12 / 24
第一章 因縁の世界へ転生
012
しおりを挟む
わたしが生きたいように生きる。彼女から贈られた言葉をゆっくり反芻し、わたしは席を立った。移動教室がある休み時間はいつもにましてがやがやと賑やかだが、それ以上に心臓の音がうるさい。わたしが目の前に立つと、少女は本から視線をあげた。怪訝そうにひそめられた眉にひるみそうになる。でもここで諦めたら今までと同じだ。変わるんだと、わたしは笑いかけた。
「次の移動教室、よければ一緒に行きませんか?」
「……は?」
若狭さん程顔立ちが整っていると虚をつかれた表情もかわいらしい。そんな場違いなことを考えていたから頬が緩んでいたのだろう。若狭さんは頬を染めてきっとわたしを睨みつけた。なぜだろう、全然怖くない。
「あなた、前に私がしたこと忘れたの?」
「……? たぶん覚えていますが」
はて、とわたしは首を傾げる。わたしがしたことなら理解できるが若狭さんにされたこととは。疑問が顔に出ていたのか、若狭さんは視線を下げて呟いた。
「……ごめんなさい。イラストを褒められたのは初めてで、恥ずかしくてあんな言い方になってしまったの」
ああ、『馬鹿にしてるわけ?』って返されたときのことか。
「もう気にしていないので大丈夫です」
「……ごめんなさい」
「それより、はやく移動しませんか?休み時間はあとわずかですが」
時計の針は授業開始の数分前を指している。それに気づいた若狭さんは弾かれたように立ち上がった。目にも止まらない速さでロッカーに移動するとばたばたと教材を纏めて、わたしを振り返った。
「行くわよ、茉衣!」
「……はい、茜音さん」
授業に遅刻するかもしれないというのに、わたしは嬉しくてたまらなかった。
※※※
ようやくこの国特有の黒髪に慣れてきたけれど、ふとあの色を探してしまう。不良を思わせる金髪に、射抜くように鋭い瞳。粗暴そうな見た目に反してどこか品がある佇まいの彼を。
「……あ」
いた。一条さんはこちらに気づかずに角を曲がってしまったが、その姿を見るだけで安堵に満たされる。ふと隣にいる茜音さんに目を遣ると、彼女は一条さんが曲がった角をぼうっと見つめていた。
「茜音さん?」
心配になって呼びかけると、茜音さんははっとした様子でそこから視線を逸らした。
「何でもないわ。はやく場所取りに行きましょ」
そう、なんと茜音さんと一緒にお昼を摂ることになったのだ。友人と食べるということ自体初めてで緊張しているのは秘密である。
「よかった、人がいないわね」
わたしたちが目をつけていたのは今はもう使われなくなった空き教室だった。わたしも、茜音さん同様人が多い場所が得意ではないのでほっとした。
「それでは、いただきます」
前後の席で向かい合って、お弁当の包みを広げる。お母さんが作ってくれたお弁当はいつもと変わらず美味しそうだが、より一層輝いてみえるのは気のせいでないだろう。誰かと一緒にご飯を食べることでこんなに温かな気持ちになるなんて知らなかった。幸せを噛み締めながら卵焼きに箸をつけようとしたとき。
「――お前に頼みがある」
いきなりドアを開けて入ってきたのは一条さんだった。吊り上がった瞳をさらに険しくさせて、真っ直ぐにわたしを見つめる。
「オレと一緒に、社交パーティーに出てくれないか」
「次の移動教室、よければ一緒に行きませんか?」
「……は?」
若狭さん程顔立ちが整っていると虚をつかれた表情もかわいらしい。そんな場違いなことを考えていたから頬が緩んでいたのだろう。若狭さんは頬を染めてきっとわたしを睨みつけた。なぜだろう、全然怖くない。
「あなた、前に私がしたこと忘れたの?」
「……? たぶん覚えていますが」
はて、とわたしは首を傾げる。わたしがしたことなら理解できるが若狭さんにされたこととは。疑問が顔に出ていたのか、若狭さんは視線を下げて呟いた。
「……ごめんなさい。イラストを褒められたのは初めてで、恥ずかしくてあんな言い方になってしまったの」
ああ、『馬鹿にしてるわけ?』って返されたときのことか。
「もう気にしていないので大丈夫です」
「……ごめんなさい」
「それより、はやく移動しませんか?休み時間はあとわずかですが」
時計の針は授業開始の数分前を指している。それに気づいた若狭さんは弾かれたように立ち上がった。目にも止まらない速さでロッカーに移動するとばたばたと教材を纏めて、わたしを振り返った。
「行くわよ、茉衣!」
「……はい、茜音さん」
授業に遅刻するかもしれないというのに、わたしは嬉しくてたまらなかった。
※※※
ようやくこの国特有の黒髪に慣れてきたけれど、ふとあの色を探してしまう。不良を思わせる金髪に、射抜くように鋭い瞳。粗暴そうな見た目に反してどこか品がある佇まいの彼を。
「……あ」
いた。一条さんはこちらに気づかずに角を曲がってしまったが、その姿を見るだけで安堵に満たされる。ふと隣にいる茜音さんに目を遣ると、彼女は一条さんが曲がった角をぼうっと見つめていた。
「茜音さん?」
心配になって呼びかけると、茜音さんははっとした様子でそこから視線を逸らした。
「何でもないわ。はやく場所取りに行きましょ」
そう、なんと茜音さんと一緒にお昼を摂ることになったのだ。友人と食べるということ自体初めてで緊張しているのは秘密である。
「よかった、人がいないわね」
わたしたちが目をつけていたのは今はもう使われなくなった空き教室だった。わたしも、茜音さん同様人が多い場所が得意ではないのでほっとした。
「それでは、いただきます」
前後の席で向かい合って、お弁当の包みを広げる。お母さんが作ってくれたお弁当はいつもと変わらず美味しそうだが、より一層輝いてみえるのは気のせいでないだろう。誰かと一緒にご飯を食べることでこんなに温かな気持ちになるなんて知らなかった。幸せを噛み締めながら卵焼きに箸をつけようとしたとき。
「――お前に頼みがある」
いきなりドアを開けて入ってきたのは一条さんだった。吊り上がった瞳をさらに険しくさせて、真っ直ぐにわたしを見つめる。
「オレと一緒に、社交パーティーに出てくれないか」
3
あなたにおすすめの小説
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】
繭
恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。
果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?
冤罪で婚約破棄したくせに……今さらもう遅いです。
水垣するめ
恋愛
主人公サラ・ゴーマン公爵令嬢は第一王子のマイケル・フェネルと婚約していた。
しかしある日突然、サラはマイケルから婚約破棄される。
マイケルの隣には男爵家のララがくっついていて、「サラに脅された!」とマイケルに訴えていた。
当然冤罪だった。
以前ララに対して「あまり婚約しているマイケルに近づくのはやめたほうがいい」と忠告したのを、ララは「脅された!」と改変していた。
証拠は無い。
しかしマイケルはララの言葉を信じた。
マイケルは学園でサラを罪人として晒しあげる。
そしてサラの言い分を聞かずに一方的に婚約破棄を宣言した。
もちろん、ララの言い分は全て嘘だったため、後に冤罪が発覚することになりマイケルは周囲から非難される……。
皆様ありがとう!今日で王妃、やめます!〜十三歳で王妃に、十八歳でこのたび離縁いたしました〜
百門一新
恋愛
セレスティーヌは、たった十三歳という年齢でアルフレッド・デュガウスと結婚し、国王と王妃になった。彼が王になる多には必要な結婚だった――それから五年、ようやく吉報がきた。
「君には苦労をかけた。王妃にする相手が決まった」
ということは……もうつらい仕事はしなくていいのねっ? 夫婦だと偽装する日々からも解放されるのね!?
ありがとうアルフレッド様! さすが私のことよく分かってるわ! セレスティーヌは離縁を大喜びで受け入れてバカンスに出かけたのだが、夫、いや元夫の様子が少しおかしいようで……?
サクッと読める読み切りの短編となっていります!お楽しみいただけましたら嬉しく思います!
※他サイト様にも掲載
婚約者を奪った妹と縁を切ったので、家から離れ“辺境領”を継ぎました。 すると勇者一行までついてきたので、領地が最強になったようです
藤原遊
ファンタジー
婚約発表の場で、妹に婚約者を奪われた。
家族にも教会にも見放され、聖女である私・エリシアは “不要” と切り捨てられる。
その“褒賞”として押しつけられたのは――
魔物と瘴気に覆われた、滅びかけの辺境領だった。
けれど私は、絶望しなかった。
むしろ、生まれて初めて「自由」になれたのだ。
そして、予想外の出来事が起きる。
――かつて共に魔王を倒した“勇者一行”が、次々と押しかけてきた。
「君をひとりで行かせるわけがない」
そう言って微笑む勇者レオン。
村を守るため剣を抜く騎士。
魔導具を抱えて駆けつける天才魔法使い。
物陰から見守る斥候は、相変わらず不器用で優しい。
彼らと力を合わせ、私は土地を浄化し、村を癒し、辺境の地に息を吹き返す。
気づけば、魔物巣窟は制圧され、泉は澄み渡り、鉱山もダンジョンも豊かに開き――
いつの間にか領地は、“どの国よりも最強の地”になっていた。
もう、誰にも振り回されない。
ここが私の新しい居場所。
そして、隣には――かつての仲間たちがいる。
捨てられた聖女が、仲間と共に辺境を立て直す。
これは、そんな私の第二の人生の物語。
「では、ごきげんよう」と去った悪役令嬢は破滅すら置き去りにして
東雲れいな
恋愛
「悪役令嬢」と噂される伯爵令嬢・ローズ。王太子殿下の婚約者候補だというのに、ヒロインから王子を奪おうなんて野心はまるでありません。むしろ彼女は、“わたくしはわたくしらしく”と胸を張り、周囲の冷たい視線にも毅然と立ち向かいます。
破滅を甘受する覚悟すらあった彼女が、誇り高く戦い抜くとき、運命は大きく動きだす。
自国から去りたかったので、怪しい求婚だけど受けました。
しゃーりん
恋愛
侯爵令嬢アミディアは婚約者と別れるように言われていたところを隣国から来た客人オルビスに助けられた。
アミディアが自国に嫌気がさしているのを察したオルビスは、自分と結婚すればこの国から出られると求婚する。
隣国には何度も訪れたことはあるし親戚もいる。
学園を卒業した今が逃げる時だと思い、アミディアはオルビスの怪しい求婚を受けることにした。
訳アリの結婚になるのだろうと思い込んで隣国で暮らすことになったけど溺愛されるというお話です。
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる