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第一章 因縁の世界へ転生
008
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規則的にドアをノックする音で飛び起きた。いつの間にか眠っていたらしい。
「ご飯よ~。皆もう揃ってるから急がないとなくなっちゃうわよ」
ドア越しに快活な母親の声が聞こえる。
「あ、ありがとう。今行くね」
初めての家族揃っての対面に、緊張で心臓が騒ぎだす。深呼吸を繰り返してどうにか落ち着かせると、わたしは足早にリビングへと向かった。
※※※
「遅かったじゃないか、待ちくたびれたぞ」
言葉とは裏腹に、父親らしき男性の表情は柔らかい。父親だけじゃない。少し遅れてしまったというのに、母親も、弟と思われる中学生くらいの男の子も、誰ひとりとして苛立ちを顕にしていなかった。豪華な食事が並んでいる食卓。にもかかわらず箸を付けていない様子。
温かいな、とわたしは無性に感じた。心底そう思う。それなのに。
どうして心臓が嫌な音を立てるのだろう。
「そうだ、茉衣。学校はどうだった?楽しかったか?」
「楽しいにきまっているでしょう、あなた。昨日も友達とドラマの話で盛り上がったって話してたじゃない。茉衣は友達がたくさんいるもの」
「……え?」
「それもそうか」
わたしの掠れた呟きは、父親の相槌にかき消された。
おかしい。一条さんは雪見茉衣は友達がいないと言っていた。あの後から帰宅するまで誰からも声を掛けられなかったことから、真実であると見ていいはずだ。だが、それだと母親の友達が多いという言葉と一致しない。
そこから導きだされる答えを弾きだしたとき、胸に荒波のような感情が襲った。
こみあげる哀しみを野菜スープと一緒に飲み込む。栄養が計算された華やかな料理は、途端に味を失った。
※※※
どのように会話を切り上げたか、あまり覚えていない。自室に入ったわたしはそのままずるずると崩れ落ちた。背中越しの冷たいドアの感触がこれが現実だということを教えてくれる。
わたしの考えは仮説に過ぎないが、的を得ている確信があった。叶うなら外れていてほしい。けれど。
やるせなさ。哀しみ。形容し難い感情で胸がいっぱいになる。夢で見た雪見茉衣も、こんな感情を抱えていたのだろうか。
「……あ」
記憶の雪見茉衣の部屋。彼女が泣いていたベッドのすぐ傍に、ノートとペンが落ちていたことを思い出した。青色の表紙のそれは、現在本棚の隙間を埋めていた。
私用のノートを開くことに一抹の罪悪感を覚えながら、表紙を捲る。白紙には、日付と数行の文章が連なっていた。どうやら日記のようだ。
わたしはゆっくりと息を吸って、一番上から目を通しはじめた。
※※※
四月△日
入学してから一週間が経った。相変わらずひとりぼっちのままだ。周りはもうグループで固まっていて話しかけづらい。でも勇気を出さなきゃ。明日は隣の席の子に話しかけてみよう。
四月〇日
会話があまり弾まなかった。あまり話すのが得意じゃないからつまらなかったかもしれない。どうしたらいいんだろう。
一月〇△日
もう友達を作るのは諦めたほうがいいのかもしれない。お弁当もひとりで食べてるし無理な気がする。もう学校行きたくない。でも家族に友達いっぱいいるって嘘ついちゃってるからどうにもできない。すごく惨めで死にたい。でも死んでも葬儀に学校の人は来てくれないよね。ぼっちだって家族にバレるかも。
※※※
続きは空白だった。やはりわたしの予想は合っていた。視界が涙でぼやけるのは、似たような感情を前世のわたしも抱いていたからだ。共感と前世の辛い記憶が唐突に思考を圧迫する。胸に広がるやるせない気持ちをそのままに、荒くページを捲った。
「……あれ、続きがある」
普段几帳面な文字が荒々しく白紙に踊る。日付は、昨日。入れ替わる前日の出来事が綴られているに違いない。だが、予想に反してそこに書かれていたのはたったの五文字だった。
六月〇日。
もう、疲れた
「ご飯よ~。皆もう揃ってるから急がないとなくなっちゃうわよ」
ドア越しに快活な母親の声が聞こえる。
「あ、ありがとう。今行くね」
初めての家族揃っての対面に、緊張で心臓が騒ぎだす。深呼吸を繰り返してどうにか落ち着かせると、わたしは足早にリビングへと向かった。
※※※
「遅かったじゃないか、待ちくたびれたぞ」
言葉とは裏腹に、父親らしき男性の表情は柔らかい。父親だけじゃない。少し遅れてしまったというのに、母親も、弟と思われる中学生くらいの男の子も、誰ひとりとして苛立ちを顕にしていなかった。豪華な食事が並んでいる食卓。にもかかわらず箸を付けていない様子。
温かいな、とわたしは無性に感じた。心底そう思う。それなのに。
どうして心臓が嫌な音を立てるのだろう。
「そうだ、茉衣。学校はどうだった?楽しかったか?」
「楽しいにきまっているでしょう、あなた。昨日も友達とドラマの話で盛り上がったって話してたじゃない。茉衣は友達がたくさんいるもの」
「……え?」
「それもそうか」
わたしの掠れた呟きは、父親の相槌にかき消された。
おかしい。一条さんは雪見茉衣は友達がいないと言っていた。あの後から帰宅するまで誰からも声を掛けられなかったことから、真実であると見ていいはずだ。だが、それだと母親の友達が多いという言葉と一致しない。
そこから導きだされる答えを弾きだしたとき、胸に荒波のような感情が襲った。
こみあげる哀しみを野菜スープと一緒に飲み込む。栄養が計算された華やかな料理は、途端に味を失った。
※※※
どのように会話を切り上げたか、あまり覚えていない。自室に入ったわたしはそのままずるずると崩れ落ちた。背中越しの冷たいドアの感触がこれが現実だということを教えてくれる。
わたしの考えは仮説に過ぎないが、的を得ている確信があった。叶うなら外れていてほしい。けれど。
やるせなさ。哀しみ。形容し難い感情で胸がいっぱいになる。夢で見た雪見茉衣も、こんな感情を抱えていたのだろうか。
「……あ」
記憶の雪見茉衣の部屋。彼女が泣いていたベッドのすぐ傍に、ノートとペンが落ちていたことを思い出した。青色の表紙のそれは、現在本棚の隙間を埋めていた。
私用のノートを開くことに一抹の罪悪感を覚えながら、表紙を捲る。白紙には、日付と数行の文章が連なっていた。どうやら日記のようだ。
わたしはゆっくりと息を吸って、一番上から目を通しはじめた。
※※※
四月△日
入学してから一週間が経った。相変わらずひとりぼっちのままだ。周りはもうグループで固まっていて話しかけづらい。でも勇気を出さなきゃ。明日は隣の席の子に話しかけてみよう。
四月〇日
会話があまり弾まなかった。あまり話すのが得意じゃないからつまらなかったかもしれない。どうしたらいいんだろう。
一月〇△日
もう友達を作るのは諦めたほうがいいのかもしれない。お弁当もひとりで食べてるし無理な気がする。もう学校行きたくない。でも家族に友達いっぱいいるって嘘ついちゃってるからどうにもできない。すごく惨めで死にたい。でも死んでも葬儀に学校の人は来てくれないよね。ぼっちだって家族にバレるかも。
※※※
続きは空白だった。やはりわたしの予想は合っていた。視界が涙でぼやけるのは、似たような感情を前世のわたしも抱いていたからだ。共感と前世の辛い記憶が唐突に思考を圧迫する。胸に広がるやるせない気持ちをそのままに、荒くページを捲った。
「……あれ、続きがある」
普段几帳面な文字が荒々しく白紙に踊る。日付は、昨日。入れ替わる前日の出来事が綴られているに違いない。だが、予想に反してそこに書かれていたのはたったの五文字だった。
六月〇日。
もう、疲れた
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