白翼のコルセスカ

Dennsok

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 どこまでも続く草花の絨毯。その上を素足で走る少女の姿があった。
 彼女の名はイリス。ワンダリア大帝の子女だ。
 晴天の空に浮かぶ巨大な雲の間に顔を出す人工物――パティマ。それがイリスの生まれ故郷であるワンダリアの天空宮殿の呼び名であった。

「待ってよイリスー!」
 イリスの背後には二人の従者の姿があった。ひとりはイリスと同い年の少年、カミト。そしてもうひとり、イリスとカミトよりも年上ではあるが、まだあどけなさの残る少女――エレン。
 ふたりはイリスの後を追いながら、丘の急斜面を駆け上がっていた。
「待ってくださいお嬢様。素足で歩き回るなんてはしたない!」エレンが言い放ったその時だ。突風とともに、馬の嘶きのような音が丘の上に轟いた。
 エレンはたまらず目をつむり、揺らいだ髪に手をかざした。

「ガーゴイルだ!」

 カミトは丘の上に降り立ったそれを指さして言った。
――ウルリア!
 イリスはガーゴイルに跨った女性の名を呼んだ。全身に黒い甲冑を身にまとい、すらっとした高身長のガーゴイル騎士――ウルリア=リラリス。
 ウルリアはワンダリア帝国ガーゴイル騎士団兵士長であり、公証を「冷酷の黒翼」と呼ばれ、その残忍さから諸外国で恐れられていた。
「やあお嬢さん。ごきげんよう。従者をふたりも引き連れて、郊外になんのご用事かしら?」
 ウルリアはガーゴイルを丘の上に停車させ、そしてヘルメットを外し、青白く発光する鋭い視線をイリスに向けた。
「この丘の上に、コルセスカのお墓を建てにきたのよ。この丘の上から、パティマを見守っていてほしくて・・・」
「ガーゴイルのなり損ないの残骸か。機械を弔うなど、物好きなことを考えるな・・・時に、あなたは悪運に恵まれているようだね」
 ウルリアはイリスに向けていた視線をパティマに移した。髪の間からは、依然として青白い光が揺らいでいた。
「この場所からはパティマの全容が見渡せる・・・まさに特等席だ」
 イリスはウルリアの横顔を無言で見上げた。
「雲間に聳えるパティマの雄大な姿を拝められるのも、これで最後だ・・・さて、わたしは大事な仕事が控えているのでね。このへんで失礼させていただくよ。さようなら、ワンダリアの姫君」そう言って、ウルリアはガーゴイルに跨ると、大きく広げた翼を羽ばたかせながら天高く飛び去って行った。

「騎士団兵士長ウルリア・・・なんなんですかあの態度は! それにあの言葉遣い!」
 カミトはウルリアが飛び去って行くのを確認すると、すぐにイリスのもとに駆け寄り、そして眉間にしわを寄せながら怒りをあらわにした。
「本当です! お嬢様に対してなんてご無礼な」エレンもカミトの発言に同調した様子で、遠くに薄っすらと見えるガーゴイルの姿を睨んだ。
 イリスはガーゴイルの羽ばたきで乱された髪を片手て整えた。
 そして腕の中で眠るコルセスカを強く抱き寄せた。
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