臆病な元令嬢は、前世で自分を処刑した王太子に立ち向かう

絃芭

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第二章 王太子の登場

018

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    反射的に振り返って、信じられない光景に愕然とした。

 月の光を集めたかのように輝く銀色の髪。レモン色の瞳はあの頃と同じ、全てを蔑むように細められている。背後にある美しい庭園も、彼を際立たせる舞台装置だと錯覚してしまうほど整った顔立ちをしている。

 目の前の彼は。わたしを見下ろしている彼は、記憶のなかの元婚約者、アレン様と寸分違わぬ容姿だった。
 
「どうした?呆けて声も出ないのか、マリー?」

 わざとらしくわたしの名を呼ぶ声こそ異なれど、物言いはアレン様そのものだ。なぜ、どうして。疑問ばかりが頭を巡る。転生したのは分かる。平常だったら頭を疑うが、わたしも同じ状況だからだ。でも容姿まで完全に一致しているなんてことがありえるのだろうか。

『自分の本当の美しさはこんなものではないって整形を重ねている人もいるらしいわよ』

 ふいに、茜音さんの言葉が脳内で弾けた。あの時は周囲の人間に同情するばかりで大した感想を抱かなかったが、もしかして。

 虚勢でもなく、言葉の通りだとしたら。目の前の彼はアレン様その人ということになる。

 否定しなければ、と脳がうるさいくらい警鐘を鳴らす。声を掛けてきた理由は分からないが良い知らせでないことは経験から分かりきっている。彼にわたしがマリーだと悟られてはいけない。

「……何のことだか分かりかねます。わたしはマリーなどという女性は存じておりません」
「ダンスを踊る前。右手の親指と薬指でドレスの裾を摘む癖、直ってないんだな」

 咄嗟に右手を後ろに隠す。言われてみれば、先程ダンスを踊ったときは裾を掴んだ気がする。でもそれが癖になっているとは知らなかった。どの指かだなんて尚更だ。独特な仕草を晒してしまっている以上、これ以上誤魔化しきるのは難しいだろう。

「……申し訳ございませんでした。ご要件は何でしょうか?」
「ふん、俺を欺こうとした罰はあとで果たしてもらうからな。まずは」

 アレン様はわたしの頭のてっぺんから爪先まで、舐めるように視線を動かした。

「――整形しろ」
「え?」
「聞こえなかったのか?カイラの容姿に整形しろと言ったんだ」

 理解が追いつかない。アレン様はいったい、何を言っているのだろう。

「そんな、カイラ様は貴方様のーー」
「あの女の名前を口にするな!」

 豹変した態度に、びくりと肩が震えた。そんなわたしの様子に気づくことなくアレン様は頭を掻きむしる。

「あの女! せっかく俺が邪魔者を殺して婚約者の立場をくれてやったのに、隣国の王太子に求婚された途端あっさりこの俺を捨てやがった!!」

 断罪される前の二人の様子を思い出す。アレン様はカイラ様のことを心底愛おしげに見つめていた一方、たしかにカイラ様は彼の容姿にうっとりしていただけのように見受けられた。隣国といえば母国と規模は段違い。そこの王太子はたしか、人間離れした美しさと優しさを兼ね備えていたと小耳に挟んだことがある。

「自由を与えたのがそもそもの間違いだったんだ!お前は一生俺の傍にいろ。ただし貴様はカイラではないからな、触れることや会話は一切許さん」

 歪んでいる。そう思ったが、唇は震えるばかりで言葉を成さない。頭がぐらぐら揺れて気持ち悪い。

「手術は一ヶ月後だ。当然高校は退学してもらう。いいな?」

 疑問形でありながら有無を言わせない圧力だった。わたしの意思なんてどうでもいいのだろう。前世でもそうだった。彼の言いなりで人生に幕を下ろした。足元がおぼつかない。思考にもやがかかって、無意識に頷こうとしたとき。

『――抗え』

 凛とした声が脳内に響いて、心を覆っていた霧が晴れた。ぎゅっと震える拳を握りしめる。

『その先がどうなるかは誰にも分からないが、お前の意志を伝えないままでは現状は変わらない』

 全くその通りだと、わたしも思う。

『これからはあなたが生きたいように生きて。自分で未来を決めるの。そして、幸せになってね。……わたしはそれが何か分からなくなっちゃったけれど、あなたなら出来るって信じてる』

 雪見茉衣の声が蘇る。そうだ、これは彼女の人生でもあるのだ。誰よりも優しい彼女の最期は幸せでなければ間違っている。

『――抗え!』

 わたしは小さく息を吸って、真っ直ぐにアレン様を見据えた。足が情けないくらい震える。それでも、これだけはわたしが言わなければ。

「……い、いやです」 
「――は?」 
「前世は公爵令嬢だったから諦めていたけれど、今世こそは幸せになりたいんです……!高校も友達と卒業したいし、この先を共にする人は自分で決めたい」

 一息で言い切ってから、これも言っておかなければと付け加えた。

「そして、何があっても貴方様だけは御免です」

 これだけは覆りようのない事実だった。状況が飲み込めないというように口を半開きにしていたアレン様だったが、みるみるうちに顔が怒りの色に染まっていく。

「随分と庶民じみた思想になりやがって!」

 アレン様の右拳が振り上げられる。来るであろう衝撃にぎゅっと目を瞑った刹那。

 ぱしり、と乾いた音を立てて拳が受け止められた。瞬間、温かい体温が冷えきった体を包み込む。

「むしろお前は俗物に染まったほうが良さそうだな」

 わたしに覆いかぶさる形で守ってくれたのは、アレン様を射殺さんばかりに睨みつける一条さんだった。



 
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