働く君へ

第六章：市場価値の新しい羅針盤 ～君という光を活かす～

君という光を活かす (2025年7月初旬 - キャリア・オアシスにて)

「あなたの中には、必ず、あなただけの、そしてこれからの時代にこそ輝く『光』が眠っているのです」
私が提示した、「市場価値の新しい羅針盤」。それは、従来のスペック偏重の価値観から脱却し、AI時代にこそ重要となる、人間固有の、本質的な「力」——適応力、回復力、共感力、創造性、誠実さなど——に光を当てるという考え方。その、新しい価値観のフレームワークを、クライアントである「君」たちに伝えた時、彼ら、彼女らの反応は、一様ではなかった。ある者は、半信半疑の表情を浮かべ、ある者は、戸惑いながらも、かすかな希望の光を目に宿し、そして、ある者は、「そんなものが、本当に価値として認められるのだろうか」と、依然として深い疑念を抱いているようだった。
それも、無理はない。長年にわたって、社会から、組織から、そして時には自分自身によってさえ、「あなたはこういう人間だ」「あなたの価値はこれくらいだ」と、見えないラベルを貼られ、評価され、そして、その枠の中に押し込められてきたのだから。その、古い「呪縛」から、そう簡単に自由になることはできないだろう。
だからこそ、私の、そしてこの「オアシス」の、本当の仕事は、ここから始まるのだ。新しい羅針盤の存在を示すだけではない。その羅針盤を使って、クライアント一人一人が、自分自身の内に眠る、唯一無二の「光」の在り処を、具体的に発見し、そして、それを、これからのキャリアという航海において、どのように活かしていくことができるのか、その、実践的な方法を、共に、根気強く、そして創造的に、探求していくこと。
【Rina's Light: 「規格外」を「価値」に変える】
「リナさん」私は、再び私の元を訪れた、まだ表情に迷いの色が残る彼女に、穏やかに、しかし力強く語りかけた。「AIの分析は、あなたのデザインスキルを『代替リスクが高い』と指摘しました。そして、転職活動では、あなたの『個性』が、『標準から外れている』と評価された。それは、事実です。ですが、それは、物語の半分でしかありません」 私は、彼女が、学生時代に情熱を注いでいたという、少し風変わりなキャラクターデザインや、彼女のポートフォリオの中に、埋もれるように置かれていた、実験的で、しかし見る者の心をざわつかせるような、独創的なアートワークに、改めて注目した。 「思い出してください。あなたが、本当に時間を忘れ、夢中になって創り出していたものは、何でしたか？ AIが効率的に生み出す、最適化された『正解』のようなデザインでしたか？ それとも、あなたの心の中から湧き上がってくる、他の誰にも真似できない、あなただけの『衝動』や『世界観』を、形にしたものではなかったですか？」 彼女は、はっとしたように顔を上げた。 「その、『標準から外れている』と評価されたかもしれない『個性』。それこそが、リナさん、あなたの、AIには絶対に生み出すことのできない、そして、これからの時代に、ますます希少価値が高まるであろう、最大の『光』なのです。問題は、その光を、どう『見せる』か、そして、その光を『求めている』場所に、どう届けるか、なのです」 私たちは、そこから、彼女の「光」を活かすための、具体的な戦略を練り始めた。ターゲットとする企業を、大手や、既存の価値観に囚われている場所ではなく、むしろ、新しい価値観や、多様性を積極的に受け入れようとしている、新進気鋭のスタートアップや、あるいは、特定のニッチな分野で、独自のブランドを築いている企業へと、大胆にシフトさせる。そして、ポートフォリオや、職務経歴書の作り方も、単にスキルを羅列するのではなく、彼女の「独自の感性」や「世界観」が、どのようにビジネス上の課題解決や、新しい価値創造に貢献できるのか、具体的な事例や、ストーリーテリングの手法を用いて、「翻訳」していく作業を、共に行った。 さらに、彼女が持つ、もう一つの隠れた「光」——それは、初対面の私に対しても、自分の不安や弱さを、正直に、そして懸命に伝えようとしてくれた、その「素直さ」と、相手の言葉の奥にある感情を、敏感に感じ取る「共感性の高さ」——にも注目した。それは、クライアントの、言葉にならないニーズを深く理解し、真に心に響くコミュニケーションを生み出す上で、極めて重要な能力だ。その力を、彼女のデザインプロセスに、どう組み込んでいくことができるか。私たちは、具体的な面接対策や、自己PRの方法も含めて、時間をかけて、議論を重ねていった。 セッションを重ねるうちに、リナさんの表情から、徐々に、迷いや不安の色が薄れ、代わりに、自分自身の持つ「個性」に対する、誇りと、そして、それを武器に、新しい世界へと挑戦していくのだという、静かだが、確かな決意の光が、灯り始めているのを、私は、確かに感じ取っていた。
【Kenji's Light: 「経験」を「知恵」と「信頼」に変換する】
ケンジさん（生産管理課長）とのセッションでは、彼が「陳腐化した」と思い込んでいた、その長年の「現場経験」の中にこそ、AI時代の今だからこそ、再評価されるべき、普遍的な「価値」が眠っていることを、繰り返し、そして具体的な形で、彼自身に再認識してもらうことに注力した。 「ケンジさん、あなたが、20年間、この手で触れ、この目で見て、そして、多くの失敗と成功を通して、身体で覚えてきた『現場の知恵』。それは、決して、AIが学習データから導き出す、平均的で、無味乾燥な『知識』とは、全く異なるものです。それは、予期せぬ問題が発生した時に、瞬時に、最適解ではなくとも、『最善解』を見つけ出すための、生きた『判断力』であり、マニュアル通りにいかない状況の中で、人々を動かし、物事を前に進めるための、実践的な『人間力』そのものです」 私は、彼に、これまでのキャリアの中で、最も困難だったけれど、それを乗り越えたことで、最も大きな達成感を得られた経験を、できるだけ具体的に思い出してもらう、というワークに取り組んでもらった。それは、彼にとっては、辛い記憶を呼び覚ます作業でもあったかもしれない。だが、そのプロセスを通して、彼は、自分が、いかに多くの修羅場を、その「経験」と「人間力」によって潜り抜けてきたか、そして、その過程で、いかに多くの人々からの「信頼」を勝ち得てきたか、という事実に、改めて気づかされたようだった。 「あなたの『光』は、特定の機械の操作スキルや、古い生産管理手法の知識にあるのではありません。それは、どんな困難な状況に置かれても、決して諦めずに、泥臭く、解決策を探し続けられる『粘り強さ（グリット）』。立場の違う、時には対立する人間たちの間に立って、それぞれの言い分を理解し、そして、共通の目標に向かって、彼らをまとめ上げることができる『調整能力』と『リーダーシップ』。そして、何よりも、自分が関わる仕事と、共に働く仲間たち、そしてその先にいる顧客に対して、常に誠実であろうとする、その『責任感』と『高潔さ（インテグリティ）』。それこそが、ケンジさん、あなたの、誰にも真似のできない、そしてAIには絶対に代替できない、本物の『価値』なのです」 そして、その価値を、どう、新しい時代の言葉で表現し、そして、新しい役割へと繋げていくか。私たちは、彼の持つ「現場知」と「人間力」を、DXが進む組織の中で、テクノロジーと現場、経営と従業員との「架け橋」となるための、極めて重要な資産として再定義した。そして、彼のキャリアプランとして、単に新しい技術スキルを追いかけるのではなく、むしろ、その「架け橋」としての役割——例えば、若手エンジニアのメンターや、部門横断的なプロジェクトのファシリテーター、あるいは、AI導入に伴う現場の混乱を最小限に抑えるための、チェンジ・マネジメントの専門家——を目指す、という、新しい可能性を、具体的に描き出した。 最初は、「そんな役割が、本当に存在するのか」「自分に、そんなことができるのか」と、半信半疑だったケンジさんの表情が、セッションを重ねるうちに、徐々に、「もしかしたら、自分にも、まだやれることがあるのかもしれない」「自分の経験は、決して無駄ではなかったのかもしれない」という、確かな自信と、未来への、新しい希望の光を取り戻していくのを、私は、心からの喜びと共に、見守っていた。
【Yumi's Light: 「縁の下の力」を「組織の宝」へ】
ユミさん（ベテラン総務）に対しては、彼女自身が、長年の間に、無意識のうちに、自分自身に課してしまっていた、「私は、ただの事務職だから」「もう若くないから」といった、「自己限定的な思い込み」という名の、内なる壁を取り払うことから、アプローチを始めた。 「ユミさん、あなたが、25年以上、この会社で、日々、当たり前のようにこなしてきた仕事の中に、実は、他の誰にも、そしてAIにも、決して真似のできない、驚くほどの『価値』が隠されていることに、気づいていますか？」 私は、彼女に、具体的な質問を投げかけていった。「あなたが、これまでに、社内の、どれだけ多くの部署の、どれだけ多くの人々と、関わり、そして、彼らの、時には言いにくいような相談に乗ったり、あるいは、部門間の、見えない軋轢を、あなたが間に入ることで、円滑にしてきた経験はありませんか？」「あなたが、長年かけて蓄積してきた、会社の歴史や、組織のルール、そして、それぞれの社員の個性や、人間関係といった、目には見えない『組織の記憶』が、どれだけ、日々の業務の、スムーズな運営や、あるいは、潜在的なリスクの回避に、貢献してきたと思いますか？」「そして、あなたが、どんなに忙しい時でも、あるいは、理不尽な要求を受けた時でさえも、常に、冷静さを失わず、そして、相手への敬意と、誠実さを持って対応し続けてきた、その『信頼性』というものが、この会社にとって、どれほど、かけがえのない資産となっているか、考えたことはありますか？」 最初は、戸惑いながら、「いいえ、私は、ただ、与えられた仕事を、当たり前にこなしてきただけですから…」と、謙遜していたユミさんだったが、私が、具体的なエピソードを挙げながら、彼女の行動の中に隠された「価値」を、一つ一つ、丁寧に言語化していくうちに、彼女の瞳の中に、驚きと、そして、これまで抑え込んできたであろう、自分自身の仕事に対する、静かな誇りのようなものが、少しずつ、しかし確かに、蘇ってくるのが見えた。 「ユミさんの『光』は、特定の『スキル』ではなく、むしろ、その、長年の経験を通して培われた、『組織全体を円滑にする、高度な調整能力』と、『誰からも、そしてどんな状況でも、絶対的に信頼される、人間としての誠実さ』、そして、組織の『過去』と『現在』を深く理解しているからこそ持つことができる、『未来への洞察力』にあるのです。それらは、AIが進化すればするほど、むしろ、その希少価値を高めていく、これからの組織運営において、最も重要となる、まさに『人間ならでは』の価値なのです」 そして、私たちは、その「光」を活かすための、新しいキャリアの可能性を、具体的に描き始めた。それは、必ずしも、彼女が苦手意識を持つ、最新のデジタルスキルを、無理に追いかける道だけではない。むしろ、彼女の持つ「人間的な強み」が、最大限に発揮されるような、新しい役割。例えば、新入社員や、若手社員たちの、精神的な支えとなり、組織への定着を支援する「メンター」としての役割。あるいは、複数の部署が関わる、複雑なプロジェクトにおいて、それぞれの立場を理解し、円滑なコミュニケーションを促進する「ファシリテーター」や「コーディネーター」としての役割。あるいは、彼女の持つ、その、絶対的な「信頼性」と「誠実さ」が、何よりも求められる、企業のコンプライアンス体制や、内部監査、あるいは、ハラスメント防止といった、組織の「健全性」を守るための、専門的な役割。そういった、AIには決して代替できない、そして、組織の持続的な成長にとって、不可欠な役割こそが、彼女の、新しい「輝ける場所」となる可能性を秘めているのだ、と。 「私にも、まだ、できることがあるのかもしれない…。いえ、私だからこそ、できることがあるのかもしれない…」 セッションの終わり際に、ユミさんが、震える声で、しかし、その瞳には、確かな、そして力強い決意の光を宿して、そう呟いた時、私は、心の中で、大きく、そして温かく頷いていた。そうだ、その通りなのだ、と。
従来の市場価値という、画一的で、そしてしばしば、人を型にはめ、可能性を狭めてしまう、古い羅針盤を、一度、手放す勇気を持つこと。そして、自分自身の内側に、深く、深く、耳を澄ませ、そこに眠る、自分だけの、唯一無二の「光」——困難を乗り越える力、変化に適応する力、人と繋がる力、新しいものを生み出す力、そして誠実である力——の存在を、信じ、そして、それを、未来への、新しい、そして自分だけの「羅針盤」とすること。 それは、決して、簡単なことではないかもしれない。だが、それこそが、これからの、不確実で、予測困難な、そしてAIと共存していく時代を、私たち人間が、自分らしく、そして希望を持って、力強く生き抜いていくための、唯一の、そして最も確かな道なのだと、私は、強く、強く信じている。そして、その道を、迷える「君」たちと共に歩み、その、内なる「光」が、最大限に輝き出す瞬間を、この目で見届けること。それが、私の、キャリアコンサルタントとしての、何よりの喜びであり、そして、この仕事を与えられたことへの、深い感謝の念なのだ。