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第三章 過去から未来への夢の彼方に
3章-10話 迫りくる脅威
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「これで終わったよな」
裕也たちは一安心する。ビネガーは捕らえたし、パトラも無事、元気を取り戻した。ピートの怪我もちゃんと治っている。後は大団円を迎えるだけだ。というフラグ建てをすると必ず良くないことが起きる。分かってはいたんだが・・裕也は内心で自分が思ったことを後悔した。
ビネガーの体から、黒い霧が立ち昇っていく。ビネガー自身はとっくに気絶していたが、霧は部屋の中一杯に広がると、霧の一番濃い場所から、低音の声が聞こえてきた。
「コノオトコ・・モウツカエナイ・・カワリノ・・ニエ・・モラウ」
霧は裕也たちの周りを周回すると、あろうことか、幼いピートを目掛けて、突進してきた。一番、運動神経のいいハルトが咄嗟にピートの前にたって、自分の身を盾にする。しかしさらに、ハルトとピートを突き飛ばして、二人を守ろうとする影があった。
「メイガン!!」
ハルトは叫ぶ。二人をかばったメイガンの体の中に霧が侵入していく。メイガンの体が、どす黒く変色していく。
「しっかりしろ、メイガン。ルキナ、いくぞ」
ハルトとルキナは同時に、解呪の魔法をメイガンに放つ。だが、放った魔法はメイガンに届く前に拡散してしまった。
「ぐっ、がはっ、がっ・・」
メイガンが言葉にならない悲鳴をあげる。と、メイガンは指先をハルトに向けた。指先から放たれた氷の嵐がハルトを襲う。ハルトは瞬時に持てる魔力をぶつけ、メイガンの魔法を相殺する。しかし、その表情にこれまでのような余裕は一切見られない。
「まずい、メイガンがのっとられた。ここは俺とルキナだけで十分だ。裕也、おまえたちは、すぐに逃げろ」
「いや、しかし・・」
逡巡する裕也に、ハルトは怒鳴りつける。
「分かんねぇのかよ。お前らがいたら足手まといなんだよ。相手はメイガンだ。あいつの力は俺とルキナが一番よく知っている。なんだかんだ言いながら実は優しい奴だから、普段は魔力をセーブしてるが、本気を出した時のあいつは、まじでやばいんだ。悪いが、お前らのお守りをしてやる余裕はねぇ」
「裕也君、行って、お願い。ハルトの言う通りだから。行って。行け。早く、行けぇぇ」
あのいつでも冷静そうなルキナまで、焦っている。エリスが裕也とパトラの手を取り、駆け出す。リーアがその後を飛びながら追いかけ、さらに、ヘミングがピートを抱えて、ついてくる。殿はトールがつとめている。いつの間にか、ビネガーはメイガンの攻撃を受けて、完全に巨大な氷の塊と化していた。
裕也たちは大聖堂の廊下を突っ切っていく。しかしそこで、さらに邪魔が入ってきた。黒頭巾マントたちとは別の、ビネガーの影響を受けたシスイ王国の兵たちが裕也たちのもとに駆け付けてきたのだ。
「邪魔よ、あんたたち。ビネガーはもう終わり。道を開けなさい」
エリスが遠くまで響き渡る、凛とした声で叫ぶ。だが、兵たちは誰一人として返事をしない。というより、意識がない。こいつらを操っていた本当の張本人、ビネガーではなく、ゼウシスの影響下にあるようだった。兵たちは無言で裕也たちに襲い掛かってくる。
「はっ、せやああっ」
エリスは鞭を取り出し、兵たちの迎撃に取り掛かる。ヘミングは抱えていたピートを裕也に渡す。トールも裕也とパトラの前に躍り出た。エリスが怒鳴りつける。
「裕也、リーア、パトラ。ここは私たちで食い止める。あんたたちは、ピートを安全なところへ」
「分かった。みんな、無理するなよ」
裕也たちは走り出す。自分の言った言葉に意味がないことは分かっていた。襲ってくる兵の数は、少なく見ても二十名はいる。最初の黒頭巾マント五十名から見れば、見劣りするが、あれはハルト達がいたから、あっけなく片付けることが出来たのだ。
エリス、ヘミング、トールの三名は確かに強いが、ハルト級の化け物ではない。しかも、敵は正気を失っている。正直、分のいい戦いとは言えなかった。
「待って、裕也さん。私も皆と一緒に戦う」
「だめだ、パトラ。パトラにはこれから先、シスイ王国を元に戻すっていう、大事な役目があるだろう。ここで万が一のことを起こすわけにはいかない」
「だったら、ハルトさんたちや、エリス達はどうなの?彼らだって、万が一の可能性、あるじゃない」
「あいつらは・・俺が誇る仲間たちは・・こんなところでくたばるタマじゃねぇさ。全員な」
裕也は彼らの無事を確信している。彼らはみな、自分よりもはるかに強く、賢く、頼れる奴らだ。ゼウシスが百年以上も前から恐れられた悪魔だか何だか知らないが、絶対に負けたりするはずがない。だから、裕也は必死で逃げながら、自分のできる最善手を探し続ける。それが、誇れる仲間たちへの最大の貢献なのだから。
裕也たちは、大聖堂を出て、シスイ王国城下町へと入っていった。だが街の様子がおかしい。すべてが霧で覆われている。空を見上げた裕也は、思わず嘘だろ、と声を漏らす。リーアとパトラ、ピートもその光景に息を吞む。
街の上部に、街全体を覆いつくすかのように、巨大な人の顔と両腕から先が、霧の形で浮かび上がっていた。おそらくは、あれが、ゼウシス。すると、街の奥から、大勢の人々がゆっくりと歩いてくる。
「なんだよ・・あれ・・冗談やめてくれよ・・」
歩いている街の住人全員が、先ほど大聖堂で裕也たちに襲い掛かってきた兵たちと同様に、意識を失いながら歩いていた。ゼウシスは、この街、全員をすでにコントロール下に置いているようだった。
街の人々が、街中に転がっている石やらレンガやら、凶器になりそうなものを投げながら、遠くから近づいてくる。その姿はまるでB級映画のゾンビの行進だ。
「やばい、やばい、やばい、やばい・・」
裕也はここに来て、最悪の状況を確信した。今このシスイ王国でまともなのは、裕也たちだけなのかもしれない。ゼウシスの力を、その伝説を聞きながらも、どこか昔話に過ぎないだろうと、たかをくくっていた。あるいは、話が大きくなりすぎてるだけなんじゃないかと。
しかし、噂は本当だった。いや、それ以上だった。ゼウシスは街ひとつどころか、国一つだって、簡単に手中に収めてしまえるほどの力を持っていた。街の上部に浮かび上がるゼウシスの右手から、裕也たちに向かって淡い光の筋が放たれる。
裕也は咄嗟に、他のみんなを庇う位置に立つ。裕也の体を光が貫いた。瞬間、裕也の頭部が白く淡い光を放つ。
「マスター、大丈夫?」
「裕也さん、しっかりして」
リーアとパトラが裕也の身を案じる。だが、裕也は平然としていた。
「あ・・あれ、なんともない・・どうなってるんだ・・」
ゼウシスの右手は、今度は陰に隠れていた別の街の住人をめがけて光を放った。光を受けた住人は意識を無くし、他の街の住人同様に、裕也たちに襲い掛かるアンデット兵のような存在と化す。
理由は分からないが、裕也だけは光を受けても平気だった。だが、その解明は後回しにして、裕也たちは民家の間を駆け巡る。
「お兄ちゃん、僕の家に来て。ママの様子が気になる。もしかしたら、ママも同じように操られてるかもしれない」
ピートが叫んだ。裕也たちは頷き、全速力でピートの家に向かう。ピートの道案内のおかげで、裏通りをうまくすり抜けながら、街の住人たちの追尾をかわして、ピートの家に辿り着くことが出来た。
「ママ、大丈夫?」
「ああ、ピート、怪我はない?」
どうやら、ピートの母親はまだ無事なようだ。裕也を見て、自分の命を救ってくれた恩人であることを思い出す。
「あなたは・・ありがとうございました。おかげで助かることが出来ました」
「ああ、どうも。元気になられたようでほっとしました。話は後にして、とりあえず中に入ってもいいですか?」
ピートの母親が頷くと同時に、裕也たちは全員家の中に入り、鍵をかけて閉じこもる。
「カーミラと申します。こんな状況ですが、改めてお礼を言わせてください。えっと・・」
「ああ、俺は裕也。で、リーアにパトラ」
「えっ、パトラって、もしかしてパトラ様ですか?やだ、嘘・・」
カーミラは両手の掌を自分の頬に当てて、驚きを示す。パトラは思わず手を振って答える。
「そんなに驚かないでください。それより、すみませんでした。私が不甲斐ないばかりに、ビネガーのような男に好き放題させてしまって」
パトラはカーミラに深々と頭をさげた。まったく、ついさっき、なんでも自分で背負うなって言ったばかりなのにな。裕也は内心で苦笑する。
「それで、カーミラさん・・」
裕也が言いかけたとき、窓を突き破る手があった。リーアが思わず小さく悲鳴をあげる。部屋の中に男が侵入しようとし・・何かにうたれて、その場で前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか、裕也さん」
「待ってて、いまそこに行く」
裕也は窓から上を見上げる。二人のサキュバスがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「ニーナ、サリー。来てくれたのか!」
裕也は玄関を開けて、ニーナとサリーを迎えると、すぐにまた鍵をしめる。二人が入った瞬間、ニーナは裕也に抱き着いてきた。
「裕也さん、心配したんですよ。まったくもう。恩返しがしたくて、ずっと温泉で待ってたのに、こんな目に遭ってるんですもの」
「ニーナの奴、ここまで飛んで来る道中で、裕也さんって単語、少なくとも十回以上は叫んでたのよ」
「ああ、酷い、サリー。そんなことないよ。ただ、その、ちょっと・・ああ、もう、なんでもない」
ニーナは顔を赤くする。サリーが意地の悪い笑みを浮かべて、ニーナの脇腹をつっつく。すると何故かパトラが、裕也の足を踏んできた。
「痛い、パトラ、踏んでるって」
「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ」
いや、明らかに気づいてただろ。全く何の悪意があるってんだ。文句を言う裕也に、リーアは一言、相変わらず鈍感と誰にも聞こえないように呟く。
一旦はほのぼのとした雰囲気になったが、ゼウシスの話になると、サリーとニーナの表情が曇りだす。
「裕也さん、なんでそんなの相手にしてるの?裕也さんって別に伝説の勇者とかじゃないわよね」
「そんな面倒くさそうなもん、なるわけないだろ。別に好きで、ゼウシスの相手してるわけじゃない。向こうが勝手に襲い掛かってきたんだ」
ニーナの問いかけに、裕也がうんざりして答える。するとパトラが再び謝罪してきた。
「ごめんなさい、元はと言えば私のせいで。本当、裕也さんには迷惑ばかり」
「だーかーら、パトラは何でも背負い込み過ぎなんだって。さっきも言ったばかりだろ。それにだ、別にパトラからかけられる迷惑なら、ちゃんと一緒になって対応してやるから。これは裕也君命令。パトラは今後、一人で思い悩まないこと。いつでもパトラの力になってやるからさ」
パトラは少し頬を赤らめて、うんと小さくうなずいた。すると、今度はニーナが裕也の足を踏んでくる。
「だあっ、痛い。なんなのおまえら」
「あら、裕也さん、全然、気づかなかったわ。ごめんなさいね」
サリーはニヤニヤし、リーアはそっぽを向いている。カーミラが全員分のお茶を運んできて、若いっていいわよねと感慨深げに一言いい残していった。裕也たちは、各自のお茶を取り、改めて本題に入る。
「まあ、それでだ。ゼウシスへの対策なんだが、あいつは人の夢に侵入して襲い掛かってくるらしい。俺はその対応策として、二人を呼んだ」
裕也がサリーとニーナを見上げると、二人は申し訳なさそうに、目を伏せる。
「裕也さん、期待してもらって悪いんだけど、相手がゼウシスだったら、私たちの力じゃどうしようもないの」
「くやしいけど、サリーの言う通り。なんとか裕也さんの力になりたいんだけど、ごめんなさい」
そうか、まあしょうがない。元々それほど分のある賭けでもなかったし、ほとんど思い付きでだした対応策だったからな。裕也がそれなら、と別の案を考え始めると、サリーとニーナは同時に裕也をみて、ちいさく驚きの声をあげた。
「ん、どうした、俺の顔になんかついてるか?」
「ちょっと、ごめんなさい、裕也さん」
ニーナが裕也の問いかけを無視して、裕也の額に手をかざす。すると、裕也の頭部が淡く白い光は放った。光はすぐに消えたが、サリーとニーナは何かを確信し、頷きあった。
「裕也さん、もしかして、サキュバスクイーンの祝福を受けましたか?」
ニーナの問いかけに、裕也は暗闇の塔での出来事を思い出す。そうだ、確か、サキュバスクイーンからお礼だと言って、頭になにかされた記憶がある。
「ああ、なんかそれっぽいこと、してもらったと思う。結局、効果とか全然分からないんだけどさ」
「ええっ?勿体なすぎる・・サキュバスクイーンの祝福ですよ。ありとあらゆる呪いや乗っ取りなどの効果をふいにする、サキュバスからしても憧れの力なんですよ。そうか、クイーンからの祝福を受けた裕也さんなら、可能性はあるかもしれない」
ニーナはサリーに裕也たちに聞こえないように、耳元で相談しあう。なんだろう、俺たちにまで秘密にしなきゃならないことなのだろうか。別にサリーやニーナが困るようなことなら、聞いても誰にも吹聴しないのに。
やがて、ニーナは裕也を真剣なまなざしで見つめる。思わず照れて顔をそらす裕也。その裕也の両頬をつかんで、ニーナはまっすぐに裕也の目を見つめる。パトラが負けじと裕也の腕に自分の腕を絡ませる。
「裕也さん、お話があります」
「はい、なんでしょう」
「覚悟はできてますか?」
「えっと、なんの?」
そこでニーナは裕也を解放し、サリーにやっぱりやめようと言い出した。サリーもそうだよねと同意する。なんだよ、ここまで言われて放っておかれるとか、すげぇ気になるんだけど。
「ああっと、なんか俺なら可能性あるんだよな。もう街全体がこんな状態なんだし、これ以上状況は悪くなりようがねぇだろ。俺に出来ることなら、言ってくれ。遠慮しなくていいから」
「では、単刀直入に言います。裕也さん、ゼウシスの夢の中に逆侵入する覚悟はありますか?」
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「アイス・ドルフィン・スパークリング」
メイガンの魔法は、もはや大聖堂の大半を凍り付かせていた。ハルトとルキナは先ほどから、防戦一方となり、思うように反撃が出来ない。相手がメイガンである以上、斬りつけるわけにもいかない。しかし、このままではじり貧だ。
「くそっ、ルキナ、何かいい手はねぇのかよ」
「残念ながら何も。こちらが全力攻撃したら、メイガンの命まで奪いかねないし、かといって、このままじゃ、私たちがやられる・・」
そうこうしている間にも、メイガンの猛攻は続く。周囲一面が真っ白な光に包まれたかと思うと、当たれば致命傷となりかねない巨大な氷の粒が、容赦なくハルト達目掛けて襲い掛かってくる。
「くっ、この、光のマナよ」
ハルト達の前にオーロラの壁ができあがり、氷の粒は消失していく。しかし、それも時間の問題だ。いつの間にかハルトとルキナの足元が、地面に凍り付いて固定されている。ハルトは素早く魔力を解放し、二人の足元の氷を溶かす。
そこにメイガンが魔法ではなく、素手での打撃を仕掛けてきた。ハルトがよけた壁にハルトの身長以上の巨大な穴が開く。
「おいおい、嘘だろ。身体能力まで強化されんのかよ」
「見て、ハルト。メイガンの拳から骨が付きだしている。きっと、肉体の限界なんて、おかまいなしに持てる力の全てを放出させてるのよ」
ハルトは歯嚙みする。メイガンの傷は後で回復魔法で癒せば済むことだ。だが、その機会は訪れるだろうか。このままでは、いずれメイガンに殺されることになる。それを防ぐには、もはや先にメイガンの息の根を止めるしかない。
「くそっ、計算外だ。ゼウシスの野郎、甘く見過ぎていた・・これも数多の勇者や英雄たちを屠ってきた、あいつの力の一旦かよ」
それでもハルトは、最後まで粘り強く、自分たちも、メイガンも、助かる道を探し続ける。ゼウシスを倒すのはハルトにも無理だ。もはや絶望的な状況。いや、まだ希望は残されている。
単純な戦闘力ではゴブリン三匹を倒すのがせいぜいな、あいつならば、百年以上前から人々に恐れられる伝説の悪魔を相手に、またしても奇跡をみせるかもしれない。
「・・裕也。期待してるぜ」
ハルトはそのときを信じて、剣を振り続ける。ルキナもそれに続いた。二人はまだまだ、これから先の未来を諦めてはいなかった。
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「はぁっ、はぁっ・・まだ終わらないの?勘弁してよね・・」
エリスはもはや疲労で碌に上がりもしない腕を駆使して、鞭を振るい続ける。ヘミングとトールも、疲労は限界に来ていた。
「どうなってんだよ、こいつら」
「おかしい。元々、ここまで強い奴らじゃなかったはずだ」
エリスたちを取り囲む兵の一人が剣を突き出す。剣をかすめた壁は、それだけで、轟音を立てて崩れていく。
「くそっ、これもゼウシスの力かよ。それにこの数、もうどうしようもないかもしれねぇな」
「俺たちは元々この国の人間だから、ここでくたばっても、ある意味しょうがねぇけどよ、姉さんには悪いことしたな」
もはやあきらめとも言える二人の男を見て、エリスは鋭く叱咤する。
「なによ、情けない。大の男がそろって、もう音を上げるの?二人とも、それなりの修練と経験を積んできているんでしょ?だらしなすぎるわよ。私の仲間はね、まともな戦闘経験なんてほとんどなく、雑兵一人、碌に倒せないくせに戦争まで止めてしまったの。シスイ王国の人々が口々に恐れていた暗闇の塔でも、見事な活躍を魅せたわ」
「それで、その男に惚れて、こんな砂漠まで来たってことですかい」
「バ・・バカ、誰も、そんなこと言ってないでしょ」
発破をかけていたはずなのに、焦りだすエリスをヘミングとトールは笑う。二人の心に活力が戻ってきた。
「だったら、こんなところでやられるわけには、いかねぇよな、トール」
「ああ、もちろんだ。絶対にこの姉さんを、想い人のところに届けてやらなきゃな」
「だから、何でそうなるのよ。ああ、もう、腹が立ってきた。ぜんぶ、あんたたちのせいよ」
エリスの鞭が再び、小気味いい風切り音を奏で始めて、向かってくるシスイ王国の兵を倒していく。ヘミングとトールも後に続いた。三人の活力はまだ十分に残っている。
エリスの中に闘志が沸き上がってくる。例え、数でも、力でも押されていたとしても、その程度のハンデくらいで、諦めているようでは、彼女が信じる仲間には顔向けできないのだから。
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ニーナとサリーは、ピートの家の一室を借りて魔法陣を描き、裕也を送り出す準備を終える。
「裕也さん、話した通り、私とサリーで裕也さんの意識をゼウシスの夢の中へと飛ばします。裕也さんの体はその間、完全に無防備となりますが、宜しいですね?」
「ああ、そこは、リーア、パトラ。二人に任せる。もし外でうろついてる街の奴らが襲い掛かってきたら、頼むぜ」
リーアとパトラは裕也に命を預けられたことを、そこまで信頼されたことを、心底嬉しく思う。
「任せてよ、マスター。マスターの体には誰にも指一本、触れさせないから」
「裕也さんの体は、何があっても必ずお守りします。裕也さん。どうかご無事で」
裕也は魔法陣の上に、体を仰向けにして寝る。ニーナとサリーが詠唱を始める。裕也の体が、淡い光に包まれていく。裕也は自分の意識だけが浮かび上がっていくのを感じる。裕也は意識を巨大な何かに吸い込まれていく気がした。どこか儚い遠い世界。それがどこまでも際限なく広がっていく。
「ああ、くそ、畜生。なんでいつも、こんな面倒ごとを引き受ける羽目になるんだか。ゼウシスさん、現実世界で厳しい攻撃してくる分、夢の世界では優しかったり、しないかな。全部片付いたら、サキュバス温泉に一週間くらい滞在して、疲れを全部癒したいぜ」
裕也は、国中が大変な状況であるにもかかわらず、どこか現実逃避気味に、わざと吞気なことを考えながら、伝説の悪魔の夢の中へと誘われていった。
裕也たちは一安心する。ビネガーは捕らえたし、パトラも無事、元気を取り戻した。ピートの怪我もちゃんと治っている。後は大団円を迎えるだけだ。というフラグ建てをすると必ず良くないことが起きる。分かってはいたんだが・・裕也は内心で自分が思ったことを後悔した。
ビネガーの体から、黒い霧が立ち昇っていく。ビネガー自身はとっくに気絶していたが、霧は部屋の中一杯に広がると、霧の一番濃い場所から、低音の声が聞こえてきた。
「コノオトコ・・モウツカエナイ・・カワリノ・・ニエ・・モラウ」
霧は裕也たちの周りを周回すると、あろうことか、幼いピートを目掛けて、突進してきた。一番、運動神経のいいハルトが咄嗟にピートの前にたって、自分の身を盾にする。しかしさらに、ハルトとピートを突き飛ばして、二人を守ろうとする影があった。
「メイガン!!」
ハルトは叫ぶ。二人をかばったメイガンの体の中に霧が侵入していく。メイガンの体が、どす黒く変色していく。
「しっかりしろ、メイガン。ルキナ、いくぞ」
ハルトとルキナは同時に、解呪の魔法をメイガンに放つ。だが、放った魔法はメイガンに届く前に拡散してしまった。
「ぐっ、がはっ、がっ・・」
メイガンが言葉にならない悲鳴をあげる。と、メイガンは指先をハルトに向けた。指先から放たれた氷の嵐がハルトを襲う。ハルトは瞬時に持てる魔力をぶつけ、メイガンの魔法を相殺する。しかし、その表情にこれまでのような余裕は一切見られない。
「まずい、メイガンがのっとられた。ここは俺とルキナだけで十分だ。裕也、おまえたちは、すぐに逃げろ」
「いや、しかし・・」
逡巡する裕也に、ハルトは怒鳴りつける。
「分かんねぇのかよ。お前らがいたら足手まといなんだよ。相手はメイガンだ。あいつの力は俺とルキナが一番よく知っている。なんだかんだ言いながら実は優しい奴だから、普段は魔力をセーブしてるが、本気を出した時のあいつは、まじでやばいんだ。悪いが、お前らのお守りをしてやる余裕はねぇ」
「裕也君、行って、お願い。ハルトの言う通りだから。行って。行け。早く、行けぇぇ」
あのいつでも冷静そうなルキナまで、焦っている。エリスが裕也とパトラの手を取り、駆け出す。リーアがその後を飛びながら追いかけ、さらに、ヘミングがピートを抱えて、ついてくる。殿はトールがつとめている。いつの間にか、ビネガーはメイガンの攻撃を受けて、完全に巨大な氷の塊と化していた。
裕也たちは大聖堂の廊下を突っ切っていく。しかしそこで、さらに邪魔が入ってきた。黒頭巾マントたちとは別の、ビネガーの影響を受けたシスイ王国の兵たちが裕也たちのもとに駆け付けてきたのだ。
「邪魔よ、あんたたち。ビネガーはもう終わり。道を開けなさい」
エリスが遠くまで響き渡る、凛とした声で叫ぶ。だが、兵たちは誰一人として返事をしない。というより、意識がない。こいつらを操っていた本当の張本人、ビネガーではなく、ゼウシスの影響下にあるようだった。兵たちは無言で裕也たちに襲い掛かってくる。
「はっ、せやああっ」
エリスは鞭を取り出し、兵たちの迎撃に取り掛かる。ヘミングは抱えていたピートを裕也に渡す。トールも裕也とパトラの前に躍り出た。エリスが怒鳴りつける。
「裕也、リーア、パトラ。ここは私たちで食い止める。あんたたちは、ピートを安全なところへ」
「分かった。みんな、無理するなよ」
裕也たちは走り出す。自分の言った言葉に意味がないことは分かっていた。襲ってくる兵の数は、少なく見ても二十名はいる。最初の黒頭巾マント五十名から見れば、見劣りするが、あれはハルト達がいたから、あっけなく片付けることが出来たのだ。
エリス、ヘミング、トールの三名は確かに強いが、ハルト級の化け物ではない。しかも、敵は正気を失っている。正直、分のいい戦いとは言えなかった。
「待って、裕也さん。私も皆と一緒に戦う」
「だめだ、パトラ。パトラにはこれから先、シスイ王国を元に戻すっていう、大事な役目があるだろう。ここで万が一のことを起こすわけにはいかない」
「だったら、ハルトさんたちや、エリス達はどうなの?彼らだって、万が一の可能性、あるじゃない」
「あいつらは・・俺が誇る仲間たちは・・こんなところでくたばるタマじゃねぇさ。全員な」
裕也は彼らの無事を確信している。彼らはみな、自分よりもはるかに強く、賢く、頼れる奴らだ。ゼウシスが百年以上も前から恐れられた悪魔だか何だか知らないが、絶対に負けたりするはずがない。だから、裕也は必死で逃げながら、自分のできる最善手を探し続ける。それが、誇れる仲間たちへの最大の貢献なのだから。
裕也たちは、大聖堂を出て、シスイ王国城下町へと入っていった。だが街の様子がおかしい。すべてが霧で覆われている。空を見上げた裕也は、思わず嘘だろ、と声を漏らす。リーアとパトラ、ピートもその光景に息を吞む。
街の上部に、街全体を覆いつくすかのように、巨大な人の顔と両腕から先が、霧の形で浮かび上がっていた。おそらくは、あれが、ゼウシス。すると、街の奥から、大勢の人々がゆっくりと歩いてくる。
「なんだよ・・あれ・・冗談やめてくれよ・・」
歩いている街の住人全員が、先ほど大聖堂で裕也たちに襲い掛かってきた兵たちと同様に、意識を失いながら歩いていた。ゼウシスは、この街、全員をすでにコントロール下に置いているようだった。
街の人々が、街中に転がっている石やらレンガやら、凶器になりそうなものを投げながら、遠くから近づいてくる。その姿はまるでB級映画のゾンビの行進だ。
「やばい、やばい、やばい、やばい・・」
裕也はここに来て、最悪の状況を確信した。今このシスイ王国でまともなのは、裕也たちだけなのかもしれない。ゼウシスの力を、その伝説を聞きながらも、どこか昔話に過ぎないだろうと、たかをくくっていた。あるいは、話が大きくなりすぎてるだけなんじゃないかと。
しかし、噂は本当だった。いや、それ以上だった。ゼウシスは街ひとつどころか、国一つだって、簡単に手中に収めてしまえるほどの力を持っていた。街の上部に浮かび上がるゼウシスの右手から、裕也たちに向かって淡い光の筋が放たれる。
裕也は咄嗟に、他のみんなを庇う位置に立つ。裕也の体を光が貫いた。瞬間、裕也の頭部が白く淡い光を放つ。
「マスター、大丈夫?」
「裕也さん、しっかりして」
リーアとパトラが裕也の身を案じる。だが、裕也は平然としていた。
「あ・・あれ、なんともない・・どうなってるんだ・・」
ゼウシスの右手は、今度は陰に隠れていた別の街の住人をめがけて光を放った。光を受けた住人は意識を無くし、他の街の住人同様に、裕也たちに襲い掛かるアンデット兵のような存在と化す。
理由は分からないが、裕也だけは光を受けても平気だった。だが、その解明は後回しにして、裕也たちは民家の間を駆け巡る。
「お兄ちゃん、僕の家に来て。ママの様子が気になる。もしかしたら、ママも同じように操られてるかもしれない」
ピートが叫んだ。裕也たちは頷き、全速力でピートの家に向かう。ピートの道案内のおかげで、裏通りをうまくすり抜けながら、街の住人たちの追尾をかわして、ピートの家に辿り着くことが出来た。
「ママ、大丈夫?」
「ああ、ピート、怪我はない?」
どうやら、ピートの母親はまだ無事なようだ。裕也を見て、自分の命を救ってくれた恩人であることを思い出す。
「あなたは・・ありがとうございました。おかげで助かることが出来ました」
「ああ、どうも。元気になられたようでほっとしました。話は後にして、とりあえず中に入ってもいいですか?」
ピートの母親が頷くと同時に、裕也たちは全員家の中に入り、鍵をかけて閉じこもる。
「カーミラと申します。こんな状況ですが、改めてお礼を言わせてください。えっと・・」
「ああ、俺は裕也。で、リーアにパトラ」
「えっ、パトラって、もしかしてパトラ様ですか?やだ、嘘・・」
カーミラは両手の掌を自分の頬に当てて、驚きを示す。パトラは思わず手を振って答える。
「そんなに驚かないでください。それより、すみませんでした。私が不甲斐ないばかりに、ビネガーのような男に好き放題させてしまって」
パトラはカーミラに深々と頭をさげた。まったく、ついさっき、なんでも自分で背負うなって言ったばかりなのにな。裕也は内心で苦笑する。
「それで、カーミラさん・・」
裕也が言いかけたとき、窓を突き破る手があった。リーアが思わず小さく悲鳴をあげる。部屋の中に男が侵入しようとし・・何かにうたれて、その場で前のめりに倒れた。
「大丈夫ですか、裕也さん」
「待ってて、いまそこに行く」
裕也は窓から上を見上げる。二人のサキュバスがこちらに向かって飛んでくるのが見えた。
「ニーナ、サリー。来てくれたのか!」
裕也は玄関を開けて、ニーナとサリーを迎えると、すぐにまた鍵をしめる。二人が入った瞬間、ニーナは裕也に抱き着いてきた。
「裕也さん、心配したんですよ。まったくもう。恩返しがしたくて、ずっと温泉で待ってたのに、こんな目に遭ってるんですもの」
「ニーナの奴、ここまで飛んで来る道中で、裕也さんって単語、少なくとも十回以上は叫んでたのよ」
「ああ、酷い、サリー。そんなことないよ。ただ、その、ちょっと・・ああ、もう、なんでもない」
ニーナは顔を赤くする。サリーが意地の悪い笑みを浮かべて、ニーナの脇腹をつっつく。すると何故かパトラが、裕也の足を踏んできた。
「痛い、パトラ、踏んでるって」
「あら、ごめんなさい。気づかなかったわ」
いや、明らかに気づいてただろ。全く何の悪意があるってんだ。文句を言う裕也に、リーアは一言、相変わらず鈍感と誰にも聞こえないように呟く。
一旦はほのぼのとした雰囲気になったが、ゼウシスの話になると、サリーとニーナの表情が曇りだす。
「裕也さん、なんでそんなの相手にしてるの?裕也さんって別に伝説の勇者とかじゃないわよね」
「そんな面倒くさそうなもん、なるわけないだろ。別に好きで、ゼウシスの相手してるわけじゃない。向こうが勝手に襲い掛かってきたんだ」
ニーナの問いかけに、裕也がうんざりして答える。するとパトラが再び謝罪してきた。
「ごめんなさい、元はと言えば私のせいで。本当、裕也さんには迷惑ばかり」
「だーかーら、パトラは何でも背負い込み過ぎなんだって。さっきも言ったばかりだろ。それにだ、別にパトラからかけられる迷惑なら、ちゃんと一緒になって対応してやるから。これは裕也君命令。パトラは今後、一人で思い悩まないこと。いつでもパトラの力になってやるからさ」
パトラは少し頬を赤らめて、うんと小さくうなずいた。すると、今度はニーナが裕也の足を踏んでくる。
「だあっ、痛い。なんなのおまえら」
「あら、裕也さん、全然、気づかなかったわ。ごめんなさいね」
サリーはニヤニヤし、リーアはそっぽを向いている。カーミラが全員分のお茶を運んできて、若いっていいわよねと感慨深げに一言いい残していった。裕也たちは、各自のお茶を取り、改めて本題に入る。
「まあ、それでだ。ゼウシスへの対策なんだが、あいつは人の夢に侵入して襲い掛かってくるらしい。俺はその対応策として、二人を呼んだ」
裕也がサリーとニーナを見上げると、二人は申し訳なさそうに、目を伏せる。
「裕也さん、期待してもらって悪いんだけど、相手がゼウシスだったら、私たちの力じゃどうしようもないの」
「くやしいけど、サリーの言う通り。なんとか裕也さんの力になりたいんだけど、ごめんなさい」
そうか、まあしょうがない。元々それほど分のある賭けでもなかったし、ほとんど思い付きでだした対応策だったからな。裕也がそれなら、と別の案を考え始めると、サリーとニーナは同時に裕也をみて、ちいさく驚きの声をあげた。
「ん、どうした、俺の顔になんかついてるか?」
「ちょっと、ごめんなさい、裕也さん」
ニーナが裕也の問いかけを無視して、裕也の額に手をかざす。すると、裕也の頭部が淡く白い光は放った。光はすぐに消えたが、サリーとニーナは何かを確信し、頷きあった。
「裕也さん、もしかして、サキュバスクイーンの祝福を受けましたか?」
ニーナの問いかけに、裕也は暗闇の塔での出来事を思い出す。そうだ、確か、サキュバスクイーンからお礼だと言って、頭になにかされた記憶がある。
「ああ、なんかそれっぽいこと、してもらったと思う。結局、効果とか全然分からないんだけどさ」
「ええっ?勿体なすぎる・・サキュバスクイーンの祝福ですよ。ありとあらゆる呪いや乗っ取りなどの効果をふいにする、サキュバスからしても憧れの力なんですよ。そうか、クイーンからの祝福を受けた裕也さんなら、可能性はあるかもしれない」
ニーナはサリーに裕也たちに聞こえないように、耳元で相談しあう。なんだろう、俺たちにまで秘密にしなきゃならないことなのだろうか。別にサリーやニーナが困るようなことなら、聞いても誰にも吹聴しないのに。
やがて、ニーナは裕也を真剣なまなざしで見つめる。思わず照れて顔をそらす裕也。その裕也の両頬をつかんで、ニーナはまっすぐに裕也の目を見つめる。パトラが負けじと裕也の腕に自分の腕を絡ませる。
「裕也さん、お話があります」
「はい、なんでしょう」
「覚悟はできてますか?」
「えっと、なんの?」
そこでニーナは裕也を解放し、サリーにやっぱりやめようと言い出した。サリーもそうだよねと同意する。なんだよ、ここまで言われて放っておかれるとか、すげぇ気になるんだけど。
「ああっと、なんか俺なら可能性あるんだよな。もう街全体がこんな状態なんだし、これ以上状況は悪くなりようがねぇだろ。俺に出来ることなら、言ってくれ。遠慮しなくていいから」
「では、単刀直入に言います。裕也さん、ゼウシスの夢の中に逆侵入する覚悟はありますか?」
*************************************
「アイス・ドルフィン・スパークリング」
メイガンの魔法は、もはや大聖堂の大半を凍り付かせていた。ハルトとルキナは先ほどから、防戦一方となり、思うように反撃が出来ない。相手がメイガンである以上、斬りつけるわけにもいかない。しかし、このままではじり貧だ。
「くそっ、ルキナ、何かいい手はねぇのかよ」
「残念ながら何も。こちらが全力攻撃したら、メイガンの命まで奪いかねないし、かといって、このままじゃ、私たちがやられる・・」
そうこうしている間にも、メイガンの猛攻は続く。周囲一面が真っ白な光に包まれたかと思うと、当たれば致命傷となりかねない巨大な氷の粒が、容赦なくハルト達目掛けて襲い掛かってくる。
「くっ、この、光のマナよ」
ハルト達の前にオーロラの壁ができあがり、氷の粒は消失していく。しかし、それも時間の問題だ。いつの間にかハルトとルキナの足元が、地面に凍り付いて固定されている。ハルトは素早く魔力を解放し、二人の足元の氷を溶かす。
そこにメイガンが魔法ではなく、素手での打撃を仕掛けてきた。ハルトがよけた壁にハルトの身長以上の巨大な穴が開く。
「おいおい、嘘だろ。身体能力まで強化されんのかよ」
「見て、ハルト。メイガンの拳から骨が付きだしている。きっと、肉体の限界なんて、おかまいなしに持てる力の全てを放出させてるのよ」
ハルトは歯嚙みする。メイガンの傷は後で回復魔法で癒せば済むことだ。だが、その機会は訪れるだろうか。このままでは、いずれメイガンに殺されることになる。それを防ぐには、もはや先にメイガンの息の根を止めるしかない。
「くそっ、計算外だ。ゼウシスの野郎、甘く見過ぎていた・・これも数多の勇者や英雄たちを屠ってきた、あいつの力の一旦かよ」
それでもハルトは、最後まで粘り強く、自分たちも、メイガンも、助かる道を探し続ける。ゼウシスを倒すのはハルトにも無理だ。もはや絶望的な状況。いや、まだ希望は残されている。
単純な戦闘力ではゴブリン三匹を倒すのがせいぜいな、あいつならば、百年以上前から人々に恐れられる伝説の悪魔を相手に、またしても奇跡をみせるかもしれない。
「・・裕也。期待してるぜ」
ハルトはそのときを信じて、剣を振り続ける。ルキナもそれに続いた。二人はまだまだ、これから先の未来を諦めてはいなかった。
*************************************
「はぁっ、はぁっ・・まだ終わらないの?勘弁してよね・・」
エリスはもはや疲労で碌に上がりもしない腕を駆使して、鞭を振るい続ける。ヘミングとトールも、疲労は限界に来ていた。
「どうなってんだよ、こいつら」
「おかしい。元々、ここまで強い奴らじゃなかったはずだ」
エリスたちを取り囲む兵の一人が剣を突き出す。剣をかすめた壁は、それだけで、轟音を立てて崩れていく。
「くそっ、これもゼウシスの力かよ。それにこの数、もうどうしようもないかもしれねぇな」
「俺たちは元々この国の人間だから、ここでくたばっても、ある意味しょうがねぇけどよ、姉さんには悪いことしたな」
もはやあきらめとも言える二人の男を見て、エリスは鋭く叱咤する。
「なによ、情けない。大の男がそろって、もう音を上げるの?二人とも、それなりの修練と経験を積んできているんでしょ?だらしなすぎるわよ。私の仲間はね、まともな戦闘経験なんてほとんどなく、雑兵一人、碌に倒せないくせに戦争まで止めてしまったの。シスイ王国の人々が口々に恐れていた暗闇の塔でも、見事な活躍を魅せたわ」
「それで、その男に惚れて、こんな砂漠まで来たってことですかい」
「バ・・バカ、誰も、そんなこと言ってないでしょ」
発破をかけていたはずなのに、焦りだすエリスをヘミングとトールは笑う。二人の心に活力が戻ってきた。
「だったら、こんなところでやられるわけには、いかねぇよな、トール」
「ああ、もちろんだ。絶対にこの姉さんを、想い人のところに届けてやらなきゃな」
「だから、何でそうなるのよ。ああ、もう、腹が立ってきた。ぜんぶ、あんたたちのせいよ」
エリスの鞭が再び、小気味いい風切り音を奏で始めて、向かってくるシスイ王国の兵を倒していく。ヘミングとトールも後に続いた。三人の活力はまだ十分に残っている。
エリスの中に闘志が沸き上がってくる。例え、数でも、力でも押されていたとしても、その程度のハンデくらいで、諦めているようでは、彼女が信じる仲間には顔向けできないのだから。
*************************************
ニーナとサリーは、ピートの家の一室を借りて魔法陣を描き、裕也を送り出す準備を終える。
「裕也さん、話した通り、私とサリーで裕也さんの意識をゼウシスの夢の中へと飛ばします。裕也さんの体はその間、完全に無防備となりますが、宜しいですね?」
「ああ、そこは、リーア、パトラ。二人に任せる。もし外でうろついてる街の奴らが襲い掛かってきたら、頼むぜ」
リーアとパトラは裕也に命を預けられたことを、そこまで信頼されたことを、心底嬉しく思う。
「任せてよ、マスター。マスターの体には誰にも指一本、触れさせないから」
「裕也さんの体は、何があっても必ずお守りします。裕也さん。どうかご無事で」
裕也は魔法陣の上に、体を仰向けにして寝る。ニーナとサリーが詠唱を始める。裕也の体が、淡い光に包まれていく。裕也は自分の意識だけが浮かび上がっていくのを感じる。裕也は意識を巨大な何かに吸い込まれていく気がした。どこか儚い遠い世界。それがどこまでも際限なく広がっていく。
「ああ、くそ、畜生。なんでいつも、こんな面倒ごとを引き受ける羽目になるんだか。ゼウシスさん、現実世界で厳しい攻撃してくる分、夢の世界では優しかったり、しないかな。全部片付いたら、サキュバス温泉に一週間くらい滞在して、疲れを全部癒したいぜ」
裕也は、国中が大変な状況であるにもかかわらず、どこか現実逃避気味に、わざと吞気なことを考えながら、伝説の悪魔の夢の中へと誘われていった。
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