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暮雪の章 その二

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「じゃーねー、みのりちゃん!」
「うん! また来てね、和美ちゃん!」
 ドアの外と内側のやり取りが終わり、和美は静かにドアを閉めた。
「ふぅ、長居しちゃったなぁ。さてと、帰ろ」
 和美が外階段を下りていくと、すぐ脇の部屋から高野が封筒を持って出てきた。
「あ! 高野さん、お久しぶりです」
「やぁ。たしか……和美ちゃん、だよね?」
「はい!」
 和美は慎重に外階段を下りていく。
「今日は、友達に会いに?」
「はい。久しぶりに会おうってなって。でもまさか、こんなに雪が積もるなんて思わなくって。今日の雪、すごかったですね」
「そうだね。僕もようやく雪かきを終えたところなんだよ」
「え。これ、高野さん一人でやったんですか?」
 和美の驚きに、高野はフフッと声を出して笑った。
「いや、僕一人じゃできないよ。助っ人がいたからね」
「助っ人、ですか?」
「うん。ほら、あの植え込みの近くにいる……」
 高野が指さした先には、モスグリーンのファー付きモッズコートを着た人物がしゃがんでいた。
「あ! あの姿、もしかして」
 和美は「雪雄」と呼びかけようとしたが、同時に雪雄の声が耳に届いた。
「もう大丈夫だからな。すごい量が降ったよな……。あぁ、俺は大丈夫。これでしばらくは、積もりづらくなるからな。安心しろよ」
 何もない植え込みの根元に向かって話す雪雄。その様子に和美と高野は目を丸くし、顔を見合わせた。
「ゆ、雪雄?」
 和美の声に、ようやく雪雄が我に返る。
「え。か、和美? それに高野さん、も」
「ゆ、雪雄君。今、何に話しかけていたんだい?」
 高野が恐る恐る、雪雄に問いかける。
「き、気のせいですよ」
「気のせいってレベルじゃないよ! 雪雄、あんた……。もしかして、幽霊的なものが見えるの?」
 和美も驚きを隠せなかった。
 二人の表情を見て、雪雄は心の中で「しまった」と舌打ちをした。同時に様々な言い訳を考える。

 本当に見間違いですよ! ……これでは逆に不信に思われる。
 実は見えるんです。……これだと二人を怖がらせるか。
 じゃ、俺、帰るんで。……料金を受け取らないなんて、ありえないだろ。

 様々な言い訳を考えるも、どれも二人には通用しないと思われた。現に、はっきりと自分の話し声を聞かれてしまったのだから。
 ここは正直に話すとしよう。雪雄はそう心に決め、大きく溜息を吐いた。
「……わかった。正直に話すよ」
「で、何か見えるの?」
 和美が好奇心を宿した目で雪雄を見つめる。
「あぁ」
「も、もしかして、怨霊、とかかい?」
 高野の声が震えている。
「高野さんって、もしかしてそういう系が苦手なの?」
「う、うん。情けないけどね……。和美ちゃんは平気なの?」
「はい。むしろワクワクしますね」
 和美の目がキラリと光った。
「高野さん、心配しないでください。それと和美。そんな大層なもんじゃねぇから」
「じゃ、何が見えるの?」
 和美と高野の視線が痛いぐらいに雪雄に刺さる。雪雄は自分を落ち着かせるためにも、深呼吸を一回した。
「……精霊だよ」
「せ」
「精霊?」
 和美と高野の声が被る。
「あぁ。その土地に元から住んでいる精霊。その土地を守っている存在でもあるんだ」
 高野と和美は再び顔を見合わせる。その様子に雪雄は肩を落とした。
 やっぱり引くよな、普通。
 幾度となく訪れたこの「間」に、雪雄は苦い思い出を蘇らせた。
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