25 / 31
第三章 過去から未来への夢の彼方に
3章-7話 天空城と天空人
しおりを挟む
「ほへぇー、本当に雲の上だよ。どういう建築技術、使ったんだろうな」
「マスター、見てみて。ここから、シスイ王国の城下町があんなに小さく見えるよ。すごい、皆、小人になったみたい」
「リーアは元々、小人だけどな」
「ああっ、マスターってば、またそんな風にボクをからかうんだ。いいもん。サリーとニーナのこと、クレア姉にどうやって紹介してあげようかなぁ」
「ちょっと待て、リーア。落ち着いて話し合おうじゃないか」
裕也たちは、空に浮かぶ城の中を探索し、あたり一面の絶景の景色に見とれていた。この城の城下町の人々は、皆、翼を身に着けており、店と店とを軽快に飛び回りながら、行き来している。
「おやまぁ、こんなところに地上の人間なんて珍しいねぇ。ここまで来るのは大変だっただろう。ゆっくりしていきなよ」
通りかかった天空人のおばちゃんは、裕也に人懐っこい笑みを浮かべてくれた。裕也たちも慌てて挨拶を返す。
天空城の城下町は、雲を道路代わりにして店が並んでいた。ただ、困るのは雲が地続きになっていないということだ。翼のある天空人たちは、飛びながら好きな店へ移動できるが、裕也たちのジャンプ力だけでは自由な行き来は出来ない。
「どうするよ、裕也。これじゃ、街の人々への聞き込みも満足にできないぜ」
「困ったわね。情報収集なら酒場かギルドに行くのが通説だけど、どちらも空飛ばないと行けない場所なのよね。すぐ目の前にあるのは分かってるんだけど・・」
エリスとパトラも打つ手なしのようだ。そこにニヤついた笑みを浮かべた陰険そうな天空人がやってきた。顔で判断するのも申し訳ないが、天空人と言えども全員が善人というわけでもないかもしれない。
「どうやら、お困りのようですな。それにしても、いや、実に大したものだ。あの暗闇の塔を見事制覇してここまで来れる人間は珍しい」
天空人は裕也たちのここまでの旅を労う。なんだ、思い過ごしだったか。やっぱり人は顔じゃないよな。反省する裕也。しかし、その反省は無意味だったかもしれない。
「見てましたよ。あなたが裕也さんですね。塔の謎を見事に解明された。それにお二方はエリスさんにパトラさん。あなたたちの戦いぶりは実に素晴らしかった。しかし・・」
そこで、一旦話を区切る。裕也の中で悪い予感が走る。
「そこの精霊。あなた、全然使えませんねぇ。そもそも精霊風情が我々、天空人の住処に足を踏み入れるなんて、何様のつもりです。分を弁えたほうがいいですよ」
「えっと、でも、ボク・・」
リーアは思わぬ口撃を受けて、言葉に詰まる。すかさず裕也は自分の肩に座るリーアの前に手をかざし、心配ないからとジェスチャーを送る。
「そうだ、裕也さん。その精霊をこの街の秘蔵のアイテムと交換しませんか?どんな敵でも瞬時に倒す古代から伝わる剣なんてどうでしょう。それとも、マジックアイテムがいいですか。なんなら、エリクサーもサービスしますよ」
「断る」
裕也はきっぱりと言い切った。天空人は首をかしげる。どうやら、裕也の言葉の意味が理解できないらしい。
「えっ、何ですって。だってほら、そんな役に立たない精霊、いらないでしょう。私には親しくしている人間の奴隷商人がいましてね。丁度、そんな精霊を欲しがっていた人物がいるんですよ。人形みたいに愛でるのが趣味だそうで。戦闘でも謎解きでも何の役に立たないんだから、せめて、そういったお方のお役に・・ぐはぁ」
最後まで言い切る前に、裕也は力の限りをこめて、目の前の天空人の顔面を殴った。怒りに任せて人を真正面から殴るのは何十年ぶりだろう。小学校にも入ってない幼い子供の頃に喧嘩した時以来ではないだろうか。
裕也はどちらかといえば、怒りを内に溜めて我慢することの方が多い。だが、こいつにはリミットが完全に外れてしまった。
「てめぇ、人の大切な身内にふざけた口、ぬかしてんじゃねぇぞ。リーアはな、俺がこの世で最も信頼する仲間の一人だ。リーアを侮辱するなら、俺はどんな卑怯なことでも、それこそ六大魔女の力でも、アストレアの力でも何でも借りて、てめぇを地獄の底に送り出してやる。エリス、パトラ、急で悪ぃが、二人も力を貸してくれ」
「ああ、任せな、裕也。私も丁度、こいつをぶん殴りたいと思ってたところだ」
「無粋な殿方に手加減は入りませんわよね。なんならシスイ王国もお力、お貸ししますわよ、裕也さん」
陰険な天空人は、ああそうかよと、地面に唾を吐いて、立ち去っていった。ああ、ムカムカする。天空城なんて、密かに憧れの場所だったのに、来て早々こんなに嫌な思いをするなんて思わなかった。すると、先ほど挨拶をかわした天空人のおばちゃんが戻ってきて、代わりに頭を下げた
「ごめんなさいね、嫌な思いをさせちゃって。だけど、誤解しないでほしいの。全部が全部、あんな天空人ばかりじゃないんだから」
「あ、いえ、それは分かってます。おばさん、いや、お姉さんだって天空人なんだし、少なくともお姉さんには、俺、好印象を持ってますよ」
「あらやだ、こんなおばちゃん捕まえて、お上手ね。ありがとう。お世辞でもうれしいわ。そうだ、あなた方、この街の行き来が出来なくて困ってるんでしょう?よかったら、この靴お使いなさいな」
天空人のおばちゃんが、羽の生えた綺麗なマリンブルーの光沢のかかった一足の靴を差し出した。裕也が手に取って、靴を観察する。まるで重力が全くかかってないような軽さだ。
「これは?」
「人間ようにこしらえた、空を飛べる靴よ。でも一足しかないから、誰か一人が履いて、他の方はその人に捕まって飛ぶって形になるけど、それでもいいかしら?」
「ありがとうございます。助かります。あ、俺、裕也って言います。こっちはリーアにエリス、パトラ。えっと、お名前を聞いても?」
エリスとパトラはそれぞれ軽く頭を下げる。リーアは先ほどのショックが大きかったのか、下を向いて黙ったままだ。
「あら、そういえば、まだ名乗ってなかったわよね。私はリーフレット。宜しくね、裕也さん」
「リーフレットさん、こちらこそ宜しくお願いします」
裕也は受け取った靴に履き替えた。体が嘘のように軽く感じる。これなら、この城下町の範囲内なら、好きなところに飛んでいきそうだ。だが、行動開始の前に大事な用事がある。ちゃんと話しておかなきゃな。
「リーア、さっきのことなら、気にする必要、全くないからな。俺もエリスもパトラもリーアが不要な存在だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。だろ、エリス、パトラ?」
エリスとパトラは力強く頷き、裕也の肩の上で泣き顔になっているリーアに、いつもと変わらない普段通りの口調で、語り掛ける。
「裕也の言うとおりだ。どこの世界にも言わなくていい、つまんないこと言うやつは一人か二人必ずいるんだ。こんな雲の上の世界にまでいて欲しくはなかったけどな。まあそんなの、いちいち気にしてたら身が持たねぇよ」
「私なんて、国を束ねてるんだから、あんな陰険なのしょっちゅう見かけるわよ。ビネガーがその最頂点だけど、他にも大勢いるわ。だから適当にあしらう技術が自然に身に着いちゃうの」
リーアは泣き顔をあげて、ゆっくり皆を見上げる。最後に裕也がリーアの頭を優しくなでる。
「リーア、俺はお前を本当に心の底から大切な仲間だって思ってる。それにそもそも、戦闘で役に立てないのは俺の方だって話だしな。だから、これはマスター命令だ。今さっきのことは一切忘れろ。とりあえず、宿だけ確保して、何か旨いもん食いながら、酒でも飲もうぜ。もしあるんだったら風呂に入るのもいいな」
裕也の提案にエリスもパトラも大賛成の意志を示す。リーアは泣き声を交えて、裕也の首のあたりにしがみつきながら話しかける。
「・・あり・・が・・とう・・ぐすっ・・マスターと契約して・・本当に良かった。ボク、あまり役に泣てないかもしれないけど、これからもマスターの傍にいてもいい?」
「当り前のこと聞いてんじゃねぇよ。俺の方こそ、頼りないだろうけど、これからも宜しくな、リーア。あ、言っとくけど、当たり前ってのは役に立てないって部分は含まれてないからな。一応、誤解されるとまずいし」
裕也の焦りにリーアは小さく吹き出す。
「ボク、そこまで馬鹿じゃないよ。もう、マスターってば・・」
リーアはそこで初めて、泣き顔から笑顔に変化した。エリスとパトラもつられて笑い出す。裕也だけは少し気まずい思いをしたが、皆が楽しそうだし、まあいいやと開き直る。
「さてと、じゃあ、この話はこれで終わりだ。まずはこの街の宿を確保しなきゃな。皆、俺にしっかり掴まってくれ」
全員が裕也に掴まる。美女たちに一斉に体を掴まれて、裕也は内心の喜びを隠せない。ついつい顔がニヤける裕也にエリスが鋭く突っ込む。
「おい、そこのエロボケ大将。もたもたしてんじゃねぇよ、とっとと行くぞ」
「ちょっと待て、エリス。いくらなんでもエロボケ大将はねぇだろ。ほら見ろ、リーアにもパトラにまでも笑われちまったじゃねぇか」
反論する裕也だが、エリスに従い宿に向かうことにした。丁度、酒場と兼用になっている黒猫亭や白猫亭のような都合のいい宿がある。情報が収集できるまでの間は、そこに泊まることで一同は合意した。
天空上の城下町にある酒場ヘブンキャッツは、黒猫亭や白猫亭のような居酒屋風ではなく、洒落た感じのカクテルバーといった感じだった。とは言え、二回には宿泊所もある。宿泊所に通じる階段は、赤い絨毯が敷き詰められており、日本で言えば、少しだけ高額なビジネスホテルといった様相だ。
裕也たちは、とりあえず部屋を二つとって、荷物や装備品を置いてくると、それぞれ身軽な格好に着替えて、一階にあるカクテルバーに集合した。カクテルの名前を聞いてもピンとこないので、皆、それぞれフィーリングで注文する。注文を待っている間、裕也がまず口火を切り出した。
「さてと、とりあえず聞くべき情報を整理するか。まず俺が一番知りたいのはルーシィの母親、兼ルシファーの姉であるシルヴィアの居所。んでもって、彼女の旦那は天空人、要はこの街のかつての住人で、名前はゼウシス」
「それで、そのゼウシスさんは百年以上も前に、天空人から悪魔になっちゃったんだよね、マスター」
「ああ、そこまでがクリスティさんから聞いた話だ。悪魔に身を変えた詳しいいきさつは不明だが、ゼウシスは天才と呼ばれるような秀でた人物でその才能に嫉妬した他の天空人が彼を嵌めたらしい」
そこまで話したところで、裕也の前にグラスが置かれた。裕也が頼んだのは、果実とジンを組み合わせたカクテル。しかし、何の果実かは不明だ。どうやって、雲の上の世界で材料を取り寄せたのかが気になる。
「すげぇ、これ滅茶苦茶、旨いよ。喉越しもいいし、ほのかに酸味も効いてる」
「マスター、ボクちょっと、もらってもいい?」
「ああ、いいぜ。ほら。何ならリーアも二杯目で同じの頼むといい」
裕也はリーアにグラスを渡す。ほんの一口のつもりだったが、ほとんど空になっている。裕也はリーアをジト目で見る。さっと目をそらし、元の話題に戻らせるリーア。
「え・・えっと、要するにシルヴィアさんとゼウシスさんのことを聞けばいいんだよね」
裕也はグラスをリーアの目の前に突き出し、リーアの額にデコピンする。両手で頭を抑えるリーアをそのままにして、次の話題へと移る。
「俺たちの目的はそんなところだ。次はパトラだけど、ビネガーが突然変異的に身につけた力とかを知りたいんだっけ?」
「私も詳しいことは分からないの。ただ、ビネガーは、言っては悪いけど、人望を集めるような人物じゃなかった。それなのに、いつの間にか彼を王にと押し上げる声が、周り中から聞こえるようになり、私は失脚させられてしまった・・」
「それで、天空人なら何かビネガーの秘密を知ってるかもしれないってわけだ。しかし、正直に言うと聞き込みは難しいかもな。情報自体がアバウトだし、ビネガーってやつが前々から計画的に、何らかの戦略を練ってたってことなら、これは陰謀とか策謀に該当する話だ。天空人がそんなことまで関与しているとも考えにくい」
パトラとエリスの前にもグラスが置かれた。シェイカーの中から、ディープブルーの透き通るような綺麗な液体が注がれていく。見た目とは対照的に、少し強めのアルコール成分が含まれているらしい。
二人はそろってカクテルを口につける。美女がカクテルを飲むシーンはそれだけで一つの絵になる。裕也は思わず二人の姿に見とれてしまう。
「こちらも美味しいわ。きついお酒だって聞いてたけど、すごく飲みやすい」
「ああ、これは驚いたな。飲んだ後もずっと口の中に爽やかさが広がっていく」
ふと、二人は裕也が自分たちを、じっと見ていることに気づいた。パトラが首をかしげて裕也に尋ねる。
「どうしたの、裕也さん?」
「あ、いや、二人がカクテルを飲んでる様子がすごく綺麗だったから、ついつい目がそらせなくなっちゃって」
「あら光栄だわ。私たちを口説いてくださってるのね」
「え、え、いえ、あの、そんなつもりは・・」
しどろもどろになる裕也を、パトラとエリスが笑う。何故かリーアは憮然として、ボクもボクもと追加のカクテルを注文した。裕也は誤魔化すように話を戻す。
「あっと、それでパトラの聞き込みなんだけど」
「ええ、分かってるわ。確かにビネガーが元から陰で何かを画策していたというだけなら、聞き込みは意味をなさない。でも裕也さん、やっぱり私、引っかかってるの」
「どういうこと?」
パトラはそこで話を一旦区切り、再びカクテルに口をつける。裕也はパトラを見て少し、心臓音が高まっていくのを感じた。
「ビネガーの周りには、見たこともない兵たちがうろついてるわ。彼らは元々シスイ王国の兵士ではなかったはず」
パトラは目を伏せて、自分が目撃した光景を思い出す。しかし、裕也はどうにも腑に落ちない。
「でもそれって、外部から傭兵を雇ったってだけの話じゃないのか?」
「それも考えられるんだけど・・彼らは出現の仕方が変なのよ。どこから現れて、どこに消えていくのか、まるで分からない。寝床も用意されてないし、彼らが食事をする姿も見たことがないわ。不気味な黒頭巾マントと鉄の爪を身につけて、何を考えているのか、まるで分からない・・」
裕也は最後の一言を聞いて、思わずグラスをこぼしそうになる。リーアも目を見開いてパトラを凝視する。パトラは裕也たちの突然の振る舞いに、驚いて顔をあげた。
「どうしたの、裕也さん、リーアさん?」
「本当なんだな。傭兵・・かどうかは分からないが、ビネガーの周りにいるのは、黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けたやつらなんだな?」
「え・・ええ、こんなこと、嘘ついてもしょうがないと思うんだけど・・」
「あ、いや、悪い。別にパトラを疑ってたわけじゃないんだ。ただ、話を聞いてびっくりしてしまって」
「どういうことだ、裕也?私にも分かるように説明してくれよ」
裕也たちの変化に、エリスも話題に入ってきた。こうなったら、言っておいたほうがいいだろう。最初にジェシカを過去視したとき、ジェシカの兄を惨殺した人物が黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けていた。
次に、ルシファーから後で聞いた話では、ルシファーがどこかの山中に囚われていたニースを助け出した時も、黒頭巾マントは関わっていた。というより、ニースを拉致監禁したのは黒頭巾マントの奴らだった。
裕也自身、黒頭巾マントの奴らについて、そう詳しいことは知らない。それでも知っている限りの情報を、みんなに伝えた。
「結局その黒頭巾マントの奴らってのは何者なんだ?」
エリスが問いかける。裕也自身、その問いの答えは分からない。だが、ジェシカが襲撃した件と今回のビネガーの件は無関係ではない可能性が出てきた。ただの偶然ということもあるが、とにかく、今は情報が足りなすぎる。
「分からない。が、俺たちの味方じゃないことだけは確かだろうな。いや、ジェシカと同じように、自分の意志を封じられて、何かに操られてるって可能性もあるのか・・」
ジェシカがルーシィを襲ったとき、確か何かの声が聞こえてたと言っていた。ジェシカが正気に戻ってからは、聞こえなくなったらしいが、その声の持ち主こそが本当の敵なのかもしれない。
「さてと、これ以上はここで話しても、進展はなさそうだし、今日のところはお開きにしないか?さっきはとんだハプニングがあったけど、俺、実は天空城ってどこか憧れててさ。いろいろ散策してみたいんだ。空の上に浮かぶ城なんてロマンじゃん」
「でもマスター、ボクが一緒に行くとまたさっきみたいに、精霊のくせに、とか言われないかな?」
リーアは不安そうに裕也を見上げる。裕也は少し怯えるリーアの首元をひょいと掴むと、そのまま自分の服の胸元に入れた。
「ちょ、ちょっと、何するのさ、マスター」
「そこなら、いつでも隠れられるだろ。怖いなら一人で部屋で留守番してても、いいんだが、万が一、さっきのやつみたいにお前を狙ってくる奴がいたら厄介だしな。それにさ、俺は自分が憧れてた場所をリーアと一緒に見て回りたいんだ。ダメかな?」
リーアの顔が真っ赤に染まる。手足をばたつかせて、裕也を叩いてきた。
「もう、いつも変だけど、今日のマスター特に変だよ。ボクだって、色々困るんだから」
「何がだよ?俺はリーアのこと好きだって言ったじゃん。別に何も変じゃないだろ」
「変。変。変過ぎる。ああ、もう、ボク、知らない・・」
リーアは服の中に隠れてしまった。エリスとパトラがニヤけ顔で裕也の脇を突っつく。が、パトラの呟きでエリスの顔色が変わる。
「精霊の特権ですわね。リーアが普通の人だったら、エリスが嫉妬に狂うでしょうから」
「ちょ、ちょっと待て、パトラ。なんで私が嫉妬するんだよ?」
「あら、エリスがいらないなら、私が裕也さん、いただいちゃおうかしら」
え?ええ?嘘。パトラ、俺・・僕のことそんな風に見てくれてたの。いや、僕もう身も心も捧げちゃう。とりあえず、今夜から、捧げさして・・
裕也の中で、瞬時に妄想が広がっていく。パトラが、その後すぐに、冗談よと吐いたセリフは、裕也にはもはや聞こえていなかった。
**************************************
「うう、酷いよ、パトラ。純情な青年の心を弄んで・・」
「ほら、マスター、情けない声出さないの。よしよし。リーアお姉さんが慰めてあげるからね。もう、本当、マスターはダメダメなときは、とことんダメダメなんだよね」
「リーア、リーアだけだよ。俺のガラス細工の繊細な心を分かってくれるのはさ・・」
エリスは情けなさ極まる裕也に何度、蹴りをいれようか迷っていたが、結局やめることにした。なんなんだ、こいつは。私はこんなやつと・・ああ、畜生、サキュバスクイーンの悪夢が蘇る。私は絶対に認めないぞ。あれが私の願望だったわけがない。
一方、パトラは自分が誤解を与えてしまったことを、少しだけ申し訳なさそうに思っている・・ようなこともなく、ますます裕也のことが、さっぱり分からないと、混乱を深めていた。
暗闇の塔を見事に攻略した裕也さんと、今の裕也さん、本当に同一人物なのかしら。まさか、二重人格じゃないわよね・・
一同はそれぞれ、勝手な思いを抱きつつ、天空上の城下町を散策する。店の品揃いは、普通の城下町で見かけるような薬草の類から、見たこともない薬やアイテムの数々まで、様々だった。
「そうだ、裕也、お前、武器とか買わないのか?カレンからもらった短剣だけじゃ、さすがにきついだろ」
エリスが裕也の装備の購入を進めるが、裕也は残念そうに首を横に振る。
「そうだな、俺も普通の剣ぐらい装備するべきかもな。つっても、ここのは高くて買えねぇよ」
「裕也さん、お金なら私が都合してあげましょうか?」
「いや、パトラだって大変な状況なんだろ。いいよ、大丈夫。ありがとな」
裕也たちは結局、ほとんどをウインドショッピングで済ませた。それでも雲の上の街を歩き回るという貴重な観光経験が出来たので大満足だ。
リーアだけが、ある薬品に注目し、どうしても欲しいと言ったので、パトラが払って購入したぐらいだ。どんな効能があるのかは、リーアしか店主から聞いていない。どうやら、他の誰にも聞かせたくない薬だったらしい。まあ、そういうのもあるんだろうなぐらいの気持ちで裕也たちは聞き流していた。
「はぁー、色々あって疲れたな。暗闇の塔から街の探索まで、色々あったし、今日はもう寝て、情報収集や飲み食いは明日にしようか」
「そうだな。確かに体を休めたいな。じゃあ、明日の朝にロビーで集合な」
「お休みなさい、裕也さん」
エリスとパトラは別にとった部屋に帰っていった。リーアも一緒に行くと思ってたが、まだ裕也の肩の上で羽を休めている。
「マスター、ボク、今日はマスターと一緒に寝てもいいかな?すごい怖い思いもしたし、お願い・・」
リーアから、こんな願いも珍しい。人の腹の上で勝手に大の字で寝ることとかはあるが。まあ、自分の身が売られてたかもしれないと思えば、怖がるのも無理ないか。
「ああ、いいぜ。さっきも言ったけど、早く忘れろよな。心配しなくても、俺はリーアのこと、リーア自身が望まない限りは、手放したりしないから、安心しろよ」
「うん、わかってる。ありがとう、マスター。じゃあ、先に寝てて。ボク、用事済ませてくるから」
用事?なんだろ。トイレとかか。リーアも精霊とは言え、女性なんだし、色々男には分からない寝る前の仕事とかもあるのかもな。めんどくさい話だ。男で良かった。それにしても、今日はもう体がくたくただ・・
裕也はそのままベッドに横になって目を瞑る。ふと、自分の体の上に何か重たいものが乗っているのに気づき、目を開ける。
「!」
リーアが、等身大の、普通の人間と同じサイズになって、裕也の上にのっていた。
「ちょ、ちょっと、リーア?」
「どうしたの、マスター。ボクと一緒に寝てくれるんでしょ?」
「い、いや、待て。落ち着け。まず、その状態はなんだ?」
すると、リーアは手元から先ほど城下町のアイテムショップで購入した薬の瓶を取り出した。
「これね。さっきのお店で売ってたの。六時間だけ、体のサイズを自由にできるんだって。便利だよね」
裕也は焦る。焦って、リーアを改めてみる。普段は小人サイズだから、あまり意識もしなかったが、人間の等身大としてみると、抜群にスタイルがいい。グラビア雑誌のトップ記事を余裕で飾れるレベルだ。普段は見慣れた金色の髪や緑色の目も、こうして見ると、吸い込まれそうな幻想的な美しさを醸し出している。
「さ、マスター。一緒に寝よ」
「待て、リーア。リーアさん。あのですね。その状態だと一緒に寝るの意味がまるで異なってくる。その、俺はリーアのこと大切に思ってるけど、俺も男なわけで、理性が保てなくなるというか・・」
「保たなくていいよ。それとも、精霊なんか抱くに値しない?」
「ば、ばか、そんなわけ・・」
焦りまくる裕也を、リーアは押し倒して、そのまま唇を重ねる。裕也は衝動が抑えきれなくなり、体の位置を入れ替え、リーアの上にのった。リーアが小さく嬌声をあげる。
「リーア、俺、その・・」
「いいから。これはボクが望んだことなの。マスター。ボクも大好きだって言ったよね・・」
裕也とリーアはそのまま一つの陰に溶け込んだ。
「マスター、見てみて。ここから、シスイ王国の城下町があんなに小さく見えるよ。すごい、皆、小人になったみたい」
「リーアは元々、小人だけどな」
「ああっ、マスターってば、またそんな風にボクをからかうんだ。いいもん。サリーとニーナのこと、クレア姉にどうやって紹介してあげようかなぁ」
「ちょっと待て、リーア。落ち着いて話し合おうじゃないか」
裕也たちは、空に浮かぶ城の中を探索し、あたり一面の絶景の景色に見とれていた。この城の城下町の人々は、皆、翼を身に着けており、店と店とを軽快に飛び回りながら、行き来している。
「おやまぁ、こんなところに地上の人間なんて珍しいねぇ。ここまで来るのは大変だっただろう。ゆっくりしていきなよ」
通りかかった天空人のおばちゃんは、裕也に人懐っこい笑みを浮かべてくれた。裕也たちも慌てて挨拶を返す。
天空城の城下町は、雲を道路代わりにして店が並んでいた。ただ、困るのは雲が地続きになっていないということだ。翼のある天空人たちは、飛びながら好きな店へ移動できるが、裕也たちのジャンプ力だけでは自由な行き来は出来ない。
「どうするよ、裕也。これじゃ、街の人々への聞き込みも満足にできないぜ」
「困ったわね。情報収集なら酒場かギルドに行くのが通説だけど、どちらも空飛ばないと行けない場所なのよね。すぐ目の前にあるのは分かってるんだけど・・」
エリスとパトラも打つ手なしのようだ。そこにニヤついた笑みを浮かべた陰険そうな天空人がやってきた。顔で判断するのも申し訳ないが、天空人と言えども全員が善人というわけでもないかもしれない。
「どうやら、お困りのようですな。それにしても、いや、実に大したものだ。あの暗闇の塔を見事制覇してここまで来れる人間は珍しい」
天空人は裕也たちのここまでの旅を労う。なんだ、思い過ごしだったか。やっぱり人は顔じゃないよな。反省する裕也。しかし、その反省は無意味だったかもしれない。
「見てましたよ。あなたが裕也さんですね。塔の謎を見事に解明された。それにお二方はエリスさんにパトラさん。あなたたちの戦いぶりは実に素晴らしかった。しかし・・」
そこで、一旦話を区切る。裕也の中で悪い予感が走る。
「そこの精霊。あなた、全然使えませんねぇ。そもそも精霊風情が我々、天空人の住処に足を踏み入れるなんて、何様のつもりです。分を弁えたほうがいいですよ」
「えっと、でも、ボク・・」
リーアは思わぬ口撃を受けて、言葉に詰まる。すかさず裕也は自分の肩に座るリーアの前に手をかざし、心配ないからとジェスチャーを送る。
「そうだ、裕也さん。その精霊をこの街の秘蔵のアイテムと交換しませんか?どんな敵でも瞬時に倒す古代から伝わる剣なんてどうでしょう。それとも、マジックアイテムがいいですか。なんなら、エリクサーもサービスしますよ」
「断る」
裕也はきっぱりと言い切った。天空人は首をかしげる。どうやら、裕也の言葉の意味が理解できないらしい。
「えっ、何ですって。だってほら、そんな役に立たない精霊、いらないでしょう。私には親しくしている人間の奴隷商人がいましてね。丁度、そんな精霊を欲しがっていた人物がいるんですよ。人形みたいに愛でるのが趣味だそうで。戦闘でも謎解きでも何の役に立たないんだから、せめて、そういったお方のお役に・・ぐはぁ」
最後まで言い切る前に、裕也は力の限りをこめて、目の前の天空人の顔面を殴った。怒りに任せて人を真正面から殴るのは何十年ぶりだろう。小学校にも入ってない幼い子供の頃に喧嘩した時以来ではないだろうか。
裕也はどちらかといえば、怒りを内に溜めて我慢することの方が多い。だが、こいつにはリミットが完全に外れてしまった。
「てめぇ、人の大切な身内にふざけた口、ぬかしてんじゃねぇぞ。リーアはな、俺がこの世で最も信頼する仲間の一人だ。リーアを侮辱するなら、俺はどんな卑怯なことでも、それこそ六大魔女の力でも、アストレアの力でも何でも借りて、てめぇを地獄の底に送り出してやる。エリス、パトラ、急で悪ぃが、二人も力を貸してくれ」
「ああ、任せな、裕也。私も丁度、こいつをぶん殴りたいと思ってたところだ」
「無粋な殿方に手加減は入りませんわよね。なんならシスイ王国もお力、お貸ししますわよ、裕也さん」
陰険な天空人は、ああそうかよと、地面に唾を吐いて、立ち去っていった。ああ、ムカムカする。天空城なんて、密かに憧れの場所だったのに、来て早々こんなに嫌な思いをするなんて思わなかった。すると、先ほど挨拶をかわした天空人のおばちゃんが戻ってきて、代わりに頭を下げた
「ごめんなさいね、嫌な思いをさせちゃって。だけど、誤解しないでほしいの。全部が全部、あんな天空人ばかりじゃないんだから」
「あ、いえ、それは分かってます。おばさん、いや、お姉さんだって天空人なんだし、少なくともお姉さんには、俺、好印象を持ってますよ」
「あらやだ、こんなおばちゃん捕まえて、お上手ね。ありがとう。お世辞でもうれしいわ。そうだ、あなた方、この街の行き来が出来なくて困ってるんでしょう?よかったら、この靴お使いなさいな」
天空人のおばちゃんが、羽の生えた綺麗なマリンブルーの光沢のかかった一足の靴を差し出した。裕也が手に取って、靴を観察する。まるで重力が全くかかってないような軽さだ。
「これは?」
「人間ようにこしらえた、空を飛べる靴よ。でも一足しかないから、誰か一人が履いて、他の方はその人に捕まって飛ぶって形になるけど、それでもいいかしら?」
「ありがとうございます。助かります。あ、俺、裕也って言います。こっちはリーアにエリス、パトラ。えっと、お名前を聞いても?」
エリスとパトラはそれぞれ軽く頭を下げる。リーアは先ほどのショックが大きかったのか、下を向いて黙ったままだ。
「あら、そういえば、まだ名乗ってなかったわよね。私はリーフレット。宜しくね、裕也さん」
「リーフレットさん、こちらこそ宜しくお願いします」
裕也は受け取った靴に履き替えた。体が嘘のように軽く感じる。これなら、この城下町の範囲内なら、好きなところに飛んでいきそうだ。だが、行動開始の前に大事な用事がある。ちゃんと話しておかなきゃな。
「リーア、さっきのことなら、気にする必要、全くないからな。俺もエリスもパトラもリーアが不要な存在だなんて、これっぽっちも思っちゃいない。だろ、エリス、パトラ?」
エリスとパトラは力強く頷き、裕也の肩の上で泣き顔になっているリーアに、いつもと変わらない普段通りの口調で、語り掛ける。
「裕也の言うとおりだ。どこの世界にも言わなくていい、つまんないこと言うやつは一人か二人必ずいるんだ。こんな雲の上の世界にまでいて欲しくはなかったけどな。まあそんなの、いちいち気にしてたら身が持たねぇよ」
「私なんて、国を束ねてるんだから、あんな陰険なのしょっちゅう見かけるわよ。ビネガーがその最頂点だけど、他にも大勢いるわ。だから適当にあしらう技術が自然に身に着いちゃうの」
リーアは泣き顔をあげて、ゆっくり皆を見上げる。最後に裕也がリーアの頭を優しくなでる。
「リーア、俺はお前を本当に心の底から大切な仲間だって思ってる。それにそもそも、戦闘で役に立てないのは俺の方だって話だしな。だから、これはマスター命令だ。今さっきのことは一切忘れろ。とりあえず、宿だけ確保して、何か旨いもん食いながら、酒でも飲もうぜ。もしあるんだったら風呂に入るのもいいな」
裕也の提案にエリスもパトラも大賛成の意志を示す。リーアは泣き声を交えて、裕也の首のあたりにしがみつきながら話しかける。
「・・あり・・が・・とう・・ぐすっ・・マスターと契約して・・本当に良かった。ボク、あまり役に泣てないかもしれないけど、これからもマスターの傍にいてもいい?」
「当り前のこと聞いてんじゃねぇよ。俺の方こそ、頼りないだろうけど、これからも宜しくな、リーア。あ、言っとくけど、当たり前ってのは役に立てないって部分は含まれてないからな。一応、誤解されるとまずいし」
裕也の焦りにリーアは小さく吹き出す。
「ボク、そこまで馬鹿じゃないよ。もう、マスターってば・・」
リーアはそこで初めて、泣き顔から笑顔に変化した。エリスとパトラもつられて笑い出す。裕也だけは少し気まずい思いをしたが、皆が楽しそうだし、まあいいやと開き直る。
「さてと、じゃあ、この話はこれで終わりだ。まずはこの街の宿を確保しなきゃな。皆、俺にしっかり掴まってくれ」
全員が裕也に掴まる。美女たちに一斉に体を掴まれて、裕也は内心の喜びを隠せない。ついつい顔がニヤける裕也にエリスが鋭く突っ込む。
「おい、そこのエロボケ大将。もたもたしてんじゃねぇよ、とっとと行くぞ」
「ちょっと待て、エリス。いくらなんでもエロボケ大将はねぇだろ。ほら見ろ、リーアにもパトラにまでも笑われちまったじゃねぇか」
反論する裕也だが、エリスに従い宿に向かうことにした。丁度、酒場と兼用になっている黒猫亭や白猫亭のような都合のいい宿がある。情報が収集できるまでの間は、そこに泊まることで一同は合意した。
天空上の城下町にある酒場ヘブンキャッツは、黒猫亭や白猫亭のような居酒屋風ではなく、洒落た感じのカクテルバーといった感じだった。とは言え、二回には宿泊所もある。宿泊所に通じる階段は、赤い絨毯が敷き詰められており、日本で言えば、少しだけ高額なビジネスホテルといった様相だ。
裕也たちは、とりあえず部屋を二つとって、荷物や装備品を置いてくると、それぞれ身軽な格好に着替えて、一階にあるカクテルバーに集合した。カクテルの名前を聞いてもピンとこないので、皆、それぞれフィーリングで注文する。注文を待っている間、裕也がまず口火を切り出した。
「さてと、とりあえず聞くべき情報を整理するか。まず俺が一番知りたいのはルーシィの母親、兼ルシファーの姉であるシルヴィアの居所。んでもって、彼女の旦那は天空人、要はこの街のかつての住人で、名前はゼウシス」
「それで、そのゼウシスさんは百年以上も前に、天空人から悪魔になっちゃったんだよね、マスター」
「ああ、そこまでがクリスティさんから聞いた話だ。悪魔に身を変えた詳しいいきさつは不明だが、ゼウシスは天才と呼ばれるような秀でた人物でその才能に嫉妬した他の天空人が彼を嵌めたらしい」
そこまで話したところで、裕也の前にグラスが置かれた。裕也が頼んだのは、果実とジンを組み合わせたカクテル。しかし、何の果実かは不明だ。どうやって、雲の上の世界で材料を取り寄せたのかが気になる。
「すげぇ、これ滅茶苦茶、旨いよ。喉越しもいいし、ほのかに酸味も効いてる」
「マスター、ボクちょっと、もらってもいい?」
「ああ、いいぜ。ほら。何ならリーアも二杯目で同じの頼むといい」
裕也はリーアにグラスを渡す。ほんの一口のつもりだったが、ほとんど空になっている。裕也はリーアをジト目で見る。さっと目をそらし、元の話題に戻らせるリーア。
「え・・えっと、要するにシルヴィアさんとゼウシスさんのことを聞けばいいんだよね」
裕也はグラスをリーアの目の前に突き出し、リーアの額にデコピンする。両手で頭を抑えるリーアをそのままにして、次の話題へと移る。
「俺たちの目的はそんなところだ。次はパトラだけど、ビネガーが突然変異的に身につけた力とかを知りたいんだっけ?」
「私も詳しいことは分からないの。ただ、ビネガーは、言っては悪いけど、人望を集めるような人物じゃなかった。それなのに、いつの間にか彼を王にと押し上げる声が、周り中から聞こえるようになり、私は失脚させられてしまった・・」
「それで、天空人なら何かビネガーの秘密を知ってるかもしれないってわけだ。しかし、正直に言うと聞き込みは難しいかもな。情報自体がアバウトだし、ビネガーってやつが前々から計画的に、何らかの戦略を練ってたってことなら、これは陰謀とか策謀に該当する話だ。天空人がそんなことまで関与しているとも考えにくい」
パトラとエリスの前にもグラスが置かれた。シェイカーの中から、ディープブルーの透き通るような綺麗な液体が注がれていく。見た目とは対照的に、少し強めのアルコール成分が含まれているらしい。
二人はそろってカクテルを口につける。美女がカクテルを飲むシーンはそれだけで一つの絵になる。裕也は思わず二人の姿に見とれてしまう。
「こちらも美味しいわ。きついお酒だって聞いてたけど、すごく飲みやすい」
「ああ、これは驚いたな。飲んだ後もずっと口の中に爽やかさが広がっていく」
ふと、二人は裕也が自分たちを、じっと見ていることに気づいた。パトラが首をかしげて裕也に尋ねる。
「どうしたの、裕也さん?」
「あ、いや、二人がカクテルを飲んでる様子がすごく綺麗だったから、ついつい目がそらせなくなっちゃって」
「あら光栄だわ。私たちを口説いてくださってるのね」
「え、え、いえ、あの、そんなつもりは・・」
しどろもどろになる裕也を、パトラとエリスが笑う。何故かリーアは憮然として、ボクもボクもと追加のカクテルを注文した。裕也は誤魔化すように話を戻す。
「あっと、それでパトラの聞き込みなんだけど」
「ええ、分かってるわ。確かにビネガーが元から陰で何かを画策していたというだけなら、聞き込みは意味をなさない。でも裕也さん、やっぱり私、引っかかってるの」
「どういうこと?」
パトラはそこで話を一旦区切り、再びカクテルに口をつける。裕也はパトラを見て少し、心臓音が高まっていくのを感じた。
「ビネガーの周りには、見たこともない兵たちがうろついてるわ。彼らは元々シスイ王国の兵士ではなかったはず」
パトラは目を伏せて、自分が目撃した光景を思い出す。しかし、裕也はどうにも腑に落ちない。
「でもそれって、外部から傭兵を雇ったってだけの話じゃないのか?」
「それも考えられるんだけど・・彼らは出現の仕方が変なのよ。どこから現れて、どこに消えていくのか、まるで分からない。寝床も用意されてないし、彼らが食事をする姿も見たことがないわ。不気味な黒頭巾マントと鉄の爪を身につけて、何を考えているのか、まるで分からない・・」
裕也は最後の一言を聞いて、思わずグラスをこぼしそうになる。リーアも目を見開いてパトラを凝視する。パトラは裕也たちの突然の振る舞いに、驚いて顔をあげた。
「どうしたの、裕也さん、リーアさん?」
「本当なんだな。傭兵・・かどうかは分からないが、ビネガーの周りにいるのは、黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けたやつらなんだな?」
「え・・ええ、こんなこと、嘘ついてもしょうがないと思うんだけど・・」
「あ、いや、悪い。別にパトラを疑ってたわけじゃないんだ。ただ、話を聞いてびっくりしてしまって」
「どういうことだ、裕也?私にも分かるように説明してくれよ」
裕也たちの変化に、エリスも話題に入ってきた。こうなったら、言っておいたほうがいいだろう。最初にジェシカを過去視したとき、ジェシカの兄を惨殺した人物が黒頭巾マントに鉄の爪を身に着けていた。
次に、ルシファーから後で聞いた話では、ルシファーがどこかの山中に囚われていたニースを助け出した時も、黒頭巾マントは関わっていた。というより、ニースを拉致監禁したのは黒頭巾マントの奴らだった。
裕也自身、黒頭巾マントの奴らについて、そう詳しいことは知らない。それでも知っている限りの情報を、みんなに伝えた。
「結局その黒頭巾マントの奴らってのは何者なんだ?」
エリスが問いかける。裕也自身、その問いの答えは分からない。だが、ジェシカが襲撃した件と今回のビネガーの件は無関係ではない可能性が出てきた。ただの偶然ということもあるが、とにかく、今は情報が足りなすぎる。
「分からない。が、俺たちの味方じゃないことだけは確かだろうな。いや、ジェシカと同じように、自分の意志を封じられて、何かに操られてるって可能性もあるのか・・」
ジェシカがルーシィを襲ったとき、確か何かの声が聞こえてたと言っていた。ジェシカが正気に戻ってからは、聞こえなくなったらしいが、その声の持ち主こそが本当の敵なのかもしれない。
「さてと、これ以上はここで話しても、進展はなさそうだし、今日のところはお開きにしないか?さっきはとんだハプニングがあったけど、俺、実は天空城ってどこか憧れててさ。いろいろ散策してみたいんだ。空の上に浮かぶ城なんてロマンじゃん」
「でもマスター、ボクが一緒に行くとまたさっきみたいに、精霊のくせに、とか言われないかな?」
リーアは不安そうに裕也を見上げる。裕也は少し怯えるリーアの首元をひょいと掴むと、そのまま自分の服の胸元に入れた。
「ちょ、ちょっと、何するのさ、マスター」
「そこなら、いつでも隠れられるだろ。怖いなら一人で部屋で留守番してても、いいんだが、万が一、さっきのやつみたいにお前を狙ってくる奴がいたら厄介だしな。それにさ、俺は自分が憧れてた場所をリーアと一緒に見て回りたいんだ。ダメかな?」
リーアの顔が真っ赤に染まる。手足をばたつかせて、裕也を叩いてきた。
「もう、いつも変だけど、今日のマスター特に変だよ。ボクだって、色々困るんだから」
「何がだよ?俺はリーアのこと好きだって言ったじゃん。別に何も変じゃないだろ」
「変。変。変過ぎる。ああ、もう、ボク、知らない・・」
リーアは服の中に隠れてしまった。エリスとパトラがニヤけ顔で裕也の脇を突っつく。が、パトラの呟きでエリスの顔色が変わる。
「精霊の特権ですわね。リーアが普通の人だったら、エリスが嫉妬に狂うでしょうから」
「ちょ、ちょっと待て、パトラ。なんで私が嫉妬するんだよ?」
「あら、エリスがいらないなら、私が裕也さん、いただいちゃおうかしら」
え?ええ?嘘。パトラ、俺・・僕のことそんな風に見てくれてたの。いや、僕もう身も心も捧げちゃう。とりあえず、今夜から、捧げさして・・
裕也の中で、瞬時に妄想が広がっていく。パトラが、その後すぐに、冗談よと吐いたセリフは、裕也にはもはや聞こえていなかった。
**************************************
「うう、酷いよ、パトラ。純情な青年の心を弄んで・・」
「ほら、マスター、情けない声出さないの。よしよし。リーアお姉さんが慰めてあげるからね。もう、本当、マスターはダメダメなときは、とことんダメダメなんだよね」
「リーア、リーアだけだよ。俺のガラス細工の繊細な心を分かってくれるのはさ・・」
エリスは情けなさ極まる裕也に何度、蹴りをいれようか迷っていたが、結局やめることにした。なんなんだ、こいつは。私はこんなやつと・・ああ、畜生、サキュバスクイーンの悪夢が蘇る。私は絶対に認めないぞ。あれが私の願望だったわけがない。
一方、パトラは自分が誤解を与えてしまったことを、少しだけ申し訳なさそうに思っている・・ようなこともなく、ますます裕也のことが、さっぱり分からないと、混乱を深めていた。
暗闇の塔を見事に攻略した裕也さんと、今の裕也さん、本当に同一人物なのかしら。まさか、二重人格じゃないわよね・・
一同はそれぞれ、勝手な思いを抱きつつ、天空上の城下町を散策する。店の品揃いは、普通の城下町で見かけるような薬草の類から、見たこともない薬やアイテムの数々まで、様々だった。
「そうだ、裕也、お前、武器とか買わないのか?カレンからもらった短剣だけじゃ、さすがにきついだろ」
エリスが裕也の装備の購入を進めるが、裕也は残念そうに首を横に振る。
「そうだな、俺も普通の剣ぐらい装備するべきかもな。つっても、ここのは高くて買えねぇよ」
「裕也さん、お金なら私が都合してあげましょうか?」
「いや、パトラだって大変な状況なんだろ。いいよ、大丈夫。ありがとな」
裕也たちは結局、ほとんどをウインドショッピングで済ませた。それでも雲の上の街を歩き回るという貴重な観光経験が出来たので大満足だ。
リーアだけが、ある薬品に注目し、どうしても欲しいと言ったので、パトラが払って購入したぐらいだ。どんな効能があるのかは、リーアしか店主から聞いていない。どうやら、他の誰にも聞かせたくない薬だったらしい。まあ、そういうのもあるんだろうなぐらいの気持ちで裕也たちは聞き流していた。
「はぁー、色々あって疲れたな。暗闇の塔から街の探索まで、色々あったし、今日はもう寝て、情報収集や飲み食いは明日にしようか」
「そうだな。確かに体を休めたいな。じゃあ、明日の朝にロビーで集合な」
「お休みなさい、裕也さん」
エリスとパトラは別にとった部屋に帰っていった。リーアも一緒に行くと思ってたが、まだ裕也の肩の上で羽を休めている。
「マスター、ボク、今日はマスターと一緒に寝てもいいかな?すごい怖い思いもしたし、お願い・・」
リーアから、こんな願いも珍しい。人の腹の上で勝手に大の字で寝ることとかはあるが。まあ、自分の身が売られてたかもしれないと思えば、怖がるのも無理ないか。
「ああ、いいぜ。さっきも言ったけど、早く忘れろよな。心配しなくても、俺はリーアのこと、リーア自身が望まない限りは、手放したりしないから、安心しろよ」
「うん、わかってる。ありがとう、マスター。じゃあ、先に寝てて。ボク、用事済ませてくるから」
用事?なんだろ。トイレとかか。リーアも精霊とは言え、女性なんだし、色々男には分からない寝る前の仕事とかもあるのかもな。めんどくさい話だ。男で良かった。それにしても、今日はもう体がくたくただ・・
裕也はそのままベッドに横になって目を瞑る。ふと、自分の体の上に何か重たいものが乗っているのに気づき、目を開ける。
「!」
リーアが、等身大の、普通の人間と同じサイズになって、裕也の上にのっていた。
「ちょ、ちょっと、リーア?」
「どうしたの、マスター。ボクと一緒に寝てくれるんでしょ?」
「い、いや、待て。落ち着け。まず、その状態はなんだ?」
すると、リーアは手元から先ほど城下町のアイテムショップで購入した薬の瓶を取り出した。
「これね。さっきのお店で売ってたの。六時間だけ、体のサイズを自由にできるんだって。便利だよね」
裕也は焦る。焦って、リーアを改めてみる。普段は小人サイズだから、あまり意識もしなかったが、人間の等身大としてみると、抜群にスタイルがいい。グラビア雑誌のトップ記事を余裕で飾れるレベルだ。普段は見慣れた金色の髪や緑色の目も、こうして見ると、吸い込まれそうな幻想的な美しさを醸し出している。
「さ、マスター。一緒に寝よ」
「待て、リーア。リーアさん。あのですね。その状態だと一緒に寝るの意味がまるで異なってくる。その、俺はリーアのこと大切に思ってるけど、俺も男なわけで、理性が保てなくなるというか・・」
「保たなくていいよ。それとも、精霊なんか抱くに値しない?」
「ば、ばか、そんなわけ・・」
焦りまくる裕也を、リーアは押し倒して、そのまま唇を重ねる。裕也は衝動が抑えきれなくなり、体の位置を入れ替え、リーアの上にのった。リーアが小さく嬌声をあげる。
「リーア、俺、その・・」
「いいから。これはボクが望んだことなの。マスター。ボクも大好きだって言ったよね・・」
裕也とリーアはそのまま一つの陰に溶け込んだ。
0
あなたにおすすめの小説
つまらない妃と呼ばれた日
柴田はつみ
恋愛
公爵令嬢リーシャは政略結婚で王妃に迎えられる。だが国王レオニスの隣には、幼馴染のセレスが“当然”のように立っていた。祝宴の夜、リーシャは国王が「つまらない妃だ」と語る声を聞いてしまい、心を閉ざす。
舞踏会で差し出された手を取らず、王弟アドリアンの助けで踊ったことで、噂は一気に燃え上がる――「王妃は王弟と」「国王の本命は幼馴染」と。
さらに宰相は儀礼と世論を操り、王妃を孤立させる策略を進める。監視の影、届かない贈り物、すり替えられた言葉、そして“白薔薇の香”が事件現場に残る冤罪の罠。
リーシャは微笑を鎧に「今日から、王の隣に立たない」と決めるが、距離を取るほど誤解は確定し、王宮は二人を引き裂いていく。
――つまらない妃とは、いったい誰が作ったのか。真実が露わになった時、失われた“隣”は戻るのか。
神様の忘れ物
mizuno sei
ファンタジー
仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。
わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。
幼女はリペア(修復魔法)で無双……しない
しろこねこ
ファンタジー
田舎の小さな村・セデル村に生まれた貧乏貴族のリナ5歳はある日魔法にめざめる。それは貧乏村にとって最強の魔法、リペア、修復の魔法だった。ちょっと説明がつかないでたらめチートな魔法でリナは覇王を目指……さない。だって平凡が1番だもん。騙され上手な父ヘンリーと脳筋な兄カイル、スーパー執事のゴフじいさんと乙女なおかんマール婆さんとの平和で凹凸な日々の話。
冷遇王妃はときめかない
あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。
だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。
悪役令嬢の追放エンド………修道院が無いじゃない!(はっ!?ここを楽園にしましょう♪
naturalsoft
ファンタジー
シオン・アクエリアス公爵令嬢は転生者であった。そして、同じく転生者であるヒロインに負けて、北方にある辺境の国内で1番厳しいと呼ばれる修道院へ送られる事となった。
「きぃーーーー!!!!!私は負けておりませんわ!イベントの強制力に負けたのですわ!覚えてらっしゃいーーーー!!!!!」
そして、目的地まで運ばれて着いてみると………
「はて?修道院がありませんわ?」
why!?
えっ、領主が修道院や孤児院が無いのにあると言って、不正に補助金を着服しているって?
どこの現代社会でもある不正をしてんのよーーーーー!!!!!!
※ジャンルをファンタジーに変更しました。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく
タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。
最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる