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序章
断片的で曖昧な夢と声
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出逢い。
それは、この世に人として生まれ、他人との関わって行くことによって人生が大きく変わる一ページ。
良い出逢いがあれば、幸せな時を過ごすことが出来るかもしれない。
逆に不幸な出逢いは、暗く悲しい人生を人に与えてしまうのかもしれない。まるで定められたかのように、人の出逢いに左右され運命に翻弄されてゆく。
けれど必ず誰もがそうなるとは限らない。
出逢いは時に一人の人間だけではなく、相手、周りの人々の心さえも変えてしまう。
すぐにではなく、少しずつ。時を重ねる日々の日常はもちろん、場所もそう。
でも何より大切なことは、関わりあった相手を想い合う気持ちと、お互いが相手を大事にする為に費やす時間だ。その時間に長短は関係ない。
夢を追いかけて歩む者。又は毎日必死に生きる者。そして大切な人とともに一生を過ごす者。
様々な人がこの地球には存在している。そんな中、どれにも当て嵌めることのないある者達がこの世に居た。
これは一人の青年の人生が、ある少女との出逢いによって変わる物語。たが、彼自身もその物語のすべてを知っているわけではない。
いやむしろ、彼の知っている事はその一部でしかないのかもしれない。
その『知られざる部分』は一片だけ欠けてしまったパズルのピースに例えられる。
そのピースを青年の過去に、はめ込むことが可能であるのなら、少しは何かが見えてくるのかもしれない。
今は大きな絵の一部しか見えてはいない。まるで決められたシナリオの如く出逢う少女の人生が欠けている青年のパズルを補完した時、物語は奇跡に彩られる。逆にそのピースが一つでも欠けたのならば、悲劇的な人生を物語ってしまうのかもしれない。
人生とはもしかしたら、日々一つずつ、パズルの盤面にピースを置いてゆくことなのかもしれない。そして、それは明日に、未来へと繋がる鍵になる。
例え、一人の青年がある少女と出逢って変わった物語が失われてしまったとしても。
西暦二〇十二年( 平成十四年 )の二月。
東京の街にある、とあるアパートで暮らす三十代後半だった頃、杉浦一はある夜、夢を見ていた。
それは毎回見るのではなく、時々、ごくたまにである。何年かに一度だ。
必ず決まって夢の中の季節は冬だ。
でも鮮明や明確ではなく、曖昧だ。
起きたら必ず忘れてしまう。
ただ夢から覚めたら涙を流し、泣いていた。
時間を確認しようと枕元にあった目覚まし時計を覗くと深夜三時を回っていた。
眠ってからまだ二時間しか経ってない。
熟睡出来ていないではないか。と心の中で思いながら深い溜め息を漏らす。
心を落ち着かせる為に、布団から起き上がり、暗闇の中で電気を付けることなく、台所の冷蔵庫から冷えたお茶を取り、コップに注ぎ飲んだ。
リビングに一人、壁に吊るされているハンモックに寝てる紫色の長髪の男性、一と変わらない三十代の、観月が逆さまに寝て、口を大きく開けて、いびきを掻いていた。
一が寝ていた寝室には、白い犬、いや狼が丸まって眠っていた。
そんな静かな中で、一は自分の額に手を当てる。
「あの女の人は……一体? 」
あと、夢の中で誰か女性が一人居たことを思い出しかける。
しかし、酷い頭痛と強い目眩が襲う。
ゆっくりと慌てず、台所の手すりに手を置き、しゃがみこんだ。
治まるまで一は、じっと耐える。
それから、気を失っていたようだ。
朝日が登り、空は青空だ。
いつの間にか、そのまま朝を迎え、時間は朝の六時を回っていた。
一は立ち上がると、ぼーっとしばらく外の景色を見る。
すると、ハンモックで寝ていた観月の寝相、体勢は酷く、どうなってるのかハンモックが彼の身体と一体化して、ぐるぐる巻き状態だと気付く。
しかし観月が無意識に足や手を思いっきり伸ばすと、反転するように回転し、ハンモックから床へとまっ逆さまに落ち叩き付けられた。
「いってー! っ……チックショー! 」
観月は、頭を押さえながら歯を食い縛るように痛みに耐えていると、一が起きて早々冷静に彼へ声を掛ける。
「観月……お前いい加減にハンモックで寝るの止めろよ。布団敷いてかベッドに寝ろ。他にもキャンプ用や避難用の寝袋でも何でも良いから。
下の住人に迷惑が掛かるだろ。」
一ひポットのお湯を沸かしたり、炊きたてのご飯を炊く為に炊飯の仕込み、味噌汁、焼き魚など素早く準備や朝食を作る。
「キャンプ用や避難用の寝袋なんか使えるか! 収納するのめんどくせえんだよ!
ん。よし。やっぱり木の上で寝るか。」
観月は苛立ちながら空いているコンロに水を入れたヤカンを置き火を付けて沸かす。
一は、包丁で豆腐を切りながら目を細目め彼へツッコミと忠告を入れる。
「同じことだろ。つか、その木に寝て、もし折れたら他の住民達が怪奇現象か何かだと思って騒ぎになるだろ。」
そんな朝から騒がしく口喧嘩する一と観月の雰囲気を和らがせるように、リビングへ駆け走って来る一人の少女が現れる。
「うわああん! 寝坊してしまいましたわー! ライムが朝餉を作ろうと思っていましたのに……っ。今日は完敗です。」
寝間着姿で髪も寝癖が酷かったが、頭の左右横に動物の耳が出てる十七ぐらいの歳の女性、ライムが悔しがるように床に手を付いて倒れる。
「別に俺とライムは朝食作りの勝ち負けなんてしてないだろ。」
一は苦笑いしながら彼女に優しく声を掛けた。
「そうですけど。ライムは杉浦様の体調面を考えた上で三百六十五日……朝、昼、晩、夜食を作ると決めているのです! 」
ライムの背後のお尻には動物の尻尾が付いていて、上下に激しく何度も動く。
彼女の耳に尻尾はコスプレではなく、本物だった。
「んもう。もうちょっと自分の身体を大切にしてください。たまには休んでください。甘えても良いのですよ。杉浦様には長生きしてもらわないとライム達は困るのです。」
一は彼女の姿に驚くことはなく、味噌を溶かしながら話を聞く。
「休んでるって。」
ライムは一の顔色を窺う。
「あ! 杉浦様、目の下にまたクマが出来てます。寝不足の証拠です。さては熟睡してませんね! 」
「そういう時もあるんだよ。てか、お前らな! そう言いながら、俺の平穏な日々を、医療の仕事以外に、妖怪や幽霊退治とかみたいな仕事をやらせてんじゃねぇか! 」
一は、思い出したかのように観月とライムが東京に来て自分と住むようになって何年だろうか、非日常生活を送るようになってしまった。
「嫌だなあ。杉浦様ったら。この世に未練があり、あの世、天国に行きたいと思う霊を成仏させる為、その霊の話を聞く霊媒し医者としてやってるだけじゃないですか。」
ライムは、笑いながら炊けた白米をお碗に杓文字でたくさん盛りながら、リビングにあるちゃぶ台へ置いて座り、用意されていた箸でペロリと平らげて一へ返事を返す。
「まあ。見えるんだからしょうがないんじゃねぇ? お前、霊とか妖怪とか見える体質、霊感持ちなんだから。」
観月は、バサッと自分の背中から黒い羽を出した。
「うっ! 誰が落とした羽を掃除すると思ってんだよ! 観月! 」
ゴミ袋を棚から取り出し、観月に渡しながら一は怒る。
「悪霊とか、悪い妖とかがお前に乗り移ったり、仕返しとかしないだけマシだろ。」
しかし観月は無視して、沸いたヤカンのお湯をマグカップに注いでインスタントドリップコーヒーを飲んだ。
「お前らは平気でしてるけどな。」
一は、苛立ちながらゴミ袋に観月が落とした羽を広い入れて捨て文句を呟いた。
「私達は杉浦様の側近で主ですからね。」
ライムは、出来た味噌を注いだり、焼き魚をお皿に並べてまたちゃぶ台で一人、ペロリと食べて朝食を済ませながら答える。
「いつからそうなったんだよ。意味わかんねぇ。」
一は、頭痛い会話だと思いつつ、出来た朝食を観月と食べながら呟いた。
それから身支度を済ませ、病院へ出勤した。
しかし、何故か着物を着たライムが一の隣を歩き着いて来る。
「超恥ずかしいんだが……。耳と尻尾を隠せないのかよ。」
「ライムの姿は普通の人間には見えないようにしてますから、気にしないでください。」
「そもそも、何で着いて来るんだよ。」
平穏な日常。
霊も妖も見えない普通の生活を望んでいた一だった。
しかし、彼は生まれた時から霊や妖が見えていた。
何も知らず見えていた一は、物心付いた時くら親や家族、親戚の知らないところで霊や妖と関わっていた。
親は霊や妖は見えない家系で一だけが霊感を持っていた。
見える一からすれば、周りから変だと思われ、学校の友達や先輩や後輩からも近所の人からも気味が悪がられていた。
まだ普通の家庭なら良い。だが、一の生まれた環境がまさかの家族皆が医者だった。
長男なだけに父親からは期待され将来は医者になる為に勉強し、医学部を受け、必ず名医な医者になるようにと言われ続け、厳しく教育を受けられた。
学校では、霊や妖が友達で人間の友達は誰一人としていなかった。
しかし、世間ではオカルトは流行っていた時期もあった為、とくに夏は怪談話になると一は嘘のように注目の的になり人は集まり、夏休みは肝試しやお化け屋敷などしてよく皆と楽しく遊んだ。
五年生になると、いじめはなくなり友達も出来た。
霊や妖とも仲違いすることもなく平穏だった。
あの日までは。
「…………。」
勤め先の青葉病院に着くと、ビューッと冷たい風が吹く。
「冷たいし、寒いですねー! 杉浦様ー! 」
ライムは、飛んだり跳ねたり駈け走る。まるで子供というより犬だ。
「とか何とか言ってる割にはガキみたいにはしゃいでるじゃねぇか。ライム。」
「そんなことないですよ。」
ライムは目をキラキラさせながら朝から楽しむ。
「あ。雪! 」
ちらちらと空から雪が、霰が降って来る。
ライムは人間、いや擬人化した姿から狼の姿に化けて空を飛び雪を食べようとする。
「雪食べるなよ。お腹壊すぞ。」
一は見えないフリ、他人のフリをしながら病院の関係者入り口へ入って行く。
すると、何故か不意に頭を過る。
あの夢で、季節は冬。そして、雪が降っていたような気がした。
それから確か、ある一人の女性が出て来た。
一の手の平に雪が舞い降りる。
すると、彼の背後から女性の気配と声が聞こえた気がした。
「ー……。私、あなたの幸せを願ってるから。もし、私のことを記憶から忘れたとしても。あなたを今度こそ必ず守るから。あの世からでも。」
幻覚かもしれないと思いつつも一は、ゆっくりと振り返る。
だが、誰もいない。
「………。」
一が振り返った先の景色は、勤め先の近くにあるコンビニや薬局通りの行き交う道路道だった。
しばらく呆けたように立ち尽くしていると、女性が声を掛けて来た。
「杉浦先生? 」
一が振り向くと同じ職場の女性医師の九条光が出勤しに来た。
「おはようございます。九条先生。」
「おはようございます。どうしたんですか? 立ち止まって、ぼーっとなさって。あ。朝食食べて来てなくて頭回ってないんじゃないんですか? 」
「ちゃんと食べて来ましたよ。」
そんなくだらない朝の日常会話を交わしながら、病院内へ入り廊下を歩いて行く一と光。
外来ではなく病棟内、医師達の集まるロッカーや給湯室、仕事スペースのある部屋へと入る。
「オッス! 一先生! 」
医学部からの同期仲間でもある医師で小児科外科医の田川涼が、一に挨拶する。
「おーっス。涼先生。」
一はロッカーへ向かいながら、涼に挨拶を返した。
ロッカーで私服から医服に着替えながら、一は今ある生活とその前、医者に目指すきっかけになった出来事を思い返す。
あの日……。
小学六年の正月、旅行先の京都にある稲荷神社で新年のお参りしに向かっていて、そこで何か悲劇が起き、医者になり人の命を救おうと思い、医師なれた。
そして、確か……東北の岩手県に用事があり足を運んだことがあったことを思い出す。
しかし、その岩手県内の何処に行ったのか何しに来たのか分からなくなった。
おそらく医療の勉強がてら岩手県内の病院に行ったに違いないが。
ダメだ。記憶が何一つ思い浮かばない。
そもそも、何で観月やライムという奇妙な妖二人と一緒に暮らしてるんだろう。不思議に思う。けれど、嫌な気にはならない。
普段はそんなことを考えはしないが、この二月の時期に入ると、あの不思議な夢を見る度に、記憶の一部が飛び飛びで、忘れていることが多い。
痴ほう症か、それともただの物忘れ、あるいは仕事疲れかもしれないな。きっと。と、一は自己解釈する。
でも、自分は何かの記憶、思い出を断片的に忘れている気がしていた。
そんなことを密かに思う一だったが、更に時は西暦二〇二三年( 令和五年 )三月という春の季節を巡る。
それは、この世に人として生まれ、他人との関わって行くことによって人生が大きく変わる一ページ。
良い出逢いがあれば、幸せな時を過ごすことが出来るかもしれない。
逆に不幸な出逢いは、暗く悲しい人生を人に与えてしまうのかもしれない。まるで定められたかのように、人の出逢いに左右され運命に翻弄されてゆく。
けれど必ず誰もがそうなるとは限らない。
出逢いは時に一人の人間だけではなく、相手、周りの人々の心さえも変えてしまう。
すぐにではなく、少しずつ。時を重ねる日々の日常はもちろん、場所もそう。
でも何より大切なことは、関わりあった相手を想い合う気持ちと、お互いが相手を大事にする為に費やす時間だ。その時間に長短は関係ない。
夢を追いかけて歩む者。又は毎日必死に生きる者。そして大切な人とともに一生を過ごす者。
様々な人がこの地球には存在している。そんな中、どれにも当て嵌めることのないある者達がこの世に居た。
これは一人の青年の人生が、ある少女との出逢いによって変わる物語。たが、彼自身もその物語のすべてを知っているわけではない。
いやむしろ、彼の知っている事はその一部でしかないのかもしれない。
その『知られざる部分』は一片だけ欠けてしまったパズルのピースに例えられる。
そのピースを青年の過去に、はめ込むことが可能であるのなら、少しは何かが見えてくるのかもしれない。
今は大きな絵の一部しか見えてはいない。まるで決められたシナリオの如く出逢う少女の人生が欠けている青年のパズルを補完した時、物語は奇跡に彩られる。逆にそのピースが一つでも欠けたのならば、悲劇的な人生を物語ってしまうのかもしれない。
人生とはもしかしたら、日々一つずつ、パズルの盤面にピースを置いてゆくことなのかもしれない。そして、それは明日に、未来へと繋がる鍵になる。
例え、一人の青年がある少女と出逢って変わった物語が失われてしまったとしても。
西暦二〇十二年( 平成十四年 )の二月。
東京の街にある、とあるアパートで暮らす三十代後半だった頃、杉浦一はある夜、夢を見ていた。
それは毎回見るのではなく、時々、ごくたまにである。何年かに一度だ。
必ず決まって夢の中の季節は冬だ。
でも鮮明や明確ではなく、曖昧だ。
起きたら必ず忘れてしまう。
ただ夢から覚めたら涙を流し、泣いていた。
時間を確認しようと枕元にあった目覚まし時計を覗くと深夜三時を回っていた。
眠ってからまだ二時間しか経ってない。
熟睡出来ていないではないか。と心の中で思いながら深い溜め息を漏らす。
心を落ち着かせる為に、布団から起き上がり、暗闇の中で電気を付けることなく、台所の冷蔵庫から冷えたお茶を取り、コップに注ぎ飲んだ。
リビングに一人、壁に吊るされているハンモックに寝てる紫色の長髪の男性、一と変わらない三十代の、観月が逆さまに寝て、口を大きく開けて、いびきを掻いていた。
一が寝ていた寝室には、白い犬、いや狼が丸まって眠っていた。
そんな静かな中で、一は自分の額に手を当てる。
「あの女の人は……一体? 」
あと、夢の中で誰か女性が一人居たことを思い出しかける。
しかし、酷い頭痛と強い目眩が襲う。
ゆっくりと慌てず、台所の手すりに手を置き、しゃがみこんだ。
治まるまで一は、じっと耐える。
それから、気を失っていたようだ。
朝日が登り、空は青空だ。
いつの間にか、そのまま朝を迎え、時間は朝の六時を回っていた。
一は立ち上がると、ぼーっとしばらく外の景色を見る。
すると、ハンモックで寝ていた観月の寝相、体勢は酷く、どうなってるのかハンモックが彼の身体と一体化して、ぐるぐる巻き状態だと気付く。
しかし観月が無意識に足や手を思いっきり伸ばすと、反転するように回転し、ハンモックから床へとまっ逆さまに落ち叩き付けられた。
「いってー! っ……チックショー! 」
観月は、頭を押さえながら歯を食い縛るように痛みに耐えていると、一が起きて早々冷静に彼へ声を掛ける。
「観月……お前いい加減にハンモックで寝るの止めろよ。布団敷いてかベッドに寝ろ。他にもキャンプ用や避難用の寝袋でも何でも良いから。
下の住人に迷惑が掛かるだろ。」
一ひポットのお湯を沸かしたり、炊きたてのご飯を炊く為に炊飯の仕込み、味噌汁、焼き魚など素早く準備や朝食を作る。
「キャンプ用や避難用の寝袋なんか使えるか! 収納するのめんどくせえんだよ!
ん。よし。やっぱり木の上で寝るか。」
観月は苛立ちながら空いているコンロに水を入れたヤカンを置き火を付けて沸かす。
一は、包丁で豆腐を切りながら目を細目め彼へツッコミと忠告を入れる。
「同じことだろ。つか、その木に寝て、もし折れたら他の住民達が怪奇現象か何かだと思って騒ぎになるだろ。」
そんな朝から騒がしく口喧嘩する一と観月の雰囲気を和らがせるように、リビングへ駆け走って来る一人の少女が現れる。
「うわああん! 寝坊してしまいましたわー! ライムが朝餉を作ろうと思っていましたのに……っ。今日は完敗です。」
寝間着姿で髪も寝癖が酷かったが、頭の左右横に動物の耳が出てる十七ぐらいの歳の女性、ライムが悔しがるように床に手を付いて倒れる。
「別に俺とライムは朝食作りの勝ち負けなんてしてないだろ。」
一は苦笑いしながら彼女に優しく声を掛けた。
「そうですけど。ライムは杉浦様の体調面を考えた上で三百六十五日……朝、昼、晩、夜食を作ると決めているのです! 」
ライムの背後のお尻には動物の尻尾が付いていて、上下に激しく何度も動く。
彼女の耳に尻尾はコスプレではなく、本物だった。
「んもう。もうちょっと自分の身体を大切にしてください。たまには休んでください。甘えても良いのですよ。杉浦様には長生きしてもらわないとライム達は困るのです。」
一は彼女の姿に驚くことはなく、味噌を溶かしながら話を聞く。
「休んでるって。」
ライムは一の顔色を窺う。
「あ! 杉浦様、目の下にまたクマが出来てます。寝不足の証拠です。さては熟睡してませんね! 」
「そういう時もあるんだよ。てか、お前らな! そう言いながら、俺の平穏な日々を、医療の仕事以外に、妖怪や幽霊退治とかみたいな仕事をやらせてんじゃねぇか! 」
一は、思い出したかのように観月とライムが東京に来て自分と住むようになって何年だろうか、非日常生活を送るようになってしまった。
「嫌だなあ。杉浦様ったら。この世に未練があり、あの世、天国に行きたいと思う霊を成仏させる為、その霊の話を聞く霊媒し医者としてやってるだけじゃないですか。」
ライムは、笑いながら炊けた白米をお碗に杓文字でたくさん盛りながら、リビングにあるちゃぶ台へ置いて座り、用意されていた箸でペロリと平らげて一へ返事を返す。
「まあ。見えるんだからしょうがないんじゃねぇ? お前、霊とか妖怪とか見える体質、霊感持ちなんだから。」
観月は、バサッと自分の背中から黒い羽を出した。
「うっ! 誰が落とした羽を掃除すると思ってんだよ! 観月! 」
ゴミ袋を棚から取り出し、観月に渡しながら一は怒る。
「悪霊とか、悪い妖とかがお前に乗り移ったり、仕返しとかしないだけマシだろ。」
しかし観月は無視して、沸いたヤカンのお湯をマグカップに注いでインスタントドリップコーヒーを飲んだ。
「お前らは平気でしてるけどな。」
一は、苛立ちながらゴミ袋に観月が落とした羽を広い入れて捨て文句を呟いた。
「私達は杉浦様の側近で主ですからね。」
ライムは、出来た味噌を注いだり、焼き魚をお皿に並べてまたちゃぶ台で一人、ペロリと食べて朝食を済ませながら答える。
「いつからそうなったんだよ。意味わかんねぇ。」
一は、頭痛い会話だと思いつつ、出来た朝食を観月と食べながら呟いた。
それから身支度を済ませ、病院へ出勤した。
しかし、何故か着物を着たライムが一の隣を歩き着いて来る。
「超恥ずかしいんだが……。耳と尻尾を隠せないのかよ。」
「ライムの姿は普通の人間には見えないようにしてますから、気にしないでください。」
「そもそも、何で着いて来るんだよ。」
平穏な日常。
霊も妖も見えない普通の生活を望んでいた一だった。
しかし、彼は生まれた時から霊や妖が見えていた。
何も知らず見えていた一は、物心付いた時くら親や家族、親戚の知らないところで霊や妖と関わっていた。
親は霊や妖は見えない家系で一だけが霊感を持っていた。
見える一からすれば、周りから変だと思われ、学校の友達や先輩や後輩からも近所の人からも気味が悪がられていた。
まだ普通の家庭なら良い。だが、一の生まれた環境がまさかの家族皆が医者だった。
長男なだけに父親からは期待され将来は医者になる為に勉強し、医学部を受け、必ず名医な医者になるようにと言われ続け、厳しく教育を受けられた。
学校では、霊や妖が友達で人間の友達は誰一人としていなかった。
しかし、世間ではオカルトは流行っていた時期もあった為、とくに夏は怪談話になると一は嘘のように注目の的になり人は集まり、夏休みは肝試しやお化け屋敷などしてよく皆と楽しく遊んだ。
五年生になると、いじめはなくなり友達も出来た。
霊や妖とも仲違いすることもなく平穏だった。
あの日までは。
「…………。」
勤め先の青葉病院に着くと、ビューッと冷たい風が吹く。
「冷たいし、寒いですねー! 杉浦様ー! 」
ライムは、飛んだり跳ねたり駈け走る。まるで子供というより犬だ。
「とか何とか言ってる割にはガキみたいにはしゃいでるじゃねぇか。ライム。」
「そんなことないですよ。」
ライムは目をキラキラさせながら朝から楽しむ。
「あ。雪! 」
ちらちらと空から雪が、霰が降って来る。
ライムは人間、いや擬人化した姿から狼の姿に化けて空を飛び雪を食べようとする。
「雪食べるなよ。お腹壊すぞ。」
一は見えないフリ、他人のフリをしながら病院の関係者入り口へ入って行く。
すると、何故か不意に頭を過る。
あの夢で、季節は冬。そして、雪が降っていたような気がした。
それから確か、ある一人の女性が出て来た。
一の手の平に雪が舞い降りる。
すると、彼の背後から女性の気配と声が聞こえた気がした。
「ー……。私、あなたの幸せを願ってるから。もし、私のことを記憶から忘れたとしても。あなたを今度こそ必ず守るから。あの世からでも。」
幻覚かもしれないと思いつつも一は、ゆっくりと振り返る。
だが、誰もいない。
「………。」
一が振り返った先の景色は、勤め先の近くにあるコンビニや薬局通りの行き交う道路道だった。
しばらく呆けたように立ち尽くしていると、女性が声を掛けて来た。
「杉浦先生? 」
一が振り向くと同じ職場の女性医師の九条光が出勤しに来た。
「おはようございます。九条先生。」
「おはようございます。どうしたんですか? 立ち止まって、ぼーっとなさって。あ。朝食食べて来てなくて頭回ってないんじゃないんですか? 」
「ちゃんと食べて来ましたよ。」
そんなくだらない朝の日常会話を交わしながら、病院内へ入り廊下を歩いて行く一と光。
外来ではなく病棟内、医師達の集まるロッカーや給湯室、仕事スペースのある部屋へと入る。
「オッス! 一先生! 」
医学部からの同期仲間でもある医師で小児科外科医の田川涼が、一に挨拶する。
「おーっス。涼先生。」
一はロッカーへ向かいながら、涼に挨拶を返した。
ロッカーで私服から医服に着替えながら、一は今ある生活とその前、医者に目指すきっかけになった出来事を思い返す。
あの日……。
小学六年の正月、旅行先の京都にある稲荷神社で新年のお参りしに向かっていて、そこで何か悲劇が起き、医者になり人の命を救おうと思い、医師なれた。
そして、確か……東北の岩手県に用事があり足を運んだことがあったことを思い出す。
しかし、その岩手県内の何処に行ったのか何しに来たのか分からなくなった。
おそらく医療の勉強がてら岩手県内の病院に行ったに違いないが。
ダメだ。記憶が何一つ思い浮かばない。
そもそも、何で観月やライムという奇妙な妖二人と一緒に暮らしてるんだろう。不思議に思う。けれど、嫌な気にはならない。
普段はそんなことを考えはしないが、この二月の時期に入ると、あの不思議な夢を見る度に、記憶の一部が飛び飛びで、忘れていることが多い。
痴ほう症か、それともただの物忘れ、あるいは仕事疲れかもしれないな。きっと。と、一は自己解釈する。
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