12 / 59
モテ期到来
タクシーと眠気の顛末は
しおりを挟む
やっぱりいつもよりお酒が入ってたみたいだ。私はいつの間にか天敵にタクシーに同乗させられていた。さっき断ったはずなのに、隣には黙って流れる夜景を見つめる橘征一がいた。
確か、乗り込む時に家まで送っていくって言ってた気がする。私は、ぼんやりと考えながら車内の静けさと規則的な揺れで、あっという間に睡魔の虜になってしまった。
「美那、着いたぞ。美那。」
私を呼ぶ甘い声が耳元できこえて、私は温かな心地良さから離れる事を嫌がって呟いた。
「…ん。まだ眠い…。」
もう一度私の好みの、甘い低めの声が耳元で囁かれた。
「…ほら、起きないと抱き上げて行く事になるぞ。」
…んん?抱き上げる?何の話?私は眠くてぼうっとする頭を振って、開かない目をゆるゆると開けた。目の前に橘征一の顔が覗き込んでいて、私はびっくりして時間が止まった。
「起きたか?美那のマンションに着いたんだ。すみませんが、ちょっとここで待っていて下さい。」
橘はタクシーの運転手にそう言うと、私の荷物と腕を掴んで車から引っ張り出した。車外に降りた途端、眠気と酔いで足元がふらついた私を呆れた様な顔で見た橘は、何かぶつぶつ言いながら私の腰に手を回して部屋の前まで連れていってくれた。
受け取った荷物から私がようやく鍵を探し当てると、サッと受け取ってドアを開けた。何も言わないでぼんやりしている私を一瞥すると、私を抱き上げてヒールを脱がせてリビングへ連れて行った。リビングでそっと下ろされた私は、目の前に橘兄がいる事にようやく違和感を感じた。
「…何で?」
橘兄は顔をクシャリと歪めるとしぶしぶと言った感じで、私のジャケットを脱がせながら言った。
「こんなになるまで飲むなんて呆れるぞ。お持ち帰りされても文句も言えないじゃないか。私はタクシーを待たしてるから、ちゃんとベッドで寝なさい。大丈夫か?…それとも私が寝かしつけてやろうか?」
私は橘兄から漂い始めた不穏な空気を感じて、急に眠気が晴れて行くのを感じた。
「だ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしました…。」
橘兄は一瞬躊躇した後、私をぎゅっと抱きしめて耳元で甘く囁いた。
「迷惑じゃない。…他の男の前でもこんなに無防備だと心配なだけだ。」
そう言うと、スッと離れて玄関まで足速に歩き去るとドアを閉めながら、リビングに立ち尽くす私に向かって言った。
「美那、ちゃんと鍵を閉めなさい。じゃあ、おやすみ。」
そう真面目な顔で言って、閉まる玄関ドアの向こうに消えた橘兄の遠ざかる足音を聞きながら、私はしばらく立ち尽くしていた。
今のは何だったんだろう。私はまだぼんやりする頭を振って、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出すと一気に飲んだ。口の端から馬鹿みたいに水が溢れて、私はセットアップのワンピースの胸元のシミを指で撫でた。
指を無意識に動かしながら、私はさっきの出来事を思い返していた。駅で腕を掴まれて、知らないうちにタクシーに乗せられたのはその通りだ。思いの外酔ってた私はぐっすり眠ってしまったようだ。
気づいたら家の中にあいつがいて、何か小言を言いながらジャケットを脱がせてた。それで何で抱きしめられていたんだろ。鍵閉めて寝ろっていわれた?
私は慌てて部屋の鍵を掛けて、玄関に散らかったヒールを見つめた。結局、酔っ払った私の面倒を見てくれたっぽい?あんな顔して世話焼きなのかも?…私のこと美那って呼んでた?私はもうこれ以上考えるのが限界になって、サッとシャワーを浴びるとベッドの住人となった。
翌朝、鈍く痛む頭を揉みながら、私は昨日の夜の事を考えていた。橘征一にお世話になったのは事実っぽい。頼んでないけど。最近のストレスで飲み過ぎたのは本当だ。そのストレスは全部橘絡みだからお世話してもらうのも当然かもね。なんて、太々しく生きられたら随分楽なのに。
「ありゃ、顔色悪いわね…。」
翼にまで指摘されてしまった。今日何人目だろうか。
「昨日、後から酔いが回っちゃって。私、結構酔ってたみたい?」
もしかしてお店でも醜態を晒したのだろうかと不安を感じた私に、翼は首を振ってそんなに酔った様には見えなかったと言った。私はみんなと別れた後の橘とのあれこれを、何となく話す気になれなくて黙り込んだ。
「あ、野村さんには連絡SNSで教えておいたからちゃんと返事してあげてね。結構相性いいと思うけどね。まぁ、気楽な気持ちで取り敢えず二人で会ってみたらいいんじゃない?」
翼のアドバイスに私は頷いて、野村さんの事を思い浮かべた。確かに優しくて大らかで、一緒に居たら癒されそうだった。あの傲慢な訳の分からない事ばかりする男と違って。
その日は何だか鬱々とした気分で過ごしたけれど、終業時間が近づくにつれて、益々気が滅入ってきた。今日はお見舞いに行くって橘弟に言ってしまっていたから、今更行かないとも言えない…。病人に冷たくするのは、私には難しいんだ。はぁ。
確か、乗り込む時に家まで送っていくって言ってた気がする。私は、ぼんやりと考えながら車内の静けさと規則的な揺れで、あっという間に睡魔の虜になってしまった。
「美那、着いたぞ。美那。」
私を呼ぶ甘い声が耳元できこえて、私は温かな心地良さから離れる事を嫌がって呟いた。
「…ん。まだ眠い…。」
もう一度私の好みの、甘い低めの声が耳元で囁かれた。
「…ほら、起きないと抱き上げて行く事になるぞ。」
…んん?抱き上げる?何の話?私は眠くてぼうっとする頭を振って、開かない目をゆるゆると開けた。目の前に橘征一の顔が覗き込んでいて、私はびっくりして時間が止まった。
「起きたか?美那のマンションに着いたんだ。すみませんが、ちょっとここで待っていて下さい。」
橘はタクシーの運転手にそう言うと、私の荷物と腕を掴んで車から引っ張り出した。車外に降りた途端、眠気と酔いで足元がふらついた私を呆れた様な顔で見た橘は、何かぶつぶつ言いながら私の腰に手を回して部屋の前まで連れていってくれた。
受け取った荷物から私がようやく鍵を探し当てると、サッと受け取ってドアを開けた。何も言わないでぼんやりしている私を一瞥すると、私を抱き上げてヒールを脱がせてリビングへ連れて行った。リビングでそっと下ろされた私は、目の前に橘兄がいる事にようやく違和感を感じた。
「…何で?」
橘兄は顔をクシャリと歪めるとしぶしぶと言った感じで、私のジャケットを脱がせながら言った。
「こんなになるまで飲むなんて呆れるぞ。お持ち帰りされても文句も言えないじゃないか。私はタクシーを待たしてるから、ちゃんとベッドで寝なさい。大丈夫か?…それとも私が寝かしつけてやろうか?」
私は橘兄から漂い始めた不穏な空気を感じて、急に眠気が晴れて行くのを感じた。
「だ、大丈夫です。あの、ご迷惑をお掛けしました…。」
橘兄は一瞬躊躇した後、私をぎゅっと抱きしめて耳元で甘く囁いた。
「迷惑じゃない。…他の男の前でもこんなに無防備だと心配なだけだ。」
そう言うと、スッと離れて玄関まで足速に歩き去るとドアを閉めながら、リビングに立ち尽くす私に向かって言った。
「美那、ちゃんと鍵を閉めなさい。じゃあ、おやすみ。」
そう真面目な顔で言って、閉まる玄関ドアの向こうに消えた橘兄の遠ざかる足音を聞きながら、私はしばらく立ち尽くしていた。
今のは何だったんだろう。私はまだぼんやりする頭を振って、冷蔵庫から冷えたミネラルウォーターを取り出すと一気に飲んだ。口の端から馬鹿みたいに水が溢れて、私はセットアップのワンピースの胸元のシミを指で撫でた。
指を無意識に動かしながら、私はさっきの出来事を思い返していた。駅で腕を掴まれて、知らないうちにタクシーに乗せられたのはその通りだ。思いの外酔ってた私はぐっすり眠ってしまったようだ。
気づいたら家の中にあいつがいて、何か小言を言いながらジャケットを脱がせてた。それで何で抱きしめられていたんだろ。鍵閉めて寝ろっていわれた?
私は慌てて部屋の鍵を掛けて、玄関に散らかったヒールを見つめた。結局、酔っ払った私の面倒を見てくれたっぽい?あんな顔して世話焼きなのかも?…私のこと美那って呼んでた?私はもうこれ以上考えるのが限界になって、サッとシャワーを浴びるとベッドの住人となった。
翌朝、鈍く痛む頭を揉みながら、私は昨日の夜の事を考えていた。橘征一にお世話になったのは事実っぽい。頼んでないけど。最近のストレスで飲み過ぎたのは本当だ。そのストレスは全部橘絡みだからお世話してもらうのも当然かもね。なんて、太々しく生きられたら随分楽なのに。
「ありゃ、顔色悪いわね…。」
翼にまで指摘されてしまった。今日何人目だろうか。
「昨日、後から酔いが回っちゃって。私、結構酔ってたみたい?」
もしかしてお店でも醜態を晒したのだろうかと不安を感じた私に、翼は首を振ってそんなに酔った様には見えなかったと言った。私はみんなと別れた後の橘とのあれこれを、何となく話す気になれなくて黙り込んだ。
「あ、野村さんには連絡SNSで教えておいたからちゃんと返事してあげてね。結構相性いいと思うけどね。まぁ、気楽な気持ちで取り敢えず二人で会ってみたらいいんじゃない?」
翼のアドバイスに私は頷いて、野村さんの事を思い浮かべた。確かに優しくて大らかで、一緒に居たら癒されそうだった。あの傲慢な訳の分からない事ばかりする男と違って。
その日は何だか鬱々とした気分で過ごしたけれど、終業時間が近づくにつれて、益々気が滅入ってきた。今日はお見舞いに行くって橘弟に言ってしまっていたから、今更行かないとも言えない…。病人に冷たくするのは、私には難しいんだ。はぁ。
0
あなたにおすすめの小説
オオカミ課長は、部下のウサギちゃんを溺愛したくてたまらない
若松だんご
恋愛
――俺には、将来を誓った相手がいるんです。
お昼休み。通りがかった一階ロビーで繰り広げられてた修羅場。あ~課長だあ~、大変だな~、女性の方、とっても美人だな~、ぐらいで通り過ぎようと思ってたのに。
――この人です! この人と結婚を前提につき合ってるんです。
ほげええっ!?
ちょっ、ちょっと待ってください、課長!
あたしと課長って、ただの上司と部下ですよねっ!? いつから本人の了承もなく、そういう関係になったんですかっ!? あたし、おっそろしいオオカミ課長とそんな未来は予定しておりませんがっ!?
課長が、専務の令嬢とのおつき合いを断るネタにされてしまったあたし。それだけでも大変なのに、あたしの住むアパートの部屋が、上の住人の失態で水浸しになって引っ越しを余儀なくされて。
――俺のところに来い。
オオカミ課長に、強引に同居させられた。
――この方が、恋人らしいだろ。
うん。そうなんだけど。そうなんですけど。
気分は、オオカミの巣穴に連れ込まれたウサギ。
イケメンだけどおっかないオオカミ課長と、どんくさくって天然の部下ウサギ。
(仮)の恋人なのに、どうやらオオカミ課長は、ウサギをかまいたくてしかたないようで――???
すれ違いと勘違いと溺愛がすぎる二人の物語。
俺様上司に今宵も激しく求められる。
美凪ましろ
恋愛
鉄面皮。無表情。一ミリも笑わない男。
蒔田一臣、あたしのひとつうえの上司。
ことあるごとに厳しくあたしを指導する、目の上のたんこぶみたいな男――だったはずが。
「おまえの顔、えっろい」
神様仏様どうしてあたしはこの男に今宵も激しく愛しこまれているのでしょう。
――2000年代初頭、IT系企業で懸命に働く新卒女子×厳しめの俺様男子との恋物語。
**2026.01.02start~2026.01.17end**
お見合いから本気の恋をしてもいいですか
濘-NEI-
恋愛
元カレと破局して半年が経った頃、母から勧められたお見合いを受けることにした涼葉を待っていたのは、あの日出逢った彼でした。
高橋涼葉、28歳。
元カレとは彼の転勤を機に破局。
恋が苦手な涼葉は人恋しさから出逢いを求めてバーに来たものの、人生で初めてのナンパはやっぱり怖くて逃げ出したくなる。そんな危機から救ってくれたのはうっとりするようなイケメンだった。 優しい彼と意気投合して飲み直すことになったけれど、名前も知らない彼に惹かれてしまう気がするのにブレーキはかけられない。
あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜
瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。
まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。
息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。
あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。
夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで……
夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。
冷酷総長は、彼女を手中に収めて溺愛の檻から逃さない
彩空百々花
恋愛
誰もが恐れ、羨み、その瞳に映ることだけを渇望するほどに高貴で気高い、今世紀最強の見目麗しき完璧な神様。
酔いしれるほどに麗しく美しい女たちの愛に溺れ続けていた神様は、ある日突然。
「今日からこの女がおれの最愛のひと、ね」
そんなことを、言い出した。
シンデレラは王子様と離婚することになりました。
及川 桜
恋愛
シンデレラは王子様と結婚して幸せになり・・・
なりませんでした!!
【現代版 シンデレラストーリー】
貧乏OLは、ひょんなことから会社の社長と出会い結婚することになりました。
はたから見れば、王子様に見初められたシンデレラストーリー。
しかしながら、その実態は?
離婚前提の結婚生活。
果たして、シンデレラは無事に王子様と離婚できるのでしょうか。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる