。だから、私にも走らせてください!」
ハークは獣の顔をして、私の目をじっと見つめている。
私も負けじと睨み返した。
緊張した空気の中に、可愛らしい子供の声が聞こえた。
「いいじゃん、連れて行けばさ。どうせ、その〝悪魔の蓄音機〟が動いちゃったら、世界は壊れるんでしょ? そうなったら、みんな死んじゃうんだし」
そう言ったのは、青い小猫、ペータンだった。
「ペータン」
ハークはしばらく私を難しい顔で睨んだあと、深いため息をついた。
「分かった、分かった。好きにするがいい。ただし、命の保障はないぞ」
「ありがとうございます! ハークさん」
そう言って、深々と頭を下げる。
ついでにペータンにもお礼をした。
「ありがとう、ペータン」
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